第2話

 「ボタン、キク、サクラ!おはよう!今日も毛艶がいいね」


 私が起きて毎朝必ず最初にすることはペットたちに声をかけてコミュニケーションをとること。

 その後、みんなの期待する眼差しに背中を打たれながら朝食を用意する。もちろん1人と3匹分だ。


 親はもう家にいない。

 引きこもりを始めて数日間は2人とも励ましてくれて、「無理しなくていいよ」とか言ってくれていた。

 けれど長く続くうちに「いつまで引きこもるつもりだ」と激怒しだす父。そんな父を落ち着かせて「まだいいじゃない」と庇う母。2人は喧嘩が増えていき、離婚した。最初に父、そして母まで家を出て行ってしまったので、1人と3匹で暮らしている。

 ケンカはしないけどみんなで仲良く遊んでいたり、一緒にくっついて寝たりする姿は何度見ても飽きない。(親バカ目線)


 「わふっ!」「うにゃあ〜」「ガウッ」


 「早く食わせろ」という念が送られてきたので一旦思い出話をやめてご飯作りに集中する。

 

 「はい!できたよ〜」


 バクバク早食い防止用の皿を使ってもバクバクと食べ進めるキクに、それを家族のように見守りながら食べるサクラ。そして1人でゆっくり食べるボタン。最高の癒しだ。

 

 ご飯を食べ終わったようなので、ボタンとサクラと散歩に行く準備を始めた。

 普段はペットたちに荒らされるのを防ぐためみんなが入れないようにしている2階の部屋に、ペット用品や私の服、小物をしまっている。


 いつものように部屋でリードと散歩用バッグを探していると、下から何かが割れるような音と、激しく吠える声が聞こえてきた。


 (誰かが何か割ったかな?でも割れ物なんておいていなかったはず...)


 なんにせよいつもとは違うことが起きているようなので、急いで下に降りた。


 「みんな〜?どうしたの?」


 そこには、現実とは思えない、思いたくない光景が広がっていた。


 「だ、だれ...?」


 全く見覚えのない、片手にナイフを持った男。その男に吠え続ける私のペットたち。


 一瞬、驚きで声が出なくなった。

 私と目が合った瞬間、男が苛立った様子で吐き捨てた。


 「この家は!ガキ1人じゃなかったのかよ!!犬猫がいるなんて聞いてねえよ」


 その声に驚いたのか、敵意を感じたのか、普段おとなしいはずのボタンが男のナイフを持っていない方の腕に噛みついた。犬とはいえ、ハスキーに噛まれたらとんでもない痛みだろう。サクラはまだ幼いキクを部屋の端に運びに行った。


 「うぐぁ!こんのバカ犬!!!」

 

 男はナイフを振り上げた。


 「危ない!!」


 本当に一瞬のことだった。

 咄嗟に体が動き、ボタンの前に飛び出した。そのナイフは私の背中に深く刺さった。


 その後のことはなぜかゆっくりとして見えた。

 じわじわと服に滲む血を見て正気に戻ったのか、顔を真っ青にして逃げる男。何が起きたのか察知して、慌てて駆け寄ってくるボタン、キク、サクラ。

 3匹の表情はとても切なく見えた。この顔を見れるのももう最後なのかと思うと、涙が抑えられない。


 「ごめんねぇ。多分これ、ダメなやつだ。みんなともっと、一緒にいたかったな。ごめんね」


 ぺろっと、涙で濡れた頬に温かい何かが当たる。舐めているのが誰なのか、見ることができない。


 「ありがとう。みんな、大好きだよ」


 ぼやけて見えた視界がだんだんと暗くなっていく。


 (もう少し。あと少しでいいから、みんなと一緒にいたかった...)


 目を閉じる瞬間、小さな、けれどとても明るい光が見えた。

 「その願い、叶えてあげましょう」

 かすかだが、優しくて心が温まるような声が聞こえた。


 


 

 


 






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