第16話 贈り物
「スランの野郎、絶対に許さねえ……」
「ええ、ダリック。あたしたちでスランを八つ裂きにしてやりましょう」
思わぬ事態により、準男爵になる予定だったが格下げされ、兵長となったダリックとエリーズ。
二人はそれぞれ100人ほどの兵士を引き連れ、領境の防壁を迂回してシードランド家の領地を目指していた。
「いや、八つ裂きにするくらいじゃ腹の虫が治まらねえよ、エリーズ」
「兄さん、それならどうするつもり……?」
ダリックに期待感の籠った眼差しを向けるエリーズ。
「やつの大事なものを根こそぎ奪ってやる。大切なパートナーがいれば、スランの目の前でたっぷりと犯してから殺してやる。それから、怒りに震えるスランの目を抉り取り、全ての歯を抜歯して腱を切り、男色の兵士どもの慰み者にしてやる……」
「ふふっ、いかにも遊び人の兄さんらしい発想ね。でも、そんなんじゃ生温いわ」
「おい、エリーズ。生温いってなんだよ。だったら、それ以上の仕打ちがあるっていうのか?」
「ええ、もちろんあるわ。とことんスランを可愛がって、手足の腱を切って動けなくしたら、お酒を垂らして蟻塚近くに放置するだけでいいのよ。そうすれば生きたまま少しずつ赤大蟻の餌になるわ。まさに生き地獄よ」
「「「「「……」」」」」
エリーズの冷笑を見て、周りの兵士とともに沈黙しつつ青ざめるダリック。彼女の残虐さは兄さえも歯が立たないほどであった。
彼らはその後、川を跨ぎ、林を抜け、谷を越えて丘を登り、遠回りを繰り返した結果、ようやくシードランド家の領地が目前まで迫っていた。
「へへっ。もうすぐだな。ったく、苦労させやがって。スラン、待ってろよ。もうじきお前は人間をやめることとになる……」
「ふふっ、楽しみね。あたしたちをここまで苦労させたんだもの。可愛い弟スランが苦しみもだえる瞬間が待ちきれない」
彼らが苦労に苦労を重ねてここまで辿り着き、まさにこれからシードランド家の領地へと侵入しようというときだった。
「ダ、ダリック様、エリーズ様、あれを……!」
「「なっ……⁉」」
その視界の先で、またしても信じられないことが起きた。
防壁が物凄いスピードでスライドしてきて、彼らの視界を遮ったのだ。
「「「「「……」」」」」
ダリックとエリーズを筆頭に、しばし呆然とするグレゴリスの領兵たち。
「……なんなんだよ、これ。一体何が起きたってんだよ」
「……どうやら、またスランが何かしたみたいね。最悪……」
「ぢ、ぢくしょう……スランの野郎おおぉぉっ! いだあああっ……⁉」
ダリックが顔を真っ赤にして壁を蹴り上げるも、その場で足を抱えながら悶絶し、エリーズは頭を抱えるのであった。
◆◇◆
あれから十日ほどが経過した。
二人の領民――モコとモラッドのサポートもあり、俺はすっかり気力が回復したんだ。また、足に重傷を負っていたモラッドも杖を使わずに歩けるようになった。
ドラコの卵については、殻に罅が入ったのでもう少しでドラゴンの雛が誕生しそうだ。微かに鳴き声も聞こえてきて、モコも気になるのか寝不足気味な様子でよく欠伸しているのを見かける。
シードランド家の領地の周囲にドーナツ状に防壁を作ったことにより、築くことができた束の間の平和な時間。
しかし、やはりそれもそう長くは続かなかった。
俺たちが恐れていたことが遂に起きたのだ。
【槍使い・中】スキルを持った、ライバル貴族の領主ロード・グレゴリス男爵、さらには寝返った兄姉らの必死に攻めによって、防壁の一部が破られようとしていた。
破城槌はもちろん、領兵たちの魔法系、または物理系のスキルにより、一点集中で破られようとしていた。
思っていたよりもずっと深刻な事態だ。
相手は今回、千人以上の兵を率いて本腰を入れて攻めてきている。それも兄姉のダリックとエリーズが先頭になり、死に物狂いで来ている。何かよっぽど嫌なことでもあったのかと勘繰るくらい。
中でも特に厄介なのが、ロード・グレゴリスの令嬢、アルマ・グレゴリスの存在だった。【狂化】という、理性は失うものの【身体強化】の強化版のユニークスキルを持っていることで知られており、単身で壁を打ち破るほどの勢いだった。
「シードランド家の三男のスランちゃあぁぁん、出ておいでええぇぇっ!」
「……」
しかも俺に向かってなんか叫んでるし、怖い。怖すぎる。会ったことあったっけ……?
「くっ……」
俺は正常な部分をスライドすることにより、壊されそうになっている防壁を修復していたが、間に合いそうになかった。
相手は破竹の勢いで一点を集中して破壊してくるし、アルマの獅子奮迅の働きもあって、もう持ち堪えられそうになかったんだ。
まずい、このままじゃあと数分後には壁を破壊され、自陣へとなだれ込ませてしまう。
そうなればあっという間に大量の敵軍に制圧され、俺たちに勝ち目はなくなるだろう。なので、防壁を破られた時点で終わりだと思っていい。
モコが俺に治癒を使い、モラッドが短剣を投擲して加勢してくれてはいるものの、こっちには敵の大軍勢を止められるだけの戦力もない。
かといって、このままスライドで防壁を修復し続けても、いずれ破られるのは時間の問題。相手の破壊の勢いはとどまることを知らない。
「坊ちゃま、ご安心をば。わたくしめは、最後の最後までやつらと戦い、討ち死にする覚悟でございます……」
「いや、爺。そんなことを申すな! どんなことがあっても、俺たちは絶対に生き残るんだ!」
「はっ……!」
「うん。スラン、わたしも最後まで諦めないから……」
「モコ……」
モコの一点の曇りもない笑顔を見て、俺は胸が痛くなる。
みんな、この時点でもう覚悟を決めているかのようだ。
確かにやつらが俺たちを生かすことはないだろう。
だが、死なせたくない。
父が亡くなったことで誰もが逃げ出すくらいには不利な状況下、俺と一緒に荒れ果てた領地に残ってくれただけでなく、最後まで戦ってくれた領民を死なせはしない。死なせてたまるものか。
「……」
そのときだった。俺の脳裏に、何故か海辺が浮かんできた。
父と母との思い出の砂浜が。
まるで何かを訴えているかのように。
これは……そうか、わかったぞ。俺は身震いするとともに、これこそが父母の贈り物だと気付いた。
「スライドオオオオォッ……!」
俺は領地全体をスライドすることにしたんだ。それも、父母が誘ってくれた海のほうへ。
すると、目に見えて領地は動いていた。
これは信じられないことだ。いくら小規模とはいえ、俺は領地を丸ごとスライドしていたんだから。
いつの間にか、スライドスキルの熟練度がここまで上がっていたことに感動しつつ、どんどん海上のほうに領地を移動させていく。
いいぞ、もうあとほんの少しだ……。
俺は気が遠くなる中、自分たちの領地をスライドし続けた。これぞまさに移動領地だ。
気づくと、モコが俺の手を握ってくれていた。
彼女は安心させるかのように目を瞑り、女神のように微笑んでいた。そこに、子供っぽさは欠片も見えなかった。彼女が心の中で懸命に治癒を使ってくれているのがわかる。
「「「「「ぶはっ……⁉」」」」」
気が付けば、防壁を破った敵兵たちが次々と海へ落下していた。
俺の領地は、まさに海上に鎮座する孤島であるかのように、そんな兵士たちを嘲笑っているかのようだった……。
転生貴族の移動領地~兄姉から見捨てられた三男の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~ 名無し @nanasi774
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