第11話 一石二鳥


 砂浜に建設されている防壁は、あともう少し――30分ほどで完成しようとしていた。


 そんな中、俺たちは武器の太刀だけでなく、防具も用意する。


 鎧は音読みでガイと読むので、ガイ=貝をスライドして鎧を作る。


 兜は音読みでトウと読む。トウ=刀をスライドして兜を作る。


 さて、これでこちらの準備は完璧に整った。


 そういうわけで、俺はモラッド、モコとともに山を下り、麓の茂みの中から砂浜を確認する。


 防壁は完成までもうあと僅かで、その周囲にはライバル貴族――グレゴリスの領兵たちの姿があった。その数、総勢200人ほど。連中も準備万端ってわけだ。


 いざ襲撃する前に、やつらの所持スキルを【スライド】で確認する。


「スライドスライドスライド……」


 武術系スキルの【剣使い・小】や【弓使い・小】、魔法系のスキル【土魔法・小】、【風魔法・小】等のランクを、小から微小にスライドしてやる。


 今の俺じゃ力が足りないのか、ランクが中のスキルは動かせなかったものの、それは兵長レベルでほとんどいないから問題ない。これで相手の戦力もガタ落ちってわけだ。


 スキルの名前に関しても動かせるかどうか試してみたが、それはスライドすることができなかった。


 まあこれも現時点の俺の能力じゃ難しいってことだろう。剣使い→金使いにできたら面白いし、もっと戦力を削ることができたんだが。


「「「「「ワーッ!」」」」」


 お、やつらから歓声が上がる。遂に防壁が完成した瞬間だ。


「最初はわたしが行くね!」


「ああ、頼んだ、モコ。無理だけはするなよ」


「うん!」


 モコが剣を持って駆け下りていったかと思うと、大声を上げる。


「こらあぁー! あなたたち、勝手にこんなことをして! ここが誰の領地だと思ってるの!」


「「「「「っ……⁉」」」」」


 兵士たちが一瞬警戒した様子を見せたものの、すぐにそれを解いたのがわかった。


 それも当然だろう。モコはどう見てもただの子供にしか見えないからな。油断させるにはうってつけだが。


「なんだ? このガキ」


「おい、どこから来た迷子だ?」


「誰の領地だと思ってるって、お前知らねえの? ここはグレゴリス男爵様の領地だぞ?」


「違うよ! ここはね、シードランド男爵様の領地だよ⁉」


「「「「「どっ……!」」」」」


 モコの返答に対し、連中は一斉に腹を抱えて笑い始めた。


「きひひっ……笑いすぎて腹痛え。シードランド男爵家はな、もうとっくに終わってるんだよ」


「そうそう。領主のベルク・シードランドは危篤状態で、もうとっくにくたばっててもおかしくない上、長男のダリックも長女のエリーズもこっちに寝返ったしな」


「しかも、唯一裏切らなかった三男のスランは外れスキル持ちときた。哀れなもんだねえ」


「まったくだ。防壁もたった今完成したし、あとはそいつと執事のモラッドってやつを探し出して始末すりゃ、めでたしめでたしってわけだ」


「モラッドならここにおりますぞ?」


「「「「「なっ……⁉」」」」」


 モラッドがその場に登場するとともに名乗り出ると、やつらは揃って戦慄した表情を見せる。


 武器を構えようとしたときにはもう彼の剣の餌食となり、次々と斬り伏せられていった。


 さすが、騎士の称号を持つだけあって【剣使い・中】以上の力を感じさせるし、スケールが違いすぎる。


 ただ、そうはいっても多勢に無勢。俺も【スライド】スキルで敵を転倒させたり普通に戦ったりしてモラッドに援護する。モコもその小さな体で俊敏に動き回り、敵を引き付け翻弄していた。


「な、なんてやつらだ!」


「モラッドだけじゃないぞ。スランってのも強い!」


「聞いてねえぞ、こんなの!」


「このメスガキも厄介すぎる!」


 俺たちの激しい勢いを前に、グレゴリスの兵士たちは既に押され気味になっていた。油断しすぎたようだな。


「うぬ……武器が……」


 っと、そこでモラッドの剣が折れてしまった。俺は急いで土を太刀にスライドして彼の元へ放り投げる。


「爺、これを!」


「坊ちゃま、助かります!」


 俺の太刀もそうだが、戦っているとどうしても折れたり欠けたりして壊れてしまう。代わりはすぐ作れるが、それは隙を作って敵に反撃、あるいは逃避の機会を与えるということでもある。


 戦闘中にいちいち取り替えなくて済むように、品質の良い武器も必要だと感じるな。当然何かあったときのために防具も。鍛冶師――槌使いの領民をいずれスカウトしなくては。


 とはいえ、戦況は俺たちが圧倒的に優勢だった。スキルを弱体化させたのも大きいようだ。


 やつらは既に散り散りになっており、グレゴリスの領地へと逃げ始めていた。


 よーし、これで千載一遇の大きなチャンスがやってきた格好だ。


「スライドッ……!」


 俺は連中が退散したのを見計らい、スライドスキルを防壁に使用する。


 このためだけに毎日訓練してきたようなものだ。頼む、動け、動いてくれ……!


 すると、ゴゴゴゴゴという音や振動とともに防壁が動き始めた。よし、いいぞ。ただし、膨大なエネルギーを消費してるのか、既に眩暈がしてくるが……。


「スラン、頑張って! 治癒治癒治癒治癒っ……!」


 モコの声援が聞こえてきて、俺は我に返った。


 彼女がしきりに回復してくれたおかげで、引き続きスライドできそうだ。それに加え、訓練の成果によって俺はやつらとの領地の境目まで防壁をなんとか移動させることができた。


「……はぁ、はぁ……や、やったぞ、爺、モコ……」


「す、素晴らしい働きでございますぞ、坊ちゃま!」


「スラン、凄い凄い!」


 これで、思い出の砂浜から防壁を撤去できただけでなく、それをこっちの防壁として活用することができるってわけだ。まさに一石二鳥。


 ……あ、やばい。スキルを使いすぎたことで回復が追いつかなかったらしく、俺はあっという間に頭が真っ白になっていった……。

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