まつり

青いひつじ

第1話


「なぁ〜んか楽しいことはないかのぉ」


ここは南石島。人が1,000人くらいしかおらん、小さな島や。海が綺麗で魚が美味い。人もそれなりに優しい。こないだテレビで乳のでかいアナウンサーが、この島が密かな観光地になっとるとか言うとった。

島には中くらいの大きさのスーパーがひとつだけ。今年に入ってワシの家の近くに緑色のコンビニができて、島の人間は大騒ぎやった。信号は気持ち程度で動いとる。学校は小・中・高の一貫校がひとつで、名前を聞けばだいたい誰のことか分かる、島のもん全員が知り合いみたいなところや。


5月。南石島は雨ばっか降って、空気が肌にまとわりつく嫌ぁな日が続いとった。チャイムが鳴って担任が入ってくると、続けて1人の女が入ってきた。

「東京から転校してきました。白石弥生(しらいしやよい)です」

細い腕と脚。不気味なくらい白ぉて、黒い長い髪を2つに束ねた、人形みたいな女やった。ここの制服がまだ届いとらんのか、赤いチェック柄のスカートに、首元にはリボンをつけとった。


「変な時期に来たのぉ」

「東京の女は白いのぉ〜」

「それ東京関係あるかぁ?」

「岡村は白い女が好きやでな」

「悪かったな、島の女はくろぉて」

「乳がでかい女の間違いやろ」

「おう、よぉ分かっとんのぉ」


「じゃあ白石は、1番奥のあの空いてるとこ座って。ほんなら隣の岡村、お前、白石に色々教えてやってくれ」

女はワシの目ぇ見んと近づいてきて、空いとる隣に座った。横を通った時、甘い匂いがした。

「よろしく〜。分からんことあったら聞いてなぁ〜」

そう言うと、女はまた目を合わせんと、ぺこりと軽く会釈しただけやった。「なぁ〜んや感じ悪いのぉ」と、隣の田中が耳打ちしてきた。


女は、クラスの女たちと打ち解けようとせんかった。

「白石さんおはよう〜!あのさ、分からん教室とかある?図書室とか行きたかったら案内するよ〜」

「ありがとう。でも大丈夫」

「制服かわいいね!さすが東京って感じやわぁ〜」

「‥‥」

一応隣やから、1日1回は声かけるようにした。話したくないんやったら返してくれんでもええし、くらいに思っとった。ワシが「おはよ」言うたら、女は「おはよう」と返してきた。「シャーペン貸して」言うたら、「消しゴムいる?」って聞いてきたから「いらん」言うた。現代文の時間、隣同士でペアになって、文の意味を考えるみたいなやつも、女は嫌がらず話してくれた。そんな姿を見てか、クラスの奴らが俺を揶揄うようになった。

「ちょっと〜岡村さ〜ん。もしかして、白石とええ感じ?」

「あ?なんでや?」

「なんや、岡村にはちょっと心開いとる感じするよな?」

「そぉかぁ?分からんわ」

「今日俺がおはよう言うても無視やったで?」

「お前口臭いからやろ」


隣のクラスを牛耳っとる女が3人、ワシのクラスに来たこともあった。

「岡村〜。白石さんあんたに懐いとるらしいやん。あんたからもうちょっと愛想良くするよう言うといてや」

「なんでワシが。お前ら自分で言えや」

「こっちが言うても聞かんよ。あの女めっちゃ愛想悪いやん」

「愛想悪いとゆうか、無口なだけやろ」

「男とばっか話して変な噂たったら可哀想やん」

「うっさいなぉ。相手にされんかったからって僻むなや。お前らのこと嫌いなんやろ」

そう言うと「はぁ??もうええわ」と帰っていった。

女が島の人間を毛嫌いしとるとか、そんな感じはせんかった。ただ、都会のオーラみたいなもんを放っとった。やたら涼しげで静かできれいなこの女に、引け目を感じたり、僻んだりして話しかけんやつもおったかもしれん。女の周りが賑やかやったんは、ほんの数日だけやった。



2ヶ月経って、夏休みになった。

風鈴の音を打ち消すみたいに蝉がジリジリ鳴いとる。それだけで暑さが増す気がする。ワシはタンクトップに短パン履いて、畳に寝っ転がって、足の親指で扇風機のボタンを押して、つけたり消したりしとった。


「けんたー!けんたー!おるかー!」

「もー、なんや、うるさいの‥‥」


玄関に行くと、ワシと同じ格好して首にタオル巻いたオトンと、麦わら帽子を被った白石が立っとった。白いデニムはちょっと汚れとった。


「白石‥‥なんで?」

「道の端っこで、しゃがみながら自転車触っとったから声かけたんや。パンクしとるで直してくるわ。お前、茶出したって」


なんや、久しぶりに会うからか、あからさまに気まずい沈黙が流れた。しかし、白石は表情を変えんと、ワシの方を見とった。


「あー、久しぶりやのぉ。大変やったなぁ。ワシんとこ自転車屋やっとんや。たまたま会えたみたいで良かったな」

「うん」

「あー、えーっと、島の夏って退屈やろ?やっぱ白石もなんとかランドとか行ったことあるん?」

「まぁ」

「あぁ‥‥まぁ、ちょっとまっててな、お茶いれて‥‥」

あまりの会話の続かなさに、その場を去ろうとした時やった。

「優しいお父さんだね」

白石からそんな風に話してきたんは、初めてやった。気のせいかもしれんけど、その表情は、少しだけ笑っとるように見えた。

「ありがとう。良かったら上がって。座敷んとこ座って待っとって」

冷凍庫から氷を取り出してカロンッと勢いよくグラスに入れた。麦茶を注ぐと、パキパキ氷が割れる音がした。白石は縁側に座っとった。


「ん」

「ありがとう」

「もうちょっとで終わるって」

白石の横に麦茶を置いて、ワシも縁側に座った。白石は「いただきます」と言って、それを一気に飲み干した。

「喉渇いとったんか?もう一杯飲むか?」

「うん。待ってても誰も来なくて、歩くのも大変で。ありがとう」

「おう、待っとれ」

ワシは2杯目の麦茶を注いだ。白石は「ごめんね」と言ってまた半分一気にぐびっと飲んだ。

「東京の生活ってどんなんやったん?」

「別に、岡村くんと変わらないよ。学校行って、塾行って、家帰って勉強して」

「ワシは勉強はせん」

そう言うと、白石はプフッと噴き出すように笑うて「たしかにね」と言った。

なんや心臓がピクッてなった気がした。なんや嬉しかった。


「おーい、終わったでー」


玄関からオトンが叫んどった。自転車の修理が終わったようやった。

「もぉ、いちいち叫ぶなや」

「お父さん、いい人ね。見つけてもらえなかったら、熱中症で倒れてたかも」

「あんなん、どこにでもおるやろ」

「そうかな。なかなかいないよ」

「白石のオヤジさんはどんな人なん?」

「私、お父さんはいないの」

「おー、そーか。まぁ今どき珍しいことでもないよな」

そう言うと、白石はワシの顔を不思議そうに見つめとった。

「なんや」

「あ、いや。こうゆう話すると、いつも気まずくなるっていうか‥だいたいごめんって言われるから‥そう言ってもらえると助かる」

白石は小さい声で「ありがとう」言った。

「んじゃあ気まずくならんように、スイカでも食うか!オカンが切ったスイカあるわ。好きか?」

「うん、好き」

そう言ってまた笑った白石。ワシの心臓はさっきからずっと、なんやおかしいわ。

白石は、一口サイズになったスイカをシャクシャクいわせて食べとった。

「なぁ種飛ばししよや」

「どっちが遠くまで飛ばせるかってやつ?」

「そうそう。いくで。ブッッ」

「うわー!すごい遠くまで飛んでった!」

「すごいやろ〜〜〜」

そん時やった。

「あ〜んた、何そんなことで偉そうにしとんの」

振り向くと、オカンが帰ってきとった。白石は立ち上がって「お邪魔してます」と、頭を下げた。オカンは「汚いとこでごめんね〜。お父さんから聞いたよ〜大変やったね〜」言うて、抱えとった段ボールをどしんと机に置いた。

「これなんや」

「チラシ。流し火まつりの。あんた明日配るん手伝って」

「あー、来月か」

毎年恒例のまつりのチラシやった。ワシは去年と全く同じデザインのそれをポイっと机に放った。すると白石がヒョイっと顔出して「これ、ここでするの?」と聞いてきた。

「そ、来月。一応この島では1番でかいまつり。島のもんみーんな集まってどんちゃん騒ぎよ。観光客も来たりしてな」

「へぇ‥‥」

白石は裏返したりしながら、興味ありげにチラシを見とった。

「一緒に行くか?」

「えっ」

「あ、すまん。島のやつ誘う感じで言うてもうた。嫌やったら全然‥‥」

白石は「行きたい」と言うてから少し考えて「でも、お母さんに聞いてみる」と言った。

「お。じゃあ分かったら連絡ちょうだい。これワシの番号」

白石は、オカンからビニール袋いっぱいのトマトを受け取って、自転車に乗って帰っていった。


それから1週間後やった。

「けんたー!お前に客やぞー!」

またオトンが叫んどるわ。そう思て玄関に行ったら、大きな紙袋持った白石が立っとった。

「お、いらっしゃい。どした?」

「こないだはありがとう。これ、直してもらったお礼。あと、まつり行けそう」

「わざわざありがとう。まつりもよかったな」

白石が渡してきたんは、和紙みたいな高そうな紙で包まれた四角い箱やった。妙な沈黙が流れて、なんとなく「上がったら」と言うて、ワシらはまた縁側に座った。

「スイカ食べるか?」

「食べたい」

「こないだから思とったけど、白石って実は甘えん坊よな?」

「え?!ほんと?そんなこと言われたの初めてかも」

「ほんま?」

「どっちかっていうと、しっかりしてるって言われてきたから」

「じゃあ、ワシの前だけそうなんか?」

「そうなのかも」

そう言って白石がこっちを向いた瞬間、チリンチリンと風鈴が鳴って、ワシは初めて白石としっかり目が合うた。真っ白な肌にビー玉を太陽に当てたみたいな、宝石みたいな目が埋め込まれてて、すんごいきれいやった。え、なんやこの空気。どうしたらええんや。

「ただいまー」

そん時、オカンがまつりの会合から帰ってきた。こん時だけは、帰ってきてくれてありがとうと思うた。

「あ、白石ちゃんいらっしゃい!なぁ、けんた。あんたってまつり当日、流し火の受付いけそう?」

「いや、まつりは白石と周るから」

「あ、そうかそうか分かった。じゃあ準備は手伝うてな」

「流し火って何?」

「なんや、ちっこいロウソクに火ぃつけて、海に流す行事。過去の自分を許す?手放す?的な?」

「過去の自分を?」

「あ、ほらチラシのここに書いてあるやろ。流し火とはって。ほとんど島のもんしか来んのに、毎年律儀やなぁ」

白石は、流し火の説明を食い入るように見とった。

「協賛岡村自転車って、岡村くんのお父さん?」

「そ、毎年あのスーパーの会社が主催しとんやけど、島で働いとるもんも協力して、みんなでやっとんよ」

「受付って何するの?」

「まぁ、来た人にやり方説明して、ロウソク火ぃつけて渡すくらい?」

そう言うと、白石はチラシをぎゅっと握って、「受付の手伝いしたい」と言った。

「あー、早めに集まって軽ーくまわって、受付するか。ええんか?」

「うん」

白石は、チラシを見つめたまま、少しぼーっとしとった。


まつりの2週間前。

「おじゃまします」

白石が準備の手伝いにやってきた。ゆうても、ロウソクを流すだけやで、そんなに準備することはなかった。

「この人、おばあちゃん?」

「そう、5年前に病気でな。あ、そうやそうや」

ワシは、白石に1冊のノートを差し出した。

「どうしたの、このノート」

「ばあちゃんが書いてたんや。流し火のこと。なんや白石興味持ってたから。字汚いけどな」

「ありがとう」

白石は仏壇の前で正座になって、ノートを熱心に読んどった。

「ちょっとワシ買い物行ってきてもええか?」

そう聞いたが、白石は反応しなかった。まぁ、気が済むまで読んだらええか、そう思ってオカンに頼まれてたもんを買いに、近くのコンビニまで行った。「ただいまぁ」言うても反応が無かったから、座敷に行ったら、白石はまだノートを読んどった。ワシが後ろまで近づいても全く気づいてないようやった。

「白石。おーい、白石!」

2回目で白石は、ハッとして上を向いた。

「それ、そんなおもろいか?」

「ごめん。気づかなくて」

「ほい。おまけのいちごミルク」

「ありがとう。ねぇ、流し火する海ってどんなところ?」

「お、今から行ってみるか?」

ワシの言葉に白石は「いいのかな」とちょっと考えて「うん」と答えた。


「んじゃ行くか!白石の自転車借りるぞ」

「うん」

「ほい!後ろ座って」

「え?ここに座るの?こう?」

白石は、戸惑いながら荷台に跨った。


「そ。ワシの肩に捕まっとれよ!」

「えっ嘘!ちょっと待って!!きゃーー」


ガシャンガシャン、カラカラカラカラ。

ゆるぅく、長ぁい坂道を下っていく。

二人乗りは初めてやったんか、白石はワシの腹にぐっと手を回し、顔を背中にピッタリくっつけてきた。ドキドキゆうとんは、どっちの心臓やろ。


「ほら白石。ひまわり、きれいやろ」

雲まで続くような道の両端では、ひまわりが空と風と仲よう揺れとった。

「わぁ‥‥本当だ」

「このひまわりの道越えたら、海が見えてくるんや。なんやロマンチックやろ」

白石は反応せんかったけど、腹に回った腕にぐっと力が入った。


今日の海は、波もなくて穏やかやった。

「ここが、流し火の海」

「そっか、ここで、許されるんだ」

「ん?」

白石は、石段に座った。少し離れて、ワシも座った。

「私のお父さんね、浮気して出ていったの。それからお母さんもちょっと変わっちゃったんだ」

「そうか〜」

「ふふ。なんか、岡村くんはいつも、他の人と違う反応するね」

「そぉか〜?」

「うん。東京いた時は、こんな話したら変な噂もいっぱいたったし、友達も離れていったよ」

「オトンも浮気したことあるで、スナックのママと。オカンがめっちゃ怒って大変やったわ。あの年以降、許してもらわな〜って流し火まつりに参加しとんや」

「なんか、岡村くんのお父さんらしいね」

「ただの阿呆。

「ふふふ」

「まぁ、とにかくぜーんぶ白石には関係ないことや」

「え?」

「だって、親が何しようと、それと白石は別やろ」

「いいのかな」

「なにが?」

「私そんな風に、思って、生きていいのかな」

「当たり前じゃ」

白石は、少しの間海を眺め、突然泣き出してしもおた。でも「大丈夫や」とかありきたりな言葉で慰めるんは違う気がした。ワシはどうしていいか分からんと、白石の腕を掴んで、海に向かって走った。「えっ」と驚いた声が後ろから聞こえた。ワシはそのまま、海へ突っ込んだ。

白石はバランスを崩して、ワシに覆い被さるように倒れてきた。ブハっと顔出して、全身ずぶ濡れで何が起こったのか分からんみたいな顔して、腕に絡まったワカメに「何これーー!」「急になにするの!」とキャッキャ笑っとった。でも、ちょっと間したらまた泣きそうな顔に戻って、ワシに抱きついてきた。

「岡村‥‥ありがとうね」


ずぶ濡れのまま、オレンジ色の道を歩いた。

「白石、あんな風に笑えばよかったのに」

「んー?」

「いや、クラスでも笑えばよかったやん」

「うるさいんだもん。私、性格悪いの」

「そや思とった」

今日初めて、岡村って呼ばれた。なんやちょっと、今まで知らんかった白石のことも知れた。この気持ちは、一体なんやろな。夕日がやたらきれいやな。



夕方5時。今日はまつり当日。

あれからも白石は、週に何回かうちに来て、準備の手伝いをしてくれとった。ばあちゃんのノートを読んで、またぼーっとしたりもしとった。


「お待たせ!」

振り向くと、ワンピースにサンダルを履いて、お団子頭の白石が、ちょっと息を切らして立っとった。

「ごめんね。遅くなって」

「全然。あたまの花、かわいいな」

白石は「ありがとう」と言って、下を向いた。

楽しいまつりのはずやけど、なんや風景も入ってこやん。ピーヒャラピーヒャラ遠くに音楽だけ聞こえるようや。ワシは白石のことばっか意識しとった。横目でチラッと見た白石は、いつにも増してきれいやった。緊張するぐらいきれいやった。赤い唇にまつ毛がクルンと上がって、頬はなんか、ほてったみたいになっとった。

「な、なに食べる?」

「んー、焼きそばと、たこ焼きとりんご飴かな」

「食いしん坊やな」

「へへ」

ワシらは、欲しいもん全部買うて、石段に座った。

「まずは、焼きそば♪」

白石は嬉しそうやった。この顔が見れただけで、なんか今日はもう十分やと思った。

「楽しいね」

「東京の祭りは、もっとでかいやろー」

「うーん、でも誰かとお祭り行ったことないかも」

「そうなん?」

「うん」

「夏は、帰らんの?」

「うん、ずっと島にいる」

「そぉか。そういやなんや東京で、変な事件起きとったな。島は暇やけど、安全は安全なんかもな」

「変な事件?」

「おー。男のバラバラ死体が見つかったーみたいな事件やったかな」

ワシは、行き交う人を見ながらたこ焼きをパクッと口に入れた。

すると突然、ガシャンと音がして隣を見ると、白石が小刻みに震えて、足元には焼きそばがこぼれとった。

「おい、白石。どうした?白石!?」

「なぁ、‥‥流し火のとこ、どっち」

「あっちやけど」

「私‥‥行かなくちゃ」

白石は、何かに取り憑かれたみたいに、ワシが指差した方へふらふらと進んで行った。

「おい、白石!危ない!」

「離して‥‥」

白石はワシの手を振り払って、吸い込まれるように歩きながら、少しずつスピードを上げていった。

「危ないって」

「離してよ!」

「待てって!!こっち見ろ!!」

肩を強く握ると、白石はようやくこっちを見た。

「どうした。落ち着け。一緒に行こ。あそこの階段降りて、すぐ近くやから」

ワシと白石は手を繋いで、一緒に石段を降りた。白石の手の平は汗でびっちょりやった。

「岡村、ごめんね」

「さっきのことか?そんなに流し火がしたかったんか?」

白石はワシの質問には答えんかった。6時になって、流し火が始まった。白石はさっきとは別人みたいに、いつも通りに戻って、来る人にロウソクを渡しとった。

全部が終わってから、「私も流したい」言うて、ロウソクに火をつけた。白石は、ロウソクが遠くに行って見えんくなっても、ずっと眺めとった。「そろそろ帰ろか」と声をかけても、動かず、ただ眺めとった。まるで、何かを願っとるみたいやった。



祭りが終わって、白石を家まで送った。

帰り道、白石はあんまり話さず、時々「岡村、ごめんね」と言うだけやった。

チャイムを鳴らすと、女の人が飛び出してきて、白石を抱きしめた。 

「弥生ちゃん、こんな遅くまで、何か危ないことはなかった?」

「うん、大丈夫だから」

「ほんとに?お母さん心配になっちゃった」

「連絡したでしょ」

「それでも、弥生ちゃんに何かあったらって‥‥」

「あ、あの〜遅ぉまで連れ回して、すいませんでした」

ワシがそう言うと、白石の母親は「今後一切やめてください!」とワシをキッと睨んできた。

「あ、すんませんでした。じゃあ白石、また、学校で」

「うん。送ってくれて、ありがとう」

白石はヒラヒラと手を振り、家に入っていった。

母ちゃん大丈夫やったか?と連絡したが、白石からの返事は来んかった。




夏休みが終わって、学校が始まった。

「おー久しぶりやのぉ」

「一週間前会うたやろ」

「髪切った〜?」

空は真っ青で、雲ひとつなくてめっちゃ綺麗やけど、なんか泣きそうなるわ。ワシの隣は空いたまま。

「岡村おはよ〜」

「おはよ」

そう返して、机に突っ伏した。

白石は、転校してしまった。理由は分からん。担任は家の都合で、と言うとった。何回か連絡もしてみたけど、返信はない。あのまつりの日以降、白石とは会えんくなった。白石がおった時は、島にあるもんが全部光って見えたけど、魔法が解けたみたいに元に戻ってしもおた。外は太陽がガンガン照って、白石が初めてうちに来た時みたいや。こんな天気のままやったら、白石と過ごしたことを簡単に忘れられんわ。学校中で妊娠したや夜逃げやいろんな噂がたっとったけど、そんなことはどうでもよかった。白石が元気にしとんか、ただ、それだけが気がかりやった。


「会いたいのぉ」



それから、数週間後やった。

スーツを着た男2人がワシの家を訪ねてきた。

白石晶子さんと、白石弥生さんをご存知ですか、ゆうて。





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まつり 青いひつじ @zue23

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