第115話 帝国軍への急襲

 ヴァンパイア・ロードは城壁の上で、船が出航するのを見ていた。

 その顔は先ほどまでの柔和な笑みはなく冷たい様相をしていた。


「爺、以前あの英雄に会いたいと言ったことを覚えているか?」


 王の言葉に後ろに控えていた老執事が答えた。

「確か、あの魔女が討たれた時にそのような事をおっしゃっていたかと」


は先ほど彼らと話をした時、あの時の言葉を後悔した。

 もし盟約を違えたらルクトヴァニアを滅ぼすと脅されたがあれは脅しでは無い」


「たかが人の一生など、あと50年も我慢すれば終わりましょう」


「いや、我が恐れたのはあの英雄ではない一緒にいた女だ。」


「勇者一行の聖女ですな」


「あれは聖女などという生優しいものではない、本質的にヴァンパイアと敵対する者だ。

 あれが何者かは分からぬが、我が今生きているのは運良く見逃されただけ。

 奴らをルクトヴァニアに送った事を後悔することにならなければ良いがな。」

 吸血鬼の王ヴァンパイアロードはそう言って去り行く船を見送った。


ーーーーーーーーーーーーー


 作戦参謀ヴァシリー率いるリドニア帝国軍は、魔王国ファーレーンの国境まで1日の距離にある海沿いの砦に駐留していた。

 港の軍船は全て南部侵攻で出払っており、その空いた施設を帝国の陸上軍が利用して、魔王国への侵攻を準備していた。

 

 ヴァシリーは、指揮官の執務室にて青龍連邦の駐留武官から、竜騎士による偵察の報告を受けていた。


「魔王国の軍は、王都を出発した後の行方はまだつかめんのだな?」


 ヴァシリーの質問に駐在武官が答えた。

「魔王がローゼンブルク王国軍と合流したとの情報から、王国軍に合流すると予想して、その複数のルートを捜索中ですが未だ見つかっておりません。」


「今南部と魔王国王都制圧の二面作戦を展開中だ。

 我らは戦力的に劣っている。

 万が一にも王都制圧前に魔王国軍に戻られては作戦が失敗に終わるのだぞ。」


「はっ、魔王国軍の位置が作戦の鍵となることは十分承知しており竜騎士の数も倍に増やしております。

 それより、先ほど帝国内を偵察中の竜騎士より報告がありまして、それをお伝えに参りました。」


 苛立ったヴァシリーは叱責した。

「それならそれを先に報告しろ!」


「申し訳ありません、私には重要度が分かりかねるもので...

 報告では帝国の南部海岸線沿いの砦が海賊と思われる船から襲撃を受けたとのこと、砦内で大規模な雷撃魔法が使われ、砦は壊滅状態との報告であります。」


「海沿いの砦だと?」

「はい、王都から南東に伸びた街道の先にある」

 報告した他国の武官は知らない事であったが、ヴァシリーには襲撃された砦が人工勇者の研究施設であることが分かった。

 

「そのことを皇帝陛下は知っているのか?」


「いえ、なにぶん竜騎士が騎乗していた飛竜がその雷撃魔法の煽りを受けやっとここまでたどり着いたもので...皇帝への報告は作戦参謀殿の判断を仰ごうかと。

 報告した竜騎士の話では、砦に侵入した賊は3人だけで警備兵を蹂躙したとおかしな話をしています。」


(……3人だけ? まさか! 研究者をつけていた追手は死んだとのことだが、その情報が漏れていれば?)


 ヴァシリーは、直ちに側近を呼び出して指示を出した。

「帝国領内に勇者一行が潜伏している可能性がある。

 直ちに今いる竜騎士を空に上げて、その海賊船を探すんだ。」


「了解しました」

 帝国軍の士官と、青龍連邦の駐留武官は、直ちに指示に従い会議室を出て行った。



 その直後、会議室に轟音が響いた。

ーーーードガァン!ーーー


 ヴァシリーが、慌てて執務室を飛び出すと砦内が混乱していた。

「誰か! 何事か報告しろ!」


 ヴァシリーの元に駆けつけた兵が報告した。

「海上から海賊と思われる大型船の砲撃を受けております。

 なにぶん遠距離からの砲撃で、反撃の手段がありません。」


「竜騎士と人工勇者を向かわせろ」


 その時、ヴァシリーの元に青龍連邦の武官が慌てて走ってきた。

「作戦参謀殿に急ぎの報告がございます!

 偵察の竜騎士からの報告です、魔王国軍が見つかりました。」


「こんな時に、それどころじゃない後にしろ!」


「それが…魔王国軍は国境を超えてこの砦の目の前まで迫ってきています。」


「なんだと?」

 ヴァシリーは、混乱し状況を掴みきれないでいた。

(まずいぞ、まずいぞ、まずいぞ

 正面から魔王国軍、側面海上に勇者に乗る海賊船だと?

 考えられん魔王国は南部にいる魔王を見捨てたというのか?

 それとも南部侵攻が陽動だと気づいたか?)


「ヴァシリー様、ご采配を」


(この私が策に溺れた?)

「南門に最低限の兵を残して時間を稼げ、この砦を放棄して北門から撤退する。

 人工勇者を北に向かわせて護衛をさせろ」


「それでは、魔王国侵攻は諦めるという事ですか?」

 青龍連邦の武官からの質問に、苛立ちながら答えた。

「今ここで壊滅したら誰が帝都を守るのだ?

 帝都で皇帝直下の騎士団と合流して守備を固める。

 ここを耐えて南部グリンデルブルクを占領すれば、そこからまた巻き返せば良いであろう?」


 それを聞いて青龍連邦の武官はヴァシリーに言った。

「了解しました。

 しかしながら、青龍連邦は魔王国への侵攻へは協力致しますが、貴国の防衛には関与しません。

 直ちに撤退させていただきます。」


「……勝手にしろ」


「それでは」

 そう言って武官はヴァシリーの元を離れて行った。



ーーーーーーーーーーーーーー


 魔王国軍は、宰相ラヴィーネからの命令を受け取り極秘裏に、帝国への進軍を行っていた。


「ラミア様、魔王様直属のあんたが最前線に出てきて良いのかい?」

 そうウルから聞かれ、ラミアは答えた。


「魔王軍を統括する立場としては、たまには最前線に立つところを見せないとならないのですよ。

 それに、イブリン様も北部に向かっているとのこと、南部にはエルフの戦士たちと、セイレーンの戦士たち、それに神竜ティアマト様も共闘してくださいます。

 こちらの方が戦力は拮抗しています、ウルも気を引き締めなさい!」


「本当かなぁ、あの勇者アイリスと賢者ラビィーネがいておいらの出番なんか無いと思うけど...」


 魔王国軍の前に砦の城壁が見えてきたが、その時点で城壁の中から黒い煙が上がっていた。


「ほらね? いつもこんな感じさ。」


 ラミアはウルの言葉にため息をついた。

「はぁ、あの方たちはもう少し待つということが出来ないのかしら?」

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る