1人の魔王と99人の勇者。

  ◆◆◆

勇者A:かつて『終極しゅうきょくの魔王』と呼ばれた者がいる。真理に至らんとする魔導の才と無尽蔵むじんぞうの魔力を持って生まれ、剣術や体術、暗殺術などにも通ずる万能にして最強の存在。

勇者B:『世界を終わらせる力』を持つとされ、ながき時を生きる闇黒あんこくの化身、ヴォイド・ヴェルト・エンデ。

勇者C:そんな彼の者を打ち倒し、世界に平和をもたらさんとする救世主、或いは挑戦者を、人々は『勇者』と呼んだ。

勇者D:そして今宵。の者の住まう魔王城に勇者たちがつどい、戦いの火蓋ひぶたが切って落とされようとしていた――。

  魔王城『玉座の間』。

  玉座には終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。

魔王:……来たか。

  扉を開け放ち勇者(紫電しでん)が駆け込んでくると同時に詠唱を開始する。

勇者A:(紫電しでん)我は無垢むく、終末をかける雷神の錫杖しゃくじょう。大気切り裂く獅子の産声、こだまするは淵源えんげんより差し延べる紫のかいな。星無き夜空渡る一条いちじょうの矢をつがえ、空席の天の座において代行者を名乗り、昏き黎明れいめいに押し黙る虚無を穿うがとう。二十三対にじゅうさんつい、未だ眼醒めざめぬ瞳に輝き灯さんと彷徨ほうこうする見目麗しき乙女に宣誓。忘れぬ遠き約束の日、いずれ来たる輪廻りんね喝采かっさいほころもたらす始まりの破壊者と七日七晩躍り明かす愚昧ぐまいなるなんじの望みは、形無くした死神達のうたげとなろう。混沌の霹靂へきれき、鳴り止まぬ万雷ばんらいによりて磨き上げた時計の針の向こうより続く月下の葬列そうれつ。掲げるはたに記す王の遺言を色硝子いろがらすで飾り、失われた時の欠片をかす道標みちしるべ。やがて巡りて流るる風の声に耳を傾けよ。それは永劫えいごう。真理ひた隠し、営みの足場となる暗渠あんきょ。崩落する世界の片隅を舞う黒き不死鳥、悠然ゆうぜんたるき声の旋律せんりつ。呼びまされし乙女は微笑む。降り注ぐは黄金おうごんの祝福と白銀はくぎん災禍さいか。天よりたまわりし静かなる熾火おきびと賑わいし慈雨じうを携え邂逅かいこうするは運命。断ち得ぬ絹糸けんしを鎖に代えて、あわれなる隻眼せきがんの蛇の群れはその白き肌に食らいつく。おそるるなかれ。まどうことなく天の火を辿り、絢爛けんらんかれしまぶたに口づけをほどこそう。或いは一輪の枯れゆく花に声をさずけてささぐ祈りは、星の砂漠で力尽きた旅人に姿を変えて語り継がれる神秘の系譜けいふひずんだ水晶、映る精霊せいれいの追憶、流す涙は碧瑠璃へきるりに染まり、深き海の底を揺蕩たゆたいながら、けがれた大地より妄執もうしゅうを切り取り浄化じょうかする。彼の者、大いなる意思に従って刻まれる流転るてん七芒星しちぼうせい。点と点を結びかたどる宿命に嗚咽おえつひそませ、渇いた大河を誰に知られることも無くうるお豊穣ほうじょうの契約。捧げしは、荒れ果てた楽園を満たす一滴の血。毒となり、薬となり、水となり、鉄となる。孤独に震える獣にひとときの安寧あんねいを与え、命を奪う狩人かりうどの爪。栄光と頽廃たいはいを飾る都の鐘は、幾千幾万いくせんいくまんの民草から屈辱を奪い快楽を与える狂乱の揺りかご。重なる鼓動に耳を澄まし、こごえる冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷ふるさとの春に足を踏み入れ、黄昏たそがれの果てに沈むこともやむなし。欠けて薄れた悲劇の底に、今沸き立つは審判しんぱんほむら。黒くただれて溶け落ちた青銅せいどうの汗を浮かべ、恐怖のままに足を止めることも叶わぬ聖者の行軍こうぐん。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉しゅうえんへ。征服せいふくし、蹂躙じゅうりんし、陵辱りょうじょくし、侵犯しんぱんし、逸脱いつだつし、越境えっきょうし、飛躍ひやくし、超克ちょうこくする。抜き放たれた一振ひとふりの剣がいざなう終わりなき終わりの待つ場所へ我を導け。――終末級究極雷撃魔法しゅうまつきゅうきゅうきょくらいげきまほう紫電しでん・オブ・アポカリプス』!

魔王:詠唱えいしょう省略もせず長々と早口で阿保あほうが! 消え去るがいい混沌こんとん劫火ごうか――『ブレイズ・オブ・カオス』!

  勇者(紫電しでん)、詠唱が終わらないうちに、魔王によって焼き尽くされる。

魔王:ふむ、やはり多少威力は落ちるが、十分か。

  その光景を勇者(電撃でんげき迅雷じんらい遠雷えんらい)が目撃し悲痛に顔を歪める。

勇者B:(電撃でんげき紫電しでんの勇者ぁぁぁぁ!?

勇者D:(迅雷じんらい終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!

勇者C:(遠雷えんらい)よくも……! かたきは私が!

魔王:紫電しでんの勇者でしまいと思うな馬鹿め。戦いは既に始まり――決しておるぞ! 混沌の残火ざんか――『カオス・エンバース』!

  勇者(電撃でんげき迅雷じんらい遠雷えんらい)、勢いを増した(紫電しでん)を焼く炎に包まれまとめて焼かれる。

魔王:ふははははは!! 油断したな、電撃でんげき迅雷じんらい遠雷えんらいの勇者! この我にかかれば貴様らなどティッシュ同然! 一瞬で消しず――

勇者D:(閃撃せんげき)ひゃっはー! もらったぜ! 白熱せし指先の高貴なる閃き――『ノブリス・オブ・フラッシュ・フィンガー』ぁぁぁぁッ!

魔王:だぁぁぁぁ!! まぶしくて鬱陶うっとうしいんだよ閃撃せんげきの勇者! 我の覇道はどうを邪魔する奴は我に蹴られて地獄でぜよ! 滅神崩天脚めっしんほうてんきゃくかい

勇者B:(追撃ついげき)っく! お前の死は無駄にせん。行くぞ連撃れんげき挟撃きょうげき

勇者C:(連撃れんげき)えぇ、コンビネーションアタックですわ! 追撃ついげきさん!

魔王:させねぇよ――追撃ついげき連撃れんげき挟撃きょうげきの勇者! こちらも反撃はんげき! 迎撃げいげき! 邀撃ようげき

勇者A:(挟撃きょうげき)さぁみんな連ねて行こうぜ! 必殺――

魔王:重ねてゆくぞ! 秘技ひぎ――

  四人同時に。

勇者B:(追撃ついげき)――三連挟追撃トライアングル・アサルト

勇者C:(連撃れんげき)――三連挟追撃トライアングル・アサルト

勇者A:(挟撃きょうげき)――三連挟追撃トライアングル・アサルト

魔王:――三重反迎邀撃トライアングル・インターセプト

勇者B:(追撃ついげき)ぐわぁぁぁぁぁ!

勇者C:(連撃れんげき)きゃぁぁぁ!

勇者A:(挟撃きょうげき)うぇぇぇぇぇ!

魔王:……他愛たあいない。

  倒れた勇者たちの向こうから、軽やかな靴音を響かせて恐悦きょうえつの勇者が舞い込んでくると剣を抜き放ち踊り出す。

勇者B:(恐悦きょうえつ)あはぁぁぁん♡ 早くも8人の勇者がってしまわれましたわぁ? かなしい。かなしくてかなしくて……涙と嗚咽おえつとそして何よりこの胸のうずきが止まりませんの……! うふふふふふふふ……♡ ですけれど……わたくしはそう容易たやすく逝きませんことよぉぉ? 思う存分わたくしと遊んでわたくしをもてあそんでわたくしを愛して壊して殺してなぐさめてちがえて下さいまし? わたくしの魔王様ぁぁぁぁぁん! 狂喜剣乱舞踏会――『エクスタシック・ブレイドダンス・パーティ』ぃぃぃぃぃぃ♡ 

魔王:くそ! 恐悦きょうえつの! 勇者! 次から次に! 鬱陶うっとうしい!

勇者D:(解説かいせつ恐悦きょうえつの勇者、情熱的なめの姿勢ですねー。これまでの勇者たちは攻撃を当てることも叶いませんでしたが、彼女は終極しゅうきょくの魔王の回避かいひ見切みきり、斬撃ざんげきを的確に置きに行っています。激しく不規則ふきそくに見えて一太刀ひとたち一太刀ひとたちが計算され尽くしています。その繊細せんさいな剣術は演舞えんぶのよう、いいえ。魔王城の玉座の間と相俟あいまって正に華やかな舞踏会ダンスパーティ。そして愛の成せる技。これには魔王もときめいた様子。解説かいせつはわたくし、解説かいせつの勇者です。

魔王:横でごちゃごちゃと……! 時めいてないわやかましい! お前もまとめてぶった切ってやる解説かいせつの勇者! 罪業双曲剣ざいごうそうきょくけん――甘い! 魔王羅刹掌まおうらせつしょう! 後ろも見えてんだよ解脱げだつの勇者! 転刃てんじん――破断翔はだんしょう

勇者C:(解脱げだつ)――嘘でしょうっ!?

魔王:――からの滅神雷葬脚めっしんらいそうきゃく! んで足下! お望み通り、踊ってやるぞ恐悦きょうえつの勇者! ただし、我の音楽についてこられるならば、な! くらうたげ月夜つきよ調しらべ、響き交わりぎ溶けよ。冥界交響曲第七番めいかいこうきょうきょくだいななばん――『ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン』! せいぁぁぁぁぁ! そんでこそこそと無粋ぶすいなんだよもぐら野郎!

勇者A:(脱税だつぜい)な……!? 何故バレた! 音もなく一瞬で大地に深く穴を穿うがかくひそむことで徴税人ちょうぜいにん追求ついきゅうからのがれる技とそれを瞬時に発動すべく効果を前借りして詠唱を後払あとばらいすることのできる生涯しょうがいをかけてみ出した究極の我が二つの秘奥義――免税脱兎ラピッド・ホール・ラビット繰日兎クレジットが破られる?! ぐわぁぁぁぁぁぁ!

魔王:脱税だつぜいの勇者め、恐悦きょうえつ解説かいせつの勇者が気を引いてるすきに、影の薄い解脱げだつの勇者と合わせた連携のつもりだったか? てか、もはやお前はただの犯罪者なんだよな脱税だつぜいの勇者。悪知恵の回る貴様らしいと言えば――! っぁ!?

勇者C:(煉獄れんごく煉獄れんごくほのおに焼かれなさいな――灼熱劫火ヘル・フレイム

勇者B:(冥府めいふこごえて冥府めいふへおき――絶対零度アブソリュート・ゼロ

魔王:拒め闇殻あんかく――『ダークネス・シェル』!!

  辺りは霧に包まれる。

勇者D:(脱獄だつごく)……やったか! ちなみに免税脱兎ラピッド・ホール・ラビットは元々俺が開発した……ぐぁっ!?

  霧の中から、影でできた槍のようなものが飛び出してくる。

魔王:穿て闇鎗あんそう『ダーク・スピア』! 最後まで油断大敵ゆだんたいてきだぞ脱獄だつごくの勇者? ……そんなんだから、技を盗まれるんだ。――それで? お前らは仲良く不意ふいちか? 煉獄れんごくの勇者と冥府めいふの勇者!

勇者A:(極楽ごくらく)よもや、私の考案した双極そうきょく凍焔郷ユートピアを防ぎきるとは、流石終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ、といったところでしょうか? 随分ずいぶんと頑丈そうな防御魔法ですがしかし、脱獄だつごくの勇者殿を刺した影の槍は我々まで届かない。不用意に近づかなければ恐るるに足りませんね、それは差しめ亀のような――

魔王:――孵化厄災ふかやくさい『カラミティ・インキュベーション』! 解放パージ

  闇の殻が内側から弾け飛び、三人の勇者(煉獄れんごく冥府めいふ極楽ごくらく)を消し去る。

勇者B:(薄明はくめい)そんな……! 防御魔法を破裂はれつさせて攻撃するなんて常識じょうしき外れの無茶苦茶むちゃくちゃです!

魔王:常識なぞ所詮しょせん我に屈する定めだ諦めよ薄暗うすくらがりに散るがいい薄明はくめいの勇者。そして――。

勇者D:(薄命はくめい)あー。また死ぬのかぁ。やだなぁ。ま、仕方ないかぁ。

魔王:さらばだ命短き薄命はくめいの勇者。

勇者C:(薄幸はっこう)あ~薄毛うすげさん~この位置はマズいです~たぶんこのままだと私たちも~

魔王:ふんっ、察しが良いな薄幸はっこうの勇者。貴様らも……消えよ!

勇者A:(薄毛うすげ)おぉぉぉぉ神よぉぉぉぉ! 風前ふうぜんともしびである我らを見捨てないで! 希望きぼうがぁぁぁ! 俺の髪よぉぉぉぉ!

魔王:薄毛うすげの勇者……。ただのハゲなんだよな……。

勇者D:(不毛ふもう)しかし希望きぼうは――ある! 熱く輝け! シン・新太陽光ニュー・シャイン・サン! きらーん!

勇者C:(発光はっこう)私が皆さんを照らす光になります――|ちょっと気まぐれお天道様――『レイ・オブ・ザ・ソーラー』!

魔王:と、噂をすれば不毛ふもうの勇者と発光はっこう……そういえば「はくめい」二人もそうだが、同音どうおんの勇者がいるのはややこしいな。

勇者A:(禿頭とくとう)ややこしくとも誰もが輝く一等星! 特等席よりとくと御覧ごろうじよ! 我が名は禿頭とくとう! そして友の不毛ふもう! 眩しいあの子は発光はっこうちゃん! 歪に絡み織り成すは三位一体さんみいったい! というより怪しげな三角関係! 生き様を魅せつけろ――存在照明トワイライト・トライアングル・レゾンデートル

魔王:禿頭とくとうの勇者の増幅ぞうふく魔法! これは光魔法の合わせ技か!? 確かにやみ系の我には効果的――だが、ね返れ――鏡像召喚トゥルー・ミラー

  魔王に向けた光魔法が反射されて天井を穿つ。

魔王:天井に穴空いたじゃねぇか、なんて厄介やっかいなビームだ。……ん? おい。まだ貴様らには当たってないだろう? もしかして鏡に映り込んだ自分達を見ただけでそんなへこんでおるのか?

勇者B:(七光ななひかり)あぁなんて残酷なことを! 彼らは勇者になる前はただの日陰者ひかげものだった! けれど勇者として活躍し脚光きゃっこうを浴びることでその過去を、劣等感を忘れることができていた! それなのにお前は現実を突きつけたんだ! まぁ最強と名高い極光きょっこうの勇者と神の子とうたわれた七色なないろの賢者の娘として生を受けた私は生まれた時から勝ち組なのでそんな攻撃効かないのですけれどね!

魔王:いや、お前は何もしてないし弱いのも知ってるから帰っていいぞ、七光ななひかりの勇者。あと、前から言おうと思っていたのだが、色々着飾ってるけど貴様って――なんか地味だよな。いや、キャラ付けしようと頑張ってるのは分かるのだが、髪を七色に染めてるのもそんなに似合っておらんし、装備も極彩色ごくさいしきなのとか無駄に目がちかちかする。加えて虹色に光るその――ゲーミング聖剣せいけんみたいなのもダサいし、ていうかそれなんか意味あるのか? ……あ。なんか死んだ。――む?

  魔王を囲むように四人の勇者(宵闇よいやみ陰影いんえい漆黒しっこく腹黒はらぐろ)が現れる。

魔王:この闇の気配は……。

勇者C:(腹黒はらぐろ)っくっくっく! 所詮しょせんあの子は勇者の中でも最弱。……だけど能力的にはそこそこ強い筈なのに偉大いだい過ぎる両親の幻影に強い劣等感を抱き本来の力を発揮できずしかしそんな彼女をはげまそうと両親は「できないことは無理に頑張らなくてもいい。力が無くたってお前は私たちの大切な娘であることに変わりはないのだから」と優しい言葉をかけるが哀しいことにその言葉こそ彼女にとってののろいでありそれでも何よりの心のり所。そして特別な両親の特別な自分に酔いながらも、強くなるために足掻き、けれどどれだけ頑張っても強くなれず、更には両親の言葉が強くなろうとする彼女を皮肉なことに否定する。無駄な努力、無為むい研鑚けんさん、無茶な修行をただ繰り返してきた無力な箱入り娘。それが七光ななひかりの勇者ちゃん! ああ健気けなげ! てえてえ! そんな私の推しの心をよくも……よくも圧し折ってくれたな魔王ぉぉうう! お前だけは絶対に許さない!

勇者A:(漆黒しっこく)落ち着け、腹黒はらぐろの勇者。お前、そんなキャラだったか? そもそも我々は闇にじょうじて魔王を仕留める算段さんだんだった筈。だというのにお前と来たら急に飛び出していきやがって。血迷ちまよったか? しかし、まぁ、気持ちは分からなくもない。好きな子が苦しんでいたら、理屈じゃない。身体が勝手に動いてしまうものだ。何故なら――へへっ! 俺もそうだから、な。好きだ。結婚しよう、腹黒はらぐろ

勇者B:(宵闇よいやみ)いや、あんたが落ち着けっつーの漆黒しっこくの勇者。何を血迷ちまよって口走くちばしってるかなぁ? あーしらの任務は魔王を確実に仕留めることじゃん。なのに仲間にコクってを逃すなんて馬鹿すぎ。てかあーしら闇黒勇者四人衆あんこくゆうしゃよにんしゅうの顔に泥塗るつもり? そんなの泥パックだけにしてほしい的なマジ。……けどさ、普段クールなクセに好きな女のことになると、周り見えなくなるあんたのこと、あーし結構好きなんだからね!

勇者D:(陰影いんえい)…………あの。拙者せっしゃ、帰っていいでござるか? 宵闇よいやみ氏。拙者せっしゃ抜きでよろしくやってる仲間の色恋沙汰いろこいざたなぞ見せられて病みそうなんでござるけど。四人衆の中でもよりいんなる者の拙者せっしゃは常に病んでるでござるよ。拙者せっしゃのような日陰者ひかげものが愛されることなぞ微塵みじんも期待してござらんが。てか拙者せっしゃの嫁は絵巻えまきの中にいるゆえ平気なんでござるけれどしかし。あぁ、早く帰ってゲームしたいでござる。お外は嫌でござる。かったりぃでござる。至極面倒しごくめんどうでござる。おいのち頂戴仕ちょうだいつかまつる。秘術ひじゅつ――幻影舞踏殺シャドー・ステップ

  陰影いんえいの勇者、影のようにき消えると、魔王の背後に現れて剣を繰り出す。

魔王:――っぶねぇな陰影いんえいの勇者!

勇者D:(陰影いんえい)っち、逃げるとは卑怯ひきょうでござる。

魔王:不意打ちかまそうとした奴がどの口で……! あと宵闇よいやみ漆黒しっこく腹黒はらぐろの勇者! 貴様らはもう少し真面目に――

勇者B:(宵闇よいやみ)じゃあこば影殻えいかく『シャドー・シェル』。

勇者C:(腹黒はらぐろ)からの穿うが棘影しえい『シャドー・スピア』!

魔王:拒め闇殻あんかく『ダークネス・シェル』。……そんな投げりな攻撃当たるものか!

勇者A:(漆黒しっこく)ダメ押しの斬影ざんえい『シャドー・スラッシュ』!

魔王:……えぇい鬱陶うっとうしい!

勇者C:(腹黒はらぐろ)お前もな! ていうかそれ、

勇者A:(漆黒しっこく同族嫌悪どうぞくけんおなんじゃねぇの?

勇者B:(宵闇よいやみ)それな!

勇者D:(陰影いんえい禿同はげどうでござる。

魔王:心底ムカつくな、闇黒勇者四人衆。……しかし、属性が被る故、決定打に欠ける。面倒な相手だが、ならば手数で攻めるまでか。いくぞ――滅神脚めっしんきゃく

勇者C:(腹黒はらぐろ斬影ざんえい『シャドー・スラッシュ』!

魔王:嵐翔剣らんしょうけん

勇者A:(漆黒しっこく影盾えいじゅん『シャドー・シールド』!

魔王:滅神崩天脚めっしんほうてんきゃく

勇者B:(宵闇よいやみ槍影そうえい『シャドー・ランス』!

魔王:からの混沌の劫火――『ブレイズ・オブ・カオス』!!

勇者D:(陰影いんえい)……闇を光に光を闇に。仄暗ほのぐらき夜を纏いし因果よ、我が名のもとに覆るでござる孵化陰影ふかいんえい『シャドー・インキュベーション』――でござる。

魔王:なに……!? 拒め影殻えいかく『シャドー・シェル』!

勇者D:(陰影いんえい)甘い――でござる。解放パージ

魔王:――によって、生じた影より出る漆黒しっこくやいば――幻影舞踏殺げんえいぶとうさつ・改!

勇者D:(陰影いんえい)なんとぉぉ!?

魔王:ひぃっ! ふぅっ! みぃっ! 四連闇斬よんれんあんざん『クアド・ダーク・スラッシュ』!

勇者C:(腹黒はらぐろ)っくぅ、やられた~! ていうかこれ、ガチで挑んだ分、

勇者A:(漆黒しっこく)完全敗北なんじゃねぇの?

勇者B:(宵闇よいやみ)それな!

勇者D:(陰影いんえい)ガチ病みでござ、る……。

  陰影いんえい宵闇よいやみ漆黒しっこく腹黒はらぐろの勇者、背後から現れた魔王に剣で穿たれ、倒れる。

魔王:……はぁ。各個かっこ撃破していたのでは、骨が折れる。いっそ一度に現れるならば、楽なのだが――

勇者C:(連勤れんきん)あははははははははははは! 魔王に楽なんてさせるわけないじゃないですかやだなぁ! ま。絶対人足りてないんですけどね、ほんっと、ほんとやだなぁ。この現場。

勇者D:(不休ふきゅう)僕らは働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働き倒してこ、こここ、ここに立ってるんですよ? ここっここ、こけこっこ、働いて働いて働き倒して……いっそ倒されて楽になりたい、いひ、いひひひひひ。

勇者A:(無給むきゅう)しかもこれ給料出ないんですよぉ? やってられねぇですよ。ボランティアで世界救うやつとかいます? いやぁここにるんですよぉ。うふふふふふふ。

勇者B:(残業ざんぎょう)しかも四人もね~。ほんと、仲間がいるからやってこれる的な。どうせ家帰っても私、酒飲んで寝るくらいなんで、職場にしか居場所ないし。えへへへへへへへへ……。

魔王:連勤れんきん無給むきゅう不休ふきゅう残業ざんぎょうの勇者、か。これまでの者とは面構えが違うな……。悪い意味でな。貴様らその状態で戦えるのか?

勇者D:(不休ふきゅう)戦えるか、ですって? んなもん決まってるじゃねぇですか!

勇者B:(残業ざんぎょう)熱があろうと、親や仲間や恋人が倒れようと、関係ありません、いないけど。

勇者A:(無給むきゅう)金は出さないのに口は出す、他力本願のクソ王クソ市民クソ教会クソ社会に戦えと言われたら、

勇者C:(連勤れんきん)戦えなくても戦うのが私達プロの勇者なんですよぉぉぉぉ!

勇者A:(無給むきゅう)嘆け! 暴乱血涙ぼうらんけつるい『エタニティ・ボランティア』!

勇者C:(連勤れんきん)唸れ! 連勤術死れんきんじゅつし『ヘルスロットル・アルケミスト』!

勇者D:(不休ふきゅう)叫べ! 襲急零日しゅうきゅうれいか『ホーリー・レイド・ゼロ』!

勇者B:(残業ざんぎょう)吠えろ! 錆修斬業さしゅうざんごう『ラスト・スパーダ』!

魔王:あわれな。眠れ――終夜イリーガル――。いや。夜勤手当ミッドナイト・ジャーニー! 安堵! 振替休日サンクチュアリ! 安らかに果てよ!

勇者C:(連勤れんきん)ひひ、これで……。

勇者A:(無給むきゅう)やっと、ふふ……。

勇者D:(不休ふきゅう)眠れる……はは。

勇者B:(残業ざんぎょう)へへ、ありがと……。

  四人の勇者、眠るように倒れる。

魔王:ある意味、先程の闇黒勇者四人衆よりも闇の深い連中よ。

魔王:しかし、それなりの数を仕留めた筈だが、勇者はあとどれほど……ぁぁ。忌々いまいましい。見た感じまだ結構おるな、わらわらと。

勇者D:(優美ゆうび)わらわらとは随分な言い種ですねぇ? そんな表現美しく――ないっ! 裁飾剣美さいしょくけんび『グレイス・ラッシュ』!

魔王:相変わらずいい太刀筋たちすじだがその分――読みやすい! 八方備刃はっぽうびじん『フル・カウンター』!

勇者D:(優美ゆうび)な……!?

魔王:……もし次があれば、搦め手を覚えてくることだ優美ゆうびの勇者。貴様は直線的過ぎる――。

勇者C:(曲線美きょくせんび)――からこそ僕は務める露払い――表裏曲解ひょうりきょくかい『ジャスト・ディストーション』!

魔王:貴様っ――!

勇者C:(曲線美きょくせんび)アンド——『不正の栄光ワインディング・グローリア』ぁぁぁ!? まさか素手で止め!? しかし両手が塞がっていては打つ手など甘美かんび

勇者A:(甘美かんび)あいよ相棒! お安い御用だ、担ぐ片棒、止める両足、打つ手もないらしい、これで出ない手も足! 六病足災むびょうそくさい『シックス・ロックス』!

魔王:手足の動きを封じられたか……。なるほど、これで両手両足塞がった。しかし、残念だな美の勇者共。貴様らの戦いは美しいが、その分、軽く脆い。戦いとは泥臭くてなんぼだぞ?

勇者A:(甘美かんび八方後手ほっぽうごてで塞がり、所詮口先の強がり、逃げだすだろうぜ我先われさき、逃がさないぜ俺たちの美学。終わりの日が来るイェア。

魔王:分かっておるではないか。そう、まだ口が残っておる。――雪咬牙せっこうが

勇者C:(曲線美きょくせんび)くぁぁっ!? ま、まさか、噛み、つき……? こんな、筈じゃ――。

勇者A:(甘美かんび)えぇぇぇぇぇぇ?! 相棒死んだん? きついぜ冗談、生死を診断、別れ惜しんだん、後詰の算段、潰えて惨憺、寒からしめる心胆、これは勝ったん負けたん? ねぇアンサー、魔王さん——

魔王:——曲線美きょくせんび及び、甘美かんびの勇者、詰みの処断ショウダウン

勇者A:(甘美かんび)おぅ……飲まされる辛酸しんさん――否、賛美だぜコングラッチュレーション。

  魔王、三人の勇者(優美ゆうび曲線美きょくせんび甘美かんび)を倒す。

  と、拍手が響く。審美しんびの勇者が立っている。

勇者B:(審美しんび)いやはやお見事ですね。

魔王:お前は――

勇者B:(審美しんび)流石は我が宿敵、終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ。といったところでしょうか?

魔王:審美しんびの勇者か。

勇者B:(審美しんび)ご名答。

魔王:ようやくここにきてまともに話せそうなやつが現れたか?

勇者B:(審美しんび)生憎、あなたなどと話す舌を持ち合わせてはおりませんが、私は。

魔王:迂遠な物言いよな。

勇者B:(審美しんび)えぇ、しかし可能か否かといえば……この世界に於いて不可能などという事象は然程多くありません。とでもお答えいたしましょうか。

魔王:ふむ。まともに話す気は無いらしい。

勇者B:(審美しんび)そうですね、例えばこの私という雲の上の存在と、こうして地の底のあなたが巡り合ったように、ね。

魔王:ならば最後に一つ質問をしてもいいか?

勇者B:(審美しんび)答える義理も義務もありませんけれど、ええ、最期・・――冥途めいどの土産でよろしければ。

魔王:っふ、ぬかしおるわ。それで、今日の勇者ご一行いっこうは何名だ? 生憎、予約も無しに来おった故、最期の晩餐ばんさんは用意していないがな。

勇者B:(審美しんび)99。

魔王:は?

勇者B:(審美しんび晩餐ばんさんとやらはさておき、今宵この城に来た勇者――メインディッシュである城主の『おかしら・・・・』にありつこうとせ参じた勇者は、合わせて99人いると言ったのですよ。

魔王:馬鹿か! たった1人の魔王に。

勇者B:(審美しんび)ええ、たった1人の魔王相手に、これだけの物量で挑み、その三分の一を既にけずられているなど、誠に馬鹿げていますけれどねぇ。

魔王:ならば早くこの馬鹿騒ぎをどうにかしてほしいのだがな、審美しんびの勇者。

勇者B:(審美しんび)ふふ、馬鹿騒ぎはお気に召しませんか終極しゅうきょくの魔王殿?

魔王:すわけなかろう。どう見えているか知らんが、我は平穏を望んでいるのだがな。だのに、どいつもこいつもわらわらと寄ってたかって。

勇者B:(審美しんび)祭みたいで良いではありませんか。お好きでしょう? 血祭ちまつり。

魔王:異常者か暴君の如く言うが、好きなものか。

勇者B:(審美しんび)おや、好きでないのにできるというのも、大概たいがい異常だと思いますがね。

魔王:貴様もその口であろう、審美しんびの勇者。

勇者B:(審美しんび)呼び名の通り、美しきモノだけ見定みさだめる死に方ができれば、はてさて、どれほどよかったのでしょう。けれど、これもまた巡り合わせ。せめて一時ひととき、夢のように美しき戦いを。――願う。

魔王:来るか。

  審美しんびの勇者、何もない空間から絵筆えふでのような聖剣を抜き放つと、パレットのような盾に宛がう。

勇者B:(審美しんび)我、美の女神の剣にして、世界いろど愛憎あいぞう絵筆えふで混沌こんとんたる現世うつしよ秩序ちつじょ輪郭りんかくを描き、ただ願いをって調和せん。『勧善調和ドロー・ゲーム』!

  振るった絵筆えふで飛沫しぶきを広げ散らすようにして一閃を放ち、魔王を襲う。

魔王:『無条件超克レイズ』! っふ! 悪くない一撃だな。しかし!

勇者B:(審美しんび)ドロー! ドロー! ドロー! ドロー! ドロー!

魔王:よもや連撃れんげきか! レイズ! レイズ! レイズ! っち、長くは持たぬな。ならば……!

勇者B:(審美しんび)次で決めましょうか、魔王!

魔王:良かろう。審美しんびの勇者! ……3!

  2、1、同時に台詞。

魔王:『敢然超克リ・レイズ』!

勇者B:(審美しんび)『勧善調伏クイック・ドロー』!

  間。

勇者B:(審美しんび)……見事です。

  審美しんびの勇者、倒れる。

魔王:……さて。次はどいつだ? 

勇者A:(審判しんぱん)ふむ、審美しんびの勇者殿を倒すとは。さて皆さま彼の魔王、判決は如何に?

勇者B:(断罪だんざい)――断罪之剣だんざいのつるぎ『ギルティ・ブレイド』!

勇者C:(執行しっこう)――執行之剣しっこうのつるぎ『ギルティ・サーベル』!

勇者D:(懲罰ちょうばつ)――懲罰之剣ちょうばつのつるぎ『ギルティ・エッジ』!

勇者A:(審判しんぱん)――審判之剣しんぱんのつるぎ『ギルティ・ソード』!

魔王:……はぁ。

  魔王、四人の勇者(断罪だんざい執行しっこう懲罰ちょうばつ審判しんぱん)の剣を回避せず受け止め、溜息を零す。

魔王:つまらんな。

勇者B:(断罪だんざい)なっ!

勇者C:(執行しっこう)僕らの攻撃を、

勇者D:(懲罰ちょうばつ)回避すら、

勇者A:(審判しんぱん)しないとは……!

魔王:断罪だんざい執行しっこう懲罰ちょうばつ審判しんぱんの勇者よ。貴様らは四半分しはんぶんの一人前か? それを貴様らのように咎めはせぬが、審美しんびの勇者の後では格落ちもはなはだしい――曲解罪業四方剣きょくかいざいごうよもつるぎ『フォース・ディスソード》』。

  四人の勇者(断罪だんざい執行しっこう懲罰ちょうばつ審判しんぱん)、一刀の下に倒れる。

  と、すぐさま十人(放火魔ほうかま火炎瓶かえんびん不審火ふしんび火薬庫かやくこ山火事やまかじ火達磨ひだるま鉄火場てっかば不知火しらぬい星火燎原せいかりょうげん集中砲火しゅうちゅうほうか)の勇者が現れる。

魔王:言ったそばからわらわらと。余程よほどまとめて焼き払われたいらしい――いや。

勇者B:(放火魔ほうかま)あはぁ♡ 気付きましたかぁ?

勇者A:(火炎瓶かえんびん)そうさ、焼き払われんのはよぉ、

勇者C:(不審火ふしんび終極しゅうきょくの魔王さ~ん、

勇者D:(火薬庫かやくこ)あんたの方なんだよなぁ。クソが。

魔王:放火魔ほうかま火炎瓶かえんびん不審火ふしんび火薬庫かやくこの勇者、それに――

勇者C:(山火事やまかじ)おい、魔王。てめぇさっき、四半分しはんぶんの一人前とか抜かしてたけどよぉ。それの何がいけねぇんだ、あぁん?

勇者D:(火達磨ひだるま)ひひひひひ、た、たとえ、ひひひ、一人、ひひ、一人の、ち、力は弱くっても、ひひひ、

勇者B:(鉄火場てっかば)熱き! 魂の! 力を! 合わせて! 切り拓く! それが!

勇者A:(不知火しらぬい)勇者。ってやつなんじゃないかな。……知らないけど。

魔王:山火事やまかじ火達磨ひだるま鉄火場てっかば不知火しらぬいの勇者。

勇者C:(星火燎原せいかりょうげん)一人で無理に戦って消し炭になるよりも、足りない火力を束ね、互いを補い合って戦う方が楽しいのなんて、キャンプファイヤーの火を見るよりも明らかですわ?

魔王:何を言っているのか分からんな、星火燎原せいかりょうげんの勇者。

勇者D:(集中砲火しゅうちゅうほうか)要するに終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ! 俺たちは十人で更に十倍の集中砲火しゅうちゅうほうかだ! つまり十かける十で――火力千倍!

魔王:百倍だ計算もできんのか集中砲火しゅうちゅうほうかの勇者。貴様らもしや馬鹿なのか……?! やめておいた方が良いと思うぞ!

勇者D:(集中砲火しゅうちゅうほうか)問答無用! 行くぞみんなぁ!

魔王:っちぃ! 現世うつしよに穿つは空隙くうげきことわり、開け『虚空ヴォイド――

勇者B:(放火魔ほうかま)『火蜥蜴サラマンダーぁ♡

勇者A:(火炎瓶かえんびん)『火神ウルカヌスぅぅ!

勇者C:(不審火ふしんび)『竈神ウェスタ~!

勇者D:(火薬庫かやくこ)『火神スヴァローグ……ッ!

勇者C:(山火事やまかじ)『火神プロメテウス―っ!

勇者D:(火達磨ひだるま)『うぅぅ、熾天使ウリエル

勇者B:(鉄火場てっかば)『鍛冶神ヘパイストスゥゥッ!

勇者A:(不知火しらぬい)『火鳥フェニックス

勇者C:(星火燎原せいかりょうげん)『火神カグツチっ。

勇者D:(集中砲火しゅうちゅうほうか)『火神イグニス

魔王:――創世ヴェルト』!

  勇者、4人同時(気持ち10人同時)に。

勇者B:(鉄火場てっかば)――の爆炎』オブ・ジ・エクスプローーーージョン

勇者A:(不知火しらぬい)――の爆炎』オブ・ジ・エクスプロージョン

勇者C:(星火燎原せいかりょうげん)――の爆炎』オブ・ジ・エクスプロージョンっ。

勇者D:(集中砲火しゅうちゅうほうか)――の爆炎』オブ・ジ・エクスプロージョン

  玉座の間が爆炎に包まれる。

  長い間。

魔王:……『解放リリース』。

  屋根も壁も玉座も消し飛んだ虚空から魔王が現れる。

魔王:……放火魔ほうかま火炎瓶かえんびん不審火ふしんび火薬庫かやくこ山火事やまかじ火達磨ひだるま鉄火場てっかば不知火しらぬい星火燎原せいかりょうげん集中砲火しゅうちゅうほうかの勇者。全員まとめて、蒸発したか。言わんこっちゃないが、なんと傍迷惑はためいわくな。おかげで我が城も随分と見晴みはらしがよくなってしまったわ。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)ほんと、見る影もないですねぇ。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)みすぼらしくなっても同情はしないけれど。

魔王:む……?

  と、そこに二人の勇者(隔岸観火かくがんかんか地水火風ちすいかふう)が現れる。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)けれど、なかなか見応えはありました。これぞ正に対岸の火事――といった具合です。くっふっふ。ねぇあなたもそう思わない、地水火風ちすいかふう

勇者A:(地水火風ちすいかふう)さて、どうだろうねぇ隔岸観火かくがんかんか。確かにそれなりに面白い見世物だとは思うよ。けれど僕には、余計なものにまで火を点けてしまった気がしてならないよ。

魔王:隔岸観火かくがんかんかの勇者、それに地水火風ちすいかふうの勇者か。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)ええ、そのようですね。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)ああ、そうみたいだね。

魔王:なるほど、先ほどの馬鹿共の自爆は貴様の差し金だな? 隔岸観火かくがんかんかの勇者。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)あらぁ、分かります? ええ、雑魚が幾ら束になっても、鯨には敵いません。けれど、それぞれに爆弾をくくりつけてみれば、どうでしょう? 或いは毒を含ませてみるというのは? いい勝負、なんてもの、はなから望むべくもありませんが、先ほど地水火風ちすいかふうの言ったようにそれなりの見世物みせものには、なったのではないでしょうか?

魔王:おおよそ、勇者と称される者のやり方とは思えんがな。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)おかしなことを言うね、魔王。勇者なんてものは、そもそもが、ろくでもないよ。称される? いいや、違うね。僕らは、少なくとも僕は生まれた時からそうあるべくして、勇者なんだよ。望みも、願いも、意志も、意味も、価値も、何もない。何をやろうと、何をやるまいと、世界を救おうと、大量虐殺たいりょうぎゃくさつしようと、昼寝でもしていようと。僕は、僕らは、勇者だ。そうだよね、隔岸観火かくがんかんか

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)ええ、地水火風ちすいかふう。それに、あなたもそうなんじゃなくって? 終極しゅうきょくの魔王?

魔王:……しかり。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)っはっはっは。だからね、魔王。僕は君を全力で殺そうと決めたんだよ?

魔王:そうか。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)勇者の使命だから? ナンセンスだ。僕は僕をこんな醜い存在に生んだ、この世界を滅ぼすために、君を殺す! 自明じめいだろう、魔王?

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)だったら私は、見物してていい?

勇者A:(地水火風ちすいかふう)ああ、手を出したら、君も殺す。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)くっふっふ。怖い怖い。ま。お手並てなみ拝見ねぇ?

勇者A:(地水火風ちすいかふう)……さぁ、行くよッ! 『岩石弾ロック・バレット』!

魔王:ふん、言う割には大したこと事は無いな。――『闇鎗ダーク・スピア』!

勇者A:(地水火風ちすいかふう)そうさ――『岩石殻ロック・シェル』! ――からの『解放ブレイク』! 『岩石砲弾ロック・カノン』! 僕は大した魔法が使えるわけじゃない。『水弾アクア・バレット』! 『水流砲弾アクア・カノン』!

魔王:ああ、確かに悪くは無い、精度も、威力も。そして、複数の属性、多彩な魔法を並行して行使できる才覚さいかく

勇者A:(地水火風ちすいかふう)へぇ、そこまで分かるものなんだね――『竜巻サイクロン』!

魔王:あぁ。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)ならば、これはどうかな? 『火焔砲弾フレイム・カノン』!

魔王:貴様の攻撃は見えている――。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)君じゃないよ、狙いは――『火山弾ヴォルカニック・ボム』!

魔王:浮かせた岩を火焔かえんで熱して――、

勇者A:(地水火風ちすいかふう)そして――『水蒸気爆発スチーム・エクスプロージョン』!

魔王:けた岩を水たまりに落とすことで、爆発を引き起こす。しかしそれも目眩めくらましに過ぎず真の狙いは――

勇者A:(地水火風ちすいかふう)もらった! ――『超音速刺突刃アルターソニック・ピアシングエッジ』!

  地水火風ちすいかふうの勇者の剣が魔王の胸を穿つ。

魔王:っぐ、見事――と、言うとでも?

勇者A:(地水火風ちすいかふう)っな!? 後ろ……?! しかし確かに手応えが……え?

魔王:『栄光の歪な抱擁ワインド・ホールド・グローリア』。その攻撃は我に刺さらぬ。代わりに――

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)くふ……っ。

  地水火風ちすいかふうの勇者の持つ剣は、隔岸観火かくがんかんかの勇者の胸を貫いている。

勇者A:(地水火風ちすいかふう隔岸観火かくがんかんかっ!? 何故……!

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか曲線美きょくせんびの、応用、いえ、悪用ですか……、地水、火風の認識を、歪めたのでしょ、う……?

魔王:ほう、分かるのか。そうだ。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)違う! どうしてこんなことをしたのかと聞いているんだ!

魔王:どうして――。思い出せぬか?

勇者A:(地水火風ちすいかふう)思い出す……?

魔王:その手の、その剣の感触を。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)何のことだ……いや。

  間。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)……どうして、忘れていたのだろう、僕は。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)残念。地水火風ちすいかふうしおどきだよ……くふっ。

勇者A:(地水火風ちすいかふう隔岸観火かくがんかんか! 君は気付いて……?

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)くっふっふ……、私は傍観ぼうかん、者だからねぇ……。けど、それ、……それもおし、まい……。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)悔しくて、腹立たしいなぁ、魔王。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)私も、思います、よ、くもクソッタレな、最期、を再現、してくれ、ましたね? く、ふふ、ふふ……!

魔王:恨んでくれて構わん。我は魔王故な。

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)ここ、からは後半戦……、ま。頑張って、辿り着いてね。

魔王:そうか。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)僕は、僕をこんな醜い存在に生んだ世界を……壊して欲しい。

魔王:あぁ。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)また、勝てなかったなぁ……! くそ……!

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)でも、かっこ、よかったよ、少なくとも、私の胸には刺さった。

勇者A:(地水火風ちすいかふう)笑えないよ、それ……はっは、

勇者B:(隔岸観火かくがんかんか)ふっふ……笑って、るじゃん?

魔王:――『凍焔嵐土エレメンタル・ユートピア』!

  二人の勇者の笑い声が、炎と氷と風と岩の渦に消えていく。

魔王:さらばだ、地水火風ちすいかふうの勇者。隔岸観火かくがんかんかの勇者。永遠に。

  四人の勇者(天満月あまみつつき三日月みかづき雪月花せつげっか朧月夜おぼろつきよ

勇者D:(天満月あまみつつき)などと格好をつけているところ恐縮ですが、終極しゅうきょくの魔王殿。私はあなたにもきれいさっぱり世界より消えていただきたい所存しょぞん。そう永遠に。と言いたいところですが、考える限り、真っ当な勇者が真っ当に戦ったのでは、あなたを終わらせる頃には我らが寿命を全うしても足りず、どころか世界が終わっているのではないかと我々は思い至りました。

勇者C:(三日月みかづき大言壮語たいげんそうご体現者たいげんしゃである地水火風ちすいかふうくんと有口無行ゆうこうむこうの向こうに立った隔岸観火かくがんかんかちゃんときたらほんと役立たずで困っちゃうけれど、かと言っていくらあたしたちでも用意も無しにあなたを殺すのは容易じゃないってわけで最初っから最終手段に打って出ることにしちゃいました。いぇい。

勇者B:(雪月花せつげっか)てかもう、ドーンとアレいっとかない? 早く帰って寝たいし的な。

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ)あなたを殺す頃には世界が死んでるなら、世界が死んだらあなたも殺せる。という、簡単な答えを見つけたというわけです。要するに。――それでは皆さん唱和しょうわあれ。

魔王:クソ! 相変わらずイカレたやつらよのぅ! 天満月あまみつつき三日月みかづき雪月花せつげっか朧月夜おぼろつきよの勇者! この局面きょくめんで面倒な!

勇者D:(天満月あまみつつきあまねく夜空を照らす高潔こうけつなる我らが神に願う。

勇者C:(三日月みかづき)我ら敬虔けいけんなる信徒に光をもたらし愚かなる敵を滅亡めつぼうせしめたまえ。

勇者B:(雪月花せつげっか)我らに完全なる勝利を。

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ)奴らに完全なる敗北を。

勇者D:(天満月あまみつつき)故に我らは願う――

魔王:月光の狂信者ルナティック共が!

  四人の勇者、声を揃えて。

勇者D:(天満月あまみつつき御身おんみ降臨こうりんって全ての清算せいさんを。――『夜の降る天満月ムーン・フォール』。

勇者C:(三日月みかづき御身おんみ降臨こうりんって全ての清算せいさんを。――『三日月ムーン・フォールの降る夜』。

勇者B:(雪月花せつげっか御身おんみ降臨こうりんって全ての清算せいさんを。――『降る夜の雪月花ムーン・フォール』。

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ御身おんみ降臨こうりんって全ての清算せいさんを。――『朧月フォールの降る月夜ムーン』。

  月が落下を始める。

勇者C:(三日月みかづき)おぉ我らが神よ! 御身の存在をより近くに感じます……!

勇者D:(天満月あまみつつき)あぁ、美しい! 気高く美しい我らが神!

勇者B:(雪月花せつげっか)そしてお近づきになった分だけ我らの力も高まっていく!

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ)これぞ我らが究極奥義――永久とわなる月光の導き『パーペチュアル・フルムーン』!

魔王:終極しゅうきょくたる我を差し置いて世界を終わらせる気か貴様らは! ええい、八方厄災闇殻備刃はっぽうやくさいあんかくびじん『フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター』!

勇者D:(天満月あまみつつき)は! そのようなちっぽけな殻ごときで、我らが神の裁きから逃れようとするとは愚かな!

魔王:お前らだけには愚かとか言われたくないが、――命ず。

  魔王、何もない空間から巨大な絵筆えふでのような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。

魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉しゅうえんの落とし子。世界いろどる愛憎の絵筆えふで混沌こんとんたる現世うつしよ終極しゅうきょく点描てんびょうほどこし、ただ命令を以って調和ちょうわせん。――『完全無条件調和ロード・オブ・ゲーム』!

  振るった絵筆えふで飛沫しぶきを広げ散らすようにして一閃を放ち、勇者たちを襲う。

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ)っは! これしきの攻撃が、

勇者D:(天満月あまみつつき)我らに届くとでも――

魔王:――歪曲虚像召喚わいきょくきょぞうしょうかん『ワインディング・ミラー』!

勇者B:(雪月花せつげっか)なっ⁉ だが……!

魔王:『雷速刺突刃ライトニング・ピアシングエッジ』!

勇者C:(三日月みかづき)ぐふっ……! よもや、ここでたおれようとは……! しかし、既に神は動いておられるのだ、今更我ら如き仕留めたところで無駄な――

魔王:現世うつしよに刻むは虚無きょむことわりとざせ『消失ロスト――

勇者D:(天満月あまみつつき)まさか貴様!

勇者A:(朧月夜おぼろつきよ)やめろぉぉぉぉぉ!

魔王:――終極ザ・フィナーレ』。

  月が消滅する。

勇者B:(雪月花せつげっか)あ……あ、あ、我らの、神が、月が、消え……、た。

  四人の勇者、瞳から光を失いその場に斃れる。

魔王:それほど大切なモノならば、とさぬよう努めるべきであろうに。自ら進んで失うなど愚鈍ぐどんに過ぎる。……ふむ、しかし、非常時とはいえ夜空から月を消してしまうのはやり過ぎたか。いくら無数の星が瞬こうとも、月のない夜は少々さびしいものよ。

勇者D:(誤謬ごびゅう)でしたら、その風流ふうりゅうな望み、我らのフールで叶えて差し上げましょうか?

魔王:貴様らは……。

勇者D:(誤謬ごびゅう)我、人に説くはミスリード。

勇者A:(虚偽きょぎ)世に聴かせるは未必みひつ故意こい

勇者B:(詐術さじゅつ)神に語るは悪魔の証明。

勇者C:(欺瞞ぎまん)砂利を小麦に、鉛を金に、水を薬に、薬を毒に、親の仇の憎悪でさえも旧知の友への親愛に、口八丁くちはっちょう手八丁てはっちょう丁丁発止ちょうちょうはっし針小棒大しんしょうぼうだい針千本はりせんぼん甘露甘露かんろかんろと舌で転がし並べたてまつりまするうそ八百万やおよろずの神々よ、教えてくれてありがとう、大きな嘘ならバレやしない、そうさこの世は――。

  四人の勇者、声を揃えて。

勇者D:(誤謬ごびゅう)――『休題怪盗フィクション・インポッシブル』。

勇者B:(詐術さじゅつ)――『及第解凍フィクション・インポッシブル』。

勇者C:(欺瞞ぎまん)――『旧大怪盗フィクション・インポッシブル』。

勇者A:(虚偽きょぎ)――『九大解答フィクション・インポッシブル』。

勇者D:(誤謬ごびゅう)『雲壌月鼈トゥルー・ムーン』。

  夜空に月の光が戻る。

魔王:……消した筈の月が、戻った? いや。月光だけか。

勇者A:(虚偽きょぎ)ふふ、火のないところに煙は立たない。とは言いますが、煙があれば火もまたそこにあると、思ってしまうも人も後をたたないのです。

勇者C:(欺瞞ぎまん)そして光あれば闇もある。つまりそこに闇があるなら、光があることも多々あるものってことなのさ。知らんけど。

魔王:そのの打ちどころしかない屁理屈へりくつで、よもや夜空に月光をよみがえらせたのか? 虚偽きょぎの勇者、欺瞞ぎまんの勇者。

勇者B:(詐術さじゅつ)え~? せめて及第点きゅうだいてんくらいは欲しいっすね~。だって、そもそも月が夜空にあるのか無いのかなんて、その目で月を見るまで分らない訳じゃないですか。

魔王:馬鹿を言うな、詐術さじゅつの勇者。我は確かに消し去った。この手でな。

勇者D:(誤謬ごびゅう)えぇ、確かに月は既に無いのかも知れないし、あるのかもしれない。或いは実際にその目で見ても、真贋しんがん見極めることあたわず。何故なら月はあまりに遠く、手で触れることは叶わないから。そう、伸ばしたその手の先にあるのは、誰かがそこにあると口にした手の込んだ冗談かもしれない。それを言うなら本当は、月や夜空なんてものさえそこに無くって、ただわたるばかりの天蓋てんがいに、投影したそれは、明るくまぶしく手が届かずそれ故、もっともらしい夢物語なのかもしれない。ちがうかな?

魔王:何が言いたい、誤謬ごびゅうの勇者。

勇者D:(誤謬ごびゅう)だから、或いはその手で消し去った、なんて事実も天蓋てんがいふたを開けてみれば、いやさ、目蓋まぶたを開けてみれば、なんてことない虚実きょじつ織り交ざった君の奇想天外きそうてんがい誇大妄想こだいもうそうかもしれない。或いは、もう動くことすらしない筈の証拠が、動いていることが証拠だと思うけれどね。

魔王:それこそ誤謬ごびゅうだな。嘘吐うそつきが。

勇者D:(誤謬ごびゅう)はは、いやはや手厳しいね。

魔王:それで、今度は我を消し去るつもりか? 舞い戻った貴様らが。

勇者B:(詐術さじゅつ)う~ん、そうしたいのは山々なんすけどね~。虚偽きょぎ? あんた残ってる?

勇者A:(虚偽きょぎ)ないですね、詐術さじゅつ。ていうかみんなさっきので力を使い切ったのでは? そうでしょう、欺瞞ぎまん

勇者C:(欺瞞ぎまん)いいえ? 無論むろん僕は力を残していますけど? ま。欺瞞ぎまんの勇者のたしなみってやつ? だから足並揃えてるだけですよ。じゃあ、何故なにゆえ使わないのかって聞かれたら。知らんけど。

勇者D:(誤謬ごびゅう)嘘だね。

勇者C:(欺瞞ぎまん)ちぇっバレたか。

勇者D:(誤謬ごびゅう)……というわけで、我々はそろそろおいとましますよ。

魔王:誤謬ごびゅうの勇者。本当に、月を戻しに来ただけなのか?

勇者D:(誤謬ごびゅう)本当も嘘も無いけど、というか無いと言ったのはあなたでは? それに他の勇者はともかく我々は……まぁ嘘吐うそつきだけどそれでも、

勇者B:(詐術さじゅつだましても。

勇者A:(虚偽きょぎいつわっても。

勇者C:(欺瞞ぎまんあざむいても。

勇者D:(誤謬ごびゅう伊達だて酔狂すいきょうあやまって勇者なんてやってるから、魔王の魔の手から世界を救う義務感や使命感くらいはあるんだよ。

魔王:……そうか、すまんな。

勇者D:(誤謬ごびゅう)謝られてもそれはそれで困るけど、あぁ。それじゃあ。

  四人の勇者、月光に溶けていく。

魔王:夢物語、か。だとすれば、これは悪夢に違いないな。

勇者B:(暁闇ぎょうあん)出来の悪い悪夢ってやつだね。きっと。

勇者C:(黎明れいめい)もう目覚めなきゃいいんだよ。いっそ。

勇者A:(白昼はくちゅう)その隙に始末しておくべきさ。そっと。

勇者D:(黄昏たそがれ)でも本当にそれでいいのかな。えっと。

魔王:暁闇ぎょうあん黎明れいめい白昼はくちゅう黄昏たそがれの勇者か。何をしに来た?

勇者B:(暁闇ぎょうあん)月が消えたから敵討かたきうちに来た。とか?

勇者C:(黎明れいめい)もちろん同胞どうほう仇討あだうちに来た。だろ?

勇者A:(白昼はくちゅう)或いはいつかの仕返しかえしに来た。かな?

勇者D:(黄昏たそがれ)かつての借りを清算せいさんしに来た。だよ?

魔王:心にもない空虚くうきょな言葉だ。月も同胞も、その目に映ってなどいないだろうに。

勇者B:(暁闇ぎょうあん)心ってね移り変わるものだからね。

勇者C:(黎明れいめい)言葉ってな空々そらぞらしいものだからよ。

勇者A:(白昼はくちゅうつくろってみたところで無為むいだからさ。

勇者D:(黄昏たそがれさえずってるけどお前も同じだからな。

魔王:ふん、やはり痛いところを突いてきおる、しかし言葉で我は倒せんぞ?

勇者B:(暁闇ぎょうあん)なら、実力行使じつりょくこうしだね。

勇者C:(黎明れいめい)まぁ、有言実行ゆうげんじっこうだが。

勇者A:(白昼はくちゅう)いや、先制攻撃せんせいこうげきだろ。

勇者D:(黄昏たそがれ)さぁ、攻撃開始こうげきかいしだよ。

勇者B:(暁闇ぎょうあん)おちろ――暁闇堕落ぎょうあんだらく『ダウン・デプラヴィティ』。

勇者C:(黎明れいめい)はまれ――黎明愚昧れいめいぐまい『デイブレイク・スチューピディティ』。

勇者A:(白昼はくちゅう)しずめ――白昼夢想はくちゅうむそう『デイライト・ドリーム』。

勇者D:(黄昏たそがれ)かかれ――黄昏倒錯こうこんとうさく『トワイライト・パーヴァジョン』。

魔王:っく……ふっふ……、なるほど、気力や精神力を際限さいげんなく奪われる……これは、精神系魔法による飽和攻撃ほうわこうげき……のつもりか? ……しかし朝かられまでだと? ……生ぬるい!

魔王:嘆け――暴乱血涙ぼうらんけつるい『エタニティ・ボランティア』! 

勇者B:(暁闇ぎょうあん)そんな……!?

魔王:吠えろ――錆修斬業さしゅうざんごう『ラスト・スパーダ』!

勇者C:(黎明れいめい)ばかな……!?

魔王:叫べ――襲急零日しゅうきゅうれいか『ホーリー・レイド・ゼロ』!

勇者A:(白昼はくちゅう)こいつ……!?

魔王:唸れ――連勤術死れんきんじゅつし『ヘルスロットル・アルケミスト』!

勇者D:(黄昏たそがれ)やばい……!?

魔王:朽ちても踊れ――血錆襲連舞踏会けっさしゅうれんぶとうかい『エンドレス・フルブレイド・サバト』!

勇者B:(暁闇ぎょうあん)がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!

勇者C:(黎明れいめい)ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!

勇者A:(白昼はくちゅう)ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!

勇者D:(黄昏たそがれ)げぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!

  四人の勇者、昏倒する。

魔王:よもやこの程度でたおれるか。精神も肉体も技量も未熟だな。……む?

  その場に新たな四人の勇者(魔穿鉄拳ませんてっけん鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう雪泥咬爪せつでいこうそう極握非道ごくあくひどう)が音もなく現れる。

魔王:貴様らは魔穿鉄拳ませんてっけん鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう雪泥咬爪せつでいこうそう極握非道ごくあくひどうの勇者。

勇者A:(魔穿鉄拳ませんてっけん)…………。

勇者B:(鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう)…………。

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)…………。

勇者D:(極握非道ごくあくひどう)…………。

魔王:魔王と話す舌など持たぬか? ――否。

  勇者達、無言のままに各々戦いの構えをとる。

魔王:武によって語る、か。面白い。ならば――こい!

勇者A:(魔穿鉄拳ませんてっけん魔葬拳まそうけん! 蛇王掌じゃおうしょう! 鉄穿拳てっせんけん

魔王:ふんっ! はぁっ! 嵐翔らんしょう――

勇者B:(鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう滅神鳳墜脚めっしんほうついきゃく! 雷翔脚らいしょうきゃく! 転墜脚てんついきゃく

魔王:ぐっ!? らぁ! はぁ! 幻影舞踏げんえいぶとう――

勇者D:(極握非道ごくあくひどう秘技ひぎ襲握しゅうあく

魔王:っちぃ! 放せ孵化陰ふかいん――。

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう罪業爪曲閃ざいごうそうきょくせん

魔王:くそっ、手数が! 罪業双極拳ざいごうそうきょくけん

勇者A:(魔穿鉄拳ませんてっけん羅刹掌らせつしょう

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう咬泥爪牙こうでいそうが

魔王:ぐ、この……! 表裏曲ひょうりきょっ――!

勇者D:(極握非道ごくあくひどう秘技ひぎ凶握きょうあく

魔王:っく、身体が動かぬ……! こうなれば、あまり気は進まぬが――『栄光の歪な抱擁ワインド・ホールド・グローリア』!

勇者D:(極握非道ごくあくひどう)奥義、極握非道ごくあくひどう

勇者A:(魔穿鉄拳ませんてっけん)奥義、魔穿鉄拳ませんてっけん

勇者B:(鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう)奥義、鸞翔鳳蹴らんしょうほうしゅう

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)奥義、雪泥咬爪せつでいこうそう

魔王:同士討どうしうちは覚悟の上か……!!

  四人の勇者、それぞれの奥義を放つと、周囲が衝撃波で粉砕され、瓦礫と粉塵に包まれる。

  間。

魔王:…………げほっ。

  瓦礫の中から魔王が現れる。

魔王:無茶苦茶しおって……。もはや我が城が原型げんけいを留めておらんのだが? さて、誰ぞまだ生きておるか? 我とて多少は……そこか――『厄病搦手アカシック・カラミティ』。

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)……っく。無念。

魔王:雪泥咬爪せつでいこうそうの勇者、生き残りは貴様だけか?

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)死に損ない、の間違いだ。止めを刺すがいい、魔王。

魔王:強いて仕留めずとも、直に消えるのではないか? これまでの戦いを見る限りはな。

  魔王、周囲を見渡す。

  その場には瓦礫ばかりが残り、倒した勇者の亡骸は無い。

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)ああ。泡沫ほうまつであるが故に、最期はくありたいと願うもまた、いくさに生きた者のさがかも知れぬがな。……どちらにせよ、それは勝者の選ぶことよ。

魔王:そうか、では、最期に言い残すことは?

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)……っふ、ふ、存外ぞんがい、甘いのだな……。

魔王:味気あじけないのはかぬでな。

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう)っふ、同感だ。そして、なればこそ、悪くない死合しあいだった。叶うなら、我が意思で、我が信念で、我が肉体で、この闘争を、心いくまで……楽しみ……たかった……それだけが……心残り――。

魔王:そうか、ならば眠るがいい。我が宿敵よ。罪業葬極拳ざいごうそうきょくけん

勇者C:(雪泥咬爪せつでいこうそう感……謝――。

  雪泥咬爪せつでいこうそうの勇者、魔王の一撃を受け消滅する。

魔王:ふん、虚しい闘いだ……。

勇者A:(驟雨しゅうう)あぁその通りだよ、魔王……! 僕もそう思う、心から……! だからこんなことはおしまいにしなくてはならないんだ、今日ここで……! 降りやまぬ雨の中で僕はこの世界にかかげよう、そう、一振ひとふりのかさを――驟雨一擲しゅうういってき『カットイン・ザ・レイン』!

魔王:驟雨しゅううの勇者か。相変わらず空気の読めぬ奴だ――拒め闇殻あんかく『ダークネス・シェル』。

勇者A:(驟雨しゅうう)止めるなんてそんな馬鹿な! 僕の必殺技を!? ……と、言うとでも思ったかい、魔王? その程度で、そう悲しみという名の雨は降りやまないのさ、残念だけど……! 僕は連鎖れんさする悲劇の糸を全て断ち切りいつくしみで世界を満たす、そうこの剣で――驟雨しゅうう一擲いってき三千世界さんぜんせかい『ピース・オブ・レイ・アフタ――』

魔王:――『超音速突撃拳アルターソニック・ピアシング・ナックル』!

勇者A:(驟雨しゅうう)かはぁっ!?

魔王:ごちゃごちゃうるせぇんだよ。

勇者B:(雷霆らいてい)あらら、だから止めたのに、ほんとお馬鹿さんだよね。驟雨しゅううくんは。

勇者C:(泡雪あわゆき)でも雷霆らいてい、あんたそこが良いとか言ってたじゃん。分っかんないなー。確かに良いよ? 顔は。でもあんなナルシスト、うち絶対、イケメンじゃなかったら殴ってるわ。

勇者D:(砂嵐すなあらし)つまり、普段泡雪あわゆきに殴られない俺は、……っは! イケメン認定……?!

勇者B:(雷霆らいてい砂嵐すなあらしくん。ひょっとしてそれ、ただ単に特徴とくちょうも無くて至極しごくどうでもいいからではと思ったんだけど、まぁ、別に君の顔僕は嫌いじゃないよ。

勇者D:(砂嵐すなあらし)え、雷霆らいていちゃん、今僕のこと愛してるって……!?

勇者C:(泡雪あわゆき砂嵐すなあらしてめぇ頭に砂でも詰まってんのか? サンドバック志望か? あん?

勇者D:(砂嵐すなあらし)あぁそうだぜ! 俺は殴るより、寧ろ殴られたい!

勇者B:(雷霆らいてい)キモ。

勇者C:(泡雪あわゆき)きっしょ。

魔王:……ここに来て雷霆らいてい泡雪あわゆき砂嵐すなあらしの勇者か。

勇者B:(雷霆らいてい)んー? 何? なんか言いたいことでもある感じ? 僕さ、許せないんだよね、そういうの。見かけで判断してめられるのが、一番嫌い。嫌いなやつは、死ね。――雷霆一撃らいていいちげき『カイゼル・ライトニング』!

勇者C:(泡雪あわゆき)右に同じ――泡雪一片あわゆきいっぺん『ドリーミング・スノー』!

勇者D:(砂嵐すなあらし)二人が言うなら俺もそう! 砂塵一握さじんいちあく『リヒト・ザント・シュトゥルム』!

魔王:っく、範囲攻撃……! 此奴こやつらに人格を期待しても仕方ないが、やはり実力だけは侮れぬな……! しかし――雪塵雷洪せつじんらいこう『エレメンタル・ディストピア』!

勇者B:(雷霆らいてい地水火風ちすいかふうの応用……!?

勇者C:(泡雪あわゆき)だけじゃねぇなこれ、雪と砂と雨と雷……!

勇者D:(砂嵐すなあらし)てか俺らへの当てつけじゃん!?

魔王:幻影舞踏殺げんえいぶとうさつ! 一つ! 二つ! 三連闇斬さんれんあんざん『トライ・ダーク・スラッシュ』!

勇者B:(雷霆らいてい)っくは……! 駄目だったか、悔しいな……。

勇者C:(泡雪あわゆき)いける、と、思ったのに……!

勇者D:(砂嵐すなあらし)そんな、甘くねぇよな、恋も、戦いも……!

魔王:驟雨しゅううの勇者をぎょしきれず、欠けた状態で我に挑むような愚を犯さなければ、多少はマシな結果となったろうに。当然の帰結きけつよ。

  倒された勇者たちが砂に溶けて消える。

  その中から四人の勇者(絶望ぜつぼう希望きぼう渇望かつぼう失望しつぼう)が現れる。

魔王:さて、次は絶望ぜつぼう希望きぼう失望しつぼう……それに――

勇者A:(絶望ぜつぼう)あぁ、当初あれだけ居た同胞どうほうが、今や3割をりました。

勇者B:(希望きぼう)というか7割られた?

勇者D:(失望しつぼう)だらしねぇなぁマジで。

勇者A:(絶望ぜつぼう)あぁ、なんと無情むじょうなことでしょう……! 貴方に慈悲じひは無いのですか、魔王?!

魔王:ここで楽にしてやることこそ我の慈悲じひだが?

勇者A:(絶望ぜつぼう)あぁ、そうでしょうね、ふふ、やはり最初から我々が生きて帰ることなんて不可能なのです……っ!

勇者B:(希望きぼう)まだ諦めちゃダメだよ絶望ぜつぼうの勇者さん! 確かに良い状況とは言いがたいかもしれないけれど、それでもまだ――

勇者D:(失望しつぼう)可能性はあるってか? っは。楽観視らっかんしするのは結構だが、希望きぼうの勇者。どれだけの勇者がまともに戦えてたよ?

勇者B:(希望きぼう)それは……!

勇者D:(失望しつぼう)情けなくって仕方ねぇ。期待外れだ。

魔王:偉そうなことを言う、失望しつぼうの勇者よ。貴様は違うとでも?

勇者D:(失望しつぼう)っは。俺は最初から期待なんてしてねぇんだよ。他人にも、自分にも。

魔王:冷めた勇者だな。

勇者C:(渇望かつぼう)えへへ、でもでも、皆さんが不甲斐ふがいないからこそ私たちに、こうして念願ねんがんの出番? 御鉢おはち? が回ってきたんですよぉ? 待ちびましたよ、はぁはぁ、はやく……、早く、速く、はやく! こ、こここ、殺したい、殺したい! この手この爪この指でえへへへへへ、まままま魔王をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 剥手渇裁はくしゅかっさい『クラップ・クラック・ユア・ハンズ』ぅぅぅぅぅ!

魔王:渇望かつぼうの勇者! 貴様らって十人に一人はこんな感じだな――六病足災むびょうそくさい『シックス・ロックス』!

勇者C:(渇望かつぼう)手足を封じた程度でぇぇぇへへへぇぇ?!

魔王:しかしその間合いでは食らいつくこともできまい?

勇者C:(渇望かつぼう)いへへへへぇぇぇ! 甘いですねぇ! 言うことを聞かないものは不要ですよぉぉぉ? 千切ちぎれろ――悪手征裁あくしゅせいさい『シェイク・ア・ハンズ』ぅぁぁ!

  渇望かつぼうの勇者、手足を切り離し無理矢理間合いを詰めて絡みつく。

勇者C:(渇望かつぼう)えひひひひひ! つっかまえましたぁぁ~♪ 一緒に地獄に行きましょぉぉ――縊切言漫くびきりげんまん『タング・ハング・スパイク・ドランク』!

魔王:っく、振りほどけぬ! よもや捨て身か渇望かつぼうの勇者!

勇者A:(絶望ぜつぼう)あぁ、生きて帰ることの叶わぬ絶望ぜつぼう的な死地しちなればこそ、我々は身命をしちに入れてすことが未来へのトスなのです! 我が身諸共もろともこの場の全てを焼き尽くせ――絶死奉功ぜっしほうこう『デスゲーム・オーバー・サーカス』!

魔王:貴様もか絶望ぜつぼう

勇者B:(希望きぼう)みんなの命懸いのちがけの一撃! そこには確かに希望きぼうがあるね! だからあたしのとっておきも見せてあげる! 希死壊生きしかいせい『バースト・ホープ』!

魔王:やはり希望きぼうの勇者までも! 貴様だけはこういう展開に乗らないよな、失望しつぼうの勇者!

勇者D:(失望しつぼう)やれやれ。どいつもこいつも、命の大事さを分かっていない。死に急ぎの馬鹿ばかりだ。

魔王:おぉ、ドライな反応。それでこそ冷静な貴様に相応しい――

勇者D:(失望しつぼう)けど。

魔王:……けど?

勇者D:(失望しつぼう)もしここで俺が、望むものなんてねぇ、世の中を皮肉ニヒるだけの俺が、

魔王:おい「ニヒる」ってなんだ? じゃなくて馬鹿なことはやめろ! 自分を失うな! 貴様は貴様のままでいい!

勇者D:(失望しつぼう)命懸けで、世界を救ったりなんかしたら……どうだ?

魔王:どうもならねぇよ! はぁ!? 貴様にそんなことができるわけないし、今更無駄だからやめろ! 陰影いんえいの勇者とどっこいの日陰者ひかげものがここぞとばかりに輝こうとするな! うぬぼれるなバーカ!

勇者D:(失望しつぼう)ははっ、確かに馬鹿みてぇだ。けど、俺はいま、自分自身に初めて期待しているぜ。あぁ……、悪く、ないな。

魔王:クソが! 最悪だ!

勇者D:(失望しつぼう)世界にあまね暗雲あんうんよ、全て消え去り、未だ来たらぬ輝かしき世界の手向たむけとならん! 失望消失しつぼうしょうしつ『ロスト・ヴィジョン』!

魔王:だあぁぁぁぁぁぁ!

勇者C:(渇望かつぼう)えへへへへへへへ!

勇者A:(絶望ぜつぼう)いひひひひひひひ!

勇者B:(希望きぼう)うふふふふふふふ!

勇者D:(失望しつぼう)あははははははは!

  激しい爆発。

  爆炎に包まれた世界が、次いで静寂で満たされる。

  そこに足音が響き、新たに四人の勇者(百花繚乱ひゃっかりょうらん鏡花水月きょうかすいげつ有為転変ういてんぺん光芒一閃こうぼういっせん)が現れる。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あらぁ見て鏡花水月きょうかすいげつちゃん? 血もこおりそうなほどの畏怖いふを覚えるくらい立派で素敵だった魔王ちゃんの城が、見るも無残むざん……まったく酷い有様ありさまじゃなぁい? 瓦礫がれきも残さず消し飛んじゃって、あたし欲しかったのに残念だわぁん?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)確かに勿体もったいねぇよなぁ百花繚乱ひゃっかりょうらん

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)でしょぉ? あこがれるわよねぇ、お城暮らし。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)いや、ウチは別に城はいらねぇけどさ、なんつーの? 魔王の名に恥じない程度に金目かねめのモンくらいあったろうによ。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あら、それも捨てがたいわねぇ?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)てかよ、有為転変ういてんぺんの姉さん。これ、俺らの仕事もまとめて吹っ飛んじまったんじゃねぇか? ま、楽できたのなら良いんだけどよ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)さて、どうだろうな。あの魔王は我々が思っている以上に酷く頑丈がんじょうだぞ、鏡花水月きょうかすいげつ。多少消しずみになった程度で死ぬとは思えない。首だけになっても生きている手合てあいだ。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あらぁ。それはぞっとしないわねぇ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん光芒一閃こうぼういっせんはどう見る?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)というか、有為転変ういてんぺんさん。もはや死ぬとか生きるとかの次元でしょうか、これ。更地さらちなんですけど。たぶんこんなの僕らがらったら確実に世界から消えますけど。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)世界から消えると言えば、『虚空創世ヴォイド・ヴェルト』? だっけ? あれで逃げられた可能性は無いのかしら?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)無いな。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)どうして断言だんげんできるんです?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)あの技は空間に歪みを生じさせるが、そうした世界のほころびは見られない。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)なるほどねぇ?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)じゃあさ、魔王城跡地まおうじょうあとちって呼ぶのもはばかられるこれをやってのけた勇者様ご一行いっこうはどうしたよ?

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)少なくとも失望しつぼうの勇者たちの反応は無いわねぇ? ご愁傷様しゅうしょうさま

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)んじゃあ、うちら一体何しに来たんだよ?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)死亡確認……ですかね?

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)確認なんてとりようも無いけどねぇ?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)の、ようですね。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)もちろん同胞の骨を拾う……なんてこともできない訳だし。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ戦利品せんりひんも期待できねぇ。……んだよ、無駄足むだあしかよ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)…………。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん有為転変ういてんぺんさん……? どうかし――

勇者C:(有為転変ういてんぺん)――来るぞ。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)え?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)下だ! 飛べ!

  地面から魔王が飛び出す。

魔王:そこだ――砂塵一握さじんいちあく『リヒト・ザント・シュトゥルム』!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)……地中にひそんでいたのか!?

魔王:っち、仕留めそこねたか、まぁ良い。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)今のは砂嵐すなあらしの勇者の技ですね?

魔王:ああ。そうだ、光芒一閃こうぼういっせんの勇者。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)ですが砂を自在に操るとは言っても、地中にもぐるような汎用性はんようせいは無い筈……! 一体どうやってあの爆発から逃れたのです?

魔王:ふむ。勇者である貴様がこの魔王に教えをうのか?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)それは……!

魔王:まぁ良い。答えは簡単だ。税金ぜいきんから逃れるよりは、な?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)税……? 何を言って――。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)っふ、――なるほど。脱税だつぜいの勇者か。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ脱税だつぜいの勇者? 誰だそいつ。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あぁん、いたわね、そんなの。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん穴掘あなほりが得意だったと記憶していますが、なんと厄介やっかいな。

魔王:その評価、彼奴あやつ生涯しょうがいをかけて編み出した甲斐かいがあろうというものだな。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)しかし、その技がまさかかたき窮地きゅうちを救ったのでは、彼もかばれないだろうが、な!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)行きますよ、必殺の――光芒集積こうぼうしゅうせき『ルミナス・チャージ』!

魔王:我に有効である光魔法で戦いを決する算段か? 悪くは無いが――

勇者C:(有為転変ういてんぺん有為転変ういてんぺん『ヴァリアブル・プロミス』!

魔王:因果干渉系魔法いんがかんしょうけいまほう……? 命中率の底上そこあげとは。ねんったことだ。しかし発射される前に叩けば同じ――超音速突撃拳アルターソニック・ピアシング・ナックル

  魔王、光芒一閃こうぼういっせんの勇者に拳を食らわせ打ち倒す。

  しかし、同時に複数の光芒一閃こうぼういっせんの勇者が現れる。

魔王:……何? 光芒一閃こうぼういっせんの勇者が増えただと?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ鏡花水月きょうかすいげつ『ミラ・デコ』! んなの簡単にやらせるわけないじゃん?

魔王:贋物がんぶつか。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん魔力充填まりょくじゅうてん! 即時励起状態そくじれいきじょうたいに移行! 臨界りんかい! 120パーセント!

魔王:なに? やけにチャージが早いだと?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)命中率だけじゃない。私の魔法は変化を急速に進める、つまり――。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)――世界を穿うがて! 光芒一閃こうぼういっせん『フラッシュ・レイ・バースト』!

魔王:しかし光ならば反射するまで――鏡像召喚きょうぞうしょうかん『トゥルー・ミラー』!

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)そう来ると思ったから、数で圧倒あっとうさせてもらうわぁんっ!! 百花繚乱ひゃっかりょうらん『エンヴィズ・グラマー・ガーデン』!

魔王:よもや光線を増やすか! しかし空間ごとじ曲げれば――表裏曲解ひょうりきょくかい『ジャスト・ディストーション』!

勇者C:(有為転変ういてんぺん)なら確率変動かくりつへんどうを重ねがけるまでだ! 『有為転々変ヴァリアブル・フル・プロミス』!

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)ダメ押しの『鏡花々水月ミララ・デココ』!

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)それじゃあゴリしてまいるわよぉぉぉぉん! 百かける百で――万花繚乱ばんかりょうらん『エンヴィズ・グラマー・グラマー・エデン』んんんん!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん極限放射きょくげんほうしゃ『マキシマム・バースト』ぉぉぉぉぉ!

魔王:回避も反射も……! ちぃ! 拒め闇殻あんかく『ダークネス・シェル』! 影殻えいかく『シャドー・シェル』! 『岩石殻ロック・シェル』! 歪曲虚像召喚わいきょくきょぞうしょうかん『ワインディング・ミラー』!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)おぉぉぉぉぉぉぉ!

魔王:ぐうぅぅぅぅぅぅ!

  世界が眩い閃光と静寂で満たされる。

  間。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)はぁ、はぁ……!

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)し、仕留めたの……?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)わからねぇ、てか、陽性残像ようせいざんぞうなんっも見えん……!

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん妖精残像ようせいざんぞう……ってなぁに? フェアリーの一種いっしゅかしらん?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)はぁ、はぁ、その妖精、では無い、です。ざっくりと、説明すると、強い光を見た際に、眼に残る黒っぽい残像のこと、ですよ。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あらそうなのぉ? 二人とも随分難しい言葉知ってるのねぇ?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)はぁ……、お前たち、よくもそんな気の抜ける雑談ができるな。反応こそ無いが、まだ油断はできないのだぞ?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)反応がねぇなら、死んだってことでしょ、姉さん。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん虚空創世ヴォイド・ヴェルトや例の脱税だつぜいの可能性はどうかしらん?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)いや、その可能性は真っ先に確かめたが、無い。

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)なら、我々の勝利、ということでしょうか?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)そうなるのかも、しれん。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)よっしゃー! ウチらの勝利だぜ! な、光芒一閃こうぼういっせん! あんた、帰ったらどうするよ? うちは魔王討伐とうばつ手柄てがらで王都にでっかい屋敷建てる!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)気が早いですよ、鏡花水月きょうかすいげつさん。帰り道、結構長いんですからね?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)それはそうだけどさ? 魔王倒すより難しくは無いから楽勝だろ? なんせウチら、魔王倒した伝説の勇者パーティーなんだぜ?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)勝ってかぶとを締めよ。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)あん?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)油断してると帰路きろで痛い目にって、寓話ぐうわとして残ることになりますよ?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)るせぇこんにゃろ! んなことより、帰ったら何するか教えろよ!

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)ぼ、僕は……。その……。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)何見てんだよ?

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)い、いえ、なんでもありません! ただ、そうですね、王都に帰ったら、その、食事でも……どうです?

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)おー! いいな! みんなで祝勝会しゅくしょうかい

勇者D:(光芒一閃こうぼういっせん)あ、そ、そうでは……い、いえ! 祝勝会! みんなで! みんなで……。はぁ……。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あらあら。これは魔王よりも手強てごわそうねぇ。うふふ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)…………。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)どうしたの? 嬉しくなさそうね、有為転変ういてんぺん

勇者C:(有為転変ういてんぺん無論むろん嬉しいさ、私も。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)そう、あなたは帰ったらどうするの?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)帰る、か。考えたことも無かったな。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あらやだ、あなた死ぬつもりだったの?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)いや、そういうわけでは無いが……。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)家、継ぐの?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)…………。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)なら、あたしと旅しない?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)旅?

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)そう。今度は、魔王も、世界も関係ない。自由な旅よ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)しかし、私には勇者としての使命も、この血の宿命も……。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)あんたねぇ。ぶっちゃけクソどうでもいいじゃない、そんなの。

勇者C:(有為転変ういてんぺん百花繚乱ひゃっかりょうらん……。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)そりゃ誰かを助けるのって美しくって素敵なことだけれど、自分自身が満足しなくっちゃ勿体ないじゃない? 命は懸けたし、血はもう十分流したでしょう? だから、これからはもういいんじゃない? 何にも縛られず、好きに生きちゃえば。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)…………。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)ま、あたしと来るのがそんなに嫌なら別にいいけど。あーあ、振られちゃったわねぇ? つらいわぁ。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)いや! そういうことじゃない!

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)だったらどういうことよ?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)ほ、本当に、私でいいのか……? つまらないだろう? こんな、いつも仏頂面ぶっちょうづらの勇者なんて。

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)何言ってんの。あたしはあなたがいいの。あなたと旅したい。ていうか、結構顔に出るタイプよ? 綺麗な花とか街並みとか、いつか見た星空や夕日の沈む海……それに街中の猫ね。

勇者B:(鏡花水月きょうかすいげつ)猫?

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)普段はいかめしい教会の石像って顔してるのに、無邪気な子供みたい喜ぶんだもの。あたし驚いちゃったわ?

勇者C:(有為転変ういてんぺん)……え?

勇者A:(百花繚乱ひゃっかりょうらん)それに今も、ね。肩のが下りたって顔してる。だからもう、良いんじゃない? 有為転変ういてんぺん。あなたは変わっても。

勇者C:(有為転変ういてんぺん)……あぁ、そうだな。私は、お前と一緒ならどこまでも――。

魔王:――終夜儚落イリーガル・ナイトメア

  大地には魔王だけが立ち、その周囲に四人の勇者(百花繚乱ひゃっかりょうらん鏡花水月きょうかすいげつ有為転変ういてんぺん光芒一閃こうぼういっせん)が倒れている。

魔王:せめてめることの無い幸せな夢の中で果てるがいい。貴様らの眩い輝きにはそれだけの価値があった。……無粋ぶすいだな。

  魔王の四方に新たな勇者(真紅しんく白銀はくぎん蒼穹そうきゅう黄金おうごん)が現れ、剣を向けている。

勇者A:(真紅しんく)どっちが無粋ぶすいだよこの外道げどうが!

勇者B:(白銀はくぎん)旅の終わりが夢オチなんて悪趣味。

勇者C:(蒼穹そうきゅう)いっそのことぶち殺して差し上げればよかったのに鬼畜きちくですね。

勇者D:(黄金おうごん)だから君は『魔王』なんて呼ばれるのさクソ野郎。

魔王:いや、『魔王』を最低な蔑称べっしょうみたいに言うが、それを言ったら勇者も大体『野蛮やばんな狂人』くらいの意味になるがいいのか貴様ら?

勇者A:(真紅しんく)っは! 馬鹿が。められて嫌がるやつがどこにいる?

魔王:貴様が馬鹿だろ真紅しんくの勇者。

勇者B:(白銀はくぎん真紅しんくに同意。でも『魔王』にめられるのは不愉快ふゆかい

魔王:心底嫌そうな顔だな白銀はくぎんの勇者。

勇者C:(蒼穹そうきゅう)やはりあなたにご逝去せいきょ願いたいところですね、ええ早急そうきゅうに。

魔王:それは駄洒落だじゃれか? 蒼穹そうきゅうの勇者。

勇者D:(黄金おうごん)もしかして僕らにおもねることで死をまぬかれる算段さんだんかな? 本当に|浅『あさ』はかだな君。

魔王:貴様にだけは言われたくないな黄金おうごんの勇者。

勇者A:(真紅しんく)けど、逆に良いかも知れねぇな?

勇者B:(白銀はくぎん)倒すべき魔王が悪辣あくらつであればあるほど、

勇者C:(蒼穹そうきゅう)それを倒した時の大衆たいしゅう受けは良いですし、

勇者D:(黄金おうごん)何より悪を滅したという達成感ですっきりするんだよね。

魔王:どの口で外道とか鬼畜とか言ったのだ貴様らは。まさに返り討ちに遭ってすっきりする悪辣な勇者そのものではないのか?

勇者A:(真紅しんく)さっきからうるせぇんだよガタガタと!

勇者D:(黄金おうごん)沈黙は金。雄弁ゆうべんは銀と言うけれど、歴史なんて鍍金めっきが当たり前だよね?

勇者B:(白銀はくぎん)勝った方が正義。それが真理しんり

勇者C:(蒼穹そうきゅう)ですので私たちの名声の為、ご退場願いますよ魔王? ええ早急そうきゅうに。

魔王:やれるものならやってみるがいい。――『凍焔嵐土エレメンタル・ユートピア』!

勇者D:(黄金おうごん四属性攻撃よんぞくせいこうげき……!

勇者C:(蒼穹そうきゅう)しかしこの程度でしたら、

勇者A:(真紅しんく)問題にはなんねぇ!

勇者B:(白銀はくぎん)行く。手筈てはず通りに――。

勇者A:(真紅しんく真紅しんく烈風れっぷう『クリムゾン・ゲイル』!

勇者B:(白銀はくぎん白銀はくぎん暴風ぼうふう『シルバー・テンペスト』。

勇者C:(蒼穹そうきゅう蒼穹そうきゅう爆風ばくふう『セレスティアル・ブラスト』!

勇者D:(黄金おうごん黄金おうごん疾風しっぷう『ゴールデン・ストーム』。

勇者A:(真紅しんく)世界をめぐ四色よんしょくの風――

勇者C:(蒼穹そうきゅううるおき混ぜ奪い去り――

勇者D:(黄金おうごん)やがて風は一つとなりて――

勇者B:(白銀はくぎん)新たな世界の秩序ちつじょとならん。

  四人の勇者同時に。

勇者D:(黄金おうごん)『風神の息吹プネウマ』!

勇者C:(蒼穹そうきゅう)『風神の息吹プネウマ』!

勇者A:(真紅しんく)『風神の息吹プネウマ』!

勇者B:(白銀はくぎん)『風神の息吹プネウマ』!

魔王:っは! 面白いそう来るか! 馬鹿でかい竜巻たつまき――先刻せんこく十人の馬鹿が放った爆発と同じ発想だが、精度せいど練度れんどけた違いだ。これは確かに神を語るに相応しい。が、しかしなればこそ成せばいいのだ、神殺しを! 八方厄災闇殻備刃はっぽうやくさいあんかくびじん『フル・カラミティ・ダークシェル・カウンター』! そして――命ず。

  魔王、何もない空間から巨大な絵筆えふでのような魔剣を抜き放つと、なみなみと闇が湛えられたバケツのような殻に宛がう。

魔王:我、虚無の女神の矛にして、終焉しゅうえんの落とし子。世界侵食しんしょくせし虚構きょこう絵筆えふで。混沌たる現世うつしよ終極しゅうきょく虚像きょぞうを描き、ただ命令をって調和ちょうわとせん。――『無為転変不完全調和リロード・オブ・ヴァリアブル・イナクティヴィティ・ゲーム』!

勇者A:(真紅しんく)馬鹿め! 無駄な足掻あがきだ!

勇者C:(蒼穹そうきゅう)そのようなぎの魔法如きが、

勇者D:(黄金おうごん)完璧に溶け合った僕らの神域しんいきの魔法を打ち破れる訳がない!

勇者B:(白銀はくぎんいさぎよくここで果てて。

魔王:ふん、終極しゅうきょくの魔王たる我に果てよ、と? 笑わせる! 我は最後の最後まで足掻あがき、世界を、宿命を、神を、けずり切る者よ!

魔王:行くぞ――滅神剣めっしんけん! 罪業剣ざいごうけん! 破断掌はだんしょう! 雷葬脚らいそうきゃく! 双曲剣そうきょくけん!!

  魔王、闇を纏った斬撃で風を切り裂いていく。

勇者A:(真紅しんく)おいおいおいおい! 嘘だろ!?

勇者D:(黄金おうごん)僕らの技は疑似ぎじ的に風の神を顕現けんげんしたに等しい! なのに!

勇者C:(蒼穹そうきゅう)あり得ませんわ! なんとかしなくては早急そうきゅうに!

勇者B:(白銀はくぎん)でも、どうやって! 手段は? 勝算は?

勇者A:(真紅しんく)んなのどうにかして押し返すしかねぇだろ!

魔王:はぁぁぁぁぁぁぁ! 嵐翔脚らんしょうきゃく! 混沌の劫火ごうか『ブレイズ・オブ・カオス』! 崩天脚ほうてんきゃく! 裁飾剣美さいしょくけんび『グレイス・ラッシュ』! 冥界交響曲第七番めいかいこうきょうきょくだいななばん『ハデス・シンフォニー・ナンバー・セブン』! 決めるぞ――

勇者A:(真紅しんく真紅しんく追風おいかぜ『クリムゾン・ウィンド』!

勇者B:(白銀はくぎん白銀はくぎん旋風つむじかぜ『シルバー・ウィンド』!

勇者C:(蒼穹そうきゅう蒼穹そうきゅう微風そよかぜ『セレスティアル・ウィンド』!

勇者D:(黄金おうごん黄金おうごん向風むかいかぜ『ゴールデン・ウィンド』!

魔王:|滅神劫火嵐翔破断崩天狂喜冥界羅刹罪業災飾魔王奉攻葬送双極剣《めっしんごうからんしょうはだんほうてんきょうきめいかいらせつざいごうさいしょくまおうほうこうそうそうそうきょくけん》!!

  魔王、巨大な竜巻を断ち斬る。

  その衝撃に巻き込まれた勇者たちが吹き飛ばされる。

勇者A:(真紅しんく)ぐぁぁぁぁぁぁ!

勇者C:(蒼穹そうきゅう)いゃぁぁぁぁぁ!

勇者D:(黄金おうごん)うぁぁぁぁぁぁ!

勇者B:(白銀はくぎん)きゃぁぁぁぁぁ!

魔王:――曲解罪業四方剣きょくかいざいごうよもつるぎ『フォース・ディスソード》』。

  四人の勇者(真紅しんく蒼穹そうきゅう黄金おうごん白銀はくぎん)、魔王の一刀の下に倒れる。

魔王:……はぁ、はぁ。

勇者D:(神葬しんそう)――息止めて、あの世でつこう、人心地ひとごこちり殺す――名を『死神の鎌デスサイズ』。

魔王:な!?

  勇者(神葬しんそう)、音もなく現れると魔王の首に大鎌をかける。

勇者D:(神葬しんそうけられた? 取ったと思った、甘かった。不覚ふかく反省、次で仕留める。

魔王:神葬しんそうの勇者か! 不意ふい打ちとは随分――。

勇者A:(業火ごうか)――卑怯ひきょうとは、言わせぬ悪を、き殺す。正義ではなく、『裁きの焔ゲヘナ・フレイム』。

魔王:業火ごうかの勇者! こごえて果てよ――絶対零度ぜったいれいど『アブソリュート・ゼロ』!

勇者B:(聖域せいいき)防ぐとか、なかなかやるね、さす魔王! けどさこれなら『浄化聖域サンクチュアリ』!

魔王:っく! 少し溶けたが聖域せいいきの勇者よ! 神聖術しんせいじゅつの対処法など――

  魔王と勇者(災厄さいやく)同時に技を発動する。

魔王:――孵化厄災ふかやくさい『カラミティ・インキュベーション』!

勇者C:(災厄さいやく)――孵化厄災ふかやくさい『カラミティ・インキュベーション』!

魔王:なっ……!

勇者C:(災厄さいやく)読めてます。

魔王:災厄さいやくの勇者!

勇者C:(災厄さいやく)悪くない。でも、『再厄災禍追いカラミティ』。

魔王:『解放パージ』!

勇者C:(災厄さいやく解放パージ』――せず、

  魔王の闇を勇者(災厄さいやく)が呑み込む。

魔王:なに……?!

勇者C:(災厄さいやく)それを吸収、上乗うわのせて、『からの完全大解放アンド・リリース・フルバーストぉ!』

  勇者(災厄さいやく)から放射された闇が魔王に直撃し、辺りに煙が漂う。

勇者B:(聖域せいいき)……やったかな?

勇者C:(災厄さいやく)それフラグです、聖域せいいき氏。

勇者D:(神葬しんそう)恐らく生きて、いるでしょう。

勇者A:(業火ごうか)しぶとい奴だ、みな気を抜くな。

魔王:――射貫いぬ闇矢あんし『ダーク・アロー』!

  煙の中から闇の矢が飛び出し、勇者(災厄さいやく)に刺さる。

勇者C:(災厄さいやく)……っああ駄目だ。油断しました、これんだ。すみませんけど、あと頼みます……。

勇者A:(業火ごうか)何言ってるまだ諦めるには早い! 傷は浅いぞ! 災厄さいやく! さいや……!

勇者D:(神葬しんそう)もういいよ、業火ごうかの勇者、手遅れだ。災厄さいやくはもう……死んでしまった。

勇者B:(聖域せいいき災厄さいやく氏、短い間、だったけど、かたきは取るよ、命にかけて!

魔王:……貴様らさ、とりあえずそれ、やめないか? ふざけて見えるぞ七五調しちごちょうだと。……じゃなくて、あぁくそ! こちらまで引っ張られておる! 腹立つな!

勇者A:(業火ごうか)腹が立つ? 黙れ魔王め! その台詞! き果てろ! 『私怨の焔リベンジ・フレア』!

魔王:不純ふじゅん業火ごうかなぞにかれるものか――混沌の劫火ごうか『ブレイズ・オブ・カオス』!

勇者A:(業火ごうか)っく、見事……。良い火焔かえんだった、敵……なが、ら……。

勇者B:(聖域せいいき業火ごうか氏が! でもとらえたよ、魔王さん? 勝負ありでしょ! 『浄化聖域サンクチュアリ』! 

魔王:――孵化厄災ふかやくさい『カラミティ・インキュベーション』! 聖域せいいきなぞもう通用せん。

勇者B:(聖域せいいき)忘れてた!? あぁ駄目だった! あたしはほんと、君がいないと、ねぇ災厄さいやく氏?

魔王:解放パージ! ……さて、残りは貴様だけだぞ神葬しんそうの勇者?

勇者D:(神葬しんそう)……『死神の鎌デスサイズ』! あぁ『死神の鎌デスサイズ』! 『死神の鎌デスサイズ』!

魔王:あわれだな。如何いかに必殺とて当たらなければ無意味。……魔王葬送剣まおうそうそうけん

  魔王、勇者(神葬しんそう)を仕留める。

  と、同時に四人の勇者(鉛刀一割えんとういっかつ天剣絶刀てんけんぜっとう剣鬼羅刹けんきらせつ傀儡聖剣かいらいせいけん)が現れる。

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつあわれ。と言ったが、別段あわれんでなど無かろうに。

魔王:ふん、貴様は鉛刀一割えんとういっかつの勇者、それに……。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう天剣絶刀てんけんぜっとう

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ剣鬼羅刹けんきらせつだよ~!

魔王:天剣絶刀てんけんぜっとうの勇者に剣鬼羅刹けんきらせつの勇者。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)……傀儡聖剣かいらいせいけん

魔王:傀儡聖剣かいらいせいけん……? まぁ良い。剣術けんじゅつひいでた勇者が徒党ととうを組むか。面白い。

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)否。手は組まない。

魔王:どういう意味だ、鉛刀一割えんとういっかつの勇者?

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)俺達は勇者である前に剣客けんかくだ。つまりこの場の全員、

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)……斬る。――傀儡剣制かいらいけんせい『ソード・ミニオン』……!

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)、聖剣を抜き放ちその場の全員を切り伏せようとする。

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)はっ!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)気がみじけぇなぁ!

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)それじゃあせつも、してまいる――鬼剣きけん羅刹らせつ』!

魔王:っち! 幻影舞踏殺げんえいぶとうさつ

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)背後だろ? 俺のっ!

魔王:天剣絶刀てんけんぜっとうの勇者、貴様見えて……!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)いいや? ただの勘だ――天剣絶刀てんけんぜっとう春曇はるぐもり』!

魔王:裁飾剣美さいしょくけんび『グレイス・ラッシュ』!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)はっは~やるねぇ! でもこれなら――

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)――傀儡剣制かいらいけんせい『ソード・ミニオン』……!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)だぁぁ! 天剣絶刀てんけんぜっとう雪風ゆきかぜ』!

魔王:くそっ……八方備刃はっぽうびじん『フル・カウンター』!

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)ぐ……っ! 傀儡剣制かいらいけんせい『ソード・ミ――!

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)――鬼剣きけん夜叉やしゃ』!

  勇者(剣鬼羅刹けんきらせつ)、勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)の背後に現れ剣を突き刺す。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)っか……!?

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)邪魔だ――奥義、鉛刀一割えんとういっかつ

  勇者(鉛刀一割えんとういっかつ)、勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)を叩き斬る。

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)っぶないなぁ鉛刀一割えんとういっかつ! せつごと斬るつもり?!

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)ふん、仕留め損ねたか。

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)この……! あんた後で絶対るかんね!

魔王:鉛刀一割えんとういっかつの勇者よ、傀儡聖剣かいらいせいけんの勇者を何故斬った? 仲間では――

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)ねぇって言ったろ? そもそも俺らは偶然ここに居合わせただけ。

魔王:偶然だと?

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)あぁ。それに奴は邪魔だったんだよ、意志いしもねぇ剣をぶん回すだけのカスは剣士じゃねぇ。なんつーの? 役不足やくぶそく

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)ふっ、言葉を知らぬおろか者め。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)あぁ? どういう意味だ?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)ま、馬鹿はほっといて、

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)誰が馬鹿だぁ!?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)最高に燃えるはたし合い、やろうよ?

魔王:はたし合い、と呼ぶには随分役者やくしゃが多いようだがな?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつせつは最初からあんたしか見てないけど?

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ先刻せんこく儂を斬るとのたまったのは聞き違いか? 健忘けんぼうか?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)うるさいバーカ!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)ふぅ、やれやれだぜ。

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)あんたもなんかムカつく。

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)先に仕留めておくか。

魔王:今までで最低の組み合わせだな、魔穿鉄拳ませんてっけんの勇者の爪のあかでもせんじて飲ませ……るなら雪泥咬爪せつでいこうそうの勇者のか?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)もういい! めんどくさい! ちまちま戦うのとかしょうに合わない! 次に最強の一撃ぶっぱなして立ってた奴が最強の剣士! おーけー?

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)よかろう。我もそれは望むところよ。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)はっは~、どいつもこいつも気が短い。ま、俺も賛成だけどな? 魔王、てめぇはどうだ?

魔王:知らん。我はそもそも剣士ではない勝手にせよ。我は我でやらせてもらう。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)あー、そういやそうか。ま、そんなのは、

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ些末事さまつごとに過ぎぬな。

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)うだうだ言ってないで行くよ? ――赤鬼あかおに青鬼あおおに黄鬼きおに緑鬼みどりおに黒鬼くろおに、結んで束ねてまとうて開け――

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)――我が剣は空を穿うがち闇を絶つその名は――

魔王:――闇まといし剣先の高貴こうきなる一撃――

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)――奥義、

  間。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)――天剣絶刀てんけんぜっとう白夜びゃくや』!

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)――剣鬼一刀けんきいっとう五蓋羅刹ごがいらせつ』っっっっ!

魔王:――『暗君之刃ノブリス・オブ・シャドー・エッジ』!

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)――鉛刀一割えんとういっかつ

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)――『傀儡剣制ソード・ミニオン』ッ!

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)な!?

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)えっ!

魔王:何!

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ)よもや……!

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)、その場の全員を同時に斬る。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)ぐぁぁぁぁぁ!

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ)うぅぅぅぅ!?

魔王:くっ……。

勇者B:(鉛刀一割えんとういっかつ傀儡聖剣かいらいせいけん……! 生きて――

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)――邪魔。『傀儡剣制ソード・ミニオン』…!

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)、勇者(鉛刀一割えんとういっかつ)を斬り捨てる。

勇者A:(天剣絶刀てんけんぜっとう)おいおい……! 嘘だろ……!?

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)――『傀儡剣制ソード・ミニオン』……!

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)、勇者(天剣絶刀てんけんぜっとう)を斬り捨てる。

勇者C:(剣鬼羅刹けんきらせつ天剣絶刀てんけんぜっとう! ぁ、く、来るなぁぁぁ――

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)――『傀儡剣制ソード・ミニオン』……!

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)、勇者(剣鬼羅刹けんきらせつ)を斬り捨てる。

魔王:傀儡聖剣かいらいせいけんの勇者。なるほど、どおりで見覚えはあるが馴染みの無い勇者だと思った。貴様、宝剣ほうけんの勇者だな? 聖剣の力に呑まれていたのか。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)宝……剣? ……っ!? ぐ、あ、あ、あぁぁぁぁ! 『傀儡剣制ソード・ミニオン』! 『傀儡剣制ソード・ミニオン』! 『傀儡剣制ソード・ミニオン』!

魔王:これは……! 少々厄介だな――影盾えいじゅん『シャドー・シールド』!

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん傀儡々剣制かいらいらいけんせいぃぃい『ソードどどど・ミニオン』んんんん!

魔王:くそ、何が聖剣せいけんだ! 魔剣まけん呪剣じゅけん妖刀ようとうの類だろうがこんなもん……! 見境みさかいもなく変な剣使ってるからそんなことになる! 剣鬼一刀けんきいっとう邪鬼じゃき』! 天剣絶刀てんけんぜっとう春霞はるがすみ』! 鉛刀一割えんとういっかつ

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)けひゃぁぁ! 儡々剣制らいらいけんせいぃあぁぁ『ドどどど・ミニオン』んんんん!

魔王:不死身ふじみか……!? いや違うな、宝剣の勇者を斬っても意味が無い、本体は――剣の方か! しかしならば!

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん怪々傀儡征聖剣かいかいかいらいせいせいけんんんなぁぁぁぅすぇそ『ソードどどどど・ドミニニニオン』んんんん!

魔王:無駄だ――剥手渇裁はくしゅかっさい『クラップ・クラック・ユア・ハンズ』!

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)かかかかかかかかか……!

魔王:剣を振るその身体をふうじてから、破壊する! 行くぞ――断罪之剣だんざいのつるぎ『ギルティ・ブレイド』! 執行之剣しっこうのつるぎ『ギルティ・サーベル』! 懲罰之剣ちょうばつのつるぎ『ギルティ・エッジ』! 審判之剣しんぱんのつるぎ『ギルティ・ソード』! 

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)かかかかいかいか……っ!?

魔王:消え去るがいい――混沌の劫火『ブレイズ・オブ・カオス』!

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)……くぁ、い……。

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)の剣が砕け散る。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)こ、これは……?

魔王:目が覚めたか、宝剣ほうけんの勇者?

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん終極しゅうきょくの魔王さん……? 私は、一体……っぐ、ぁぁぁぁぁあ!

魔王:やはり、駄目か。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)はぁ、はぁ、せ、聖剣に、むしばまれて……いるのですね、私は……ぐっ、う!

魔王:……いや、そうなのだが、それのどこが聖剣なのだ?

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)い、いえ……これこそ、しんに聖剣、です、よ、へへへ……。

魔王:何? どういう意味だ……?

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)そ、そう、この、世界を救済きゅうさいすること……。た、ただ目的を為すことに、徹底てっていした、狂気の性質……! わ、わたしの求めていた、ち、力! はぁ、はぁ……す、素晴らしいぃぃぃぃん!

魔王:……そういえば、貴様最初から狂っていたか。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)で、でででですが……! 魔王さん、これは、この戦いは……なんか、違うのです……!

魔王:曖昧あいまいな物言いだな。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)はっきりとは、分かりません、が、これは私の本意ではない、恐らく、この傀儡聖剣かいらいせいけんの意志でも……。

魔王:ふむ。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)だ、だから、ここで、滅して……くだ、さい……!

魔王:……良いのか? 宝剣ほうけんの勇者。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)宝剣……? い、いえいえいえいえ……! ちがいます、違いますよぉ……! い、今の私は剣と一体化している! ゆ、故に、傀儡聖剣かいらいせいけんの勇者っ! です、はぁはぁ! 一緒に果てられるなんて、最っっっっ高じゃないですかぁぁぁ?!

魔王:…………そうか。貴様がそれでいいなら、良いのかも知れぬな。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)はいぃぃぃ! もちもちろんろん! すすすすぱっとやっちゃってくだっさいぃぃぃぃ!

魔王:ならば――奥義、鉛天刀割えんてんとうかつ天邪鬼あまのじゃく』。

  魔王、勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)を両断する。

勇者D:(傀儡聖剣かいらいせいけん)あぁぁぁぁぁ! あひゃひゃぁ……これで私は聖剣としてっっ――!

  魔王、剣を鞘に納める。

  勇者(傀儡聖剣かいらいせいけん)が聖剣ごと消滅する。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)……あのー。

  勇者(夢幻泡影むげんほうよう)、瓦礫の陰からひょっこり顔を出している。

魔王:む?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)う、うちのことおぼえてるっすか魔王さん……?

魔王:貴様は――。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)あ! あ! お、おぼえてないっすよね! そっすよね! うちってほら、華もないし、影薄いから、誰もうちのことなんて知らないし愛してないっすよね。生きてる意味とかも。はぁ、死にたい、殺したい、世界滅ぼしたい……。

魔王:いや。無論むろん憶えている。夢幻泡影むげんほうようの勇者。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)え……、う、うちのこと認知にんちしてる!?

魔王:当然であろう?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ととと当然!? え、なんでどうして?! あ、ああああも! もしかして――うちのこと好きなんすか? ああああ愛してるんすね! どこが好きっすか! 全部っすよね! 当然全部! 好きで愛してるっすよね! クソみたいなこんなうちだけど、そんなクソなところも全部全部全部全部愛してるっすよね! 誰より何より世界より愛してるっすよね! だからもちろんうちと一緒にクソな世界滅ぼして二人っきりになって、そしたら一緒に死んでくれるっす――げふんっ!?

  勇者(夢幻泡影むげんほうよう)の頭を突如背後から現れた勇者(流星光底りゅうせいこうてい)が剣の鞘で殴りつける。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)ド阿呆ぉ! おどれなんいきなり魔王なんぞにコクっとんやボケぇ! 魔王なんぞにり寄ってからに、なんや発情期かボケぇ!

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ひ、ひぃ!? す、すんませんっす先輩! 発情期ではないっす! てかみ期っす!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)じゃかぁしいわ!

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ひぅぇあ!? でもでも、だっだだ、誰かに心の穴を埋めて欲しい……ただそれだけっす! そんくらい察してほしい……っすけど、ま、無理っすね所詮しょせん先輩だし人の痛みとか心なんて……ぐへぇっ!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)やかましい言うとんねん! 何まともな人みたいなツラしとん? ゴミが何思っとるかとか考えるわけないやろボケ。ええか? 一寸いっすんの虫に五分の魂あるか知らんけどなぁ、しんばおどれが一端いっぱしの人か一寸いっすんの虫けらやったとて、こないなゴミクズ人間に宿るもんなんてどうせろくでもないゲテモンのなんかなんやから積極的にり潰したろっちゅうんが世のため人のためやろが。違うか。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)……なんというか間違ってるのは、その思想しそうじゃなくて、そんなイカれたの持ち主が勇者ってことっすね……。こんなん絶対勇者にしちゃダメっすよ……。うちが言うのもあれっすけど。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)はぁん。ようわかっとるやんけ夢幻泡影むげんほうよう

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ひぃ!? 本当のこと言われても怒らないで欲しいっす!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)あんたえぇ性格しとるなぁ? そないなことで一々いちいち怒るわけないやろ。あんまめとったらどつきまわすぞ?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)結局どう足掻いてもどつかれるかしばかれるの、ほんとなんなんすか。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)まぁ、そもそもあたしに勇者なんぞ役不足やくぶそくやねん。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)きっとマジで言ってるやつっすね。じゃぁ、逆に何が相応ふさわしいんすか?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)魔王。

魔王:ほう。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)無茶苦茶っすわこの人……人でなし。

魔王:人でなし……その言葉遣い、貴様は流星光底りゅうせいこうていの勇者か?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)あぁなんやねん? 気安く呼ぶなやド阿呆! てか人様のこと今更どこで思い出しとんねんぶち殺すぞ!

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ダメっすよ先輩! 魔王さん殺すのはうちっすから先輩!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)おどれはすっこんでろや! しばくぞボケカスぅ!

  勇者(流星光底りゅうせいこうてい)、勇者(夢幻泡影むげんほうよう)を鞘で殴る。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ぐへぇっ!

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)言ったそばからもうしばいているじゃないですか。何回しばくおつもりですかねこの人でなしは?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)誰が人でなしや、ろくでなし。いちいちやかましいで永劫回帰えいごうかいきぃ? 人様からおごられるちゃぁとクソ生意気な後輩は何回しばいてもええって昔から言うやろがボケぇ。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)言いませんよ。誰ですかそんなクソみたいなこと言ってる人。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)誰って、そんなクソなこと言うの師匠しかおらんやろボケ。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)いや、あなたも言ってますが。まぁ、それはさておき、魔王さん? すみませんねぇ、うちの馬鹿共が。

魔王:いや構わんさ永劫回帰えいごうかいきの勇者。慣れている。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)それはそれは苦労しますね、お互いに。

魔王:くははははは。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)あははははは。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)おいこら、なんれあっとんねん? てか誰が馬鹿やしばくぞクソボケぇ!

  勇者(流星光底りゅうせいこうてい)、勇者(永劫回帰えいごうかいき)を鞘で殴ろうとするが避けられる。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)おやぁ? どこ狙ってるんでしょうねぇ? ひょっとして目が悪いのでしょうか? それとも頭? やーい。ばーかばーか。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)……殺す!

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)あは! 昔から言いますよね。弱い犬程なんとやら。あぁ、失礼。犬以下でしたぁ?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)――流星斬りゅうせいざん! 彗星剣すいせいけん! 流星連斬りゅうせいれんざん

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)――おっと! 甘いですね! どこ見てるんです? あらひょっとして節穴ふしあな

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい怒涛どとう流星連斬りゅうせいれんざん! うろちょろすんなや!

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)あなたがすっトロいだけですがぁ?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)魔王さん魔王さん。

魔王:何だ?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう蚊帳かやの外。っすね。

魔王:……そうだな。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)どうするっすか?

魔王:放っておけばよい。じきに決着もつくだろう。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)……そっすね。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)っはぁ! 鳳翔ほうしょう流星斬りゅうせいざん! 霊光斬れいこうざん

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)見えてますよ! くっく、大したことないですねぇ?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)よう言わんわ! 長いしたむでぇ、余裕こいてると! 秘技ひぎ――崩墜ほうつい凶星斬きょうせいざん

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)……ちぃっ! 秘術ひじゅつ――永久回避えいきゅうかいひ『エタニティ・ダンス』!

  二人の勇者(永劫回帰えいごうかいき流星光底りゅうせいこうてい)の剣が交錯する。

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)舌と逃げ足だけはよう動くみたいやけど、なんや逃げるだけやなぁ? まぁ、逃がさへんけどなぁ?

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)っく!

  勇者(永劫回帰えいごうかいき)の斬り飛ばされた左腕が地面に落ちる。

魔王:ほう。勝負あり、か?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)とりあえず片っぽや。次は右腕か、それとも首か、好きな方選ばしたるわ。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)クソが……! 所詮汚い言葉を吐き散らすだけがのうの畜生と思って遊んでやっていましたが、後悔しても遅いですよ流星光底りゅうせいこうてい……!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい後悔こうかい? あー、あたしは別にええよ、ワンちゃんでも。けっこーけっこー。けど難儀なんぎやなぁ、自分の言ったこと後悔こうかいしてへん?

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)……何のことですか?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)なんや、忘れてもうたん? くっふっふ、ま、しゃーないな。弱い犬程言うとったけど、逃げてわめいて大忙しの雄鶏おんどりくんはそれが仕事やもんなぁ、永劫回帰えいごうかいき

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)……! っぜぇんだよに乗ってんじゃねぇ! 秘術ひじゅつ――永劫快気えいごうかいき『インフィニット・リターナー』!

  勇者(永劫回帰えいごうかいき)の傷や腕が瞬時に治る。

魔王:ふむ、失った腕を修復したか。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)うわぁ、すごいけど普通にキモいっすね……。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)片腕だぁ? んなもん秒で何度でも治るんですよぉ! つまりあなたが必死ひっしこいて当てた攻撃は全くの無駄ということです! 残念でしたぁ!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)その攻撃を必死こいて避けようとしたくせに斬られた残念なやつは誰やろな? 無駄口むだぐち叩いてんと、さっさと来いや鳥頭とりあたま

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)……いいですよ、いいでしょう! そんなに見たいなら見せてやりますよ! 私の本気? いえいえ、どんだけ頑張っても手の届かねぇ永遠とわを前にしたてめぇの限界ってやつをなぁ!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうていやかましぃのぅ! クソ長い能書のうがき垂れながらねやぁ!

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)奥義――永劫回帰えいごうかいき『エターナル・ヴェイン』!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)奥義――流星光底剣りゅうせいこうていけん

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)はぁぁぁぁぁぁぁぁ!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)うぉぉぉぉぉぉぉぉ!

  勇者(流星光底りゅうせいこうてい)、勇者(永劫回帰えいごうかいき)、激しい闘いを繰り広げている。

  それを眺める魔王と勇者(夢幻泡影むげんほうよう)。

魔王:敵味方区別なく殺し合ったかと思えば、今度は魔王そっちのけで戦い始めるか。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)諦めてほしいっす、そういうもんっす。まぁ、でもこんな人たちといると、相対的に自分が真人間まにんげんになれるのちょっと嬉しかったり。えへへ。

魔王:勇者とはどうしてくも……。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)面白いでしょう?

  勇者(万里一空ばんりいっくう)、魔王と勇者(夢幻泡影むげんほうよう)の横に並んでいる。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ひぃ!? いつの間に! てか誰っすか!?

魔王:万里一空ばんりいっくうの勇者か。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう万里ばんり……えっ? あの?

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)えぇそうですよ、よくご存じで。どこかでお会いしました?

魔王:かつて『地上最強』とも言われた勇者を知らぬ者がおるか?

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)はっはっはっはっは! そうですね、ふふ、懐かしい。今思えば、なんとも皮肉ひにくいた肩書かたがきですけれど。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)……うちのあだ名『スカ勇者』とか『勇者残念賞ゆうしゃざんねんしょう』なんすけど……。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)まぁ、見たところ筋力も魔力も、知力も。程々といった感じですが――。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)いや、事実っすけど!

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)――どこか底知れない。正直敵にしたくはありませんね。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)……買い被りっすよ! うちなんて、ただのゴミっすよ!

魔王:ふむゴミと言えば、あちらの決着がついたようだ。

  勇者(流星光底りゅうせいこうてい)、勇者(永劫回帰えいごうかいき)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)はぁ……はぁ……はぁ……!

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)ぐっ……!

魔王:存外ぞんがいに下らぬ結果よの。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)そうでしょうか? 最強の一閃いっせんを放つ剣技で全てをぎ倒す矛と、無限とも言える回復能力によって無類むるい耐久性たいきゅうせいほこる盾。その末路まつろとしては見応えがあると思うのですが。

魔王:突き刺さって抜けないせいで剣技を使えず、食い込んだその剣をしばり付ける為に回復能力を集中しなければならない。剣を手放せばとどめはさせず、能力を解けば次の一手で仕留められる。互いに手詰まり、我慢がまん比べのような状態のどこに見応えがある?

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)まぁ妥当だとう分析ぶんせきですが、それはもちろん、

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)お二人が抱き合ってるみたいに見えるからっすよ~!

魔王:……言われて見ればそうかも知れぬが、それが何だと――。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)だって最低に無様でしょう?

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)だって最高に無様っすよね?

魔王:……悪趣味だな。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)はっはっは。魔王に言われるなんてね。けれど、勇者なんてものは先刻君が言ったように概ねこんなものさ。そうでしょう夢幻泡影むげんほうよう

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)一緒にしないで欲しいっすけどてか魔王さんと一緒になりたいっすけど。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)へぇ、あなたもしかして魔王さんのことを? なら、その願い叶えて差しあげましょう。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)え、マジっす、かはぁっ!?

  勇者(万里一空ばんりいっくう)、勇者(夢幻泡影むげんほうよう)の腹を剣で貫く。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう万里ばんり一空いっくう……!?

魔王:貴様……。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)な、なんでっ、すか……!

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)おっと、勘違いしないで欲しい。致命傷ちめいしょうは避けてあります。ただ僕は夢幻泡影むげんほうようの願いを叶えたいだけ。一緒に死にたいと言っていたでしょう? およそ一分。尽力じんりょくさせていただきましょう、お二人同時に門出かどでを迎えられるよう。さて、行ってらっしゃいませ、死出しで旅路たびじ万里ばんり――裂空斬れっくうざん

魔王:っく! 断罪之剣だんざいのつるぎ『ギルティ・ブレイド』! そのような剣!

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)届かないから足でかせぐ――閃脚万里せんきゃくばんり

魔王:鳳翔脚らんしょうきゃく

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)そして掴む――万掌一握ばんしょういちあく

魔王:秘技ひぎ――極握覇道ごくあくはどう

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)なかなかうまく返すようですが、あなたの技はどれもオリジナリティに欠ける。万里ばんり――絶空殺ぜっくうさつ

魔王:魔王羅刹掌まおうらせつしょう! だからどうだというのだ! 『超音速刺突刃アルターソニック・ピアシングエッジ』!

勇者D:(万里一空ばんりいっくう万里不撓ばんりふとう。……わからないでしょうか、たとえどれほど卓越たくえつした技であったとしても、かつて――いいえ。これから先の未来永劫みらいえいごう含め、それが地上に存在した技であったならば、最強たる僕の前では無意味むいみ! 僕は完成形かんせいけい! 地上において究極形きゅうきょくけいとして存在するのだから!

魔王:それは我とて同じことよ! すなわち、万里ばんり――

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)ならばどちらが上か、次で決めよう! いくよ万里ばんり――

魔王:否! 万象ばんしょう――

  同時に。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)――一空いっくう

魔王:――一空いっくう

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)はぁぁぁぁ!

魔王:――ぬぉぉぉぉ!

  間。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)っぐふ……。

魔王:ごはっ……。

  魔王、勇者(万里一空ばんりいっくう)を貫く剣が抜けず密着状態で静止している。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)見事な一撃……けれど、君の剣は封じた。これでもう、打つ手はない。

魔王:確かに、膠着こうちゃく状態だ。しかし、時間切れだな。

勇者D:(万里一空ばんりいっくう)時間切れ? 何の――。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)ぎゅ~。

  勇者(夢幻泡影むげんほうよう)の幻影が勇者(万里一空ばんりいっくう)の背後に現れ、魂に抱き着いて破壊する。

  と同時に勇者(夢幻泡影むげんほうよう)の本体が血を吐く。

  魔王、その身体を抱き寄せる。

魔王:霊体による攻撃――夢幻抱擁むげんほうよう『スピリット・ハギング』か……。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)文字通り魂の一撃、っす。ぁーあ、この胸に、抱いて死ぬなら、魔王、さんが……良かった、んすけどね、うち……。

魔王:殺した相手を殺す技。

勇者B:(夢幻泡影むげんほうよう)えへへ、でも、命懸けで、護って、抱かれる、のも、最高に、悪く――。

魔王:あぁ助かったぞ、夢幻泡影むげんほうようの勇者、また――。

勇者A:(永劫回帰えいごうかいき)うぎゃぁっ……!?

勇者C:(流星光底りゅうせいこうてい)ぐふぁっ……!?

  勇者二人(流星光底りゅうせいこうてい永劫回帰えいごうかいき)、密着状態のまま果てる。

魔王:む? 流星光底りゅうせいこうてい永劫回帰えいごうかいきの勇者が死んだ……? 打破だは妥協だきょうもできず共倒ともだおれの道を選んだか――いや、違うな。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)うふふ、ご名答めいとう。でござりまする。

  勇者(生老病死しょうろうびょうし)、魔王の背後に立っている。

魔王:生老病死しょうろうびょうしの勇者、貴様の仕業しわざか。何のつもりだ。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)彼らの振る舞いが同じく勇者に名を連ねる者として目にあまり申した、というのもありまする。しかし、これは小生しょうせいからのささやかなお祝いでござりまする。

魔王:祝い?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし左様さようでござりまする。何故なら――。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう終極しゅうきょくの魔王よ。其方そなたは96の勇者を倒した。誇ってよいぞ?

  勇者(森羅万象しんらばんしょう)、瞬時に現れる。

魔王:森羅万象しんらばんしょうの勇者。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし厳密げんみつには先ほどの時点で94人、自滅や同士討ちも含まれておりまするが。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)その程度は些事さじなれば、数え方とてさじ加減というものですよ。

魔王:色即是空しきそくぜくうの勇者。なるほど、貴様らが最後の『くみ』という訳か。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう別段べつだん、組んだ訳でもありません、ただそうなるよう仕組みはしました。

魔王:仕組んだ?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)96の勇者にはかたよりがあったのじゃが、気付かなんだか、魔王よ?

魔王:……審美しんびの勇者、隔岸観火かくがんかんかの勇者のことか。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)ご名答めいとう。でござりまする。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)いつから気付いておいでです?

魔王:最初から、と言いたいが、確信を持ったのは傀儡聖剣かいらいせいけんの勇者を倒した時か。或いは月光の狂信者ルナティック共はまともな精神状態では無かった。元よりろくでもない愚物ぐぶつだったが、かつて月を実際にとしたことは無かった。我の知る限り、だがな。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)何も知らされず、持たされなかったが故に、彼奴あやつらが最も運命を逸脱いつだつし、其方そなたを追いつめるに至ったというのは、皮肉な話じゃがのぅ。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)あれを果たして、追いつめたと言えるのでござりまするか? おかげで有力ゆうりょくでござった虚偽きょぎ詐術さじゅつ誤謬ごびゅう欺瞞ぎまんの勇者を無用むように使い潰す結果となったのは明確な損失に思えるのでござりまするが。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)それとてやはり些事さじというものですよ。こうして我々とめぐり合った以上。

魔王:やはり貴様らも我と戦うのか。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)まるで『戦いたくない』と申されているように聞こえまするよ?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)よもや戦うこと――否。終わらせることをつかさどる存在が。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)しかし我々はそれ故に戦うのです。

魔王:何者かの意思によって仕組まれたものであってもか?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)誰が仕組んだとて誰に仕組まれたとて、

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)求めるともなく求められるともなく、

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)我らの意志ならぬ遺志が、

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)生きる為に戦い、

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)戦う為に殺し合い、

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)殺し合う為に生きる、

魔王:或いはその為によみがえる、と?

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)……ええ、ですが話は終わりです。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)もしくは、終わりの話でござりまする。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう其方そなたという魔王の、最期じゃ――!

魔王:っく! 拒め闇殻あんかく『ダークネス――

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)奥義――生老病死しょうろうびょうし『ザ・ライフ・リヴォルヴ』!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)奥義――森羅万象しんらばんしょう『コズミック・オムニシエンス』!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)奥義――色即是空しきそくぜくう『ヴォイド・マター』!

魔王:く、うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 小麦こむぎぃぃ――!

  勇者(生老病死しょうろうびょうし森羅万象しんらばんしょう色即是空しきそくぜくう)の放つ波動に飲まれた魔王の肉体が瞬時に朽ち果て虚無と化す。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)……はぁはぁ!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)っふぅ……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)…………。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)……やった、でござりまするか?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょうしもの魔王も耐えられなんだか。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)というか、あの魔王、最期になんて叫んでましたでござりまする? 聞き間違えでなければ……。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう小麦こむぎ、じゃの。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)小麦……。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)そういえば「、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫んでござりましたが、死ぬ前にパンが食べたかったでござりましょうか。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)ふむ、或いはめん類かも知れぬぞ?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)如何な魔王と言えども、腹が減るという生命のことわりからは逃れられぬということでござりましょうか。或いは遠き故郷こきょう、おふくろの味を今際いまわきわに求めた?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)さての。の者が末期に何を食いたいと願ったかなぞ、こうなってしまえば知る由もなかろう。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)どうにもひっかかりますね……。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう色即是空しきそくぜくうよ。何にせよこれで我らの旅も終わりじゃ。気になるならこの後パン屋にでも寄って、それを食らいながら考えればよかろう?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)そういえば小生しょうせいもお腹空いたでござりまするよ。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)……いえ! 違いますこれは!

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし色即是空しきそくぜくう殿? 何が――げふっ!?

  勇者(生老病死しょうろうびょうし)、背後から魔王に貫かれる。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう生老病死しょうろうびょうしぃ!? 其方そなたどうやって!

魔王:小麦こむぎ砂金さきんに、硝子がらすはダイヤ、水を油に、薬は爆薬、親の仇かたき憎悪ぞうおであれば神や悪魔の信仰しんこうに、口八丁くちはっちょう手八丁てはっちょう丁丁発止ちょうちょうはっし針小棒大しんしょうぼうだい針千本はりせんぼんまず食わずで甘露甘露かんろかんろと舌で転がしまくし立てるはうそ八百万やおよろずの神々へ、大きな嘘なら真実と、大きな真実さえもあやまちになる。どうせこの世は――

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)その詠唱えいしょうは!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう詐術さじゅつらの――!

魔王:――回答次第インポッシブル・ポッシビリティ

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)しかし詠唱えいしょうはどうしたのじゃ! 彼奴等あやつらの技は世界を改変かいへんする力を持つが故に対価を必要とする筈、それを詠唱も無しにどうやって!

魔王:あれ程えげつない技をポンポン撃ち出せる貴様らがそれを言うか? だから我はちゃんと後払いはしたであろう。聞いておらんかったかのか?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)何の話じゃ!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)そうか! 繰日兎クレジット……!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう脱税だつぜいの勇者め……!

魔王:ふはは、ご名答めいとう。である。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)そ、れ、小生しょうせいのセリ……ぐふっ、でござります、る……っ!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう生老病死しょうろうびょうし

魔王:ほう、まだ生きておったか。

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし伊達だてに、生老病死しょうろうびょうしなぞ名乗らされては、おりませぬので……。

魔王:だが、その様で何ができる?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)う、ふふふふふ、このまま道連れに、してやるでござりま――。

魔王:――『死神の鎌デスサイズ』。

  勇者(生老病死しょうろうびょうし)、魔王の腕から生えた鎌に命を刈り取られて果てる。

魔王:当たらなければ無意味だが、不死や神さえほうむる死神の鎌。密着状態ならば、確実にり取れる。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)見事、と言わざるを得ないですね。しかし、ここからどうします? 先ほど披露ひろうされた『回答次第インポッシブル・ポッシビリティ』。貴方の疲労ひろう具合からそう何度も使えるようなものではないと見受みうけられる。

魔王:そう、思うか?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)思うの。でなければ多用たようしておるじゃろうて。特に繰日兎クレジットとの合わせ技は不可能。『死神の鎌デスサイズ』で仕留めたこともあせりからじゃ。そうじゃろう?

魔王:…………。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)最強で無敵。これまでの戦いで負傷らしい負傷、消耗しょうもうさえも無いように見えていましたが、なるほど。威力や精度を下げる詠唱省略えいしょうしょうりゃくだけでは説明がつかない。これ以外にも何度か使っていますね? 前借り。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)ふむ、そうなのか? ならばこのまま――

魔王:百花繚乱ひゃっかりょうらん『エンヴィズ・グラマー・ガーデン』! 鏡花水月きょうかすいげつ『ミラー・デコイ』!

  魔王の姿が無数に増える。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)わらわらと鬱陶うっとうしいのぅ! しかし、どれだけ増えようとも、その全てを殺せば済む話!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)待て! 殺してはいけない!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)今更何を躊躇ちゅうちょする! 奥義――森羅万象しんらばんしょう『コズミック・オムニシエンス』!

魔王:幻魔抱擁げんまほうよう『ファントム・ハギング』。

  勇者(森羅万象しんらばんしょう)の放つ波動に飲まれ、無数の魔王が瞬時に朽ち果て虚無と化していく。

  と同時に、勇者(森羅万象しんらばんしょう)の周囲を魔王の幻影が取り囲む。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)こ、これは!? や、やめよ、我は、こんな終わり方は嫌じゃ! ま、まだ戦える! 助けて、助けてくれ! 色即是空しきそくぜくうぅぅぅ! あぁぁぁぁ――!?

  魔王の幻影に圧し潰された勇者(森羅万象しんらばんしょう)の魂が圧壊する。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)……だから待てと言ったのに。

魔王:……はぁ、はぁ……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)しかし、貴方も無茶をしますね。夢幻泡影むげんほうようの勇者の技が発動するということは、使用者が死んでいるということ。如何にそれが分身体ぶんしんたいであったとしても、魂への負担は計り知れません。どうかしていますね。

魔王:っく……ああ、そうだな。これを一つしかない命で二度も行使こうしした夢幻泡影むげんほうようの勇者の偉大さが分かったぞ。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう左様さようですか。では、その偉大な勇者達の技を好き放題に盗み、悪用している貴方はなんとあさましくおぞましいのでしょうね?

魔王:己の醜悪しゅうあくさ加減なぞ、とうの昔に知っておるさ。我という存在によって引き起こされる悲劇を前に、嫌になる程、な。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)そうと気付いた瞬間に、さっさと自害じがいしてしまえばよかったのでは? さすれば数えきれない悲劇は無かったはずです。

魔王:かも知れぬ。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)ならば――、

魔王:――しかし、そうでないかも知れぬ。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)何?

魔王:故に我は、戦うのだ。魔王として。貴様が勇者として戦うように。違うか?

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)偉そうに。

魔王:ふん、我はこれでも、王だ。偉い。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)減らず口を! いいでしょう、ならば消し去ってやりましょう、私のこの手で! 言っておきますが、私は貴方に死を与えない。故に先ほどのような真似はできません。

魔王:分かっているとも。貴様は、我が唯一ゆいいつ倒せなかった勇者だからな。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)長きに渡る因縁いんねんを終わらせましょうか、終極しゅうきょくの魔王ヴォイド・ヴェルト・エンデ!

魔王:それはこちらの台詞だ、色即是空しきそくぜくうの勇者!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)奥義――

魔王:奥義――

勇者D:(色即是空しきそくぜくう色即是空しきそくぜくう『ヴォイド・マター』!

魔王:空即是色くうそくぜしき『マター・ヴォイド』!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)ぁぁぁぁぁぁぁぁ!

魔王:ぉぉぉぉぉぉぉぉ!

  二つの力がぶつかり合い、虚無が生じると緩やかに二人と世界を包み込んでいく。

  世界は俄かに明滅し、やがて世界を包む虚無が晴れると、大地に倒れ臥す魔王と足を着けて立つ勇者が現れる。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)……はぁ、はぁ……!

魔王:く、はは、見、事……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)何が、見事、だ……! 手を、抜いていたでしょう、貴方……!

魔王:何の、ことだか……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)98の勇者と戦い、疲弊ひへいした状態で、何の策もなく、正面から、対になる技をえてぶつける……? ふざけるな……! そんなもの、これで私が押し勝てない道理どうりなどあるが筈ないでしょう……!

魔王:くは、は、単に、我が貴様を、見縊みくびっていた、それだけのことよ……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)……ふん。そう……ですか。しかし、勝利は勝利。このままあなたの首を貰い受けると、しましょう。

魔王:好きに、するがいい……。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)何か、言い残すことは?

魔王:あると、思うか?

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)…………さようなら、我が宿敵しゅくてき

魔王:うむ……。

  長い間。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)…………。

魔王:…………色即是空しきそくぜくうの、勇者……?

  勇者(色即是空しきそくぜくう)、横たわる魔王の目の前に倒れる。

魔王:な、に……?

勇者A:(再生さいせい)役目は終わりだよ。

  大地に横たわる勇者(色即是空しきそくぜくう)と魔王の傍に、現れた勇者(再生さいせい)がしゃがみ込む。

魔王:貴様は勇者、なのか……?

勇者A:(再生さいせい)あぁ? 僕は勇者――じゃぁ無いんだよねぇ。あはは!

魔王:勇者、ではない……? しかし、その姿は。

勇者A:(再生さいせい)ふぅうん? いちいちおぼえてるんだ! 律儀りちぎだねぇ! そうさ。この僕はどこにでもいる、特徴とくちょうのない有象無象うぞうむぞうの勇者! なんて言うと、有象無象うぞうむぞうという特徴があるように聞こえるけれど、本当にただのつまらない、取るに足らない、一山ひとやまいくらの、偶然ぐうぜん選ばれたに過ぎない、どうでもいい勇者。

魔王:違う……!

勇者A:(再生さいせい)何が違う?

魔王:その者は、勇者『クレス』だ。

勇者A:(再生さいせい)あぁ! 確かそんな名前だったね! どうでもいいから忘れちゃったてたよ! めんごめんご!

魔王:貴様……!

勇者A:(再生さいせい)なぁに怒ってるのかなぁ? 所詮勇者でしょ? それに、君はこいつをはるか昔に倒してる。通過点つうかてんに過ぎないわけだよ。いいや、路傍ろぼうの石だね! ゴミと言っても良いくらいのちっぽけな存在だ! そんな奴を今さら大事にして何になるの? 何にもならないよ。無意味さ。こいつらの存在も、君のその気持ち悪いあわれみも、君が色即是空しきそくぜくうに敗れた時点で、すべては過去なのさ! 終極しゅうきょくの魔王、君はもう終わったんだよ! あぁ、もちろん僕が仕留めた色即是空しきそくぜくうも、既に過去のものだよ?

魔王:……貴様は。

勇者A:(再生さいせい)なんだい終極しゅうきょく

魔王:魔王、か。

勇者A:(再生さいせい)……あは! あははははははは! そう。僕は再生さいせいの魔王。名前は――。

魔王:奥義――天地万物てんちばんぶつ『ユニバース・オムニシエンス』!

勇者A:(再生さいせい)――却下きゃっか

魔王:な、発動しない……!?

勇者A:(再生さいせい)当たり前でしょう? だって君はもう魔王じゃないんだから。

魔王:っく……!

勇者A:(再生さいせい)というか、僕の名乗りを邪魔しないで欲しいね? どうにも君は僕の邪魔ばかりする。世界を終わらせるでもなく、勇者に倒されるでもなく、つまんない事をうだうだやりやがってさぁ。魔王のくせに! いや? 元・魔王かな? あははっ!

魔王:なるほど、それで我を終わらせに来た、か。

勇者A:(再生さいせい)そうだよ。古き者はいさぎよく去れ。流れをき止めるな。これからはこの僕が、世界を壊しそして! 再生さいせいする。それが魔王というものだよ!

魔王:その為に……。

勇者A:(再生さいせい)うん?

魔王:勇者たちを使ったのか……?

勇者A:(再生さいせい)あぁ『リサイクル』ってやつだよ! 君も知ってるように、所詮勇者なんてものはほっといてもいてくる代替可能だいたいかのうなゴミだけれど、それでも資源だからね。有効活用してやったのさ?

魔王:……そうか、貴様が。

勇者A:(再生さいせい)そうさ? さっきは君のことを悪く言ったけれど、先輩として、少しだけ尊敬そんけいしてもいるんだよ。だから。去り行く君の為に気を利かせて、なつかしい玩具おもちゃを集めてきたわけだ。副葬品ふくそうひんだね。どう? なかなか楽しかったんじゃない?

魔王:そう、かもしれないな。

勇者A:(再生さいせい)まぁ、わざわざよみがえらせた99体のうち、君を終わらせられそうなのは、たったの一体だけだったんだけどね。とはいえその一体も、役目を全うしないゴミだったんだけど。

魔王:何……?

勇者A:(再生さいせい)それを思うと、ほんとにこの世界ってゴミだったんだなって笑っちゃうよ!

魔王:おい。今の話……。

勇者A:(再生さいせい)あぁ?

魔王:今の話は、本当か?

勇者A:(再生さいせい)いや、だからさ、ほんとにゴミだって言ったでしょ? 聞こえなかった? 君もやっぱゴミ?

魔王:貴様が『役目は終わり』と言ったのは、色即是空しきそくぜくうの勇者に向けてでは無いのか……?

勇者A:(再生さいせい)はぁ? なんで僕があんなゴミに? どれだけ強くても、意志の弱い奴はいらないんだよ。何であそこで魔王を殺せなくなるかなぁ? 思い出したらムカついてきたよ。

魔王:最後に、一つ質問をしても良いか?

勇者A:(再生さいせい)なんだよ?

魔王:貴様は、我からタダで魔王の座を奪ったのだな?

勇者A:(再生さいせい)だからさっきそう言っただろう! 何度も同じことを言わせるな馬鹿が!

魔王:そうか。ならば貴様こそが――。

  間。

魔王:――馬鹿なゴミだ。

勇者A:(再生さいせい)な! この僕を馬鹿なゴミだと!? いいさ、ならば望み通り消してやる! この下らない世界ごとね――世界滅却せかいめっきゃく『ナラティブ・クローズ』!

  魔王(再生さいせい)から波動が放たれると、世界が揺れる。

勇者A:(再生さいせい)あははははははははははは! 世界が終わるまでの間、僕をゴミ呼ばわりしたことを悔いるんだね! 馬鹿が!

魔王:――終極解放しゅうきょくかいほう『リリース・オブ・ジ・エンド』!

勇者A:(再生さいせい)はぁ? 何やってんの君? もう魔王じゃないんだから、どんな力も使えないよ? さっき確認したよね?

魔王:あぁ。しかし世界はまだ知らなかった。

勇者A:(再生さいせい)何が? さっきから何なんだよ、君。ウザいんだけど。

魔王:対価を払わぬ者を誰が主と認めるだろうか? ましてやそれが負債ふさいであるならば。

勇者A:(再生さいせい)もういい、しゃべんなよ、お前。

魔王:世界よ! 契約けいやくだ、盟約めいやくだ、誓約せいやくだ! 我は払う! 如何なる対価たいかも! 如何なる犠牲ぎせいも! そして如何なる敬意けいいも! 故に使わせてもらう! 最後の一振り――聖剣掌握せいけんしょうあく『バスター・ドミニオン』!

勇者A:(再生さいせい)よりにもよって気狂いの傀儡聖剣かいらいせいけん真似事まねごと? だから、無駄だって……え? か、身体が動かない……? まさか、このゴミの意思が生きて……? いや、間違いなくクレスの身体は……、違うこれはこいつの聖剣か!? 何故、滅ぶ世界の聖剣如きがこの僕を縛める! 僕は神の意志さえ背負ってここに居るのに!

魔王:世界から借りた対価を踏み倒そうとする者に、世界が力を貸すと思うか?

勇者A:(再生さいせい)対価だと!? 僕は何も……!

魔王:さて、それでは終極しゅうきょくの名において、全てを清算せいさんするとしよう。

勇者A:(再生さいせい)何をするつもりか知らないけれど、させると思うか! この程度僕ならば……!

魔王:すまんが省略も前借りもできぬ。時間を稼いでくれ。行くぞ――

勇者A:(再生さいせい)何をごちゃごちゃと!

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)お任せあれでござりまする。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)これは貸し一つじゃな。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう菓子かしりくらいは欲しいものですね。

勇者A:(再生さいせい)っぐ!? 何者だ!?

  魔王(再生さいせい)を三体の影(色即是空しきそくぜくう森羅万象しんらばんしょう生老病死しょうろうびょうし)が取り囲む。

  魔王、詠唱を開始する。※演出上、途中でフェードアウトするか小声で詠唱が継続される。

魔王:我は虚無きょむ終末しゅまつをかける混沌こんとん錫杖しゃくじょう時空じくう切り裂く黒龍こくりゅう産声うぶごえ、こだまするは虚空こくうより差し延べる透明のつる。星無き銀河ぎんが渡る一条いちじょう流星りゅうせいをつがえ、末席まっせきの天の座において代行者となりて、くら暁闇ぎょうあん歓喜かんきする虚構きょこうたてまつらん。二十三対にじゅうさんついかつて光を失った天の瞳に復讐ふくしゅうほむらを灯さんと徘徊はいかいする見目みめうるわしき妄執もうしゅうの乙女に命ず。忘れ去られし遠き約束の日、いずれ再臨さいりんせし輪廻りんね喝采かっさい破局はきょくをもたらす終焉しゅうえん破壊者はかいしゃ千夜一夜せんやいちや、語り明かす蒙昧もうまいなるなんじの願いは、影も無くした古き神々かみがみ達のなぐさみとなろう。秩序ちつじょ霹靂へきれきなげまぬ絶歌ぜっかによりて磨き上げた時計の針の向こうより続く無明むみょう葬列そうれつかかげるはたに記す神の預言よげんを宝石と血糊ちのりで飾り、失われた世界の記憶その残滓ざんしかす羅針盤らしんばんと成す。やがて腐りてちゆく大地の寝息ねいきに耳を傾けよ。それは永劫えいごう真理しんりより目をそむけ、いとなみの足場をめ立てる暗渠あんきょの更に下層かそう崩落ほうらくした世界の片隅かたすみすすり泣く白き不死鳥、優麗ゆうれいたるき声の旋律せんりつ境界きょうかいより呼びまされし摂理せつり老婆ろうば微笑ほほえむ。降りそそぐは蒼穹そうきゅうの祝福と真紅しんく災禍さいか紫紺しこん慈愛じあい深緑しんりょく酷薄こくはく。天よりたまわりし静かなる熾火おきびにぎわいし慈雨じうを失い邂逅かいこうするは天命てんめい。断ち鉄鎖てっさ天網てんもうに代えて、むごたらしき複眼ふくがん大蛇だいじゃはその白き肌を食らい尽くす。恐れるなかれ。まどうことなく瞑目めいもくして天を辿たどり、絢爛けんらんかれしまぶたに口づけをほどこそう。或いは大輪たいりんの枯れゆく花に歌をさずけてささぐ祈りは、星の大海たいかいで力尽きた船乗りに姿を変えて語りがれる神秘しんぴ系譜けいふじれた宝玉ほうぎょく、消えゆく精霊の追憶ついおく、流す血潮ちしお赤錆あかさびに染まり、深き凍土とうどの底に眠りながら、けがれを忘却ぼうきゃくした大地より妄執もうしゅうを浄することあたわず。の者、おおいなる意思にそむき刻まれる消失の六芒星ろくぼうせい。点と点を結びかたどる運命に失望しつぼうひそませ、かわいた運河うんがを誰に知られることも無くうるお豊穣ほうじょう盟約めいやくささげしは、荒れ果てた理想郷りそうきょうを満たす一献いっこんたましい。毒となり、薬となり、土となり、風となる。憂愁ゆうしゅうに震える獣にひとときの悦楽えつらくを与え、命をさら狩人かりうどの爪。信仰しんこう冒涜ぼうとくを飾るみやこ偶像ぐうぞうは、幾万幾億いくまんいくおく民草たみくさから絶望ぜつぼううば安寧あんねいを与える循環じゅんかんかご。重なる鼓動に耳をまし、こごえる冬を越えたならば、未だ誰も見たことの無い故郷ふるさとの春に足を踏み入れ、深遠しんえんの果てに沈むこともやむなし。満ちて使い古された喜劇きげきの底に、今き立つは審判しんぱん黒焔こくえん。黒くただれて溶け落ちた水銀すいぎんの汗を浮かべ、熱狂ねっきょうのままに足を止めることも叶わぬ愚者ぐしゃ聖戦せいせん。先へ、前へ、向こうへ、果てへ、終焉しゅうえんの向こうへ。征服せいふくし、蹂躙じゅうりんし、陵辱りょうじょくし、侵犯しんぱんし、逸脱いつだつし、越境えっきょうし、飛躍ひやくし、超克ちょうこくし、そしてまた回帰かいきする。抜きはなたれた一振りのつるぎの後にのこされたさや空白くうはくいざなう、終わりなき終わりの待つ場所より我は導かん。

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)さて、借りたものは返す。それが世の摂理せつりです。

勇者A:(再生さいせい色即是空しきそくぜくう!? お前、何故生きて……!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)あぁ。死んでいますよ、はるか昔に。というか貴方が、よみがえらせたのでしょう? 忘れたのですか?

勇者A:(再生さいせい)忘れるも何も、僕はそんなもの知らない! 捨てごまの分際で僕にめた口を利くな!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)黙れ下郎。ポッと出の分際で舐めた口をくでないのじゃ。

勇者A:(再生さいせい森羅万象しんらばんしょうだと! 殺していなかったのかあの詐欺師さぎしめ!

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)いやいや、確かに小生しょうせいたちは死んでござりましたよ? かの魔王が詐欺師さぎしであることは同意しまするが。

勇者A:(再生さいせい生老病死しょうろうびょうしまで……! 何が一体どうなっている!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)分らぬかの、我らは記憶きおくじゃ。

勇者A:(再生さいせい)記憶? っは! 終極しゅうきょくの――元・魔王の記憶だとでも? そんなものが実体を持ってこの僕に抵抗できるわけがない!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)違うわ、このたわけ。

勇者A:(再生さいせい)たわ……!?

勇者B:(生老病死しょうろうびょうし)馬鹿にでも分かるように申し上げますると、聖剣の記憶でござりまする。

勇者A:(再生さいせい)聖剣……? 馬鹿な! それがどうして僕に、この僕に刃を向ける!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう)聖剣が魔王に向けられるのは至極しごく当然かと存じますが。それがたとえどのように卑小ひしょう矮小わいしょうな存在であったとて。

勇者A:(再生さいせい)……っ! 君たち、さっきから僕を舐めているけれど! この身体が使い物にならないなら! はぁ!

  魔王(再生さいせい)、自害する。

勇者B:(再生さいせい)こうして、新たな体に移ればいいだけの話なんだよ!

勇者D:(色即是空しきそくぜくう生老病死しょうろうびょうし

勇者B:(再生さいせい)失せろ――焼却しょうきゃく

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう色即是空しきそくぜくう

勇者B:(再生さいせい)所詮ゴミはゴミなんだよ! 分かったかな? そもそも僕に逆らえる訳が無いんだよ。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)くっふ、くふふふふ、ふふふふふふふ!

勇者B:(再生さいせい)なんだ? 圧倒的な力の差を前におかしくなったか?

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)いや? ただ、そうじゃの。貴様の言うように、あまりに可笑しくての。

勇者B:(再生さいせい)何が……。

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)貴様の知らぬ世界にはこういう言葉があるのじゃが「他人のふんどしで相撲すもうをとる」。あぁ、なるほどの。こういう輩のことをいうのじゃと気付いたわ。くふふ。

勇者B:(再生さいせい)……殺す!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)じゃから、もう死んでおると言うのに。馬鹿じゃの。

勇者B:(再生さいせい)なら、完全に消し去ってやるよ! 下劣げれつな記憶とその品性!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう鏡像召喚きょうぞうしょうかん『トゥルー・ミラー』! まだ発動しておらぬが……はて?

勇者B:(再生さいせい)ころすころすころすころすころすころす!

勇者C:(森羅万象しんらばんしょう)……そろそろじゃの。あとは任せたぞ。終極しゅうきょくの?

  勇者(森羅万象しんらばんしょう)、魔王(再生さいせい)に倒されて消滅する。

勇者B:(再生さいせい)はぁ……はぁ、あはははははは! この僕を! 魔王を舐めるからこういう目にうんだよ! 馬鹿が!

  と叫ぶと同時に、魔王が詠唱を終える。

魔王:――超終末級究極虚構魔法ちょうしゅうまつきゅうきゅきょくきょこうまほう『エデン・オブ・ポスト・アポカリプス・零式』!

勇者B:(再生さいせい)なに!? 魔王の力もなく発動するわけが!

魔王:ならば信じるが良い。心せよ。過信かしんが貴様の敗因はいいんだ。

勇者B:(再生さいせい)……! 超強硬度複合魔法盾ちょうきょうこうどふくごうまほうじゅん! 多重式防御陣たじゅうしきぼうぎょじん! 絶対魔力障壁ぜったいまりょくしょうへき! 衝撃反射装甲しょうげきはんしゃそうこう! 隔絶外殻かくぜつがいかく! ちょう再生さいせい

  世界を闇の波動が巡る。

  しかし、何も起きない。

勇者B:(再生さいせい)……は? なんだ、やはりただのはったりじゃないか! 舐めやがって!

魔王:…………。

勇者B:(再生さいせい)あははははは! 死ぬがいい元・魔王! 滅忘却禍めつぼうきゃっか『ディザスタ・オブリヴィオン』!

魔王:――却下きゃっか

勇者B:(再生さいせい)な、発動しない……!?

魔王:……下らん。

勇者B:(再生さいせい)ふんっ! 何故か不発したが、幾重いくえにも防壁ぼうへきを張り巡らせているこの僕に、傷をつけることなど――!

  魔王、魔王(再生さいせい)へと歩みを進め、拳を振り下ろす。

勇者B:(再生さいせい)ぐはぁ!? ば、馬鹿な! 僕は魔王なんだぞ!

魔王:いいや、違うな。貴様は魔王ではない。

勇者B:(再生さいせい)そんな筈はない! 僕は確かに君から魔王の力を奪った!

魔王:故に、それを取り返しただけの話。

勇者B:(再生さいせい)ならば何故、先ほど君が放った攻撃は発動しなかった!

魔王:したさ。

勇者B:(再生さいせい)何!? ならば何故世界は滅んでいない! あれそれほどの威力を秘めた技である筈だ! そうあるべきなのだ、なのに――!

魔王:確かに発動はしたが、そこを尽きたのだ。

勇者B:(再生さいせい)尽きた……? 何が!

魔王:魔力だ。

勇者B:(再生さいせい)魔力?

魔王:そう、この世界を循環じゅんかんする魔力。それが枯渇こかつした。故に、魔法は不完全ふかんぜんな形で崩れ去り、副次的ふくじてきに貴様の防御魔法も弾け飛んだ。

勇者B:(再生さいせい)そ、そんなことが……!

魔王:しかし、かつての勇者を復活ふっかつさせ、わざわざ勇者の身体を乗っ取ってまで貴様が出向いてきたのは、我を確実に殺すため――。ではないのだな?

勇者B:(再生さいせい)っく……!

魔王:すべては、終極しゅうきょくの魔王として世界を滅ぼすこと、いては――滅ぼされた後、新たに再生さいせいする世界で貴様が魔王となるための策略さくりゃくだった。

勇者B:(再生さいせい)……そうだ、全部上手くいっていた、僕は間違えてない、魔王としての役目を果たしている、果たそうとしていた、君と違って、それがどうして……こんなことになる!? こんなつまらない結果に! いつまでも続き繰り返す世界を終わらせることもできず! 前に進めることもできない! 何故邪魔をする? こんな世界の何がいい? 魔王の座がそんなに大事か? 或いはそれほどまでに命が大事か? 何百と勇者を殺し、さりとて世界を滅ぼすでもなく永らえさせる意味は何だ!? 終極しゅうきょくの魔王。如何なる魔王よりも長く存在する魔王。君は、一体、何なんだ……? 教えてくれ、教えろよ、この僕に! 僕は、どうすればよかったんだ!

魔王:……………………知らん。

勇者B:(再生さいせい)はぁ!?

魔王:いや……、知らん。考えてみたが、特に理由は無い。

勇者B:(再生さいせい)ならこんな世界早く終わらせろ!

魔王:話を聞いていなかったのか? 世界の魔力は底をいている。滅ぼすだけの余力などどこにもない。

勇者B:(再生さいせい)なんだと! では、世界はどうなる!

魔王:何も変わらんだろうな。

勇者B:(再生さいせい)な! ではどうすればいい僕は! とどめは!?

魔王:どうでもいい。殴って気が済んだし、よくよく考えると、その身体も生老病死しょうろうびょうしの勇者のものだ。本人のおらぬところで痛めつけるのは気が引ける。

勇者B:(再生さいせい)どういう倫理観りんりかんだ。

魔王:貴様にだけは言われたくないがな。というか先ほどから質問ばかりだが貴様。自分で考えよ。全く。さて、我は、眠りにつく。

勇者B:(再生さいせい)はぁ!?

魔王:ふぁ~……。先ほどまでの戦いで少々……いや、かなりの無茶をした。魔法の前借まえがり、肉体や精神の限界を超えた力の行使。これで滅ばなかったのが不思議なくらいの消耗なのだが、我ながら。まぁ、そうだな。貴様の言ったように、或いはもう我は魔王ではない。

勇者B:(再生さいせい)じゃあ何なんだよ? ん、君身体が……!

魔王:うむ、石化し始めているか。……お、あったあった。

  魔王、瓦礫をどけると、その中で唯一原形をとどめていた玉座に座る。

勇者B:(再生さいせい)何故今更玉座に?

魔王:どうせ石になるなら、この方がサマになろう?

勇者B:(再生さいせい)っは。その辺の柱に碑文ひぶんでも刻んでやろうか。

魔王:悪くない。

勇者B:(再生さいせい)悪くないのかよ。

魔王:そうだな――『ヴォイド・ヴェルト・エンデ。99人の勇者と1人の魔王を倒し、かつて終極しゅうきょくの魔王と呼ばれた者。ここに眠る』とでも刻んでおいてくれ。

勇者B:(再生さいせい)馬鹿なのか?

魔王:でなければ好き好んで魔王なぞやっておらん。

勇者B:(再生さいせい)好き好んで魔王をやっていたのか?

魔王:ふむ。まぁ、嫌いではなかった。この世界と同じようにな。

勇者B:(再生さいせい)それは、君を殺しにやってきた勇者達もか?

魔王:……そう、かもしれぬな。

勇者B:(再生さいせい)僕を、うらんでいるか?

魔王:…………。

勇者B:(再生さいせい)…………。

魔王:……いや。

勇者B:(再生さいせい)……そうか。

魔王:どうでもいい。先ほども言ったがな。

勇者B:(再生さいせい)おい。

魔王:貴様はどうするのだ? 再生さいせいの魔王。

勇者B:(再生さいせい)僕は魔王になり損ねた。そうだろう? ならばそう名乗る訳にはいかないさ。

魔王:では、生老病死しょうろうびょうしの勇者――の死体にいた再生さいせいの魔王の怨霊おんりょう

勇者B:(再生さいせい)誰が怨霊おんりょうだ。

魔王:似たようなものだろう。

勇者B:(再生さいせい)似て非なるものだ。要するにまがい物だ。

魔王:ふむ。

勇者B:(再生さいせい)そんな紛い物は、果たしてどう生きればいいんだろうね?

魔王:魔王になれぬのなら、そのまま勇者やれば良いのではないか?

勇者B:(再生さいせい)できる訳ないだろう!

魔王:平気平気。脱税だつぜいの勇者や放火魔ほうかまの勇者が勇者を名乗っていたのだから、勇者を乗っ取った魔王が勇者名乗っても許される。

勇者B:(再生さいせい)許されちゃ駄目だろうそれは!? 第一、勇者になって僕は何をすればいい! 倒すべき魔王のいない世界で勇者など……。

魔王:ならば、我の目覚めでも待っているがいい。

勇者B:(再生さいせい)それは――いつになるんだ?

魔王:百年か、千年か。

勇者B:(再生さいせい)待てるか!

魔王:経ってみればあっという間だぞ? 意外と、な。

勇者B:(再生さいせい)そうかよ、だったら覚悟しておくことだね。

魔王:うん?

勇者B:(再生さいせい)次に目覚めた時は、99人の勇者どころではない。999の勇者いいや。1000人の勇者で君をほうむってやる。

魔王:ふはははは! 面白い。その時を楽しみにしているぞ? 再生さいせいの魔王――否、勇者よ。

  魔王、手を差し出す。

  勇者(再生さいせい)、その手を握る。

勇者B:(再生さいせい)約束だ、終極しゅうきょくの魔王。

魔王:あぁ、約、束……だ――。

  魔王が完全に石になる。

勇者B:(再生さいせい)さて、これからどう生きようかな。まさか、勇者として生きることになるなんてね、あはは。……って。いや、ちょっと待て。なんか、これ……。ん……? は、外れない! え、え、えー!? 流れで握手あくしゅしたけど、こ、こいつ! 握手したまま石になってんじゃねぇ! くっ! 解けないぞ!? うぉぉぉぉぉぉ! ……はぁはぁ……く、くそぉ! くそぉ! よくも! よくもやりやがったな魔王――――ッ!!!!

  ――幕。

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1人の魔王と99人の勇者。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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