第13話
逃亡の旅は二日目の朝を迎えた。
ディアナとバルドルは払暁とともに廃屋を出発し、フェルウッドへと続く道を歩んでいた。
「フェルウッドを拠点にしてリカード王弟と戦うつもりはないんだよね?」
歩きながら、バルドルが尋ね、ディアナが答えた。
「そうね。フェルウッドにはそこまでの兵力はないし、城や砦が堅固というわけではないからね。フェルウッドに着いたら、部隊を借りるだけにして、またノースモアランドに向かうつもりよ」
それにより戦闘になる危険はある。何百という兵とともに進んでいれば、人目にふれ、敵の目にもつくからだ。ダニエルはそれを危惧して竜での飛行を提案したのだ。しかし、ノースモアランドに向かって北進するということは、リカードの勢力圏である王都近郊からどんどん外れるということであり、大軍と戦う危険性はだいぶ減らせる。部隊の兵力に関しても、途中、その他の諸侯から供出を受けて増やすことができるはずだ。よって留まるより進むほうをディアナは選ぶつもりである。
もっとも、フェルウッドに少しだけ留まり、竜の騎乗具を作ったのち、またドラゴシュに乗って飛行するという手段もないわけではないのだが――。
いずれにせよ、まずはフェルウッドが安全かどうかを確認せねばならない。というのは、フェルウッドの領主エドワードが確実にディアナの味方をしてくれるかはまだわからないからだ。
(大丈夫だとは思うけど――とにかく、エドワードが味方か敵か確認する方法ならあるわ)
しばらくのち、二人は川にかかった橋を渡った。この川が境界線であり、ディアナたちはフェルウッドに入ったことになった。それから、林を縦貫する道を辿る。この地点からフェルウッドの一番近い城までそう時間はかからない。
「ドラゴシュはどこにいるの?」
竜はより人目につかないようにと、二人よりもさらに山深い場所を移動しており、先ほどから姿が見えない。
「それが、少し離れたところまで狩りをしに行ってるみたいで……。アングルシーでずっと飼っていたのをいきなり野に放ったからか、行動に制御がきかなくなってきてるな」
「そうなの? しばらくしたらフェルウッドの砦に着くけど、そのときはドラゴシュを隠す必要もないから、私たちの近くに呼んでおいてね」
どこか脳天気なこの会話からもわかるように、ここまで特に危難に直面してこなかったせいで、二人はやや気を抜きはじめていたのである。
その会話の直後、ディアナたちは、前方から駆けてくる二騎に気づいた。
ディアナは最初、リカードの放った追っ手ではないかと危惧した。だが、 その男二人の羽織っている外衣に、フェルウッドの紋章である“碧空を背景にした鷹”が描かれているのを認めて、ひとまず彼女は胸をなでおろした。
細長い道、男たちはディアナたちの前まで馬で駆け寄ってきた。
「もしや、ディアナ王女殿下でいらっしゃいますか?」
男の一人が、微笑を見せながらディアナを見下ろした。
「まさかここで王女殿下にお目にかかれるとは。私のことをお覚えになっておいででしょうか?」
過去フェルウッドに行った際、この男とは二回ほど面識があり、ディアナはすでに思い出していた。
「ええ、覚えていますよ。騎士ヘクター」
このヘクターは齢が二十代前半で、もう片方の男は知らない顔だが年齢は同じくらいだろう。二人とも剣は佩いているが、他にこれといって武装をしていない。
「 ご記憶にお留めくださり、光栄に存じます。……たしか、宮中にて騒動があり、ディアナ殿下は王都をお去りになったと聞き及んでおりますが、フェルウッドにいらっしゃるということは、エドワード閣下のところにお立ち寄りになるおつもりでしょうか?」
「ええ」
「では、私どもが本城までご案内いたします。エドワード閣下は喜んで殿下を歓迎なさるでしょう」
「ありがとう。お願いするわ」
ディアナは友好的で優美な笑顔を浮かべながらも、腹の中では疑うことを忘れていなかった。ヘクターたちが――フェルウッドが本当は叔父と通じているのではないかと。
「そちらの男性は護衛の方ですか?」
ヘクターに聞かれたので、ラーザの王子バルドルであり、逃亡するにあたって協力を得ているとディアナが説明した。
ラーザの王子だと知るとヘクターたちは複雑な顔を見せた。敵国の王子であるから当然だが、彼らの表情に好意的な色は一切なかった。
「何はともあれ、ひとまずはここより一番近い小城にご案内いたします」
言って、ヘクターは来た道を戻ろうとした。
(確かめるなら、早いほうがいいわね)
胸中でそうつぶやいたディアナは、時渡りの魔道でヘクターの過去の記憶を見ることに決めた。
ヘクターは、エドワードの側近に近い人物であるから、エドワードの本意を知っているかもしれない。フェルウッドに着き、情報に通じていそうな人間に会えば、時渡りを使って調べようとディアナは最初から考えていたのだ。ディアナの記憶では、ヘクターは魔道士ではないはずだ。時渡りを使っても察知される可能性は低い。
一応、フェルウッド伯エドワードなら、味方についてくれる見込みが高いという目算があって、ここに来たのだが――。
この状況下では、念には念を入れたほうがよい。ディアナは、馬上のヘクターを見上げた。精神を集中させて時渡りの魔道を発動し、相手の意識に入り込む。
ディアナの頭にまず入ってきたのは、ヘクターの過去の心象風景が断片的に渦巻いているだけの光景。それを現時間から順々に過去に逆行して見ていく。さかのぼって一時間分の記憶、ニ時間分、三時間分、半日分。それらの鮮明な心象の数々が奔流のようにディアナの頭の中へ流れ込んでくる。
相手の何時間分かの記憶を見ていても、それはディアナの頭の中で流れていることであって、実際の時間は数瞬しか経っていない。今、バルドルたちから見れば、ディアナはほんの少しの間、ぼんやりしているようにしか映らないのだ。魔道の不可思議な作用としか言えなかった。
すでにディアナは約一日分のヘクターの過去を見て知った。今日、昨日の彼の過去には不審な点は特に見当たらなかった。
しかし。
二日前の光景を見て、ディアナの警戒心は最高潮に達した。
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