第119話 破滅の予知

 ルクトヴァニアの王座には半裸の女が座っていた。

 背中には白い白鳥のような翼が生えており、その翼であらわになった上半身を隠していた。

 一見すると天使とみまがう容貌であったが、その目は冷たく鋭い牙が生えていた。


 その女の前で将軍バラモスはひざまづいた。

「お呼びでしょうかリリス様」


「バルバトス様が目覚められました。」


 その言葉にバラモスは歓喜の声を上げた。

「それは本当ですか? 国の代表としてご挨拶をしなければ!

……さてどちらに?」


「目覚めたのは異国の地です。

 しかし、まもなくこちらにおいでになります。

 歓迎の準備をしなさい。」


「歓迎の準備と?

 どのような物をご用意いたしましょう。」


「今バルバトス様は傷ついておられます。

 血肉となる贄が必要です。」


「……はぁ

 家畜でよろしいですか? 多少なら集められますが、この国は牧畜に向いていないので。」


「この国の民がいるでしょ? ヴァンパイア族は精霊に近い存在、贄としての相応しいのですよ。

 私がこの地に降りたのは贄を集めるためよ?」


 そう当たり前のように話すリリスの言葉にバラモスは腰が抜けた。

「……それでは罪人をかき集めます。 10人でよろしいか? それとも100人ほど?」


「ふふふ、お前は何を言っているのです?

 全てですよ、全て! この王都に住うもの全てを捧げなさいな」


 予想のしない状況にバラモスは心の中で悪態をついた。

(何を言っているのだ、この女は?)


「何を言っているんだこの女は、ですって?

 私はお願いしているんではない、そうなることを教えてあげているのですよ。」


(心が読まれているだと!)

 驚いたバラモスは口を閉ざそうとしたが、自身の意に反する言葉が勝手に口から漏れ出た。


「すべては仰せのままに…」

(か、勝手に言葉が!

 ……もうダメだ、このままでは国が滅ぶ)


「ははは!

 お前が私を目覚めさせてから長い時間をかけ、すでに王都の民は私に精神支配されているのよ。

 以前、ミース教国に国民を精神支配するようそそのかしたのはお前でしょ? なぜ自分たちは大丈夫だと思ったのかしら?」


 立ち尽くすバラモスから心が抜け落ち、その目からは光が消えていた。


「お前は、無事にバルバドス様をお迎えできるよう、警備を強化しなさい」


「仰せのままに」

 そう呟くとバラモスは操られて王の間を後にした。


ーーーーーーーーーーーー


 イブリンは夢を見ていた。


 父親である先代魔王が何か訴えていた、イブリンの記憶の中にいる先代魔王は、体格は大きいが優しい目をした優男であったが、夢の中の先代魔王は、大きな災いの火の玉を背後に背負い、必死にその火の玉を押さえつけているようであった。


「あ…く、……」


 先代魔王が何かを必死に訴えかけてきたがイブリンにはそれが聞き取れなかった。


「お父様 何を言っているの? 私には聞こえないよ!」


「あく…が! …」


 イブリンは必死になってその唇を読んだ。


ーあ・く・ま・が・ふっ・か・つ・す・るー


 その時、夢の中の世界が光り輝きイブリンは目覚めた。

 目を開けるとエレナが心配そうな目で見ていて。

「大丈夫? うなされて居たけど」


「大丈夫よ…悪い夢を見ていただけ…」

(今までになかったけど、これは予知夢?)

 

「まもなくルクトヴァニアに着くわ。 今上陸場所を探しているところよ。」


 イブリンは少し考えてから言った。

「ちょっと待ってエレナ、波の無い静かな場所で船を止めて欲しいの。

 儀式魔法で精神離脱をしたいの、確認しなければならない事があるのよ。」


「弱ってる体でそんな危険な魔法は無理よ?」


「でもやらなければならないの、お願い!」


 イブリンの必死な姿にエレナは折れた。

「分かったわ、私がサポートする。

 でも危険な術よ、無理しないでね。」


「ありがとう」


 シーガル号は小さな入江を見つけて入った。

 周りは切り立った崖に囲まれており、上陸に適した場所ではなかったが、風もなく波も静かな場所であった。


「こんなところでいい? 注文どおりだけどもし見つかったら逃げるところも無いわよ。」

 リディ船長がそう言うエレナが答えた。


「大丈夫よ、認識阻害の結界を張るわ。」



 先ほどからイブリンは船首のデッキに書いた魔法陣の前でひざまずき、儀式の準備に集中していた

 

「フリュー、私が意識を無くしてる間抱き抱えて支えて欲しいの。」

 そうイブリンに頼まれ、僕はイブリンを見守った。

 イブリンは心の中で呪文の詠唱を続けると、微かな白いオーラを放ち始めた。

 しばらく瞑想状態を続けていたが、突然力が抜けて倒れそうになり僕はイブリンを支えた。

ーー精神離脱ーー

 僕は確かにイブリンの体から何かが抜け出していくのを感じた。




 大海を、小さな船が進んでいた。

 船体にはシャドウブリンガー号と刻まれ、小さな帆はあるものの、その速度は全速力のイルカよりも速かった。

 

 船にはアイリス、ラヴィーネ、アリタリアが乗り込み、その船をウェヌスを先頭に5人の人魚が引いていた。


「死にます! もう死んでしまいます! オーバーワークですよ!」

 ウェヌスが弱音を吐くとラヴィーネが気合いを入れた。


「大丈夫よ! 死んだら復活させるわ」

 ラヴィーネはそう言って強化魔法を重ねがけする。

「鬼! あなたは鬼です」

大海原に人魚たちの声がこだました。


 アイリスが、アリタリアに声をかけた。

「そんな魔法を使い続けたら、戦う前に倒れるぞ。」


 アイリスの心配をよそにアリタリアの目は血走り、魔法で帆に風を送り続けていた。

「あの山羊頭野郎に私の船の怨みは晴らさせてもらうわ! 私が倒れたらあんたがあの首を跳ねなさいよね」


 やれやれ、アイリスがそう呆れていると、突然耳に声が聞こえた。

「イブリン様ですか?」


 姿が見えないが、耳元にイブリンの存在を感じた。


『私は今あなたの隣にいるわ。 あなたたちに何があったのか教えて欲しいの』


「やはりイブリン様、わかりました状況を話ます……」

 突然ぶつぶつとアイリスが話し始めたのを見てアリタリアは不審に思った。


「あんた何を、」


「黙って!」

 アリタリアが話しかけるのをラヴィーネが制止した。

「今、魔王イブリンと会話しているんだわ。

 精神離脱という危険な術よ。」


 しばらくして、アイリスに話は終わった。


『分かったわ、あなたも急いで』


 イブリンの精神体はそう言い残して飛び去って行った。


「今イブリン様と話をしました。

 アークデーモンがルクトヴァニアに到着するとこの世が滅びます、何とか阻止するようにと。

 急ぎましょう。」


 アイリスは、イブリンが飛び去った後を見つめた。

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