第31話 冒険者ケイジ

「おお……旨い……固い皮を香ばしく焼いただけなのに噛みしめるとまるで海の恵みを頂いているかのような深い味わい……」


「スライムのにーちゃんは若いのにわかってるな!

 それを加えて、こいつを……こうだ!」


 小さなグラスに入った酒を一気にあおる。

 俺もそれを真似してみる。


「……はぁ……ため息が出る。

 酒単体だとさっぱりしてやや物足りない強いだけの酒だが、この皮と合わさると全くの別物になる。

 皮からさらなる旨味を引き出して来る。そして酒自体がまるでこの味わいと重なることが計算されていたかのような完璧な組み合わせ……」


「カッカッカ!! これぞコイタル名物、ティアイの皮の炙りとクリアブルのカクテルさ!」


 カクテル。

 たしかにこの2つを口の中でカクテルとして完璧なものにしている。

 なるほど、こういう方法もあるのか……


「素晴らしい……」


「でな、この硬い皮の内側には……来た来た!

 ティアイの身の揚げ物、これは断然エールだ!」


「なんという柔らかさ……カリッとした衣の内側にはまるでムースのような身が……

 力強い皮とは違った優しい味わいがとろけるように口いっぱいに広がっていく。

 そして、冷えたエールの爽快感をよりはっきりとさせて、苦味が次のひと口を誘う……

 無限ループだ……」


「だろ、だろー!?」


 海産物、恐るべし……

 全く違う食の魅力が広がっている。

 さっきから食べるもの食べるものに驚かされる……

 

「カゲテル、飲みすぎるなよ」


「ジンゲン、俺は今猛烈に感動している!」


「本当に美味しいものばかりよねー!」


「うまいうまい!!」


「もう食べられないよー」


「マシューもネイサンも今回はよく頑張ったな!」


「おう!」


「みんなに痛いの飛んでけーってやったんだよ!」


「おかげでスライムの治療も直ぐに受け入れてもらえた。

 ありがとう」


「にーちゃんもかっこよかったぜ!」


「見たかったなぁ……」


「見たいか!? ならば見せてやろう!!」


 突然現れた男が当たり前のように俺たちの席に座って、机に不思議な魔道具を置いた。

 次の瞬間、俺達の戦いが機械の上部に置かれたクリスタルに映し出された。

 そして、その男の顔を見て驚いた。


「リョウザ様!?」


 男はしーっと口に指を当てる。


「なるほど、カゲテル殿には変化の魔道具は通用しないか……面白い!」


「カゲテル、この場では彼はケイジと呼ぶように。

 冒険者のケイジだ」


 ジンゲンがそう耳打ちしてきた。

 なるほど、そういうことなんだろう。


「ケイジ、良いのかそれ、国宝だろ?」


「使わずいて何が宝か、こうして多くのものを夢中にさせてこその宝だ!」


 周囲の冒険者、兵士、マシューやネイサンも映し出される戦闘の映像に夢中になりながら声援を掛けている。

 おかげで座席の周囲の混雑がひどい。


『マスター、仕組みを理解したので実行してよろしいですか?』


「た、頼む……流石に、暑い……」


『わかりました』


 スライムがぴょんと近くの木に登ると……


「おお……!!」


 近くの建物、壁面に魔道具の映像を巨大に投影する。

 画面が大きくなり、大迫力、会場にいる全員が熱狂する。


「素晴らしい、素晴らしいな!!

 カゲテル、非常に興味深い!!」


 バンバンと背中を叩いてくる。

 確かに、破天荒な王族もいたもんだ……


 それから好き勝手に飲み食いを始めるリョウザ様じゃなくてケイジ。

 彼は人気者みたいで老若男女関係なく彼のもとに人が集まってくる。


「いい街だろ……だから、本当に守ってくれて感謝している」


 ああ、彼のこういうところに人は惹かれるのだろう……

 俺も、一度一緒に飲んだだけで、彼のファンになった。


「それにしても、カゲテル、お前いける口だな!」


「え、ええ、まぁ少しは」


「よし、じゃあ、ほれグラスグラス」


「あ、はい、いただきます」


 どこから取り出したのか、いつの間にか古ぼけた瓶から酒を注いでくる。

 グラスに注がれる濃い茶色の液体。

 ふわっと風がその香りを運んでくる。


「!! これは……!!」


「ふふんっ、良いもんだぞ!」


 琥珀の涙よりも濃い色合い……

 そして、濃厚で複雑な香りは、上を行くかもしれない。

 これは、とんでもないものだぞ……


「いただきます」


 改めて姿勢を正してグラスと向き合う。

 ゆっくりとその液体を口に流し込む……


「……ガツンと殴られたかのように強い酒精。

 しかしすぐにフルーティで甘く、しかし複雑な香りが鼻から突き抜けてくる。

 まるで森にいるような重厚な香りに包まれていると、花々が迎えてくれる……

 妖精が私達の周りを楽しそうに踊っている……

 妖精たちの可愛らしい悪戯のようなスパイシーさが現れ、消えていく……

 最後には美しい水面に映る老木が、私の身体を包み込んでくれる……」


「素晴らしい表現だな、そこまで見事にこの酒を映し出した人間とは出会ったことがない。

 カゲテル殿はただ粗忽な冒険者ではなく、高い品格と知性をお持ちのようだ……」


 あまりの美味しさにトリップしてしまった……


「幻の古酒、世界樹の声。まさにカゲテル殿の表現した通り、世界を支える世界樹をこの酒で産み出した傑作」


「ケイジ、本当にカゲテルが気に入ったんだな。

 カゲテル、その酒はケイジが白金貨を積まれても売らないと言った酒だぞ」


 ジンゲンが解説してくれたが、たしかに、金に変えられない物もあると、今教えられた。


「150年の歴史、金には変えられん」


「150年……」


 二度と手に入れられない希少性……

 俺の作った酒は、これだけ愛されてくれるだろうか……


「酒造りの道は……遠く険しい……だが、だからこそ挑みがいがある!!

 ケイジ殿!

 洒落者の貴方に是非私の酒を味わって欲しい!!」


 それからは、俺の持つ様々な試作品を飲んでもらい、いろいろなアドバイスを貰った。

 俺にとって、これ以上無いほど、有意義な一夜となった……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る