第7話:騎士とは
――騎士の概念は時代と共に変化する。騎士の登場は騎馬の登場に始まり、火砲の発達によって終焉を迎える。
初期の騎士とは大帝国などに仕える文字通りの騎兵の事であり、それが崩壊した後、封建制の領主や貴族に仕える従士と言う物を騎士と呼ぶようになり、この時期から騎士は必ずしも馬に乗るわけではない存在となる。従士たちは領主から土地を与えたり、または領主の支配地域に派遣され、そこでの行政を担当する
騎士とは必ずしも貴族ではなく、ドラニア王国や周辺領では、自由市民であればだれもが叙任の機会を持っていた。ただし、騎士とは領主に仕える者であるため、無教養で冒険者をするような者が叙任されるとは考えにくい。特にドラニア王国の影響下の土地で騎士を見たならば、その御姿は貴族と考える方間違いはない。
宗教騎士団とか騎士修道会と言う物があるが、こちらは厳密には騎士ではない。彼らの多くは僧籍を持つ武者であり、帯剣修道士という呼び名が正しい。彼らは教会の私兵であり、西方諸国教会という一神教を信仰し、教皇庁に仕え、神の思う事を成す為に多くの資金と特権を保有している。
この時代の修道士や修道女と言う物もまた平民が容易になれるような物ではなく、その修道者はもっぱら貴族の次男・長女以下が、跡目争いを避けるなどを筆頭とした理由で放り込まれる事や、教養があり、それでいて身元の保証されているような金持ちだとか著名人だとかやその親族だけが入る事ができた。
教皇領の徴募兵と宗教騎士団員の異なる所は、宗教騎士団の構成員はすべからく修道士だという事であった。
もう一つ騎士の概念がある。〝強盗騎士〟だ。騎士は一概に裕福とは言えない。貧しい騎士や主君を持たない自称騎士や元騎士と言った連中の中で、耕作する土地や小作人を持たない者たちは、傭兵のような生活を送っている――戦争がない限り食い扶持がない。そのため、日曜の糧を手に入れる為に無辜の人々を襲撃し、略奪する。それにつけて、彼らはあるかも不明な自らやその同胞の名誉を主張し、その被害者の中に我々の名誉を穢した者がいると声高に叫ぶ。
騎士にとって、名誉を汚されるという事は文字通り不名誉で何としてでも挽回しなければならない事象だ。強盗騎士たちはそれを悪用し、自らに正当性があるとして事後承諾的に報告することで略奪を正当化している。
ほかにも橋梁や街道を占拠したり、商売人や宿屋などからみかじめ料を取ってみたり、護衛のいない隊商に粘着し、彼らから護衛料金を強要するなど、問題ばかりを起こしている。彼らは冒険者以上に諍いが無ければ生きていけない生き物であり、あまりにも度を越えた狼藉者は領主自ら討伐に赴いたり、彼らを始末するために冒険者が雇われることがあった。
―◇―◇―◇―◇―◇―
まだ夜の冷気が残る早朝、殴殺とヤナは野営を後にした。森林を縦断する街道を蹄が踏み鳴らし、午後にはサレンへ到着した。いわゆるサレン市ではなく、近郊の村々だが。
村の様子は閑散としていた。村人たちは通りかかった殴殺らに対して手を合わせて拝むような態度を示している。殴殺は馬を飛び降りたがヤナは困惑を浮かべていた。
「ツー・ヴァイスシルト卿。盗賊退治は初めてでしたね」
「サレンの冒険者ギルドで集合する手はずじゃなかったのですの?」
「その前にする事がある。この村のフォークトを尋ねるべきだ。彼はここらの領主である市民議会から任命された、村を統括する官吏だ。彼から盗賊団の規模や拠点の位置について詳しい情報を聞けるかもしれない……私としては、情報は仕事の成否、延いては自身の安全に繋がる、と思っている」
殴殺は馬を近くの柵に繋ぎ、ヤナもしぶしぶそれに従った。
村の中は静かで、人通りは全くない。行商や露店商もいない。殴殺は足早に大きな建物を目指す。一階建ての平屋だが、他の家に比べて天井が高く、入り口の扉の上には、支柱が剣になっている天秤をあしらった紋章が掲げられている。扉の前には鎧兜に緑と白に染められたタバードを身に着けた衛兵が一人、気怠そうに立哨している。
「何の用だ。どこの連中だ。執行官殿はお忙しい」
「私たちはヴェリーキーシュタットから来た冒険者だ。この村の執行官にお話しを伺いたい。私たちはこの近辺の街道を襲う盗賊を討伐しに来た」
「たった二人でか?」衛兵は鼻で笑った。するとヤナはずいと前に出て、彼に掴みかからん勢いで声をあげた。
「何の権限があってあたくしたちを――」
彼女の言葉を遮るように、突然扉が開き、一人の初老の男が姿を現す。白いがそれは色あせているわけではない高貴な風格を感じさせる銀髪が、黒いシャペロン帽の垂れ飾りの下にある。綿入りのジャケットを着こみ、剣吊りにロングソードを引っ提げているその男は紛れもなくこの村の執行官であった。
高飛車貴族の小娘であるヤナでさえ、反射的にお辞儀をした。執行官にはそうさせる風格があった。共和制の自由都市の影響圏であるが故に、貴族も従士制もないはずなのに、この男には高貴な風格と佇まいがあった。
「フセスラフ、お客さんを無下に扱うんじゃない」そう窘められると衛兵は「はっ」と言ってから態度をすっかり変えてうなだれた。
執行官は二人の方へ向き直って言う。
「遠い場所からよくおいでくださいましたね。ええ、どうぞおはいりください。何でもお話して差し上げましょうぞ」
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