第7話 私が、貴族……????

 夕食に呼ばれる直前に、仕立て屋から部屋着が届いた。

 パステルカラーの水色のワンピースで、色々な花が散りばめられている。小花柄ではなく、パステルカラーの大輪の花をあちこちにデザインしているようだ。作りもしっかりしていて、前ボタンが12個もある。

 小さい手に苦労しながらも部屋着に着替え、鏡の前に立つ。


 お人形さん……???


 自己認識と実際の姿とのギャップで、少しおかしくなりそう。慣れるまでしばらくかかるかも……


 コン、コン

「御夕食の用意が整いました。コマ様、入ってもよろしいでしょうか。」

「あ、はい、どうぞ。」


 私付きのメイドのエリが、音もなく部屋に入ってきた。

「コマ様、部屋着をお召しになられたのですね。とてもお似合いでございます。皆様お喜びになりますでしょう。そしてこれからは、お着替えなさる時も私をお呼びください。お手伝いが必要なものも、あるかと思いますので。」

「あー、ありがとう……?でも、これぐらいだったら、自分でできるけど。」

「部屋着はもちろんそうでしょうが、ドレスなどは私どもがいないと難しいですよ。」

「ドレス、ドレスね……」


 正直気が乗らない。めんどくさいと言ってもいい。転生する前も、小学生の時に買った服をいつまでも着回していたし。ワンピースだって一着しか持ってなかったから、大体ズボンとTシャツで過ごしていた。

 オシャレに興味が無さすぎる……!

 あ、女性物のズボン、あるかな。聞いてみよう。誰に聞けばいいんだ……?エリ……?


「あ、あのさ」

「どうされましたか?」

「女性物のズボンとかパンツ?みたいなのって、あるのかな。」

「女性物のズボンですか……貴族の方がお召しになるようなものでしたら、乗馬服があるとは聞いたことがあります。」

「貴族じゃなかったら?私って、貴族じゃないんじゃない?」

「平民が着るものでしたら、探検服や旅行服、作業員などの仕事服があるかもしれませんが、ほとんど男物を着ていると聞いたことがあります。あと、コマ様は貴族であられますよ。」

「それは貴族に引き取られたから、暫定的にそうっていうことなんじゃ……」

「いえ、異世界転生者は、全員貴族の家に引き取られ、名誉貴族の身分になります。もし万が一何かの手違いがあって、貴族に引き取られなかった場合も、異世界転生者は名誉貴族です。」

「名誉貴族と貴族って何が違うの?」

「貴族は世襲制で、基本的に貴族制度が設立された際に貴族に任命された家が、そのまま続いている形になります。名誉貴族は一代限りの貴族で、世襲はできません。この国では、異世界転生者と、著しい功績を上げられた方に授与されます。」

「そ、そうなんだ……」


 私が、貴族……????

 本当に実感がなさすぎて困る。

 確かに部屋の調度品も、服も、それが出来上がる速度も貴族特有のものなのだろう。

 でも、ただ本が好きなだけの私が、貴族とかいうものになれるものなのだろうか……?


 私の困惑を察したかのように、エリが諭すように言った。

「異世界転生者は名誉貴族ですが、貴族らしい振る舞いを求められることは基本的にありません。本人がやりたいことを、自由に行っていただきます。それが1番国の為になる。これが我が国の方針です。」

「つまり……私は本を読んでればいいってこと……かな……?」

「コマ様がやりたいことがそれであれば、本を読んでいただいていれば良いのですよ。」

「それなら……よかった。」

 コマは深い安堵のため息を吐いた。


「失礼致しますが、御夕食の準備が整っておりますので……」

「あぁそうだった。行かなきゃね。お腹すいたし。」


 エリに先導され、食堂に行った。

 食堂は暖かいオレンジの灯に照らされ、長いテーブルがあった。奥にはブライアン・ネンリネン男爵が座り、右手にはリオナ夫人、左手にはセレナとライルが並んで座っている。


「コマちゃんはここよ。」

 リオナ夫人が隣の席をポンポンと叩いた。

「は、はい。」

 コマはおどおどしながらその席につくと、エリがちょうどいい距離まで椅子を動かした。

「ありがとう。」

「お礼を言われるほどのことではございません。ありがとうございます。」


「さて、みんな揃ったことだし、食べ始めようか。」

 ブライアン男爵がそう言うと、音もなくスープと前菜が並べられる。

「恵みに感謝を。」

「「「恵みに感謝を。」」」

「あ、え、いただきます……?」

「そうか、コマさんのところでは、そう言うんだね。」

「はい……皆さんに合わせた方がいいでしょうか?」

「いいや、好きにしてもらっていいよ。作ってくれた人への感謝であることは変わらないからね。」


 こうして、夕食がはじまった。

「コマちゃん、明日は本屋さんに行きましょうか……と思ったけれど、まだドレスがないんだったわね。」

「え、これでも十分だと思うんですけど……」

「それは部屋着だから、お外に着ていける服じゃないわ。でも、とってもよく似合ってるわね。流石私たちのコマちゃん!ノワール裁縫店にも、最高の仕事だったって言っておかなくちゃ。」

 リオナ夫人は拍手をしながら、コマの装いを絶賛した。


「あ、あと、できればズボンとTシャツの方が楽なんですけど、ズボン……パンツ?とか、気楽に着れる服ってありますか……?」

「あら、確かに異世界での普段着って、そのようなものが好まれるんでしたわね。私の配慮が足りなかったわ。ドレスが来た時に、ノワールにそれも頼みましょう。」

「えぇっ、そんな、安いものでいいです。」

「何言ってるの、コマちゃん。貴女も貴族なんだから、それなりの身嗜みは整えておいてもらわないと、私たちちょっと困っちゃうわ。」

 リオナ夫人は、頬に手を当て、アンニュイなため息を吐いた。

「あ、あの、すみません……」

「謝ることじゃないわ。ちょっとずつ、私たちとの生活に慣れていきましょうね。」

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