第10話 回復魔法
翌朝、ギルドで依頼を見に行くつもりだったんだけど、なにやら騒がしいのでそっちに向かう。
冒険者の酒場だった。
テラス席にまるでパズルみたいに冒険者が並べられ、立て看板が立っている。
『私達は凝りもせずメリダと飲んで潰れた駄目な冒険者達です。
反省しているので、どうか大声などをかけないでください。
駄目ですよ絶対!! 迷惑をかけられた店長』
その張り紙を読んで、子どもたちが面白がって大声を出していた。
声がかかると、全員が頭を抱えてもぞもぞ動いて、不気味だが思わず笑ってしまう。
その結果ちょっとした騒ぎになっていた。
「まったく……メリダぁ!!」
「ぐわっあああ、そ、そのお声は……支配人……」
メリダさんを大声で呼ぶ方、ギルドの支配人だ。
細身でビシッと整った格好をしている。
気難しそうな顔で目の前の醜態に苛ついている。
そして、見た目とは裏腹のその声で、周りの冒険者は頭を抱えて苦しんでいる。
「やあカゲテル君。君はどうやらこのような無様な醜態は晒してないようだね。
感心したよ」
「や、やっぱり先に帰ったらまずかったですか?」
「いや、良いんだ。
困ったものだが、珍しいことではない。
メリダが絡むと酷くなるのは頭が痛いのだが……」
「昨日は竜殺しの樹液を飲んでましたから……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~……」
支配人がもんのすごく大きなため息をついた。
「メリダ君、遅刻したら、減給だよ」
それだけ伝えて踵を返してギルドへと向かった。
「うう……おうぇ……そ、そこにいるのは……カゲテル君……
な、なんとか、なんとかお姉さんを助けておくれ……」
「え、あ、はい……」
半分は自分のせいでもあるし……
スライムに頼んで、冒険者全員の下に網状に潜り込んでもらう。
そして、ユキムラさんにしてもらったように、回復魔法を発動する。
まだ未熟なので自己回復能力の向上くらいしかできないけど、身体が温まって気持ちがいいので、多分二日酔いには効くんじゃないかな……
ゾンビみたいな顔色だった冒険者たちの顔に、朱が差してきた。
「ああ、これは……素晴らしい……はぁ……
み、水……キンキンに冷えたお水が欲しい……」
俺は荷物からコップを出して水と氷を注ぐ。
少しの果汁とハーブも入れてあげる。
メリダはそれを受け取ると一気に飲み干した。
「……んっ、プハーーー!! これ、最っ高ね!!」
カーン、カーン。
時刻を告げる鐘が街に響く。
「うおーーー!! 間に合えワタシー!!」
そのままメリダさんはギルドまでダッシュしていく。
「ははは、間に合いますように……」
「る、ルーキー俺たちにもさっきのを……」
結局冒険者の皆さんの介抱をして、ギルドに行けたのは昼前だった。
「ちょっとカゲちゃん! さっきはありがとうなんだけど、あの水は何?
それにその前の、何してくれたの?」
「げ、元気そうですねメリダさん間に合ったんですか?」
「ギリッギリ間に合ったわ!」
「間に合っとらん!」
メリダさんの背後にいつの間にか支配人が立っていた。
「そんなぁ支配人、どうか、どうか、今月も減給されたら生活できなくなっちゃう!」
「昨日、竜殺しを飲んだらしいね」
場の気温が下がるほど冷淡な言葉。
メリダさんがガタガタと震えながらこちらを向く。
「いやいやいや、僕は助けられないですよ!?」
「そ、そんなぁ……」
「カゲテル君、ちょっと君に聞きたいことが有る。
そこの酔っぱらいと一緒に応接室に来てくれ」
「は、はい……」
支配人直々に呼び出し、やはり昨日やりすぎた……
メリダさんはこの世の終わりのような顔をしている。
「一緒に謝りますから……」
「ありがとうカゲちゃん……支配人、怖いけど頑張ろうね」
応接室には初めて入る。
ギルド内でも特に綺麗にされており、上品な装飾品が置かれており、少し自分には場違いな感じがする。
「ふたりとも座ってくれ」
支配人の言葉でメリダさんがその場に土下座したので俺もその場に座ろうする。
「はぁ……いいからこっちに座れ。
メリダはそこが良いならそこに座っていてもいいぞ?」
「いえ、失礼します」
「しつれいします」
おお、柔らかい!
すごく柔らかい椅子。座ったこと無い!
これ作って欲しいなぁ……ちょっとスライムを撫でる。
「ふむ、それが君の従魔か……
スライム……
ただのスライムではないようだなメリダから聞いている」
「はい」
「君は回復魔法が使えるのか?」
支配人が俺の目を真っ直ぐと見つめてくる。
批難の色はない。
「はい、自分はスライムの使える技を自分も使えるんです」
「……魔物使い、天職はやはり凄まじい力を秘めているな」
「凄まじいんですか?」
「少なくとも私はそんな事ができる魔物使いを知らない。
もしそんな事ができれば、とんでもない力だ」
「スライムしかテイム出来ないですけどね」
「……スライムは謎だらけだ、調べようとした者もいない。
しかし、なんと言っても君は回復魔法を使える。
これだけでもこの力のとんでもない可能性を示唆している」
「ほんの少し回復力が上がる魔法しか使えませんけど」
「それでも回復魔法は希少な魔法だ。
S級以上でも3名しか使えない。
冒険者全体でも100名はいないはずだ。
自然回復力の向上、大変結構じゃないか!
どんなパーティでも君を必死に求めると思うぞ」
「……パーティ……」
パーティを組むとなると、流石にスライムのことを隠しきれなくなる……
「魔物使いはあまりパーティを組まないからな……」
なんとなく俺の考えていることを読んでくれる。
「回復魔法が使えることは、あまり軽く話さないことだ。
世の中にはいい人間ばかりではない。
この馬鹿の二日酔いを治したのはあの水ってことにしておくと良い」
「は、はい」
「あ、カゲちゃんあれ何? すごく美味しかったんだけど」
「ああ、水にハーブと果汁を少し混ぜたんです。
解毒効果を高めるハーブとお酒を分解する助けをするビタミン、あ、栄養が多い果汁を」
「それは良いな、良かったら酒場の店長にレシピを教えておいてくれないか?
それと、二人でこれを持って謝りに行って来い」
支配人は小さな缶をテーブルの上に出した。
「店長が好きな紅茶の葉だ。
減給はきちんとお使いが出来たら目をつぶってやる。
すぐに向かえ」
「は、はい! 支配人ありがとうございます!」
「ちゃ、ちゃんと謝ってきます!」
「気をつけてな」
頭を下げて扉を閉める。
「カゲちゃん、すぐに行こう!
ついでにお昼ごはんも食べよう!」
「今度こそおごりますよ、お酒は抜きで」
「きゃー、カゲちゃん大好き!」
二人が去った応接室で支配人は考え込んでいた。
「あそこまで濃縮された魔力を持つ魔物……
本当にスライムなのか?」
彼も元S級冒険者、強大な魔法を操り世界を旅した冒険者。
そんな人物から見ても、あのスライムは規格外だった。
そして……
「そして、同等の魔力を持ちながら、基礎魔法しか使えない……
本当にわけがわからないな……
天職は本当に規格外だな」
天職だから、支配人はそう結論づけた。
いくらなんでもあのスライムが万にも及ぶスライムの集合体とは、思いもよらなかった……
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