第8話 訓練+おまけ
俺たちの隠れ家での生活は順調そのものだった。
懸念された食料についても、肉でも野菜でも果物でもスライドで数量を増やせるので問題はなかった。
いざというときは缶詰に入れた保存食もあるしな。
ただその一方で、ライバル貴族――グレゴリスによる砂浜の防壁建設も、予想以上のスピードで完成へと向かっていた。
あと十日以上はかかると思っていたが、もっと早いと見込んでいたほうがよさそうだ。
それに比例して敵兵の姿も次第に増えてきている。急がなくては。
そんなわけで、スライドスキルについては、今度は戦闘面に利用することにした。
「モコ、行こうか」
「うん!」
「坊ちゃまもモコも気を付けるのですぞ」
「「了解!」」
朝食後に執事のモラッドに見送られ、俺はモコと戦闘訓練をするために外へ出かける。といっても小屋のすぐ傍だが。
対戦相手のモコもやる気満々だ。
武器は『太刀』やその頭文字をスライドした『槌』があるが、お互いに棒切れを使うことにした。モコが治癒を使えるとはいえ、怪我しないに越したことはないからだ。
狩りはモラッドがいつも一人でやってくれてるので、俺たちも訓練することで手伝いたかったんだ。なので、彼には今のところ小屋で待機してもらってる。
あと、スライドで防壁を動かすにも兵士たちとの戦闘は避けられないっていうのもある。
それに、スライドスキルを使うことでその熟練度を鍛える目的もある。
そのことは、あの巨大な防壁を砂浜からスライドし、自分たちのものとして利用するという目標にも繋がるはずだ。
「さあ、モコ、遠慮なく襲いかかってくれ」
「そ、それじゃ、スラン。いっくよー!」
モコが意気揚々と棒を振り被り、襲いかかってくる。
かなり俊敏で、あっという間に俺の目の前まで迫ってきた。
「あれ……?」
彼女は俺が急にいなくなったのでびっくりしたみたいだ。
それもそのはず。
俺は自分の体をスライドさせ、横にずらしたんだ。
ある程度予想できたことだが、【スライド】スキルが回避にも十分使えるとわかった瞬間だ。
ただ、避けたいあまり大きくずらしすぎた。
これじゃ無駄な消耗に繋がるので気をつけないと。
「あ、当たらない……」
とうとうモコが地面に座り込む。
彼女は何度も攻撃してきたが、俺はいずれもスライドで回避してみせた。なるべく最小限の動きで躱したつもりだ。
スライドを使った回避行動は、はっきり言えば瞬間移動みたいなものだからな。そりゃ当たるわけもない。
モコが治癒を使って俺の気力、彼女自身の体力を回復する。
「さあ、次は俺が攻撃する番だ」
「うん。私ね、絶対よけれる自信ある……!」
身構えるモコの顔は厳しくも明るかった。
彼女は小柄で小回りが利くだけに、攻撃よりも回避のほうが得意なのか。
でも、すぐに終わらせて涙目にしてみせる。
「……はぁ、はぁ……」
結論から言うと、俺の攻撃はまるで当たらなかった。
俺は攻撃するべく、自分の体をモコの周囲にスライドしたものの、いずれも避けられてしまったんだ。
スライドしてすぐ攻撃すればいいんじゃないかって思うかもしれないが、そんな簡単にはいかない。
回避が目的であれば、自分の体を任意の場所にスライドさせるだけでいい。
だが攻撃となると話は別で、スライド+攻撃が必要になるから難易度は上がる。
それにしても、俺は突然彼女の背後に現れたりもしてるわけで、一発くらいは当てられそうなもんだが……。
「というかモコ、もしかして剣術の経験ある?」
「うん。ちょびっとだけね。お父さんが【剣使い・小】を持ってて、その動きを教わったことがあるんだー」
「なるほど……」
教わった程度だと、スキルによる大きなアドバンテージというほどではない。
それでも、齧ってるとそうでないのではかなり差が出てくる。
こりゃ一筋縄じゃいきそうにない。何か策を講じないと。
俺は身体能力をスライドしようと思ったが、それじゃそれ系のスキル持ちにはどうしたって勝てないわけで。
そうじゃなく、あくまでもスライドを利用して絶大な効果の攻撃方法を掴みたい。
……そうだ。あの方法がある。
「わっ……⁉」
かなり離れている状況。俺の棒で攻撃されたモコが、頭を抱えながらびっくりしている。
「モコ、大丈夫か?」
「う、うん。スラン、今の攻撃、どうやったの?」
「ああ、それはな攻撃をスライドしてみせたんだ」
「すご……そんなことまでできるんだぁ……」
モコもこれには脱帽の様子。
ただ、自分の攻撃をどれくらいスライドさせるのか、相手との距離感を掴む作業も必要になる。
そういう意味で少し調節も必要だが、これでスライドによって戦える自信がついた。
「さー、もう少しやろうか」
「え、えっと、ちょっと休憩!」
「……」
モコ、今ので結構なダメージがありそうだな。どうやら、心身の痛みもスライドして軽減してやる必要がありそうだ。
「「あ」」
その直後、俄雨が降り出してきたので、俺たちは急いで小屋の中へ戻ることにする。
「そうだ、スラン! 雨をスライドしてみて!」
「え、雨をスライド? なんにするんだ?」
「えっと……あめ、あみ、あむ、あめ、あも……んー、いい感じなのがないかな」
「それならいいのがあるぞ。飴だ」
「あめ? それじゃ今と変わらないよ?」
「……」
そうか、モコは飴というものを知らないのか。
俺は桶を持って外に出ると、そこに入る雨を飴にスライドしてやった。
舐めてみると、ただの砂糖飴だ。そこで、味をスライドして微妙に変えてみる。ラムネ系でいいだろう。
「ほら、モコ。これ舐めてみて」
「これを? あむ……」
すると、モコの表情が驚きに変わり、さらに蕩けるような顔に変わった。わかりやすい。
「何これ、美味しい! もう一個頂戴!」
「坊ちゃま、モコ、なんの騒ぎですかな?」
「ああ、爺もこれ舐めてみるか?」
「これをですかな? あむ……んぐっ⁉」
「じ、爺⁉」
「モラッド様⁉」
「び……美味ですぞ……」
「「……」」
なんだ、飴の味に対しての反応だったか。てっきり飲み込んで喉に詰まらせたかと思った。
そのあと、また一つ良いことを思いついた俺は、飴を芋にスライドし、雨が止むまでみんなで焼き芋を楽しんだ。
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