第32話 事件

 ケイジは空が白んでくる頃にはいつの間にかいなくなっていた。

 周りを囲んでいた女性たちもいなくなっていたので、そういう事かもしれない。

 俺は酒への愛を語るだけ語り尽くし、満足して、宿に帰って眠りについた。


「カゲテル、今日はちょっと所要で別行動でいいだろうか?」


「全然問題ないよ、しばらくはここを拠点に活動するつもりだから」


「いってらっしゃいジンゲンさん」


「またねー」


「では」


 しばらくパーティとしての行動を取るつもりはない、まずはこの地で海産物の可能性をたっぷりと学ばなければいけない。

 

「とりあえずギルドの依頼とかは見ておこうか」


「そうですね」


「行くぞー!」


「いくー!」


 大きな都市のギルドの依頼は多岐にわたる。

 ありがたいことにあっという間にCランクになってしまって、依頼内容が強力な敵の討伐とか危険な場所に存在する採取などが中心になってくる。

 

 ちょっと外でやりたいことがあったので、簡単な採取依頼を受けておく。

 スライムを派遣すればすぐに終わるだろう。

 多くの街の人に声をかけてもらいながら、町の外に出て、美しい草原にやってきた。

 収集クエストはもうスライムを派遣してある。


「さて、スライムキングくん出ておいでー」


 肩に乗ったスライムからにゅるーーーーんとスライムキングが現れる。

 

「魔石を吸収しようか」


 収納からゴブリンから得た魔石を取り出す。

 ヒーローとキングが特に大きいので楽しみだ。

 スライムキングがもぐもぐと魔石を吸収していく。

 戦いの時は凛々しいキングも、こういう場所では癒やし系だ。

 

 ぷるんぷるんぷるん


 スライムキングが震えだした。

 周りで遊んでいたローザたちも集まってくる。


 プルプルプルプルプルプル、にゅぽん。


 ちっちゃいスライムが飛び出してきた。


『スライムプリンスが誕生しました。

 スライムナイツがそれぞれ50匹増加しました。

 【繁殖力強化】を手に入れました。

 スライムキングが【王の威厳】を手に入れました』


 部下たちの前で更に能力が上昇するスキルを手に入れた。

 そして、ナイツ達が増えたことで俺の力もぐっと上がる。

 ゴブリンの肉を直後に食べさせなくてよかった。

 繁殖力強化によって、同じ量の食料をとっても増える量が強化され、一般スライムの数も随分と増えた。

 今ではスライムキングのおかげで誰かの栄養分になるものを手に入れれば全体で共有できる。


『スライムプリンス……しっかりと私が教育役としてじっけ、成長させていきます!』


 ……実験はするなよ、頑張れプリンス!


 少し森の方へ移動して、適当に魔物や動物を狩りながら、採取を行う。

 鬱蒼とした森の木を、間伐程度に集めることも行っている。

 木材は、色々と使えるので、あまり人が入り込めないような奥地から頂いて溜めている。

 森の風通し、日の入りも良くなり、森が豊かになる。


「変わるのは数年後だろうけど」


 冒険から戻ってきて、色んな場所が豊かな森となって、その恵みを楽しませてくれたら嬉しい。

 そんな気持ちで行っている。

 

 スライム達が採集を終えて戻ってきた。

 取り立ての果実をみんなで味わう。

 果実は酒の原材料としても大切だ。

 いろいろなフレーバーを集めておく。

 ハーブ、香草も大事だ。

 あらゆる要素が奇跡のような配分で重なり合った時に、奇跡の一杯は生まれる……

 俺の旅は、いつの間にかその奇跡の一杯を探す旅になっていたらしい……

 いつの間に……


 ぞくり……

 背筋に嫌な気配が走る。

 「なんだ!?」


「ローザ?」


 ローザが身体を抱きしめて震えている。


「どうした?」


「わからない、なんか、嫌な予感が……」


『マスター!! ジンゲン氏の異常を確認、緊急事態です!!』


「なに!?」


『眷属の位置を確認、誘導します、マスターが走るのが一番です! 全力でお願いします!』

 

 昨日迷子用にスライムをもたせておいてよかった!

 

「街へもどれ! スライムをつけておく!」


 俺は走り出す。

 今の自分はこんな人間離れした速度で走れるのか……

 景色があっという間にすっ飛んでいく。


『このまま、乗り込みます。調整しますので思いっきり飛んでください!

 3・2・1・今です!』


 ぐっと大地を踏み込み飛び上がる。

 身体が空へ跳ね上がり、街を守る防壁も眼下におさめる。


『着地はこちらで、敵はいません、近くに子供と、もうひとり倒れています……

 ケイジ殿です!』


 ぐんぐんと街が近づいてくる。

 建物の隙間の通路に向かって落下していく。

 泣き叫ぶ子供の声、倒れた二人の男、ジンゲンと領主様だ。


 ぶにょん。

 スライムが受け止めてくれて着地する。

 直ぐにジンゲンとリョウザの状態を把握する。

 

 心臓が停止している!


 そして、同時に子供、無傷!


『周囲から魔道具、そして毒を検出しました。

 非常に強い心臓への毒性、心臓が壊死、通常の回復魔法では回復不可能です』


『助ける方法は!!』


『ローザ様以上に影響を出す可能性がありますが、遺跡で得た知識で、非常に細かいスライムに変化する方法を得ました。それによって心臓の代わりを務めさせ、その後治癒を待つ方法なら、可能性はあるかもしれません』


『やるしかない!! すぐに行なえ!』


 心臓が停止してから一分時間が経過すれば7~10%救命率が低下する。

 すでに一刻の猶予もない、時間が立てば脳や様々な臓器に後遺症を残すことになる。

 スライムを二人の体内に侵入させ、心臓の壊死部位を消化吸収し、その部位に入り込む。

 魔法で微弱な電気を起こし、心臓の電気刺激を再開させる。

 

 ……どっ……くん……どっ……くん、どっくんどっくんどっくん……


 戻った!

 ジンゲンの心臓が再び拍動する。

 しかし、ケイジの心臓は動かない……

 

『電力を上げろ! もう一度だ!』


 ビクンッ!


 リョウザの身体が跳ねた。

 

『戻れ!!』


 …………ど……くん………どっ……くん……ドクン、ドクンドクンドクン……


『すぐに体内の毒物を吸着無毒化します。

 外傷部の処置も行います!』


『ああ、頼んだ!

 ……やはり、混じったか?』


『はい、血流に飛ばされた個体と、完全に心臓と融合した個体との接続は切れました』


『そうか、いや、良いんだ。よくやってくれた』


 俺は子供の方に向き直り、思考加速を解く。


「何があったのか、教えてくれるかい?」


「ふえっ……お、男の、人に。

 二人の落とし物だって、届け……

 急に、爆発して、僕をかばって、動かなく……」


「大丈夫、二人はにーちゃんが助けた。

 ありがとう。怖かったね……」


 即座に忍びスライムを周囲に放つ。

 

「俺の仲間に手を出しやがって……絶対に……許さん!」


「か、カゲ……テル……、頼みが……」


「リョウザ様!!」


「カゲテ、ル。

 どうやら救ってもらったみたいだが……

 頼みがある。

 ……俺を、殺してくれ」

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