第103話 帝国の密偵

 カラムの街の宿屋『天使の栖』は最上階の客室ではツインのベッドの一つが意気投合したイブリンとララムが抱き合って眠っていた。

 もう一つのベッドには、酔っ払ったエレナは幸せそうに寝ていた。


 宿屋の隣にある建物の屋根の上に黒い服を着た少年が立っていて、イブリンたちを見つめていた。

「僕は偵察が任務だけど、こんな無防備ならやっちゃっていいよね?

 アインは褒めてくれるかな?」

 少年は独り言を言って、持っていた短弓を構えた。


「止めないけど、そんなおもちゃじゃ殺せないよ?」

 少年は背後から突然声をかけられた。

 少年が驚いて振り向くと気配を決していたフリューが立っていた。


 少年は慌てて距離を取った。

「なんで僕が分かった?」


「君は僕が背後にいることに気が付かなかったのだから、君の力は僕以下だったってことさ」

 

を得た斥候スカウトである僕が気付かれる訳がないだろ」

 少年はそう言うと、短弓を捨てて腰の短剣を抜いて飛び上がると、上空からフリューに切り掛かった。


 バキッ!

 フリューはバックステップで飛び退いてかわすと、フリューの元立っていた屋根が大きく粉砕した。

 さらにその破壊され飛び散った破片の中から少年が飛び出してくる。


 キンッ

 フリューは素早く腰の聖剣を抜いて少年の攻撃を捌いた。

「ちょっと、人様の屋根を壊すなよ!」


 フリューは、慌てて屋根から飛び降り寝静まって誰もいない通りに降り立ったところ、さらにそこに少年が切り掛かってきた。


 キンッ キンッ

 フリューは少年の攻撃を的確に捌いていった。

「確かに速さも破壊力も僕より上だとは認めるけど、勇者って言うほど?」

 フリューは少年を挑発して、広場まで誘い出した。

(ここでも聖剣の力を解放するには狭いんだよね... そうだ、アイリスに習った技を試してみるか)


 フリューが中央の噴水の上にあるウルの銅像を盾にすると、少年は飛び上がり銅像ごと噴水を破壊する。

 破壊された噴水は派手に水飛沫をあげて倒壊し、少年がずぶ濡れとなったとき初めてフリューが動いた。


 フリューは少年にライトブリンガーを向けると、雷光を放った。

 ーーーバリバリ!ーーー

 少年は濡れた体が電撃に撃たれその場で沈黙した。


「さて、殺しちゃっても構わないけど...」

 フリューは少年を担いでララムの宿屋に連れて帰った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、少年が目覚めると床の上で縛り上げられていた。

(こんなもの!)

 少年は体内の気を集中して縄を引きちぎろうとしたが、縄は切れなかった。


「無駄よ? その縄は簡単には切れないわ」

 少年の背後から女性が声をかけた。

 少年は周りを見回すと、周りには昨日の男と今声をかけた長いプラチナブロンドの大人の女性、そして自分たちと同じくらいの歳の小さなツノが生えた金髪の少女がいた。


「あなたは誰?」

 少女がしゃがんで少年の目を覗き込むと、その目が金色に輝き出した。


「聖女エレナ、英雄フリューのことは知っているのね?

 でも私が誰か分からないなんて失礼じゃない?」

 少年は心を見透かされたことに驚いて固く目を閉じた。


「もう遅いわ。」

 少女はそう言って立ち上がり、テーブルの椅子に座った。


「この子は誰なの?」

 エレナの問にイブリンが答えた。

「帝国の間者らしいわ。

 気になるのは彼の生い立ち。」


「どういうこと?」


「数週間前より以前の記憶が無いのよ。

 この子が知ってることは、命令でフリューたちの動向を探っていたことと、自分が勇者だと思い込んでいること。」


 そのイブリンの言葉に沈黙を続けていた少年が急に叫んだ。

「思い込みなんかじゃ無い、僕は勇者だ!」


 イブリンは哀れみの目を少年に向けた。

「勇者くん、あなたを『アハトゥ』って呼んだ方がいいかしら?

 あなたはこれから私の兵に帝国まで送らせるわ。

 途中その縄は解かないけど、暴れないでね。

 聖女エレナの封印がかかっているから、その縄は勇者でも切れないわよ。

 私は魔王イブリン、約束は守るわ。」

 イブリンがそう言うと少年は大人しくなった。

 

 少年はその後、イブリンの言葉どおり護衛隊長らに連れて行かれた。


 少年が連れて行かれたあと僕はイブリンに聞いた。

「イブリンには何が見えたの?」

 

 イブリンは僕の質問に悲しそうに言った。

「あの少年が消された記憶を見たわ。

 あの子は人工的に調整された戦闘員、帝国では人工勇者と呼んでいたわ。

 でも彼、アハトゥは調整がうまくいかなかった失敗作。

 昨夜の戦闘で力を使い果たしてまもなく死ぬわ。

 帰れるって安心していたようだけど、私が言った約束って……嘘なのにね。」


「それであんな事を...」

 イブリンは悪くない、でも僕にはイブリンにかける言葉はなく黙ってイブリンの頭を撫でた。


「私は大丈夫よ」

 イブリンは僕を見上げて微笑んだ。

 

 それまで考えにふけっていたエレナが言った。

「人工勇者、確かに彼の中に勇者の力の源である精霊の気配を感じたわ。

 でも普通の人間が簡単に得られるものじゃ無い。

 後天的に人に精霊の因子を作り出す技術、そんなのは聞いたことがないわ。」

 エレナの意見にイブリンが言った。

「彼の記憶の中には、人工勇者を作る技術に関する情報は無かったわ。

 でも、彼には何人かの仲間がいて、そのうちの2人が魔王国の東の方に派遣されていたらしいの」

「魔王国の東?」

「そう、東の半島付近で帝国に動きがあるって報告が入っていたわ。

 それが関係あるのかしら?」


 魔王国の東方か...

「それならアイリスとラヴィーネが東に向かっているからとりあえず二人に任せておこう。

 二人なら大丈夫じゃないかな?」


 僕の言葉にエレナが反応した。

「なんでフリューが二人の居場所がわかるのよ?」


「ははは、それか...」

 僕が迂闊に話したことでエレナには言いにくかったことを追求されてしまった。


「実は、ラヴィーネは僕の精霊の剣だった関係で、以前から離れていても居場所を感じることができたんだ。

 最近、この聖剣を渡されてから、聖剣を通じてアイリスも同じように感じられるようになった。

 何故か二人の居場所がいつも感じられるんだよ。」

 僕に発言にエレナとイブリンは怪しんだ目で見てきた。

「それを二人は知ってるの?」

「いやなんか言いにくくて... まだ言っていない」


「……変態ね」

 イブリンから辛辣な言葉を浴びせられたが、エレナの反応は違った。


「ずるいわ...」

 僕はその言葉にどう返せば良いか分からなかった。

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