第114話 ヴァンパイア・ロード
僕らは執事に案内され、ヴァンパイア・ロードの邸宅に入って行った。
入り口を入るとそこには、多くのメイドが並んでいたが、いずれもヴァンパイアでは無く人間のようであった。
僕らが向けた疑いの目線に気づいて執事が言った。
「確かにこの者たちは、人の娘ではありますが無理やり連れてきた者はおりません。
王は従属の契約を嫌っておりますので...」
「ではどうしてここにいるの?」
そうエレナが質問すると
「娘たちは、元は奴隷や孤児たちで捨てられた者たちです。
王は、この者らから定期的に生き血を提供させていますが、殺したり眷属にしたりはしないのです。
不思議に思われるかもしれませんが、心身共に健康な娘の血こそ美味ですので。」
「彼女たちは自らここにいるというの?
なんとも釈然としないわね……」
エレナはそう呟いたが、僕の気配察知のスキルでも彼女たちからは敵意や恐怖などの感情は感じられなかった。
「王がお待ちです。
皆さんにはささやかですが、食事をご用意しています。」
執事に案内されたのは広い食堂であり、その上座には20代後半くらいに見える若い男が座っていた。
その男は、銀色の髪に中性的な美しい顔立ち、そしてその瞳の色はヴァンパイア特有の金色ではなく、美しい水色をしていた。
「やあ、君らが来るのを楽しみに待っていたよ。
さあ座ってくれ。」
そうヴァンパイア・ロードがにこやかに笑っていた。
イブリンが不用意にヴァンパイア・ロードの隣に座ったので僕は警戒をしたが、それを察したイブリンが僕を制止した。
「大丈夫よ」
「やあ魔王イブリン、お父上が亡くなった時以来かな、こんなに大きく成長して驚いたよ。」
「あなたは変わらないわねアルカード。」
「その名前で呼ばれたのは何年ぶりかな」
そう気さくに話すイブリンとヴァンパイア・ロードのアルカードに僕とエレナは呆気に取られていた。
そんなアルカードに、イブリンは睨んで言った。
「ところで説明して欲しいのだけど。
なぜあなたがここにいるのか、なぜ帝国と組んで敵対しているのかよ。
あなたは人道的とは言えないし、ヴァンパイアが種族的に人間を敵対するのは分かるけど、理由なくここまで非道を行うとは思えないわ。」
イブリンの叱責にアルカードは苦笑いを浮かべていた。
「確かに、僕は人を血を提供する食料に見てると言われれば否定はしないけど、無闇に殺したり苦痛を与えるのは本意じゃない。
それは血を不味くするからね。」
「それなら何故?」
「その話は食事をしながらで良いだろうか?
僕はここに来てまともに会話をするのは久しぶりで、本当に楽しみにしていたんだよ。」
アルカードに促されて、僕とエレナは席に着いた。
食事はパンとシチューなど、王の食事にしては質素なものだった。
アルカードは僕とエレナを見て言った。
「君たちと話すのは初めてだね。
英雄フリューと聖女エレナだね?
私はヴァンパイアの元王、アルカード」
「元ですか?」
僕の問いにアルカードは苦笑いを浮かべて答えた。
「僕は元々ヴァンパイアの気質、というかヴァンパイアにかけられた呪いのような吸血衝動が薄いんだ。
そのせいでヴァンパイアから異端扱いされてね、王の座を奪われてしまった。」
その言葉にイブリンが驚いていた。
「そんな話は聞いてないわ。」
「そうだろうね。
僕が排斥されたのはルクトヴァニアの国民さえ知らない事だから。
簡単な話がクーデターさ、将軍バラモスに追い出されてしまったのさ。」
「国民の信頼もあったあなたが排斥されたなんて信じられないわ。」
イブリンの言葉にアルカードは答えた。
「将軍バラモスは
ヴァンパイアの種族の上位種とも言えるデーモンが相手では僕も勝てない。
僕を殺したのが分かると国民も黙っていないから、僕をこの孤島に幽閉したという訳さ。」
アルカードはそう言って悲しそうに笑った。
僕のスキルはこのヴァンパイア・ロードが嘘を言っている様には見えなかったが、それでも何か警戒を感じさせていた。
「あなたは僕らを来るのを待っていたと言った。
そのあなたは僕らに何をさせようと?」
僕の指摘にアルカードが笑った。
その顔は何か企む者のしたたかな顔だった。
「さすが英雄と言われるだけあるね。
じゃあ僕の願いを話そう。
僕ではデーモンを倒すことは出来ない、単純な強さというより相性が悪いと言って良いかな。
でも君らならデーモンを倒せる、違うかな英雄フリューと聖女エレナ?」
「僕らにデーモンを倒せと?」
「そうさ、デーモンを倒せば僕が王に返り咲くことは容易い。
そうしたら僕の存命中は、魔王国に手を出さないことを誓おう。
お互いメリットがある交渉だと思うのだが?」
「10年前、あなたは魔女を使って王国を餌場にしようとした、そんなあなたを信用しろと?」
そう僕が言うと、アルカードは悪びれることなく答えた。
「あれはあの魔女が勝手に始めたこと、僕は国のために餌場を用意したと言われ行っただけさ。
すぐに手を引いて、今まで手を出して来なかっただろ?」
「それを信じろと? ではあのタンジェ海峡でクラーケンをけしかけたのは?」
「あれこそ将軍バラモスが独断でやったことさ。
バラモスは禁呪に手を出して、最近では精霊を使って人工勇者などを作っていると聞いている。
僕が精霊に手を出す訳がないことはイブリン、君なら分かるだろ?」
「そうね、お父様の後を継いで魔王国の盟主を狙っていたあなたが同胞の反感を買うとは思えない。
でも私が魔王となった後も諦めていないという事になるけど?」
「いや僕は純粋に君の父上を尊敬していたのだよ。
ヴァンパイア族の同胞の未来を考えた時、魔王国を含めた世界各国を敵に回すなど馬鹿げているさ。」
エレナとイブリンは僕を見た。
「フリュー、私はあなたの意見に従うわ。」
エレナがそう言うとイブリンもうなづいた。
「僕は……」
(どうして2人は特別な力もない僕を信用するのだろう?)
そう考えて僕は今まで責任から逃げていた自分を自覚した。
英雄と呼ばれる自覚が無くたって、いつだって自分の行動は自分で選んでいたじゃないか?
「ロード、僕らはデーモンを倒す。
但し、あなたは魔王国だけじゃなく他の全ての国への不可侵を誓ってください。
もしそれを違えた時には、僕があなたを殺す。」
僕の真剣な目を見てアルカードは言った。
「それは恐ろしいな。
良いだろう、僕が存命中は他国への不可侵を約束しよう。
但し、ヴァンパイア族全てが我が民ではない、僕が従えれるのはルクトヴァニアの民だけだよ。」
「いいでしょう。
害を及ぼすヴァンパイアは、これからも容赦なく狩りますから」
こうして魔王イブリンとヴァンパイア・ロードアルカードとの盟約が結ばれた。
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