第5話 トラウマ再び

 スライムたちと森を転々とする旅を続けていくと、大きな山脈が見えてきた。

 そして、とうとう見つけてしまう。

 街道を進んでいるのだから、いつかは出会うとは思っていたが……


 街が見えた。


「大丈夫、大丈夫だ……」


 話しかける相手はスライム。夢の中で一方的に話しかけられる。

 すっかり人間相手のまともなコミュニケーション能力が低下している。


 「あー、あー、いー、いー、おはようございます」


 口は回る。ダイジョブだ。

 自分に言い聞かせる。


 スライムを連れて、街道を歩いて、街へと近づいていく……


 街を守る防壁、街へと通じる門を守る衛兵が誰何してくる。


「身分証」


「す、すみません、む、村では、その、なくて……」


「新人冒険者か? ラーケンの街に入るなら銀貨5枚だ」


「え、えと、その、銀貨以外の物では……」


「うん? ああ物納か、銀貨5枚相当の物でも問題ない。

 それであればあちらの詰め所で受け付けている」


「あ、ありがとうございます」


「背をしゃきっとしろ! 腰のものが泣いているぞ?」


「あ、は、はい!」


 ちゃんと旅をしている冒険者に見えるように、ショートソードに革鎧、鞄を身に付けた。

 全部スライムが作成してくれたものだが、なかなか立派な装備に見える。

 後ろにぺったんぺったんとついてくるスライムを見て、もう一人の兵士が吹き出す。


「なんだそりゃ? もしかしたらスライムをテイムしたのか?」


 ドクンっ……過去の記憶がぐるぐると思い出されて気持ち悪くなる。


「な、な、懐かれちゃって……」


「ははは、そうか、よく見れば愛嬌があって可愛いかもな!

 スライムとはいえ、ちゃんとテイム届けをしておけよ!

 あと踏み潰されないようにしたほうが良いぞ!」


 なんとか歪んだ愛想笑いは浮かべられた。

 大丈夫、そこまで馬鹿にしたわけじゃない。

 珍しいから……珍しいからだ……

 俺は狂った心拍を整えて、深呼吸をする。

 指示された詰め所に入ると街に入る手続きをするカウンターに向かう。


「あ、あの物納で……街に……それと、これテイム、ぺ、ペット的な……」


 思わず言い訳を口にしてしまう。


「ふふ、かわいいペットさんね。人一人、従魔一匹で小型だから銀貨7枚よ」


「これで……」


 ゴブリンから手に入れた魔石を2つカウンターに置く。


「このサイズなら……はい、銀貨5枚のお返しね。

 ようこそラーケンへ、えっと、カゲテルさんにスライムさん」


 記入した書類に目を通して、問題がないことがわかると、奥の通路から街へと入る。


「うわぁ……」


 整備された石畳の道路、立ち並ぶ複数階の建物。

 どれもが村では見たことがない。

 道を往来する人の数も多い……


「これが……街……」


 すれ違う人が、肩に乗せたスライムを見てクスクスと笑い出すまで、俺は街の勢いに飲まれて突っ立っていた。


 「ま、まずは身分証明書だよな……」


 成人した人間は身分証明書を作る必要がある。

 それが有ればさっきみたいな街に入るときの金額が割引される。

 俺みたいに田舎から街へと出た場合、一番ラクなのは冒険者ギルドに属することだ。

 信用ある人物からの紹介状でも有れば、街の主人から公的な身分証明書をもらえて、ゆうぐうされたりするけど、俺にそんな人脈があるはずはない。


 剣と盾、そして革靴。


 冒険者ギルドのマークのある大きな建物に入る。

 冒険者ギルドはこの世界で誰にでも成功できる可能性を秘めている冒険者を統括している団体だ。

 危険な任務も多く、荒くれ者も多いために、それらをきちんと統制するために存在する。

 大きな街に支部を置いて活動し、本部は英雄ガレウスが作った巨大都市ガレウスに存在する。

 冒険者ギルドを作ったのもその英雄ガレウスだ。

 冒険者としての成功の体現者でもあり、多くの物語の主人公になっている。

 彼が多くの冒険者から羨望の的となっている理由は、彼が天職を持っていないからだ。

 誰にでも大成功できる可能性がある。そう、冒険者なら。

 それを体現した人物だ。

 と、言ってももう300年以上前の話で、今はその英雄の血を引く王が都市を治めている。


「あ、あの、ぼ、冒険者登録を……」


「はい」


 一枚の動物の革を利用した紙とペンを渡される。


「それに記入して、大事だからよく読んで間違えないでね」


 綺麗だけどちょっときつい職員がめんどくさそうに説明してくれた。

 文字は読めるし書ける。

 村でも基本的な勉強はさせてもらえた。

 むしろカゲテルの記憶のおかげで勉強には困らなくなった。


「か、書けました……」


「……え!? 天職持ちなの??」


「は、はい……一応」


「え、それでテイムしたのはスライムなの??」


 受付の職員の一言で、ギルド内に大爆笑が起きた。

 天職があるのにスライム!!

 噂に聞いたことがあるぜ、どっかの村に役立たずな天職が出たって!

 あー、スライムばっかり連れてるって言う!


 目の前が真っ白になる。

 胃が締め付けられる。

 天職は珍しい、あんなに田舎の話でも、こうやって広がっている可能性はあった。

 考えが甘かった……

 気が遠くなる……


「止めなさい!!」


 パンッと空気が張り詰める。

 気がつけば、俺は誰かに支えられて居た。


「大丈夫かい?」


 その人が優しい瞳で俺を見つめてくれている。


「は、はい……」


「酷い顔色だ……癒やしよ……」


 暖かな力に身体が包み込まれる。

 さっきまでの気持ち悪さが嘘のように身体が暖かくなる。


「うん、大丈夫そうだね。

 ……前途ある若者を笑い者にするのが冒険者の生き様か!!

 恥を知れ!!」


 その人が周囲の人を一喝すると、皆バツが悪そうに小さくなる。


「気を悪くしないでくれ……、冒険者は基本的に気持ちの良いやつが多い。

 気分を害させてしまってことを代表して謝罪する」


 謝る姿さえ美しく、思わず見惚れてしまう。

 よく見れば鍛え上げられた肉体に、見事な輝く金属の鎧、見事な意匠の剣、明らかに普通の冒険者ではない。見つめられていると男の俺でもドキドキしてしまうほどの美貌に美しい金色の髪、なんというか、持っている人間の輝きとオーラを持っている。


「さて、メリダさん。

 彼に冒険者手続きの続きを、決して馬鹿にするような態度は止めてもらえるよね」


「は、はい!! し、失礼いたしました!!

 ご、ごめんねか、カゲテル君。

 あ、あっちの部屋で詳しくお話するわね」


「カゲテル君、これからは冒険者仲間だ、困ったことが有れば冒険者の先輩たちを頼るが良い、きっと喜んで助けてくれる。よな!?」


 周囲の冒険者がうんうんと頷いている。


「私はユキムラ、困ったことが有れば遠慮なく言ってくれ。

 と言っても、ちょっと遠出に出るので、また会うことを楽しみにしているよ」


「あ、あ、あ、ありがとうございました!!」


 その青年は、手を振りながらさっそうとギルドを後にした。

 俺は、ギルド職員に手を引っ張られ、別室へと連れて行かれた。

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