転校生3
バス停で小田桐ヒナを見送ったあと、このまま帰るかどこかで時間をつぶすか考えた。
まだ明るかったし、せっかく来たのだから、3階にある大型書店に寄ることにした。
ヨシオたちは、アミューズメントフロアに行くはずなので、その近くは通らないようにした。
マンガコーナーを素通りして、旅行関連の本が並んでいるコーナーにきた。海外から国内までの、人気旅行先のガイドブックやグルメ本が並んでいた。
小田桐ヒナとの会話で、修学旅行を思い出したせいだ。沖縄の本を順番に手に取ってパラパラとめくる。気になった『南大東島』のガイドブックを選んだ。
ついでに参考書のコーナーに行って、赤い本がぎっしりと並んだ書棚を見た。
有名大学の名前が、ズラーっと書いてある。
(東京大学の入試問題は、どんなのだろう)
ぼくは真面目に勉強するタイプではなかったし、一流大学に合格できるほど頭が良くないので100%冷やかしだ。
取ろうとして腕を伸ばして、たまたま隣の人と手が当たった。
沙織がすぐ横に立っていた。肩にスクールバッグを引っかけて、ぼくに気づいて、ハイキングで希少な動物にでもばったり遭遇したような顔をした。
「……楠くん。東大受験するの? かしこいんだ」
沙織は書棚から本を取ると、どうぞという感じで、ぼくに差しだした。
ぼくは、モゴモゴと「ど、どうも」とかいった。
「理三だったりして」
(絶対、嫌味じゃん)
と思ったけど、変なプライドがあって、それっぽくページをめくってみた。
暗号が書いてあるのかと思うぐらいチンプンカンプンだった。世の中にはこういう問題を、スラスラと解ける高校生がいるのだと思うと、格差社会になるわけだよなーっとか、関係のないことが漠然と頭に浮かんだ。
ぼくは、そっと書棚に戻した。
「京大のにする?」
「どんなのか見たかっただけだし」
「残念。勉強を教えてもらおうと思ったのに」
沙織は頭に手をやって、にこやかにしてたけど、口ぶりは嫌味たっぷりだった。
「そうだ、ほしい本があるんだけど買ってくれない? 銀河の写真がすごくきれいで気に入っちゃった。映画やらなんやらで、ちょうど持ち合わせがないのよ」
「どうして、ぼくが」
沙織は、すました顔をしてた。
ぼくは、初対面の女子にたかられるとは思ってもいなかった。
「ここで会ったのもなにかの縁だし」
「あのなー。お嬢さまなんだろ」
「……ヒナになにか聞いたんだ」
「市内で病院をやってるとかなんとか」
「誤解してるみたいだけど、うちはお金持ちってわけじゃないのよ。パパが医者というだけで」
「十分、お嬢さまじゃん。だいいち、ヨシオはどこにいるんだ」
周りを見たけど、ヨシオの姿はどこにもなかった。
トイレにでも行ってるのかなと思った。
「彼といてもつまらないから、用事が出来たっていって、さっき別れてきたの。で、いい本がないかなって」
沙織は平然と話した。
1ミリも悪いとは思ってないみたいだ。
ぼくは、こいつすげえなと思った。情け容赦がない。戦国時代なら剣豪にでもなってたんじゃないのか。
あとで電話をして、ヨシオを慰めてやらないといけない。
「ヨシオがめちゃくちゃかわいそうだ」
「下手に期待を持たせるよりは、よっぽど思いやりがあると思うけど。楠くんは興味のない相手につき合って、崖から突き落とすタイプ?」
たしかにスジは通っている。
通っているけど、なんか割り切れないものがある。
それはたぶん、ぼくがヨシオの友達だからだ。脈がないにしても、もうすこしぐらいチャンスを与えてやってもよかったのに。
沙織は、ぼくが持ってる本に視線を落とした。
「南大東島?」
「修学旅行に行くだろ、9月」
「沖縄らしいわね」
「らしいって、早川さんも行くんだろ」
「……どうしようかな。行っても、ぼっちだし」
「やっぱ、友達がまだいないのか」
転校してきて1ヵ月ちょっとだし、クラスにうまくなじめていないのだろう。
それはやっぱりさみしい気がした。
どういう理由で転校してきたにしても、同じ学校の生徒としてイベントを楽しんでほしい。
「まえの学校は生徒がプレゼンして、投票で旅行先を決めるの。今年は北海道に行く予定だったのよ。楽しかっただろうな、みんなと札幌の街を見てまわったりして」
ぼくは、北と南だな、としか答えようがなかった。
「どうして、南大東島なの。たしかすごく離れてるわよね、沖縄本島からだと」
南大東島はサンゴ礁が隆起した島で、太平洋のど真ん中にある。文字通り絶海の孤島だ。周囲を透き通った青い海と断崖絶壁に囲まれていて、南国をイメージするような砂浜はない。
フェリーの乗客は、港に到着するとゲージごとクレーンで吊り上げて上陸する。おもな産業はサトウキビ栽培。島には電車もコンビニも高校もない。なので、島の子供たちは中学を卒業すると親元を離れて沖縄本島の高校に進学する。
「南大東島は、いまの時期の晴れ渡った夜になると、水平線ギリギリに南十字星が見えるんだ」
ぼくは、自慢げに教えた。
「ふーん。ウィキで調べてきたみたいな情報ね」
「うぐ……」
まったく、その通りだ。
普通の女子は「すごい」とか「くわしいのね」と褒めてくれそうなのに、沙織は冷ややかな視線で、ぼくを見ていた。
「南十字星を見たいの?」
「南大東島には、なにもないがあるんだ」
「楠くんは、案外ミーハーなのね。なにもないがあるだなんて、安っぽい旅行サイトのキャッチコピーにありそう」
ぼくは、バカにされた気がした。
実際、バカにしていたのだろう。
ヨシオが、歯が立たなかったのがあらためてよくわかった。
「ミーハーで悪かったな」
「もしかして怒った? そういうつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」
「ぼくはべつにいいけど、さっきの態度はなかったんじゃないのか」
「なにが」
沙織は不思議そうな顔をしていた。
たぶん、ぼくが、なにに対して腹を立てているのか、わからなかったんだ。
「ヨシオが頑張って撮った動画に対して、もっと褒めるとか、ウソでも興味があるようなフリをするとか。あからさまにつまらそうな顔してただろ。あれじゃ、ヨシオがあんまりだ」
「コーラを一気飲みして唄う動画の、どこが面白いの?」
「その場のノリみたいなのがあるだろ。本人は、みんなを笑わせようと必死にやってるわけだし」
去年の文化祭のステージで、ヨシオはコーラを一気飲みして、米津玄師のLemonを熱唱した。途中でゲップしまくりだったけど、観客にバカウケだった。
それを動画サイトにアップして、バズったわけだ。
ほかにも学校のあるあるネタを中心に動画を作成したり、自習時間にゲリラ的にライブ配信したりしている。ノリのいいクラスメイトがエキストラになったりして、ぼくはスマホを片手に撮影を手伝う。
ヨシオの夢は、インフルエンサーになることだ。ぼくもバカだなと思いつつ、目標にむかって真剣にやってるヨシオのことがかっこいいと思うようになった。何回失敗しても、何回女子にフラれても、そのたびに起き上がってチャレンジするところが、ヨシオのすごいところだ。
そういう努力を、転校してきたばかりの沙織に否定されたような気がして、友人として黙っていられなかった。
「なによ、急にムキになったりして!」
ぼくは、すこしばかり声が強くなっていたかもしれない。
沙織はおどろいたみたいだった。
「べつにムキになってないし」
「ウソ。まるでガキね」
「どっちがだよ」
「私だって、来たくなかったのに、ヒナにどうしてもって頼まれたから、見たくもない映画につきあってあげたのよ」
「だったらそういえよ、はじめから。アクション映画は苦手ですとか」
「いえるわけないでしょ、初対面なのに」
「あのなー、まえの学校でもそういう態度だったのか」
「それが悪い」
「勉強はできても、他人の心がわからないタイプなんだ。転校した理由もそれだろ」
いってから、ぼくはギョッとした。
沙織が急に泣きそうな顔をしていたからだ。
大きな瞳がジワッとして、涙がこぼれるのを我慢している。
(なんだよ、ぼくが悪いみたいじゃん)
ぼくは、いたたまれない気持ちになった。沙織を傷つけるつもりはなかったのに。
周りの客がぼくらのことを見てヒソヒソと話していた。
そのときになって、4月のはじめに沙織とばったり会っていたことを思い出した。
あのときも、にらむような目でぼくを見ていた。
「もういい。私、帰る!」
「勝手にしろよ」
ぼくは意味のわかんないヤツだなと思った。
こんな気の強い女子は、はじめてだ。
去りぎわに沙織は振り返って、ぼくにいった。
「楠くん! あなた、今夜、夢を見るわよ。真っ暗な洞窟の夢を!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます