転校生2
映画が終わると、小田桐ヒナが「私、予備校があるから先に帰るわね」といってきた。
ぼくの横っ腹を肘で突いた。
「楠くん、バス停まで送ってくれない?」
ぼくは、「いいよ」と返事をした。
ヨシオと沙織をふたりきりにしてやろうという配慮というより、この場から逃げだしたいという小田桐ヒナの意見に同意した。
モールの広い通路を出口へ歩きながら、小田桐ヒナが「ヨシオくん、今回もダメそうね」と小鳥のような声でしゃべった。
「立ち直りの早いのがヨシオのとりえだから。明日にはケロッとしてるよ」
小田桐ヒナは「それもそうね」と笑っていた。
「ヨシオにセッティングを頼まれたんだろ」
「うんー。忠告はしたんだけどね」
ぼくとヨシオと小田桐ヒナは1年のときに同じクラスだった。
女子にしてはめずらしくマンガの話題が合うので、教室で普通に会話をしてた。
「沙織、ピリピリしてたでしょ」
「いっつもあんな感じ?」
「今日はとくに気が張ってたみたい。楠くんが来るまえの気まずい空気、見てられなかったわ。私はいったい、どっちの味方につけばいいのって」
「へー、そいつは見ものだったな」
ヨシオが全力投球して、バッターボックスの沙織が軽々と打ち返すシーンを、ぼくは想像した。
世の中には、歯むかってはいけない相手というのが確実に存在するのだ。
「ああ見えて、すごい努力家なのよ」
ぼくは、隣の小田桐ヒナを見て「だれが?」といった。
「沙織が」
「小田桐がいうならそうなのかも」
「父親が医者で、市内で病院をやってるの」
「なんとなく、そんな感じがした」
そのイメージは、ぼくの中ですんなりと受け入れられた。
お嬢さま育ちのわがままタイプ。両親に大切に育てられてきて、叱られたこともなさそうだ。
「ああいう家って教育熱心でしょ。進学校は周りはみんなライバルみたいな雰囲気があるし、親の期待に応えようとしてがんばってたみたい」
「小学校が同じだったんだよな」
「私は中学受験に失敗した口だから。その頃から目立ってたのは事実よ」
「掃除の時間とか、男子に注意してそう」
「いい線ついてるかも。いまは落ち着いたけど、4月はすごかったのよ、ほかのクラスの男子がつぎからつぎに来てて。3年生もかなりいたわね。沙織がうんざりした気持ちもわからなくはないの」
「うちの学校には、いないタイプだもんな」
「それもあるけど、男子ってああいう女子が好きでしょ。髪が長くてスラっとしてて、いかにも清楚ですっていう。清涼飲料水かサッカー大会のイメージガールをしてそうな。マンガに良く出てくるわよ」
小田桐ヒナはマンガ研究部の部員だ。小柄で、丸顔のショートボブにメガネをかけている。美少女とはいえないけど、とても親しみのある女子だ。気取らなくていいので、すごく話しやすい。
「ヨシオも高目を狙いすぎだよな」
「あせってるのよ。修学旅行までに彼女を作ろうと」
「あー、それでか。ヨシオらしいな」
うちの高校では、2年生の9月に沖縄へ修学旅行に行く。
それで、この時期は急造カップルがあちこちで生まれるのが、学校の伝統となっている。
男子も女子も夏休みまえに恋人を作って、ビッグイベントに備えたいわけだ。
「楠くんは、いいの? 彼女を作らなくて」
「いい相手がいないしなー」
ぼくは残念そうに唸った。
「だれか紹介してあげようか。楠くんのことを気に入ってる女子を何人か知ってるし。すぐに見つかると思う」
「ぼくは、小田桐みたいに気さくなのがいいな。なんでも気軽にしゃべれそうだし」
ぼくは、軽い気持ちでそういった。
「ねえ、楠くん、本気でいってる? 本気だとしたら、すごく失礼な言葉よ」
ぼくは、へっ?? と思った。
小田桐のことを褒めたつもりなのに。
「相手の女子を恋愛対象として見てないと、いってるのと同じことなのよ。私は楠くんのことをよく知ってるから、悪気はないんだろうなってわかってるけど、おまえは女子として魅力がないぞって、死刑宣告されてるようなものよ」
「そ、そうかな」
「そうよ。さっきのヨシオくんを思い出してみなさいよ。沙織のまえで、あたふたしっぱなしだったでしょ。相手を異性として意識してるから、緊張したり焦ったり、うまくいかなかったらどうしようと不安になるの。その逆なのよ」
ぼくは、ぐうの音も出なかった。
全部、小田桐ヒナのいうとおりだ。
「そういう小田桐は、緊張したり不安になったりする相手はいないのか」
「私は読むの専門かな。恋愛マンガのヒロインにはなれそうもないし」
「ふーん」
なんとなくで聞き流しながら、小田桐ヒナは好きな男子がいるんだろうなと思った。
マンガ研究部の先輩じゃないかと。
まえにマンガを借りに部室に立ち寄ったときに、小田桐ヒナが上級生の男子とカチコチになってしゃべっているのを見たことがある。
あれは、つまりそういうことだ。
ぼくはそれ以上、立ち入らないことにした。
「どうして、転校してきたんだろうな。本人は友人関係で揉めたみたいなことをいってたけど」
「気になって、予備校にいる付属高校の生徒に聞いてみたの」
小田桐ヒナが、この時期から受験対策をはじめていることに、ぼくはすこし焦りを感じる。付属高校の生徒がいるクラスは、かなりハイレベルじゃないだろうか。見た目は、おっとりしてそうなのに。
「成績はずっと上位をキープしてて、リーダーシップがあって学校の人気者だったそうよ。まさに、Queen Beeよね。問題や事件もなかったみたい。私たちの学校に転校したのかって、逆にびっくりされちゃったわ。だれにも知らせずに転校してたみたい」
「ますますおかしいな」
すくなくとも気まぐれで転校するようなタイプには見えなかった。
女子は損得計算をするコが多いと思う。紅茶の淹れかたひとつにしても、自分なりの理屈があって手順通りに淹れてそうだ。
「あそこは中高一貫で仲間意識がかなり強いし、親しい友人にも知らせないって逆にへんよ。子供が出来ちゃったとかなら、知り合いのいない、もっと遠くの高校に転校してるはずでしょ。それこそ、東京や大阪とか」
小田桐ヒナの口から、子供が出来ちゃったという言葉が出たのには、正直おどろいた。
やけに生々しい気がした。
ぼくは、女子はこういう噂話が大好きだよなと思った。小田桐ヒナも例外ではない。
そうこうしているうちに、モール前のバス停に着いた。
こんなによくしゃべる小田桐ヒナを、ぼくは、はじめて見た気がした。
「さっきの話はだれにもいわないでね。沙織にバレたら絶交されちゃうかも。楠くんなら、その心配はないけど」
笑いながら小田桐ヒナはバスに乗りこんだ。
その様子から、ぼくが小田桐ヒナのことを異性として見てないように、小田桐ヒナはぼくのことを異性として見ていないのだと知って、すこしだけさみしい気持ちになった。
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