第9話 勝負師


「さあ、坊ちゃま。いつでもかかってきてください」


「ああ、爺。遠慮なく行かせてもらう……」


 雨が上がったあとのこと。


 小屋の前、俺は最後の試練としてモラッドと対決していた。モコはその様子を固唾を呑んで見守ってる感じだ。


 彼は当たりスキル【剣使い・中】を持つだけあって、オーラが違う。また、それだけじゃない。長年実戦で培った経験により、スキル以上の力を有している。


 さすが、騎士の称号を貰っただけあって隙が見当たらないんだ。


 それでも、【スライド】スキルがあれば戦える。


「スライド」


 俺は剣の攻撃を離れたモラッドへとスライドさせる。訓練の結果、距離感も大分掴めるようになった。


「むっ……なんの、これしき!」


 モラッドが棒で俺の攻撃を受け止めてみせた。反応速度がモコとはまるで違う。


「坊ちゃま、中々やりますな。わしからも参りますぞ!」


「スライドッ! くっ……⁉」


 モラッドの怒涛の攻撃に対し、俺は自身の体を前後左右、上下(跳躍と屈み)や斜め、あらゆる方向へスライドして躱す。


 だが、少しでも気を抜けば当てられてしまう。そんな重圧をひしひしと感じた。


 それくらい、彼は一撃のスピードが尋常じゃなく速い。また、次の攻撃への流れが極めてスムーズだったんだ。


 これがスキルの暴力ってやつか。


 どんなスキルを持つかが全てを決める残酷な世界に相応しい。


 もし俺が剣の道を究めたい人間なら絶望すると確信できる。それほどに差を感じさせるものだった。


 だが、そんなモラッドの攻撃を、今のところギリギリだが全て回避することができている。


 彼が手加減している可能性? いや、モラッドはいつも全力で向かってきてくれた。じゃないと相手に失礼だってわかってるから。


 それなら俺も全力でやってやるってことで、使ったのは本来の意味でのスライドだ。


「むっ⁉」


 文字通り滑って転んだモラッドに対し、俺の一撃をスライドさせる。それも、相手からは見えないように俺の背後にやった攻撃を、だ。


「……ま、参りました、坊ちゃま……」


 痛そうに頭を抱え、俺の前にひざまずくモラッド。


「いや、爺、俺のほうこそ参った」


「ぼ、坊ちゃま……?」


 俺はモラッドに笑顔で手を差し伸べ、体を起こす。


「全力で向かってくれているのはわかったが、勝負師としてのモラッドはもう少し慎重かつ大胆だからな」


「坊ちゃま……」


 そう。モラッドは確かに全力でやってくれていたが、それは訓練の意味でだ。勝ち負けという意味では、俺に対して非情になりきれないところがあったんだろう。


 それは仕方ない。ずっと俺の傍にいて守ってくれた人だからな。


「スランも、モラッド様も凄い!」


 勝負の行方を見つめていたモコが駆け寄ってきた。


「あのね、二人の戦いを見てて、思わず体が動いちゃった。はー、私にも戦闘系スキルがあったらよかったのに……」


 モコが残念そうに言う。彼女は機敏な動きができるし、父から剣も教わってたくらいだから、紛れもない本音だろうな。


「モコには、【治癒使い】という立派なスキルがありますぞ。その力で坊ちゃまを助けるのです」


「は、はい。頑張ります、モラッド様!」


 モラッドの言葉に対し、モコが照れ臭そうに答える。彼女が照れると両手の人差し指を絡ませるからわかりやすい。






 ◆◇◆

 





「「……」」


 俺とモコは息を殺していた。そこは黄昏がほど近い山の中腹。


 自分たちはいよいよこれから、クリムゾンバード、すなわち真紅鳥の生息地へ入ろうとしていた。


 それも、二人だけで。


 本来なら、モラッドの手伝いをするはずだった。


 それが、モラッドとの勝負に勝ったこともあり、俺たちだけで狩るのを許されたってわけ。


 とはいえ、あれはモラッドが勝負に徹したんじゃないしな。


 それでも、狩りを任された以上、一定の力があるって認められたわけだから嬉しいが。


「キイイイイイイイィッ……!」


「「あ……」」


 けたたましい鳴き声がして、俺はモコと驚いた顔を見合わせた。


 これは真紅鳥が領域に侵入されたときに威嚇として出す声だ。猫のシャーみたいなもんだな。


 この声を聞いたハンターは死を覚悟することから、死の咆哮ともいわれる。


「いよいよだね、スラン。ねえ、ちょっといいかな?」


「ん、モコ。そんなに改まってどうした?


「もし私が死んだら、お嫁さんにしてくれる……?」


「え……?」


「だって、お嫁さんになれないまま死んじゃうなんて嫌だから。花嫁になるのはね、私の夢の一つなんだ」


「……そ、それでモコが安心するなら」


「やった! 約束だからね」


「あ、あぁ」


 モコは小柄だからまだ子供に見えるが、そういや実際は13歳だからな。


 死ぬにしても、その後で花嫁になれると思えば不安が消えるのだろう。


 それでも、むざむざ死なせるつもりもない。


 また、そんなことが起こりうるならモラッドだって俺たちに狩りを任せないはずだ。


「来るぞ、モコ!」


「うん!」


 怪鳥の登場を知らせるかのように、シュパシュパと枝や葉が切れる鋭い音がした。


 まもなくその方向から現れたのは、人間の大人ほどの大きさの鳥――クリムゾンバードだ。


 既に臨戦モードだったらしく、その逆立った体毛は真っ赤になっていた。


「モコ、計画通りに」


「大丈夫!」


 俺が壁役と攻撃役をこなし、モコがそれを近くから治癒するという手筈だった。


「キリリリリリッ!」


 殺気を乗せた独特な鳴き声。それとともに真紅鳥が飛び掛かってくる。


「スライド……!」


 俺はスキルで躱してみせるが、そのたびに周囲の枝や葉っぱがスパスパ切れるので恐怖を味わうには十分だった。


 姿の見える鎌鼬を相手にしているようなものか。


 ちなみに、自分に対してはともかく、対象をスライドさせようとすると抵抗を感じる。


 これは、スライドする対象が生物だと簡単にはいかず、動かすには相当な鍛錬が必要だというのを示していた。


 まあ相手そのものを容易にスライドできるとなると、ただ転ばせるのとはわけが違い、相手はどうしようもなくなるだろうしな。


 一応本来の意味でのスライドも試してみたが、低空飛行してくる真紅鳥には通用しなかった。


「スライド……なっ……?」


 ふと下のほうに目をやると、自分のいた場所には血が垂れ落ちていた。あれはどう考えても俺の血だ。


「治癒治癒治癒ぅ……!」


 モコが必死に回復してくれてるからか、痛みがないので気づかなかった。


 自分じゃ躱し切れてるつもりだったが、そうじゃなかったんだ。


 その原因は、やつが攻撃しようと羽を広げる際に一瞬体が膨らみ、微妙に射程が広くなっていたからだと気付いた。


 さすが、ハンターが恐れる真紅鳥。


 身体能力を引き出したとき、その攻撃力はモンスター並みといわれる理由がよくわかる。


 それでも、相手の連続攻撃のスピードには次第に目が慣れてきた。モラッドの連続攻撃よりは重圧が少ない。


 また、避けているはずなのに攻撃を受ける理由がわかったからには、もう恐れる必要もない。


 俺は避けつつも、そのタイミングで太刀による反撃をスライドさせる。


「ギョエエェェッ⁉」


 さらに、当てた瞬間に刀身を体の内部へとスライドして食いこませ、止めを刺した。


「やったね! スラン、凄いよ! わーいわーい!」


 ……真紅鳥を倒したことの達成感以上に、我がことのように大喜びしてくれるモコが可愛かった。

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