第2話 帰還
【スライド】っていう、思いもしなかったユニークスキルを受け取った俺。
スキルを使用するには、スキル名を口で言うか、心の中で念じたりスキルに合った動作をしたりする必要があるという。
また、自身のスキル名とランクを確認したい場合、目を瞑ってスキル名をイメージすればいいんだそうだ。
本当に滑らせるだけの効果なのかどうか、試してみたいところだが、授与されてから三日間はスキルを使おうとしても使えない。
そこにはちゃんとした理由がある。
まず、スキルを貰ってすぐ使うと体への負担が大きくなるので、体に順応させるため。
また、ならず者がスキルを使って司教を襲ったり、大聖堂を破壊することを未然に防ぐためだ。
スキルは所有者の名簿とともに管理されるため、強力なスキル所有者は教会関係者にマークされる。
スキルの持ち主がおかしな行動を取った場合、氏名や容姿の特徴などを各地に公開され、賞金首にされてしまうというわけだ。
ユニークスキル持ちはどうかというと、警戒されるようなことはまずないので心配はないといっていい。
中には良いものもあるといわれるが、基本的に外れと見なされるケースが多い。それは、セオリーがないために使いこなすのが難しいからだともいわれている。
本来ならはっきりとした戦闘系スキルが欲しかったところだが、落ち込んでばかりもいられない。
なるべく早急に気持ちを切り替える必要がある。
自分にそう言い聞かせた俺は、すぐに王都を発って海辺の我が領地を目指していた。
移動手段はというと、父が使っていたコーチという高級馬車を借りた格好だ。それゆえに豪華そのものだ。
簡単に説明すると、ボディ全体に光沢があり、金箔や彫刻の装飾が優雅だ。内部の座席もベルベットの生地で作られていて座り心地がとても良く、長時間の旅でも臀部が痛くならない。
だが、今ではその華々しさや快適さが、却って苦痛を生み出していた。今の惨めな気持ちに合わずに、空虚さを助長していたからだ。
期待してくれているであろう父や兄姉、領民たちになんと言えばいいのか。
遂にやりました、俺は念願の戦闘スキルを獲得できました、なんて嬉々としながら言えたらどれだけよかったか。
「……」
出発してから数時間ほど経過しただろうか。気が付いたときには夕陽に照らされていた。
極力顔には出さないようにしているものの、気持ちは相変わらず落ち込んでいる。
時間が解決してくれるんじゃないかと期待していたが、そんなこともなかった。
逆に、不安がどんどん膨らんできたくらいだ。
「坊ちゃま、どうか気を落とさずに」
「……爺、察してくれるのか」
そんな俺の気持ちを少しだけ楽にしてくれたのは、モラッドという配下の男だ。
彼は執事でもあり、御者や用心棒の役目も兼ねている。60歳を超える白髪頭な初老の男だが、彼を甘く見てはいけない。
鍛えられた鋼のような肉体と【剣使い・中】スキルを持っている。
既に
恰好はというと、ゆったりとしたジャケットを着込み、白髪頭を後ろで一つに纏め、小さく一つ結びにしていた。
その髪からはハーブのような香油の匂いがしている。これは近くの山で採取したハーブを使っていて、虫よけやリラックスの効果もあるらしい。ミントやハッカみたいなものだろう。
「それはもう。わたくしめが何年坊ちゃまを傍らで見守っていると思っておいでですか」
「俺の貰ったスキルはな、【スライド】っていうユニーク系のスキルだ」
本来なら秘密にしておくべきことだが、忠誠心の高いこの男ならば詳細を話しても問題ないだろう。
それに、まだ自分でも効果がよくわからないものだからな。
「おお、ユニーク系でしたか。確か、亡くなった坊ちゃまのお母様もそれ系のスキルだったはずですぞ」
「そうだな。母は【植物】っていうスキルを持っていた。それで枯れ山だった山を自然豊かな山に変えたんだ。だが、今は戦闘に使えるかどうかが重要だし、これが戦いに活かせるのかはわからない」
「……坊ちゃま、お気持ちは理解できますが、希望をお捨てにはならないことです」
「……ああ、モラッド、礼を言う」
「勿体なきお言葉」
そう答えるモラッドの顔には、少しだが落胆の色も見られた。
彼の場合、欲というよりも忠誠心が高いからこその気落ちといえるだろう。
それくらい、今は状況的に危ういからな。
ライバル貴族だけじゃない。昔は絶対的な力を持っていた国王が病で衰えたことで、貴族同士の争いも激しくなるばかり。
隙あらば領地を拡大してやろうと考えている輩がそれだけ多いことを示している。
日本で言えば、群雄割拠の戦国時代の到来のようなものだ。
まあ俺の領地は輪をかけて危険なんだが……。
◆◇◆
「坊ちゃま、遂に見えてきましたぞ」
「……おぉ」
馬車の窓から顔を出してみると、モラッドの言う通りだった。
性能の良い馬車であるにもかかわらず、行きと戻りで合わせて六日もかかった長い旅路。
それもようやく終わり、俺たちは我が領地へ辿り着こうとしていた。海と山も歓迎してくれているようだ。
俺とモラッドが留守にしている間、何か起きる可能性も頭をよぎったが、どうやら杞憂だったらしい。
遠目から見た感じではあるものの、領地が荒らされた形跡もない。
モンスターや海賊、またはライバル貴族との戦いに発展すれば遠くからでもすぐにわかる。
それ以外でも何か小さな異変でもあれば、その合図として砂浜から煙が上がるようにしているんだ。
その辺は弱小貴族とはいえ抜かりはない。このために父や兄姉が領地に残っているのだからな。
跡継ぎ候補ってことで俺が命を狙われる可能性も考慮して、父がモラッドを付き添いにしてくれたってわけだ。
その甲斐あってこうして無事にスキルを受け取り、帰還することができた。
領地のほうも大丈夫そうだし、故郷を目の当たりにしたことで俺は安堵していた。
外れスキルを獲得してしまった心の傷も少しは癒えそうだ。
それから1時間ほど馬車に揺られたあと、ようやく領地へと到着した。
すると、領民たちが駆け寄ってきたので馬車を停止させる。
「三男様、授かったスキルはどうでしたか?」
「この領地を守れるほど、良いものでしたか?」
「スラン様、どうか教えてください!」
「こらこら、坊ちゃまに対して、そんな風に聞くのは失礼であるぞ」
競うように寄ってきた領民たちにモラッドが叱りつける。
「良いのだ、モラッド。好きにさせてやれ」
「はっ、承知致しました」
「俺のスキルについては、残念ながら思ったものじゃなかった。はっきり言えば戦闘系スキルではない。だが、使い方次第では今後どうにかなるかもしれない」
俺の言葉を聞いた領民たちがシーンと静まり返る。
予想の遥か上を行く落ち込み具合だ。あたかも、この世の絶望を目の当たりにしかたのように。
「お、おいおい、どうした? 父はまだご健在だし、兄姉だっている。そこまで落ち込むこともないだろう?」
俺の問いからまもなく、一人の領民がおずおずと前に出てきた。
「大変言いにくいのですが、あなた様の父上である領主様が先ほどお倒れになってしまい、危篤状態だそうで……」
「「なっ……」」
俺は執事のモラッドと驚いた顔を見合わせた。領民たちがこれほど落ち込むのも理解できる。
これは、本当にとんでもないことになってきた……。
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