第2話:誉なき汚れ仕事

 殴殺は死体漁りを始めた。ハエがたかり始める前に帰りたかったからだ。


 死体とは穢れだ。放置すれば病気をばらまく。殴殺にはもう一つずつ、自分の仕事とギルドからの仕事があった。死体を確かめて金品や使える道具を回収すること、そして、死体を集めて焼くことだった。腐り始めると臭いが取れなくなるし、この山の中だ。臭いにつられた害獣が来るかもしれない。


 銀貨や銅貨、指輪、ロザリオ、銀歯の一本まで確かめ、根こそぎ革袋へ投げ込む。まだ錆や刃こぼれのない剣も拾ってベルトに差し込む。冒険者業はもはや儲かる仕事ではないから、こうまでしないといけないのだ。そうしなければ命を懸けるのに割に合わない。信仰の教義として、死体から略奪することは許されていなかった。しかし、彼の哲学では死人にそれは不要だと思ったからそれに従っていた。


 遺体を引きずって中庭に集める。右耳を切り落とし、別の革袋に詰める。彼らの馬の為の干し草を集め、彼らの為にあったはずの油や酒をじゃばじゃばかけ、松明を投げつけた。燃え上がる藁と死体を見ると、殴殺は砦の中に入った。


 砦は非常に狭く入り組んだ通路で構成される。ここは殺し合いをするための場所だからだ。広ければ素早い侵攻を許してしまう。殴殺は腰の剣を抜き、切っ先を進行方向に向けて歩く。閉所での戦闘では振りかぶる武器よりも突き刺す事のできる武器の方が強いからだった。

 

 彼には目的があった。金だった。もはやその浅ましさはどちらが盗賊かはわからない。しかし、金は何をするにも必要だ。金があることで避けられる苦痛は間違いなく沢山ある。砦丸ごと占拠した盗賊団だ。どこかに宝を持っている可能性はある筈だ。


 しばらく歩くと左右に部屋のある廊下にたどり着く。廊下の幅も天井も広く、居住区画だとわかるだろう。そして、一部屋一部屋を開け、タンスも引き出しも物色し、金目の物をかっさらう。十数分後、廊下の一番端の部屋の前にたどり着く。ドアノブに手をかけ、押し開けた次の瞬間、甲高い叫び声と共に何かが飛び出してきた。


 それは子供だった。身の丈に合っていない両手剣を構え、突進してくる。殴殺はそれを避ける事なく、受け止めた。甲高い金属音と共に切っ先はキュイラスにはじかれ、その衝撃と剣の重みを捌ききれず、重さにつられて明後日の方へよろめいた。


「神よ、この子の罪をお許し下さい」


 殴殺は大人の盗賊たちと同じようにした。貫かれた次の瞬間には子供の体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。ばたっと倒れ、数度痙攣して動かなくなると、徐々に血が染み出し、床板に赤い水たまりができた。


 なぜ殺したのか、騎士であった彼は騎士道精神を持っているはずだ。弱者の救済、名誉信仰と領主への忠誠が騎士道精神だ。武器を持つ者は弱者だろうか? 仮令子供だろうと剣を持って襲い来るならばそれは戦士だ。戦士を軽んじる事は彼の名誉を穢すことになる。そして、襲い掛かってきたという事は盗賊の仲間と言う事だ。殺した方が世の為だと思ったからだろう。


 殴殺は仕事を終えた。彼らの略奪物を持てるだけ拾い集め、死体は焼いて供養した。そして、彼らの飼っていた馬を拝借し、砦を後にした。


 砦から去る最中、彼は物思いにふけっていた。殺人や闘争、冒険者、そういうことについて考えていた。


 殴殺は闘争が好きだった。戦いは楽しい。座学よりも目に見えて結果が出る。素振りをし、筋肉を付ければつけるほど相手よりも早く武器を振り下ろせる。何度も木剣で稽古をすれば反射神経が鍛えられる。どの武器であれば甲冑の騎士をうまく殺せるか考えるのが楽しい。その結果がこの血みどろのウォーハンマーだろう。


 殺すことは楽しかった。自分と同じくらい敵を殺すために訓練を積んできた相手と、命を懸けて競う事、そして相手を下した時の優越感。この上ないスリルだった。


 冒険者の多くは不思議な事に人殺しを嫌っていた。殴殺にはそれは分からなかった。こんなにも楽しいのに。本能以外の、理性で動く人間は時に思いもよらない行動をする。魔物や害獣の類は本能で動く。だが、人間は、たとえ盗賊のような畜生にも劣る輩でさえ恐怖を理性でねじ伏せて立ち向かってくることやゴブリンどもでは思いつくこともできない戦術でこちらを殺そうとする。とんでもないスリルだ。おまけにやつばらはドラゴンよろしく金銀財宝をため込む。競馬の穴馬みたいな物だというのに。


 その時殴殺は大きくため息を吐いた。


「理由だ。これが理由だ。全部の理由だ」


――騎士でなくなった理由でもあった。彼が身に着けているフードはどこぞの貴族の紋章が描かれている。擦り切れ、ほころび、落ちない染みだってできているがかたくなにこれを纏う理由は忠誠心からだろう。


 個は知らないが、人間の群れの本質は闘争だ。魔族と争っていようとも人間同士で争う事は度々あった。魔族が滅びた後もやはり闘争は終わらなかった。


 こんな話がある。魔族が滅びてから久しい数年前、教会を後ろ盾にした宗教騎士団が彼の主人の領地に進駐しようとしていた。そこで戦闘が起きた。小競り合いを防ぐための会議の場が設けられていたが、そこで宗教騎士団の若い騎士が剣に手を掛けた。その結果、相手側の騎士数名と指揮権を委任されていた教区司祭が殴殺によって殺された。


 全員がその場で拘束され、教会の命令によって主人は処刑の上家は取り潰し、殴殺

は破門され、騎士の立場も信徒の立場も失ってしまった。


 だから、今、こんな立場になっているのであった。

 

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