第21話 提案

 翌朝、俺はギルドへと向かった。

 ローザさんはギルドの宿舎に住んでいる。

 とりあえず、一度ちゃんと話しておく必要があると思う。

 昨日は無茶苦茶だったので、静かに話せる場を作らないと。

 彼女をそばに置いておくためには弟さんたちも含めて面倒を見ていくことになる。

 考えなければいけないことは多い。

 

「ま、とにかく話さないと」


 がっ……


 ギルドの扉が開かない。

 

「あれ?」


 もうギルドが開いている時間だけど、扉が開かない。


「まぁ、昨日はアレだったからなぁ……」


 ギルド職員も含めてみんなで大騒ぎしていた。

 普段はブレーキになる人達も飲んだくれていた。

 美味しい酒は……怖いね……。


 気配を探ってみると体調的な異常、二日酔いはともかく、そういった物を起こしている人も居ないで、単純に眠っているだけっぽいので、しばらくは安静にしておこう。

 仕方がないのでぶらぶらと街を歩く。


「そう言えば結構食材も使ったな……市場へ行くか」


 市場が一番……市場が一番賑やかになるのは日の出後の早朝だけど、今も多くの人が出て賑わっている。

 お店とかやっているプロの人は早く来て超一流の食材をゲットしていくってイメージだ。

 今は普通に生活をしている人が日々の食事の材料を買いに来ている。

 色鮮やかな野菜や果実、家畜から得られた様々な食材、そして、家畜は注文してから死ぬまで生きていた新鮮な肉などを手に入れることができる。

 外にいる魔物や動物を自ら狩って肉を得たり、木の実や果実、自然に存在する食べられる物も多いから、言ってみればここにあるものは贅沢品だ。

 

「人は贅沢をするために、頑張るんだよなぁ……」


 農業によって作られた上質の野菜、畜産によって大切に育てられた乳製品や肉は、自然で揉まれてなんとか生き抜いたものよりも豊かな味わいや風味を人間に与えてくれる。

 生産者の気持ちも含めて、こういった贅沢なものを味わうことは、人間が人間らしい生き方をしている証でもある。

 そういった豊かさを享受して、市場を一周りしてたくさんの贅沢を手に入れた。

 

「果実はこれからもたくさん手に入れておこう。それと穀物もだ」


 模倣はしないが、酒造りの情熱はメラメラと湧いている。

 まず目指すはあの一杯。支配人秘蔵の酒はいつか売っていたら手に入れる。

 アレを超える一杯を目指す。


 酒スライムの成長や増加のためにも、酒造りは今後のライフワークになる。

 冒険者を引退したら、酒蔵でも持とうかな。


「あれ? カゲテルさん?」


 街で声をかけられることも増えたが、振り返るとローザさんと二人の男の子が立っていた。

 見覚えがある。森で助けた子たちだ。


「ああ、ローザさん、良かった、会いたかったんです」


「ひゃっ! そ、そんな逢いたいだなんて……わ、私もですけど……」


「ねーちゃん、この人だれ?」


「ぷるぷるー」


「マシュー、ネイサン! ちゃんと挨拶をしなさい!

 話したでしょ、私達を助けてくれた人よ」


「スライムー!」


「ど、どうも……」


「ねーちゃんを助けてくれてありがとうございました!!」


 なんか俺のほうが年下みたいな情けない挨拶になってしまった……

 スライムはネイサンくんに抱えられている。

 マシューくんも、ちらちらと興味津々だ。


「いいよ、いじめないでね」


「あ、ありがと……」


「全く……それにしてもカゲテルさん、市場とかに来るんですね」


「一応冒険者だからね、日頃の準備も兼ねてね」


「でも、手ぶら?」


「俺の荷物は全部……」


 スライムを指差す。


「収納……いいなぁ……」


「持ってあげるよ」


 重そうに抱えている荷物を受け取り、収納する。


「わっ、本当に消えた……凄いですね……」


「俺の場合は、スライムが凄いんだけどね」


「でも、従魔の力は、従魔を操っている人の実力ですよ!」


「ははは、ありがとう」


 スライムは二人の男の子と器用に遊んでくれている。

 おかげで落ち着いてローザさんと会話ができる。


「どうですかこれからの生活は……?」


「厳しいですね。村の人達もほとんどこの街に落ち着くみたいで……

 私ぐらいの冒険者だと、街だと弟たちの分まで稼ぐことは難しくて……

 預けたりも出来ないから仕事も限られるし……」


 俺は自分ひとりだったからなんとでもなったけど、二人も未成年者を支えて生きていくのは、大変だったろうに……


「あの、カゲテルさん……私の治療に……回復魔法を使ってくれましたよね?」


 突然ローザさんが俺の顔を覗き込んできた。


「あ、うん。すごく危ない状態だったから……」


「ええ、お医者さんも生きていることが奇跡だし、こんな回復力は見たことがないって……」


「スライム達のスキルのおかげで助けられてよかったよ……」


「あの時、すごく怖くて、本当に死んじゃうと思って……

 昔死んじゃった父さんと母さんの顔を久しぶりに思い出して……

 本当に痛くて、そんな時にカゲテルさんが来てくれて……

 私と、弟たちを救ってくれて、それが同い年の男の子で、なんか凄いなーって……

 色んな話を聞いたら、その男の子はすごい力を持って一人でしっかりと生きていて、私なんかとは違うんだなーって……

 あれ、私何が言いたかったのかな、その……

 本当にかっこよくて、嬉しくて……

 ほ、本当にありがとうございました!」


「う、うん。俺も助けられてよかったよ」


「多分私は街に居られないから、またどこかの発展途中の村を探すことになると思うんで、あえなくなっちゃうと思うんですけど、ずっと感謝して大切に生きていきます」


 うつむきがちに話すローザの肩は、震えている。

 いくら俺がそういう事に鈍い人間でも、流石にわかる。

 彼女はこれからの生活に不安がいっぱいなんだ。

 きっと今までも多くの苦労があって築き上げたすべてのものを失ってしまった。

 そんなところに大きな力を持った同い年の人間が現れ、そして、俺は一人だ。


「……頼ってくれてもいいのに。

 俺は家族に捨てられた人間だけど、一度命を救った女の子を放っておけるほど薄情じゃない。

 それに、二人もスライムを気に入ってくれているみたいだしね」


 弟たちはスライム達とはしゃぐだけはしゃいで、今はスライムベッドですやすやと眠っている。


「……カゲテルさん……」


「お、俺もしばらくローザさんの体調も見ないと、不安で気持ちよく過ごせないからさ!」


「ローザ」


「え?」


「ローザって呼んでください」


「だったら俺のこともカゲテルでいいよ。これからよろしくねローザ!」


「はい、カゲテル!」


 俺たちは冒険者として一緒にやっていく温かい握手を交わした。

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