第6話:旅路

 石畳の道を行く。ヴェリーキーシュタットの勢力圏は石畳で舗装された街道が整備されており、蹄の音がぱかぱかと子気味良く響いている。かの自由都市が何故この事業を進めたか、それは雇用の創出と金の為、引いては自治の為であった。


 知っての通り、金は何をするにも必要だ。自治権と自由を貴族や教会、王などの権力者から買うためにも無論必要だ。自由都市は街道を整備することで各地の商人を都市に集め、莫大な金を生み出す事で市民による常備軍を編成し、いわゆる封建制の先の統治体制を築きつつあった。また、この整備された街道で軍隊は迅速に展開し、外敵を攻撃することもできる。自由都市は力を見せつける事で自治権を獲得していた。


 しかし、この街道によって人の往来がたやすくなると、今度は別の問題が起きる。街道を人が歩くという事は、そこで待っているだけで獲物がやってくる……つまり街道では旅行者や商人を狙った強盗や追剥が多発した。自由都市側としては一件ごとに軍隊を派遣するのは困難であるため、通行者には武装や隊商を組むなどの自己防衛を、そして、排除の為に冒険者を雇うという事がよくあった――サレンでの依頼もこの類の話だ。


 それらの盗賊は基本的に弱い者しか襲わない。賊とて死にたくはないからだ。だから、通常は軍隊や騎士を襲う事はない。だが、此度のサレンの強盗団は一般的ではない。彼らは意図的に軍隊を襲い、武装を略奪していた。死を恐れず、それでいて自分たちの強さに自信があるという事だ。


 ヴェリーキーシュタットを離れて数時間、殴殺は手綱を引いて馬を止めた。


「休憩にはまだお早くなくて?」ヤナも馬の脚を止めさせてはいるが、まだ進みたいと言った感情が顔に書かれている。


「私の馬は大層な老翁でして」――彼の馬は彼が騎士として、戦場で暮らしていた頃からのともがらだった。もう一言付け加える。


「あまり急いては、もしも街道で問題に遭った際に逃れられないかもしれない。休めるときに休ませてやるべきだ」


「そ、それは確かに、その通りですわね……」


 街道脇の川辺に馬を繋ぎ、彼らが水を飲めるようにし、殴殺は地べたに座るがヤナは躊躇した挙句、丸太に腰かけた。


 沈みかける太陽。月や星明かりだけを頼りに夜道を行く事は不可能に近いから、殴殺は薪を集め、火口を用意して焚火を作ろうとするが、ヤナに「待って」と言われる。彼女は突然薪に手をかざし、何かを口走った。それは少なくとも殴殺が聞き取れる言語ではなかった。


 ヤナが顔をあげると、火口の木くずから煙と木の焼ける匂いが漂い始め、彼女は息を吹きかけ、薪に火を回す。それは紛れもなく魔法だった。いぶかしそうに見つめている殴殺に気が付くと睨みながら言う。


「ギルドで、あたくしには盗賊退治はできないと仰いましたね……あたくしは、まさに神様の贈り物だと思っていますの。これでも、まだ役に立たないと仰るのですか?」


「いや……」


 殴殺は魔法とそれを行使できる者を初めて目にしたという事実に面食らっていた。魔女と言う物は、暗色のローブにとんがり帽子を身に着けた鉤鼻の醜い老婆で、手には箒と杖を持つ、そんな偏見を幼少から聞いていた。だが、目の前にいる魔女は想像とは異なる姿をしていた。


 魔法とは聞くところによると選ばれた者のみが扱える不便で閉鎖的な物らしかった。また、教会がこれを禁じたのは、手をかざして傷を癒したり、何もない所に水を生み出したり、火を付けたりするそれは、創造者である神を模倣する許されざる行為だとしたからだ。そして、歪曲した教義を、人智を超えた力を迫害する正当な理由にしていた。


「……悪かった。いや、しかし……」


 殴殺は驚きを表す言葉に悩んでいた。彼女が貴族であり、家族も宗教騎士団に所属していたにもかかわらず魔法を行使するというところにも理解が及ばない。この国では強力な教権の歴史から考えると、教会関係者に魔女がいるだなんて想像もできなかった。


「不思議ですの、ラントシュタイヒャ―? あたくしが魔女という事が」


ヤナはついに勝ちを覚えたのか微笑んだ。


「かつての教会が魔女を迫害したことは、事実です。今や我々は融和の時代を迎えておりますわ。現在、魔法を行う者たちが追いやられている現状は、教会や神の御意思ではございません。それは、市民一人一人の心の奥底に潜む恐れに起因するものです。生まれながらにして与えられたこの才能を使わないことは、神への冒涜に他なりませんわ」


「その服装や装備は?」気になるところだった。彼女が今抱きしめている剣、馬の鞍に括りつけられた大きな荷物。偏見ではあるが魔法が使えるのであれば不要に思えた。


「魔女が魔法のみを使うべきだと誰が定めたのでしょう? あたくしは領地を持つ貴族ですわ。貴族としての矜持を果たすためには、馬に乗り、甲冑を身につけ、剣を振るうことも必要ですのよ?」


 殴殺は笑ってしまった。そうあるべき貴族や騎士のふるまいなんて、呼吸よりもよく知っていた。かつて自分もそうだったのだから。そして、自分も彼女を見誤ったように、彼女も見誤っている。彼女の煌びやかに整備された剣に対し、殴殺の装具は酷く汚れている。彼女にとって殴殺は騎士や貴族の矜持を遂行できているようには見えなかったのやもしれない。


 二人は火を囲み、話しをつづけた。夜も深まる頃、交代で番をする事を話し合い、ヤナは倒木に頭を預けていびきを立て始めた。



 

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