第33話 暗雲

 昨日までの快晴が嘘のように、しとしとと暗い空から雨が降り注いでいた。

 まるで、街の空気を映したかのような天気だ。


 その日、この街の領主であったリョウザの葬儀が執り行われた。

 子供を利用した卑劣な暗殺、犯人を激しく弾劾する声が響いている。

 今の所、街の治安を高いレベルで維持しているリョウザを煙たがった犯罪組織の仕業という噂が主流だ。

 ゴブリンの危機が去り、これからも街を明るく照らしてくれるはずのリョウザの死は、領民たちに深い悲しみを与えたのだった。


「……んで、そろそろ詳しい話を聞かせてもらえませんか、


 俺たちは、英雄から一転、居心地の悪さを感じながら街を後にすることになった。

 リョウザの暗殺の場にいたジンゲンはいなかったことになっている。

 コウメイの暗示によって、子供が何者かによって渡された魔道具、その牙から子供を救って倒れた町の英雄リョウザ。そういう事になっている。


 そして、冒険者ケイジは今俺達と馬車で移動している。

 ケイジもジンゲンも幸運なことに大きな後遺症もなくピンピンしている。

 、以前よりも、明らかに強い力を手に入れている。


 何を聞いてもとりあえずケイジを連れて街を出て欲しいと繰り返された。

 仕方がなく……まぁ、街の雰囲気も、よそ者である俺達が来たから領主が死んだのでは? という根も葉もない雰囲気にはなりかけていた。ギルドや衛兵の取り調べで無罪であることは証明されたけど、人の雰囲気はそう変わるもんではない。結果として逃げるように次の街へと移動することになった。


「すまんな、あの街全体が、可能性があってな」


 ようやくケイジが口を開いた。

 全く、あんな事を言われて今まで、どれだけ苦労したことか……






「俺を、殺してくれ」


「何を言ってるんですか!?」


「頼む、このチャンスを逃すわけに行かないんだ!

 お願いだ! 何も言わず、協力してくれ!

 あの酒を、やるから」


『コウメイ、策を!』


『かしこまりました』


 あんなにも真剣な眼差しで頼まれたら断るわけには行かない。男として。


 それから大変だった。

 肉や骨を利用したリョウザ氏の死体の偽造、子供の記憶操作、それから俺達のつじつま合わせ。

 全てコウメイが一晩でやってくれた。


 それにしても、街中に放った忍びスライムが、敵の足取りひとつつかめなかったことには驚きを隠せない……






「半年前からだ、俺は命を狙われ続けている。

 犯人は……たぶん、叔父だ」


「ケイジさんの叔父って、国王陛下?」


「叔父が近くに妙な女を連れるようになってから、いろいろと不可解なことが続いてな。

 少し探りを入れてみたら、何も情報が得られないばかりか、逆に狙われるようになった……」


「犯罪組織がどうとか」


「ああ、犯罪組織も俺が作ったものだ」


「は?」


「いやな、ちょっとぐらいそういう物があったほうが良いし……

 だったらそれも把握しておいたほうが良いだろ?

 今も信頼できるものがあとを引き継いでいる。

 悪役にしちまったから今は少し辛い立場だろうが……

 それよりも、そういった裏から見ても……

 俺はあの街での暗殺や諜報のしっぽひとつ掴めなかった……

 それどころか、とうとう敵にやられるだけでなく、ジンゲンも巻き込んでしまった……」


「ケイジではなく、リョウザ様の名で呼び出されて向かってみれば……」


「すまん、しかし、リョウザの姿で敵に襲われたのは幸運だった。

 まだケイジの正体は知られていない。

 更に幸運なことは、カゲテルに救ってもらえたことだが……

 カゲテル、どうやった?」


 俺は、全てを話すしか無いと心に決めた。


「ローザ、それにジンゲンにも聞いて欲しい……

 みんなの中には、俺とのつながりが切れているスライムが混じっている」


「……やはりそうか……あの毒を使われて、どうやって助かったのか想像もつかなかったが……」


「儂の中にも……」


「私も……最初の時!」


「そう、ローザは槍による怪我、ジンゲンはゴーレムの時、そして今回。

 傷ついた内臓の治療にスライムを埋め込んでいる。

 スライムはいずれ自分の身体に取り込まれて吸収されていく。

 ただ、スライムを吸収した人体がどうなるかは、わからない……」


「大丈夫ですよ! 私、むしろそれからのほうが調子がいいですから!」


「うむ、儂もそうだ。明らかに体の状態が良い」


「間違いないな、君の強力なスライムが我らに力を与えてくれたんだろう!

 命を救われたんだ、何も文句はない!」


「みんな……」


「この状況を利用し、リョウザには死んでもらい、ケイジとして叔父を調べたいって事だ」


「……国王の近くの部隊でそこまで裏で動ける……

 今コイタルの街をスライムで監視してるんですけど、たしかに敵の気配は感じないですね」


「王国の影が動いているかもな」


「なんですかそれは?」


「国王直属の裏仕事を請け負う組織があると噂されていて、そう呼ばれている。

 メンバーは不明だが、上のものはSクラス冒険者と並ぶ強さを持つとも……」


「そもそも、今回使用された道具を考えれば、まともな組織ではない」


「ジンゲンどういうこと?」


「あの魔道具、毒蛇の供物は範囲内の対象を一瞬で死に至らしめ、そして痕跡を一切残さない。

 超一級の禁制品だ。子供をかばえたことが奇跡だ」


 その毒も解析済みで合成可能だけど、封印だな……


「作るのに……人間の命を必要とする、しかも、苦しみに苦しみ抜かせてその怨念を利用する。

 まともな組織は手を出さない。メリットに合わん」


「ただケイジ、カゲテルの策もバレているんじゃないか?」


「いや、俺が駆けつけて放った忍びスライムは流石に見ているのなら見逃さない。

 勘的な能力で察知する。

 暗殺を企んだやつは、すでに街から出ていたと思う」


『あの子供の香りを街中探りましたが、僅かな匂いが防壁に続いて、そこで消えていました。

 たぶん壁を超えて逃走したと考えられます』


「ってうちの軍師は言っている。間違いない」


「そういうわけで、巻き込んで悪いが、カゲテル。

 頼む、俺と一緒にこの国を探って欲しい……」


「……(酒をもらってしまったし)今更断れません。

 スライムが混じってしまった人はしばらく側から離れたくはありませんし、冒険者ケイジ、これからよろしくおねがいします」


「ああ!」


 こうして、何やら巨大な闇に挑むことになり、仲間が増えたのだった。

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