早川沙織からの手紙
ブルー
転校生1
その日は、中間テストが終わって学校は昼までだった。
家に帰ってすぐに、ヨシオから連絡がきた。
『いまどこだ? いそいでフードコートにきてくれ』
ぼくは、スマホを見て、いきなりなんだと思った。
『なんか事件か』
『すぐに。頼む』
ちょうど遊びたい気分だった。
制服のまま家を出て、住宅街の道を自転車を飛ばした。
カラっと晴れてて、いいサイクリング日和だ。
ショッピングモールは、高校と駅の中間地点にあり、元はビール工場だった跡地に10年ぐらい前に建てられた。雑多なショップのほか、アミューズメント施設、3階にはフードコートとシネコンがある。このあたりの中高生のデートスポットだ。とにかく巨大で慣れてないと迷子になる。
フードコートに到着すると、ワックスで髪をツンツンに固めたヨシオが、立ち上がって呼んでるのが見えた。
テーブルを挟んで、3組の小田桐ヒナと、その隣にセミロングの黒髪をした女子が座っていた。ふたりとも学校帰りで制服姿をしていた。
(あれ……このコは)
名前がすぐに出てこなかった。ストローに口をつけて、ぼくのことに気づかないみたいにグラスのジュースを飲んでいた。
「早かったな」
「用事って、これか」
「タケダが急に腹が痛いとか、いいだしてよ。朝、食ったバナナがあたったらしい。映画を見に行くのに、男1女2じゃバランス悪いだろ」
つまるところ代打要員だ。なんとなくそうじゃないかという気がしてた。
ぼくは、ヨシオの隣の椅子に座った。
「こいつは同じクラスの
ヨシオが、ぼくを紹介した。
ぼくは、ペコリと頭を下げた。
「はじめまして。
こっちをチラリと見て、あごをしゃくるようにして動かした。たぶん挨拶をしたつもりらしい。
(なんかアイソが悪いな……人見知りするタイプなのか)
と思った。
「3組に転校してきた」
ヨシオがすぐに補足した。
それで、ぼくは思い出した。
この春に2年3組に転校してきた女子生徒。それが沙織だ。
新学期早々、廊下に大勢の男子がいて、なにごとかと思った。
転校生自体めずらしいのと、芸能人みたいな美少女というニュースを聞きつけて、ひとめ見ようと野次馬が集まってたわけだ。そういう噂だけは、みんなすごく耳が早い。
沙織はそんな騒動など無関心といった様子で、自分の席で授業の準備をしていた。
おしゃれな髪をした女子がチラホラといる教室で、沙織の艶のある黒髪だけが、黒すぎるぐらい黒くてひときわ目立っていた。美人だけど感情の薄そうな女子だなというのが、ぼくの第一印象だった。
「早川さんは、国立の付属高校から転校してきたんだぜ。すごいだろ」
「勉強できるんだ」
わが県で学力トップは秀才揃いのK学園で、毎年のように東京大学に10人近くが現役合格する。ほかにもミッション系のS女子高もあるが、共学で一番レベルが高いのは、なんといっても国立の付属高校だ。
国立なので授業料も安いし、全国に名の知られた名門校なので親受けがすこぶるいい。街中で制服を見ただけで、あそこの生徒だなって一発でわかる。たしか偏差値ランキングで30位に入ってたと思う。
うちの高校とは、ロードバイクとママチャリぐらいちがう。いや、もっとか。
それよりもぼくは、どうしてヨシオが得意気にいうのかがわからなかった。
「なんで、わざわざうちの高校に」
いったあとで、まずったかもと気づいた。
もしかしたら家庭の事情なんかもあるかもしれないのに。
それまで退屈そうにストローで氷をかき混ぜていた沙織の動きが止まった。顔をあげて、おまえもか、という目つきでぼくのことを見た。
そのときの表情が、気の強いお嬢さま育ちって感じだった。
「な、おまえもそう思うよな」
ヨシオがどこかホッとしたような声なのは、すでに同じ質問をして返り討ちにあった同士としてだろう。
ぼくを呼んだ事情がよく呑み込めた。
「ごめん」
ぼくは、ひとまずあやまった。
そうしたほうがいい雰囲気があった。
「べつに……同じ質問にいちいち答えるのがめんどくさいだけ。会う人会う人、同じことを聞いてくるんだもの。いいかげん、つかれちゃった」
と沙織が冷めた口調でいった。
「そっか……」
「まえの学校はどこかとか、どうして転校したのかとか 部活はどこに入るのだの」
「転校生もたいへんだな」
「さっきも話したけど、家庭の事情だとか、いじめにあっていたとかじゃないの。人間関係でちょっとゴタゴタがあって、気分転換に転校してみただけ」
まるで部屋の模様替えをしたみたいに、沙織はいった。
転校ってそんな簡単だっけ? とおどろいたほどだ。
編入テストもそれなりに難しいし、手続きだって大変だ。制服を買いそろえたり、お金がかかる。大学受験を考えたらマイナスはあってもプラスはない。普通、問題があっても2年ぐらい我慢するんじゃないだろうか。
「おもしろ動画を撮っててさ。まえにバズったんだ」
ヨシオは態勢を立て直そうと、スマホを取り出して自慢の動画を見せていた。
高評価を1万獲得してバズってたやつだ。
沙織はさも興味なさそうに「ふーん。動画撮るんだ」といっていた。
「新作見る? よかったらインスタのアカウントおしえてくれない? フォローするよ」
「ごめんなさい。やってないの」
「あ、TikTok? そっちに送るからさ」
「TikTokも。22時以降はスマホ禁止だし」
「LINEはあるでしょ」
「親しい友達にしか教えないようにしてるの」
沙織は慣れた様子で、つぎつぎに断っていた。
ほかの男子に聞かれても、同じようにして受け流しているのだろう。
(ヨシオ、このコは手ごわいぞ)
と感心してしまった。
「クラスの連絡はどうしてるの?」
「なにかあったときはヒナがいるでしょ」
沙織は隣を見た。
小田桐ヒナは、いきなり責任を負わされたみたいになって、困った顔をしていた。
「ヒナとは小学校が同じだったの」
ぼくは、小田桐も大変だな、と思った。
まるで沙織が芸能人で、小田桐ヒナが個人マネージャーみたいだ。
上映時間になったので、シネコンに移動した。
ぼくらは学生料金を払って、話題のマーベルヒーローの映画を見た。
座席は、ヨシオ・沙織・ヒナ・ぼく、という並びだった。
映画は面白かった。普通に。
(このチョイスはミスだろ)
と思った。
沙織みたいな女子がアクションモノに興味があるとは思えなかったし、マーベルヒーローなんて知らないんじゃないか。
ふたつ隣の座席をチラリと見たら、肘掛けに頬杖をついて、眉間を寄せるようにムッとしてた。
まるで、私をアクション映画に誘うなんてどういう神経をしてるの?? とでもいう顔だ。
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