第7話 ご馳走


 現時点で、一つだけ確実にわかっていることがある。


 それは何かっていうと、砂浜の防壁が完成するまでが、スキルを試したり鍛えたりできるリミットだってことだ。


 あそこが完全に塞がれてしまうと、モンスターや海賊の心配がなくなる。


 すなわち、この山にまでライバル貴族のグレゴリスの兵がなだれ込んでくる可能性が高い。


 なのでその前になんとかしないといけない。


 俺は隠れ家で【スライド】スキルの可能性を探りつつ、熟練度を鍛える必要があった。


「スライドスライドスライドスライド……ふう……」


「治癒治癒治癒治癒うぅ……ふぅ。スラン、凄い! 私たち、そこそこ動いたよ!」


「どれくらい?」


「30センチくらいかな?」


「……まだそんなもんか」


 あれから数日が経った。


 俺は自分たちや小屋を含めたその周辺(半径2メートルくらい)は難なくスライドできるようになった。


 といっても、動かせるのはモコが言うように30センチほどだが、今の俺には【治癒使い・小】持ちの彼女がいるのも大きい。


 気力を回復してもらえるため、遠慮なくスキルを使いまくることができる。


 ただ、スライドの対象が防壁となると規模がまったく違うからな。あれは10メートルくらいの高さがあり、幅は5メートルもある。


 防壁が完成するまでにそれを動かせるようになりたいところ。防壁を砂浜からスライドさせ、こっちの領地をまもるために逆に利用してやるってわけだ。


 父と母にこの領地を守り切ると誓った以上、悠長にはしていられない。


 たまに両親の墓から砂浜の様子を見ると、防壁の建設はかなり順調に進んでいた。


 労働者に交じって敵兵の姿も少数だが見かける。


 ランクは不明だが、相手側に【土魔法】持ちがいるみたいで、あと十日もあれば完成するとみていいだろう。


 本来なら最低でも一か月はかかるわけで、これは異例のスピードだ。


「早く、やつらに目に物見せてやらないとな」


「だね。スラン、気持ちはわかるけど、焦らないでね」


「ああ。そろそろ夕食の時間だな……帰るか、モコ」


「うん! もうお腹ペコペコッ」


 砂浜の様子を見るときなんかは、こうして遠出するようにしている。


 あんまりウロウロすると敵兵に見つかったり、凶暴な動物に襲われたりするから注意が必要だが。


「っと、そうだ。モコ、植物の茎を集めよう」


「植物の茎? スラン、もしかしてそんなの食べるの? なんだか不味そうだよ……」


「いいから。俺に考えがある」


「う、うん」


 モコは不思議そうに目をまたたかせつつも茎集めを手伝ってくれた。


「坊ちゃま、それにモコ、準備はできておりますぞ」


「「おぉっ」」


 既にチキンが焼き上がり、テーブル上の大皿に盛られて香ばしい匂いを漂わせていた。


【剣使い・中】スキルを使い、モラッドが狩ってくれたものだ。


 これはクリムゾンバード、通称真紅鳥っていう攻撃的な鳥で、そこそこ腕の良いハンターが狩ろうとしても逆に追い払われるほど強い。


 自分から襲ってくるわけじゃないが、その戦闘力はモンスター並みに高いんだ。


 真紅鳥は自分たちのテリトリーに侵入者が入ると体色が赤く染まり、身体能力が格段に上がる。


 鋭利な嘴だけでなく、爪や翼を駆使して連続攻撃してくるんだ。


 それがかなり強烈で、ハンターが血まみれで退却することからもその名がついた。


「ねえねえ、スラン、お肉の数量をスライドして!」


「わかったよ。そら」


「す……すっごぉい!」


 三つあったチキンを、六つまで増やしてみせた。これが限界だけど、倍になったことでモコが声を弾ませてる。


 肉は鶏よりも少し硬めで弾力はあるが、その分濃厚な旨味があり、味わいながら食べたくなる。


 スライドスキルを使えば柔く調節できるが、その必要もないので普通にいただく。


 食べきれなかった分は保存食として缶詰の中に入れ込めばいいだけだからな。


 もちろん、滅菌や形状維持のためにも密封、加熱、冷却という過程は必須だが。


 それも【スライド】スキルで容器の蓋や温度をスライドすればいいことだ。


「本当に、坊ちゃまは便利なスキルをお持ちで……」


 これにはモラッドも食事をやめ、目を白黒させていた。


「まだまだ、もっと良いものを見せてやろう。この茎をスライドして別の食べ物にしてみせるよ」


 俺は茎の頭文字をスライドし、『くき』から『かき』、すなわち『柿』に変えてみせる。


 それだけじゃない。漢字をスライドして『牡蠣』にすることだってできるんだ。


「「おおおぉ……」」


 モラッドもモコもこれには開いた口が塞がらない様子。


 柿はそのまま、牡蠣は焼いて食べることにする。


 牡蠣についてはこっちでも馴染みの食材ということもあって、二人とも喜んで食べてくれた。


 柿はアジア原産ってこともあり、さすがに物珍しそうに見られてたが。


 それでも、果物の一種だって説明したのもあってすんなり受け入れてくれた様子。


 それ以外にも、俺は真紅鳥の羽を使った羽根ペンをパンにスライドしてみせる。


 また、植物で作った簡易な『鞭』を『餅』にスライドした。当然数量も。


 数量については限界もあるので、茎を多めに集めたってわけだ。餅だと腹持ちもいいからそこまでなくてもいいだろうし。


「の、ののの、伸びますぞぉ⁉」


「にょ、にょびちゃううぅぅ!」


 モラッドとモコが餅を食べつつも、伸びるもんだから驚愕してる。


 さすがに餅は異世界の住民には馴染みのないものだろうしなあ。


 その伸びる性質はもちろん、俺のスキルのせいじゃないので彼らの疑惑の視線には首を横に振った。


 それでも美味しいのか、二人とも最初は驚いていたがどんどん口に運んでいた。


 そうだ。餅でこれだけ驚くなら、スライドでを出したらもっと良い反応が期待できそうだ。


「スライド」


 ってことで、俺は『熱湯』の頭文字をスライドし、『納豆』に変えてみせた。


「ふう……」


 今のは少しきつかったが、念願の納豆を手に入れたぞ。これは俺の大好物なんだ……。


「モラッド、モコ、これ美味しいから食べてみて」


「「うっ……⁉」」


 二人は納豆を食べた瞬間、毒を飲んだかのように苦しそうにしてる。まあ匂いを嗅いだ時点でかなり警戒してたしな。


 そうか、合わなかったか。納豆って臭みはあるが凄く美味しいのに。ネギとからしがあればもっとよかった。


 実際、前世じゃ毎日のように納豆を食べてたからな。小さい頃から病気がちだった俺が、働き詰めの状況で40歳を超えても生きられたのは納豆のおかげだといっても過言じゃない。


 というか、ここまでスキルを使ってもあんまり疲れてない。納豆にスライドする際にちょっと気力を消耗した程度だ。


 モラッドとモコの協力もあり、スライドスキルは順調に強化されてる様子。


 俺たちはしばし時間を忘れ、品数も量も豊富な夕食を思う存分楽しんだのだった。

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