第12話 祝賀会
あと小半時(30分)ほどで、シードランド領の砂浜に防壁が完成しようという頃。
「「「「「ワハハッ!」」」」」
隣接するグレゴリス領の屋敷では、酒池肉林の様相を見せていた。
「領主様、防壁の完成まではもう時間の問題でございます。約束された勝利とはまさにこのことですな」
「うむ。皆の者、よくやってくれた。乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
目尻を下げながら配下たちを見やり、盃を掲げる恰幅の良い男。白髪交じりで齢60になろうというところだが、その双眸には黒曜石を思わせる鋭利さが残っていた。
そんな彼こそ、このグレゴリス領の領主、ロード・グレゴリスである。
「ベルク・シードランドのやつには本当に辛酸を嘗めさせられたものだが、辛抱強く好機を待っていた甲斐があったというもの。のう、ダリック、それにエリーズよ。お前たちが医者に賄賂を渡し、やつを毒によって少しずつ弱らせてくれたおかげでもある」
「はっ、ロード様。父……いや、ベルクめは、汚らわしい妾如きに現を抜かす戯け者でして、それゆえ懲らしめる意味合いもございました」
「ふふっ。いい気味です。あの男、真面目ぶってあたしたちにろくに遊ぶお金も渡してくれなかったんですもの。当然の報いですわ」
ダリックとエリーズがそう返答すると、ロードは満足そうに頷く。
「うむ、ご苦労であった。この作戦が成功すれば、お前たちはその手柄として正式に準男爵となるであろう」
「「ありがたき幸せ!」」
ロードにひれ伏したのち、ダリックとエリーズはお互いの顔を見合わせて相好を崩した。
本来ならば捕虜という立場になるところだったが、彼らの裏工作、及び実母クレアの慈悲により、シードランド領を完全に奪い取ることができれば準男爵となる手筈であった。
「ふわあ……」
「「「「「……」」」」」
そんな笑い声の絶えない祝賀会であったが、一人の少女が欠伸しながら入ってきたことで沈黙に包まれる。
至って清楚な顔立ちをしているものの、その眼には一切の光も宿っておらず、周りの者たちは青ざめるばかりで視線を合わせようともしなかった。
彼女の名はアルマ・グレゴリス。れっきとしたグレゴリス男爵家の令嬢である。
「誰か、アレ持ってきて」
「はっ!」
少女の声に対し、一人の配下が直ちに持ってきたもの。
それはなんとも歪な形状の盃であり、人間の頭蓋骨でできたものだった。
「ふー。美味しい。やっぱり頭蓋骨で飲むお酒は最高っ!」
「……アルマよ、少しは遠慮というものをだな……」
「お父様ったら何を仰るの。いつだったか、グレゴリス家の辞書に遠慮という文字はないと仰ってましたよね?」
「むぐ……」
娘の切り返しに対し、ロードは気まずそうに黙り込む。周りからは、血は争えないという密やかな声も上がった。
「まったく。お前が無茶をやるせいで、クレアは寝込んでしまったというのに……」
「あんなの、本当のお母様じゃないもん」
いかにも不満げに口を真一文字に結ぶアルマ。彼女の実母であるロードの元妻マリアは、彼が不倫をしたことで家を出ていってしまったのだ。
「ロード様あぁぁっ、大変でございます!」
そのとき、傷だらけの兵士が領主の元へ駆け込んできた。
「む……一体何が起きたというのだ……⁉」
「それが、信じられないことが起こってしまいまして……」
兵士の説明を聞くうちに、ロードの右手はわなわなと震え出し、遂に盃から酒が零れた。
「三男のスラン、それに執事のモラッド、さらには得体のしれない子供にしてやられた、だと……? しかも、砂浜に建てたはずの防壁が勝手に動き出し、領境を塞いだと……。バカを言うなっ! そんなことが起こるわけがなかろう!」
「い、いえ、決して嘘など言ってはおりませぬ。全て真実でございます、ロード様……」
「「「「「ザワッ……」」」」」
彼らは未だに信じられない様子だったが、屋敷を出て実際にその目で確認することになる。
グレゴリス家とシードランド家の領境に、自分たちが建設した防壁が鎮座していることを。
「な、なんということだ……。何故このような不可解なことが起きたというのだ……⁉ まさか、そのような凄いスキルの持ち主が向こうに潜んでいたというのか……⁉ ダリックとエリーズよ、説明せい!」
ロードの怒号に対し、ダリックとエリーズの肩が震え、顔は死体のように青白くなる。
「そ、そのような者がいるなど、初耳でございます!」
「そ、そうです! あたしたちは本当に何も知りません!」
二人がひれ伏した直後、兵士がハッとした表情を浮かべる。
「そういえば、三男のスランが何か言葉を発したとき、不可解な現象が起きていたゆえ、あの者の仕業かと……」
「「え……⁉」」
ダリックとエリーズが驚愕した顔を見合わせる。
「へえぇ。ダリックとエリーズだっけ? あんたたちの弟のスランってのがやったんだ。じゃあ、外れスキルじゃなかったんだねえ。防壁を動かせるなら、むしろ大当たりスキルかも」
アルマが場違いに笑みを浮かべたかと思うと、ひれ伏する二人のほうへおもむろに近づいていく。
「い、いえ、アルマ様、確か、スランはユニーク系のスキルだったかと……」
「そ、そうです。アルマ様、お許しください。ユニーク系だから、外れだと思うのは、至極当然で……」
「私もユニーク系スキル持ちなんだけど⁉」
「「ひぎいっ……!」」
二人はアルマに凄まれた挙句、頭蓋骨の盃で頬を何度も打たれる。
「そ、その辺でよさないか、アルマ。この者たちの準男爵の件はなかったことにするゆえ」
「「そ、そんなっ、ロード様……⁉」」
「当然でしょ。お父様の期待を裏切ったんだし、あんたたちの存在こそ外れなんだから、兵長にでもなりなさい。あーあ、三男のスランがこっちに来てくれたらよかったのに」
「「ぐ、ぐぐっ……」」
がっくりとその場で項垂れるダリックとエリーズ。
それとは対照的に、アルマの顔には嬉々とした、それでいて病的な色が浮かんでいた。
「スラン・シードランドかあ。面白そうな能力を持ってるのね。くすくす……可愛い、食べちゃいたい。いつの日か、あなたを私の下僕にしてあげる!」
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