盗賊狩りのラントシュタイヒャー~無法者に裁きを、己が身に快楽を、財布に代価を。

鯔追 藤香

第1話:盗賊殺しの冒険者

 人間が人間であるためには生きる理由が必要だ。例えば宗教、例えば女、例えば金、あるいは正義、あるいは友、あるいは賞賛。人はなにがしかの信仰に沿って生きる物だ。理由のない人生、快楽や欲求のような本能に懸ける生は獣と違わない。


 人は時に理由を見失う――この世界には沢山のそう言った、現実に取り残された現実主義者たちが暮らしている。ただ生きるのでさえ金はいる、だから大した理由もなく働き、身も心もすり減らす。


 この物語は理由を失った獣のような男が、ヒトに戻ることができるかを見守る話。


―◇―◇―◇―◇―◇―


 「やめ、やめてくれ、許してくれ。降伏だ……」


 死屍累々の廃砦。中庭には皮鎧を着た死体が何個も何個も転がっており、その中心で二人の男がいた。血みどろの鎧兜にぼろきれになった騎士風の紋章付きのフードを付けた大柄な男。手には打撃部分が真っ赤になったウォーハンマーを持ち、もう片方はその男に見下ろされて地面に倒れている。ふくらはぎを矢が貫通しており、もはや歩けない。彼の得物ははるか遠くに転げ落ちており、土で汚れた髭面に涙を浮かべている。


「そう言って……」


大男はつぶやくと武器を振り上げる。


「やだ、許してくれ、頼むやだ、やめてくれ!」


男はそう泣き叫び、両手を頭の前にかざした。次の瞬間、風を切る音と共にばき、べき、ぐちゃっと音がした。振り下ろされたハンマーは腕を砕き、男の頭蓋骨をも破壊し、眼孔を大きく破壊して頭蓋へとめり込んでいた。


「何人殺してきた。お前たちは何人殺した。何人さらった、何人犯した」


彼はウォーハンマーを引っ張り出し、ベルトに差し、空いた両手を合わせ、目を閉じた。


「神よ、この者たちの罪をどうかお許しください。私も今、彼らを許しました。どうか、私の罪をもお許しください」


 1382年、ドラニア王国西方にて。


この国は王国とは名ばかりで、実態は複数の強い権力を持った貴族たちに分割統治された連合王国に近かった。実質的には数百の国軍しか動かす事のできないお飾りの国王を、国教会が傀儡として利用する。


 そんな厄介な統治体制の中、自由市民たちは自身の自由が損なわれる事を恐れていた。領主や教会の一存で自分たちの立場が市民以下の農奴と変わらない事になるかもしれない、そういうことを恐れていた。

 しかしある時、国家、それどころか大陸中を震撼させる事件が起こった。普段は大して群れることもない魔族といういわゆる怪物の類が、更に低級の魔物たちを統率し、軍勢をなして人間の領域を侵略し始めたのだった。


 これは幸か不幸か、自由市民たちの地位を確固たるものにした。自分たちの命を保証する軍隊が出征してしまい足りない。国王も、諸領主も自由市民たちに武装と軍事教練の許可を下した。異邦人も、かつて迫害した魔法使いも、エルフもドワーフも、獣人も。そういう自由人たちにも二つの条件の下、武装を許した。


 その条件とは、領主が認証した冒険者ギルドに所属すること、そして、民草に尽くすことであった。


 しかしながら、その危機というのはもはや数十年は昔に終わった。魔王と自称する化け物とその軍勢は、国軍と冒険者らによって絶滅させられたからだ。では冒険者ギルドはどうなっただろうか。もちろん、なくすことなんてできなかった。冒険者たちは力と規模を持ちすぎた。この人類存亡の危機に際して武器を取って戦い、国家からもある程度独立した武装組織が、進歩した魔法によって各地のギルドと秒単位の通信を行える。そんな組織を果たして消し去れるだろうか。そんなことは誰にもできなかった。


 ただし、問題も起きている。かつて冒険者たちが民衆にも受け入れられていたのは彼らが守護者であったからだろう。衛兵や軍隊が町や村から出払っている中、一体誰が土地を守る? 村の力自慢たちはもう出征した。そこで、地方の冒険者たちが、ギルドの仲介を元に派遣されてきた。しかし、魔族との戦争に駆り出されていた兵隊たちが故郷へ帰り、彼らが故郷を守る。他所からの不穏分子である、金と自由を信じる冒険者はお役御免なのだ。


 今の時代の冒険者はもはや社会不適合者だ。太平の世となった今、冒険者というのは厄介者の一種と見なされかねない。彼らは平和な街中で武器を公然と帯びて歩き回り、封印されているダンジョンに勝手に侵入したり、各地の貴族や豪族のような武装勢力とも揉め事を起こしたりする。彼らの多くは市民階級で、読み書きをできず、肉体で稼ぐことしか知らない無教養者ばかりだ。問題が起きるのは当然だ。


 ……この男、そのウォーハンマーと殺し方から殴殺と呼ぼう。彼もまた冒険者だ。ポールドロンにドラニア西支部の冒険者ギルドの紋章を描いている。


 平和になった今、冒険者の仕事は大きく減っている。寝物語のような怪物たちは魔族との戦争でほとんどが絶滅した。じゃあ彼らは何と戦う、何を生業にする? 溝さらい、ゴブリンなどの害獣駆除、そしてもう一つは盗賊退治だった。


 盗賊はどんな時代にもどんな場所にもいる。戦争の後には敗残兵たちが自分の民にも、敵に対しても、略奪を行うものだ。


 しかし、一種の倫理的抵抗感を人々は持つ。同じ言葉を話、同じように思考する生き物、両手があって両目があって口が一つ、そういう生き物を殺すことは、果てしなく強大な化け物に挑むよりも抵抗感を持つものだ。


 誰もやらないこの仕事は、人を殺す訓練を騎士として積んでいた殴殺にとっては天職そのものであった。



 

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