第108話 南方の脅威

 ローゼンブルク王国の南部よりさらに離れた飛び地に、グリンデルブルクという王国の自治区がある。

 その地は大半が農地と牧草地であり、人々は自治区内での自給自足生活を送っていた。

 元は独立国であったが、何度か外敵の侵攻を受け、当時同盟国であったローゼンブルク王国と併合し、自治区となることによって国土を守った歴史があった。


 ローゼンブルク王国の官邸では、国王アウグスト=ローゼンブルクの前で緊急の会議が行われていた。


 会議は、ラヴィーネの後に宰相となったエルフの女性『ロメ』が議事進行を行った。


「今回集まってもらったのは、グリンデルブルク自治区についてです。

 先週、グリンデルブルクの北東に接していた小さな自由都市『ミドワルド』が陥落しました。

 占領したのは青龍連邦の竜騎士、対外的な占領の理由は『輸入していた竜の餌となる海産物に毒が混入していた』とのことです。」


 ロメの話に王国の外交担当相が口を挟んだ。

「青龍連邦は、竜を神と崇めている国です。

 その餌に毒が仕込まれていたのなら都市を占領するくらいは当然でしょう。」


 外交担当相の意見にロメはうなづいた。

「確かに、周辺国も占領行為を問題として考えている国はありません。

 しかしこの問題は別のところにあります。

 都市を制圧した後も継続して都市を占領し続けていることは外交担当相は把握済みで?」


 ロメに睨まれ外交担当相は声を荒げて言った。

「それくらい耳に入っているが、それになんの問題が?!」


 ロメは冷静に言った。

「青龍連邦の竜騎士は都市を陥落させる力はありますが、その後も継続して治める能力はありません。

 青龍連邦に雇われた商人の下で、元々いた都市の役人が継続して都市を治めているそうですが不審に思わないのですか?」

 ロメに追求されて外交担当相はたじろいた。


 その状況にアウグストが口を挟んだ。

「そう若者をいじめるなよ

 つまりは占領なんて見せかけのものだったってことだろ?」


「少しは賢くなったようねアウグ。

 情報部長、説明してあげてちょうだい。」

 話はロメからリンに振られた。


 国王の婚約者となったリンはこの10年で美しく成長していた。

「では情報部から説明します。

 国王陛下のご指摘のとおり、ミドワルドで戦闘が行われたという目撃情報はありません。

 我が王国とグリンデンブルクとの関係と同様、竜の餌の提供を対価に都市防衛街は竜騎士が担っていたので、大きな変化は無いと言っていいでしょう。

 しかし今ミドワルドは占領下にもかかわらず、物資が集まって来ており、そして港付近に仮説の宿舎が建設されています。

 これがどういう事か分かりますね国王陛下?」

 リンは悪戯っぽい笑みをアウグストに送った。

「お前も俺を試すのか? まあいいだろう。

 今ミドワルドは前線基地となりつつある、地理的に狙いはグリンデンブル自治区だろう。

 ここまでは分かるが、この後は俺の推測だ。

 国力からして青龍連邦が我が王国に戦争を仕掛けるとは考えられない。どこかの国を招き入れる気だ、あるとすれば南部侵攻を狙っているリドニア帝国か、ヴァンパイアの国ルクトヴァニアか...」


 アウグストの答えにリンは満足げだった。

「情報部の見解も王と同様です。」


 二人の会話をロメが口を挟む。

「二人お熱いのは良いけど、あなた達はまだまだです。

 グリンデンブルク自治区を狙ってるのは帝国とルクトヴァニアの両方よ。

 両国が裏で繋がっているのは間違いないわ。」

 その発言に外交担当相が鬼の首をとったかのように言った。

「まさか、帝国といえども人類諸国を敵に回すようなことなどあり得んよ。」


 60歳を超える外交担当相を、見た目20代に見えるロメが叱責した。

「そんなことだからあなたはまだ若いって言われるの。

 あの両国が裏で繋がってるという情報は魔王国を通じて把握していたのよ。

 帝国が欲しいのは、自国民に食べさせる肥沃な土地、ヴァンパイアが欲しいのは人の血。

 それに青龍連邦は、暴竜ニーズヘッグを殺されたことに恨みを持っている。

 英雄フリューは竜を殺した時の仲間は誰? 

 我が王アウグストとその婚約者リンよ。

 一度侵攻を許せば、あの土地から侵攻が広がっていくわ、王国だけじゃなく周辺諸国にもね」

 かなり深刻な話に外交担当相は青ざめた。


 アウグストはリンに言った。

「悪いが結婚式は延期させてくれ

 とてもじゃないが国の危機に結婚式なんてやってる場合じゃない」


 そんなアウグストにリンは笑顔で答えた。

「そんなの当たり前です。

 これは王国の危機じゃない世界の危機。

 幸いなことに、今この国に世界を救える英雄が向かっているのは運命じゃないですか?」


「そうだな、俺たちが困った時はいつも奴がいる。

 またフリューに助力を頼もう。

 リン、その使者をお前に任せたいが良いかな」

「喜んで!」


 アウグストは立ち上がって各閣僚に指示を与えた。

「至急騎士団を動かせるよう準備しろ。

 婚姻の儀は中止する、各国代表者に詫びを入れて使者を送れ。

 その使者に帝国の侵攻に南部諸国の侵略に備えて各国守りを固めるように伝えるのだ、秘密裏にな。

 リンは至急魔王国ファーレーンに応援を求めてくれ、ユグドラシルの森のエルフにも応援を求めるんだ。」


「「「了解しました!」」」

各閣僚は王の指示で準備に動いた。


 最後にアウグストとロメが部屋に残った。

「こんなもんで合格か姉上殿?」


 ロメは状況を満足げに見ていた。

「まあ王として的確な指示であったと認めましょう。

 息子の成長をキルケ母さんもお喜びになると思いますよ。

 ただ一つ注文をするとすれば...

 お妃候補のリンを英雄フリューの元に行かせて良かったの?

 あの子はまだフリューを忘れていないと思うわよ。」


「そんなことは分かっている。

 でもあいつのライバルは強すぎるからな、その辺はリンも心得ているよ。」


 その言葉にロメはため息をついた。

「はぁ...そんな悠長なことを言っていると姉として心配だわ。」


「姉上、ここで惚気るのも気恥ずかしいが、俺への思いもフリューには負けていないと思うぜ。

 だから大丈夫さ。」

 そういうアウグストの目は自身に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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陰の英雄の後日談〈悔んだ勇者、聖女、賢者は英雄を諦めない〉 海野百合香 @yzfr699

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