少女の幸せは、不幸とともに訪れる
文月 想(ふみづき そう)
一
見てるだけで幸せか? だなんて問いは愚問だわ。
だってほら、私を見たらわかるでしょ?
そう、見てるだけでも幸せが訪れるのよ。不幸も、だけどね。
それでも幸せなの、きっと。
『少女の幸せは、不幸とともに訪れる』
今日もただひっそりと、彼の人を見つめていた。
そうしたらきっと、幸せが訪れる。
見つめているだけで? と言われるけど、少女リディア・エナ・ダーフェルには十分すぎるほどの幸せな一時なのだ。
だから、その日も見つめていたのだ。
もちろん、ひっそり静かにだ。
しかし、リディアの幸せは不幸も共に連れてくる。
「……」
「……」
眉間に深く皺を寄せた青髪の青年が、リディアの眼前で仁王立ちしていた。
これがまた、今日の不幸の始まりである。
「……」
「お前、またやってたのか」
「ちょっと」
「ちょっとどころじゃないだろ、見てただろーが」
アイツのどこがいいんだかなと、深いはしばみ色の軍服に身を包む青年のぼやきに、ちらりと視線を逸らして頬をふくらます。
彼の背後の遠くを見れば、黄色い声をかけられるている一人の青年が見えた。
さらりとした銀色の髪に切れ長の碧眼。眼前に立つ青年と同じ軍服に身を包み、漆黒のマントを靡かせて颯爽と歩いていく姿にほっと息を吐く。
やっぱり、かっこいい。
一目見れたらほら、こんなに幸せなのだ。周囲で黄色い声をあげていた女性たちも同じ気持ちだろう。
そう周囲の女性たちと同じ。見ていただけだ。
「なのに、どうして私だけ、こんなはずじゃなかったのに」
眼前の青年に怪しい人物として、職質を受ける羽目になっているのだろう。
再び「こんなはずじゃなかったのに。今日は完璧だったのに」と呟き、腰まである左右の三つ編みを両手で掴みながら視線を地面へ落とす。
すると、目の前の青年からため息をつかれた。
「ほー、じゃあ、どういうはずだったんだ?」
リディアの眼前で、先程から仁王立ちする青年が言葉を返す。
それにリディアはむっとして、蜂蜜色の瞳で青年をキッと睨む。
心なしか目が潤んでいるが、青年は慌てる様子もない。
その気にしてないですよと言わんばかりの態度に、リディアの顔つきは更に不細工なものになる。
「アーくんが声をかけなければ、誰にも気づかれずに済んだの、完璧だったの」
「はっ、あの木の張りぼてに隠れて追っかけてたのがか? んなわけあるか。皆、めっちゃ見てたからな? あらあら、あの娘ったらまた変わった追い駆け方してるわって囁きとともにな! てか、リディア。いい加減、そのアーくんとか呼び方やめろ」
「アーくん、詰襟、ちゃんと締めててなんか変」
「は、おまえなぁ」
くしゃりと前髪をかき上げ、額に手を当て深い息を吐く青年の様子に、幾らか気持ち晴れたのか、リディアはゆるりと口元を緩めた。
だって、似合わないものと声にならない心の声を呟く。
「アーウィンさん、って呼べ。いくら幼馴染で気心が知れてるからってな、5歳も年が離れた女の子から妙に子供っぽい呼び方されてたら、冷やかされて敵わん」
とうとう座り込んで、落ち込みだした青年、アーウィン・ロダ・ウェンダーソンに、ちょっとやりすぎたかなと慌ててリディアは「そんな落ち込むことないじゃない」と言いながら、一緒にしゃがんで頭をぽんぽんと叩く。
「みんなかわいいって言ってたし、呼びやすいって」
「あぁ、今じゃ周囲の連中殆どがアーくん呼びだ。ニヤニヤ顔つきでな」
今度はアーウィンの方が不細工な顔になっていた。むくりとふて腐れた顔を向けられて、リディアは困った顔になる。愛称呼びされたら、仲良くなれたと喜ぶものではないのだろうかと思っていたからだ。
「なかよくなったんじゃないの?」
「違う、半分以上はからかいで呼ぶだけだ。大体な、ヤローに愛称呼びされて気持わりぃ」
「そうなの? 私は嬉しいけど」
「お前な」
何か言いたげな、複雑な顔を浮かべるアーウィンだったが、どうも言葉が見つからないのかため息だけ吐いた。
「それよりな、いい加減、ああいう追い駆け方やめとけ。おかしい奴と思われてるぞ」
「だって、なんか普通に追いかけるの勇気いるし恥かしいし、隠れるのにいいかなって」
「もっと恥かしいことになってるだろうが、なんで城内勤務中の俺が、お前を補導して来いなんて呼ばれなきゃなんねーんだよ」
「幼馴染だから?」
「面倒だから、押し付けられたんだろこれ。俺はお前のお守り係じゃないんだからな、いつまでもこんなやさしい職質続くと思うな」
仕事が溜まってんだよ、面倒起こすなと呟くアーウィンに、リディアの顔は再び不細工なものとなる。
見つめていたら幸せになれるけど、不幸もいっしょに訪れる。
つきりと、痛む胸に気づかないふりをした。
「……今日は帰る、アーくん、お城に戻るんでしょ? じゃあね」
「何言ってんだ、家まで送る。お前のことだから、ちゃんと送り届けないと、また追うだろ」
「そんなことない」
「ある。ほら、いくぞ」
そう言うなり立ち上がると、リディアの右腕を引いてアーウィンは歩き出す。もう片方の手で、締めていた詰襟をぐいっと緩めて歩き出す姿に、やっぱり無理してきっちりした格好してたのねと思いながら声をかける。
「アーくん」
「だからそれやめろ、いや、もう今はもういい。でも、明日から公衆の面前ではやめろ。とくに俺の職場連中の前な」
「明日」
「どうせまた、明日も俺が呼ばれるんだよ。いいか、変なことし過ぎるなよ」
「し過ぎないもの」
「そう言って、し過ぎてんだよ。見つめて幸せでいたいなら、やりすぎはダメだ」
「……」
「あー、ふて腐れるなって。俺ももう今日は家に帰るから、愚痴なら聞いてやるから、な? リー」
少し悪く言い過ぎたと思ったのか、声のトーンを小さくして言うアーウィンに、リディアは目をぱちぱちと瞬いた。
アーウィン特有の愛称呼びに、少し、反応が遅れて慌てて言葉を返す。
「愚痴を聞いてくれるの?」
「そっ、幸せな一時奪った償いだ。ちょっとは聞いてやる」
ちょっとだけなんだと心で呟くリディアの顔はいま、なぜか不思議と、とても幸せに満ちている。
「ほんと、あの二人ったら仲いいのねぇ」
「あいつら、ばかだよなぁ」
「どっちもやり方が悪いんだよ、いや、無自覚なのかもなぁ」
そんな囁きが、昨日も今日も、そして明日も町の人々からは漏れるのだ。
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