第107話 帝国の暗躍

 リドニア帝国王宮の執務室にて、皇帝ドミトリー二世と参謀ヴァシリーが海賊のアジトからの生還者から報告を受けていた。

 その者は研究者の一人であったが、幸運が重なり奇跡的に生還を果たした。


「つまり、アジトが何者かに襲撃されて護衛の人工勇者2人が倒されたと?」


皇帝の質問に研究者は答えた。

「私は洞窟内で作業中に爆発に巻き込まれて気を失っていたのです。

 その為に何が起こったかよく分からないのですが、私が意識を取り戻して洞窟を抜け出した時には既にアジトは海賊の様な者たちに制圧されていました。

 一部の生存者は捕えられていましたが、そこに護衛の2人は見ていません。

 逃げ出せたのは私一人だけでしたのでおそらく死んだのだと...」


「そうか。

 ところでお前のところにルクトヴァニアからの使者がいたはずだが、あれはどうなった?」


 皇帝のその質問に研究者は答えるべきか戸惑っていた。


「どうした? 皇帝はあのヴァンパイアはどうしたか聞いている」

 そうヴァシリーに促され、研究者は気まずそうに口を開いた。

「あの者がどうなったかについても私は見ていません。

 しかし恐れながら皇帝陛下、私はあの男がルクトヴァニアのヴァンパイア族からの使者と聞いておりましたが、侵入した女があの男に『レッサーデーモン』だと。」

 研究者のその言葉を聞いて、皇帝は鋭い目で研究者を見た。

「お前はそのことを誰かに話したか?」


「はぁ、研究者仲間数人には...」


「分かったもう良い下がれ」

 そう皇帝が言うと、研究者は一礼して退出していった。



「ヴァシリー分かっているな。」


「はっ、あの者は敵国に間者であった...ということで始末いたしましょう。」


「わかっているならよい。

 ところで、あの装置をみられた上にデーモンとの繋がりまで...これが公になる前に進軍を開始しろ。

 公になれば我が帝国が人類の敵とみなされるのだぞ。」

 

「はっ、すでに南方の第一陣は東のはずれの海峡を超えました。

 あと10日ほどで王国領に到達予定です。」


 報告が終わると作戦参謀ヴァシリーは、執務室を後にした。

 廊下を歩くヴァシリーの後ろに、黒衣の男が現れた。

「ヴァシリー様、あの島から逃げてきた研究者の男ですが、どうやらあとをつけられていたようです。

 別の者にその間者を追わせています。」


「生かして捕える必要は無い、絶対に生きて帰すな。」


「はっ、かしこまりました。」

 黒衣の男は、そう言って姿を消した。


ーーーーーーーーーーーーーー

 

 青みがかった長い髪をたなびかせて美しく若い女が森を走っていた。

 彼女の後には蝙蝠の羽をつけたヴァンパイアの男たちが上空を飛びながら追いかけてきた。

 彼女の足は常人と比べてかなり速かったが、空を飛ぶヴァンパイアにはかなわず、まもなく追いつかれようとしていた。


 彼女が森を出ると行き止まりの崖に追い詰められ、崖下には海が広がっていた。


 ヴァンパイアたちは女を追い詰めたことに安心して地上に降りると、その金色の目を輝かせ、鋭く長く伸びた爪をたてて女を取り囲んだ。


 崖に追い詰められた女は、一歩一歩後退りしていく、そして追い詰められた末に女は足を踏み外して崖から転落した。


ーーーザバァン!!


 崖から落ちた女はそのまま海に沈みんだまま浮かび上がることは無かった。


 それから数十分ヴァンパイアたちはその上空を飛び回って浮かび上がってくるのを待ったが現れず、死んだことを確信して引き上げていった。

 ちょうどその頃、崖から遥か沖で下半身が魚の鰭を持った人魚が海面から顔を出した。


「危なかったわぁ……早く報告しないと!」

 そう呟いて、魔王国の諜報員として帝国に潜入していた人魚ウェヌスは、再び泳ぎ始めた。



ーーーーーーーーーーーーーー


 

 海賊船エスメラルダ二世号は、人魚の里の沖に停泊し、ラヴィーネらは上陸艇で人魚の里に赴いた。

 里はいまだに襲撃の跡を残しており、建物の一部の焼け跡から煙が燻っていた。


 ラヴィーネらが上陸すると、そこには女王が待っていたがその目は疲れ切っていた。


 女王にラヴィーネが深く頭を下げる。

「申し訳ありません女王陛下、魔王国がこの里を庇護することを申し出ながらこの失態、心からお詫びします。」


「頭を上げてください。

 この里が狙われたことは魔王国には関係ありません。

 我々人魚の命が目的だったのでしょう。」


「それでも...」

 ラヴィーネが頭を下げ続けていると海面が急に泡だった。

 そしてそこから白く巨大な竜が現れた。

 その竜に女王他人魚たちが一斉に頭を下げた。

「よくぞおいで下さいました神竜ティアマト様、人魚の代表として歓迎いたします。」


『うむ、顔を上げなさい』

 ティアマトのその声は、音でなく精神に直接伝えられたが、それを聞き取ることが出来たのは女王とラヴィーネのみであった。


 そのことに気づきティアマトはラヴィーネの方を向いた。

『お主には我の声が届いているようね。

 我が友フリューのつがいか?』

 ティアマトの表情は変わらないが、その声は何故か楽しげであった。


 ラヴィーネは頭を下げて言った。

「神竜様、私は魔王国の宰相をつとめるラヴィーネと申します。

 この度は私たちの失態で多くの神竜様の眷属が犠牲になりましたこと、深くお詫び致します。」


『頭をあげなさい、我が友フリューの番なら、我の友も同じ、それに神竜とは人魚たちが勝手に呼んでいるだけ、我のことはティアマトと呼ぶが良い。

 それに、我も海峡への侵入者に気を取られて守りを疎かにした、人魚の女王よ申し訳なかった。』

 そう言ってティアマトはその巨大な頭を下げた。


 ティアマトの態度に女王は慌てた。

「いえティアマト様、頭をおあげください!」


『ははは、確かにお互い頭を下げていては話も出来ぬな。

 では我が前向きな話をすることにしよう。

 捉えられた人魚たちのことだが、器は失われているが魂は亡くなってはおらぬ。

 昨日、この近くの島にて2つの魂が解放された。』

 ティアマトがそう言うと、海面が光り輝きながら泡たち、そこに三匹の稚魚が生まれた。

 

『このとおり解放された魂は、我の力で復活ができる。

 おっと、そういえば先日遠方の地でもう一つ魂が解放されていたのだった。』


 ラヴィーネは、2つの魂の解放について心当たりがあり、ティアマトの話について横にいたアイリスに説明した。

 説明を聞いたアイリスが昨日のことを振り返った。

「……確かに、言われてみれば私が倒したフードを被った者たちから精霊の気配を感じていました。」


 アイリスの説明でラヴィーネは確信した。

「ティアマト様、昨日ここにいるアイリスが精霊の力を持った者2人と戦い殺しています。

 考えられることは人魚の精霊核を人に融合させて力を与えていると思われます。」


 その話を聞いてティアマトの顔が曇った。

『人とはなんて愚かなのだろうか。

 そんな力を授けられて器が耐えられる訳が無かろうに...いずれ自己崩壊をするだろう。

 しかし、我の分体がそのような事に使われるのは許せんな。』


「もちろん、私もそう思います。

 精霊核を用いて兵器を作るなど、我々エルフも他人事ではありません。

 この件については私たちが対象します。」

 ラヴィーネはそうティアマトに決意を告げた。

 


 

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