第120話 精神離脱

 南方のグリンデンブルク自治区では、ローゼンブルク王国軍が、自由都市ミドワルド手前に陣を構えていた。


 ミドワルドに集まりつつある帝国、ルクトバニア、青龍連邦の連合軍を前に、開戦の口実も無いことから黙って見ているしか無かった。

 アウグストの元で軍議が加熱していた。


「集まる前に先制攻撃すべきじゃないですか?」

 騎士団長オクトの意見に対して宰相ロメが忠告した。

「それこそ占領の口実を与えるようなものです。

 開戦に踏み切るには大義が必要です。」


「確かにそうですが、今なら勝てる相手でもこのまま集まり続けたら...」


「それが分かっているからこその揺動作戦じゃないかしら?」


 キリエの考えにアウグストが質問した。

「母上、それじゃあこいつらは囮という訳か?」


「可能性の話よ。

 私たちと事を構えるには遅すぎるし挑発しているとしか思えないということよ。

 確かに騎士団長が言うように、今開戦にふみきれば全滅させることができるでしょう?」


「確かに、相手が大義を得たって負けたら意味がないものな。」

 

 話が止まったところで魔王イブリンの影武者として黙って軍議を聞いていたララムが発言を求めた。


「あの〜、ちょっといいですか?」


「どうしたのララム?」

 先ほどからララムの様子がおかしい事に気づいていたリンが心配して聞いた。


「信じられないかもしれませんが、今、イブリン様が私の耳元に話しかけたんです。

 私しっかり起きていたので夢ではないと思います。」


「疑ってはいないわ、話を続けて」

 キリエに促され話を続けた。


「はい、まもなくこの地に神竜ティアマト、王国だとリヴァイアサンと呼ばれる竜があの街を攻めます。

 その機に乗じて攻撃を開始してください。

 帝国は魔王国の支配下にある人魚の里から人魚をさらっていました。

 大義はこちらにあります、とのことです。」


 ララムの言葉にリンが同意する。

「私も何か気配を感じました。

 ララムの言っていることは嘘じゃ無いと思います。」


 アウグストがララムを見て言った。

「ララムの話は信じるとしても、あのリヴァイアサンが我々を攻撃して来ないとも限らんだろ?」


 その時、軍議を開いていた天幕に、兵士が駆け込んできた。


「只今海岸より現れた人魚が王にお目通り願いたいと...」


「かまわん通せ」


 アウグストが許可すると、天幕にはびしょ濡れの若く美しい女が入ってきた。


「私は人魚の街のエイミア、神竜ティアマト様の遣いで参りました。

 魔王イブリン様からの依頼にティアマト様は了承しております。

 ティアマト様は日が落ちたころ、ミドワルドの街に停泊している船を沈めます。

 皆さんは陸を占拠してください。」


 エイミアの言葉にアウグストは驚いた。


「すまん、俺がティアマト様を疑っていたことを謝罪する。

 王国軍は総力を持ってミドワルドを占拠するそうお伝えください。」

 アウグストはそう言って頭を下げた。


 エイミアが了承して戻ろうとする時に、去り際に言った。

「言い忘れていました。

 ティアマト様はフリューさんの友人です。

 フリューさんの友であれば自分の友として扱おう、そうおっしゃられていました。」


「ちょっと待ってくれ、ティアマト様って女か?」

 アウグストの質問にエイミアは首を傾げた。


「ティアマト様に性別があるかどうかは分かりませんが...

 確かに響いてくる声の感じは妙齢の女性のようですね。」


 エイミアの答えにアウグストはぶつぶつと独り言を言っていた。


「やはりな、あいつは美女を魅了するスキルを隠しているはずだ...」


ーーーーーーーーーーーーーーー


 イブリンの魂は、ルクトヴァニアの王都にあった。

 

 王都の通りでは、意識が朦朧としたヴァンパイアが老若男女問わず王城に向かって歩いていた。


 どこにいくのかしら? イブリンは人々が向かう先に向かった。

 

 上空から見下ろすと、王城のテラスに立った女が下を見下ろしており、その女から精神を乱す禍々しい波動を感じた。

 悪魔!


「誰?」


 空を見上げた女と目が合った。

 イブリンはその女の顔を見て驚愕した。

「なんでエレナがここに?」

 女のその長い髪は金色であったが、その顔はエレナと瓜二つであった。


 エレナと同じ顔をした女は、白い翼を羽ばたかせて飛び立つと、イブリンに向かってきた。

 

 逃げ遅れたイブリンに、白翼の悪魔『リリス』が鋭い爪を突き刺した。


ーーピギィンーー


 リリスの爪は光の壁に阻まれてイブリンの精神体を切り裂くことは無かった。


 リリスは砕け散った爪を見つめて言った。

「まさか……、 女神の守護だと?」


 イブリンは、その隙に必死に逃げた。



ーーーーーーーーーーーーー


「はぁはぁはぁ……」


「大丈夫かイブリン?」

 イブリンは僕が抱き抱えたまましばらく息を乱していた。


「大丈夫よ。

 しばらくこのままでいさせて」


 しばらくしてイブリンが話し始めた。

「世界を見てきたの。」


「世界を?」


「そうアイリスたちや、リンたちと会ったわ。

 南部は大丈夫、神竜ティアマトが手を貸してくれるって。

 だけどルクトヴァニアは危険、もう王都は悪魔に支配されている。

 上位悪魔アークデーモンを迎える為に。

 そこで私は白翼の女の悪魔を見たの...」


 エレナがやってきたのを見てイブリンはびくりと警戒した。

 しかし、イブリンを見るエレナの目は、以前と同じように優しげであった。


「あの時私を守ってくれたのは、エレナ?」


「そうよ、あなたをサポートをすると言っていたでしょ?」


 そう言って微笑んだエレナを見るイブリンの目が語っていたのは不信感だった。


「ありがとう、エレナが守ってくれなければ私の精神はあそこで消されていたわ。

……でも、あなたは本当にエレナ?」


 エレナは首を傾げて言った。

「どう言う意味? 私は今も昔もエレナ=オーランドよ。」


 僕にはイブリンの質問の意図が分からなかったが、僕のスキルはエレナから微かな嘘の匂いを感じていた。

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