第102話 出航

 一夜明け、ラヴィーネは窓から吹き込む潮の香りとカモメの声で覚めた。

 そこはツインのベッドルーム。

 部屋には服が脱ぎ散らかされており、ほぼ裸でシーツに包まっていた。


 そして何より、赤毛の女に抱きつかれて動けないでいた。

 これがフリューだったら甘い雰囲気にもなるが……

「おい! 起きなさいアイリス!


 アイリスは気持ちよさそうに寝ていた。

 こんな姿は10年以上の付き合いで初めて見た光景だった。

 色々この子も溜め込んでたんでしょうけど…


「ほら起きなさいアイリス!」


「は…ここはどこ?」

 アイリスは薄目を開けて周りを確認した。

 なぜかほぼ裸でラヴィーネのベッドに潜り込んでいたことに気がついた。


「はぁ?! 私、昨日何かしました?」


「何も無いわよ。

 でもあんた知らない男と飲みに行くんじゃ無いわよ。

 ほら服を着て、朝食に行きましょ?

 あの女主人の料理なら期待できるわ」


 ラヴィーネは服を着るとさっさと下に降りて行った。

 アイリスは、昨晩のことが記憶になくベッドの上で呆然としていた。


 その後、アイリスとラヴィーネが食堂で朝食をとっていると、昨晩の守衛隊長が入ってきた。

「ちょうど良かったです。」


「何かあったの?」

 ラヴィーネが聞くと隊長は報告した。

「あの盗賊を取り調べたところ、妙な話を聞きまして報告に来たのです。

 実は、奴らは組織に雇われて人攫いをしていたそうで、別に大規模な組織があるらしいんです。」


「それで妙というのは?」


「それがこの先の半島にある人魚の隠れ里がありまして、その情報を得てかなりの数の人魚を攫ったとかで。」


「なんですって? 人魚の街はセイレーンたちが守っているはずよ。」


「それが、リドニア帝国の艦隊がタンジェ海峡を南下しようした動きがあり、その対応にセイレーンが出払った時を狙ったらしいのです。」


「帝国による陽動作戦? 帝国が盗賊と連携して人魚の里を襲ったってこと?

 せっかく人魚の里を魔王国の庇護下に置いたのに面目丸潰れね。

 その人魚の販路は分かっているの?」


「それが...どうやらリドニア帝国らしいんですが、詳しいことは分からないそうで。」


 ラヴィーネの元に入っていた東方の異変という情報は、帝国が艦隊に動きがあったという帝国内に潜ませた間者からの情報と、帝国の間者が魔王国東部の半島に上陸しているらしいという未確認の情報だった。


「組織の拠点は掴めているの?」


 ラヴィーネの質問に、守衛隊長は用意してきた地図を取り出した。

「組織はこの辺の群島のどれかの島を縄張りにした海賊で、捕らえた奴らは船で運ばれただけで、どの島かは分からないらしいんです。

 あいつらアイリス様にぶるっちまってるんで、嘘はないと思いますよ。」


 守衛隊長にアイリスが言った。

「陸路で行けないとなると厄介だな。

 この辺を知り尽くしている船乗りはいない?」

「この港町には軍船なんか居ませんよ。」

「軍船などいらない、漁師でもいいんだ。」

「海賊退治に案内してくれる漁師などいませんし、ましてこの辺りは海賊が出没するので地元の漁師も近づかない場所です。」


 アイリスらが船の調達に悩んでいると、食堂の奥のテーブルにいた女が、声をかけてきた。


「ちょっと話が聞こえてきたんだけど、今海賊が人魚を攫ったって言ったかい?」


 守衛隊長は素直に謝った。

「食事中に大声を出して悪かった。

 こちらの話だ気にしないで食事を続けてくれ」

 その女は守衛隊長が謝るのを静止して話を続けた。


「いや、食事なんてどうでもいいのよ。

 私も人魚には縁があってね、それが攫われたと聞いたら黙ってられないの。

 その海賊の始末は私、女海賊キャプテン・アリタリアがつけるわ。」

 その啖呵に、一緒にいた中年の男は頭を抱えていた。


「キャプテン・アリタリアだと?」

 守衛隊長は腰の剣に手をかけ、宿屋の食堂に沈黙が走った。


 ラヴィーネが守衛隊長を制して前に出た。

「あなたがアリタリア? あなたの噂は聞いているわよ。」

 

「どんな噂かしら? 私も結構有名人らしいから聞きたいわ。」


「フリューを狙う泥棒猫...アイリス、こいつは私たちのライバルてきよ!」


「はあ? まさかアイリスって勇者アイリス? じゃああなたは...もしかして賢者ラヴィーネ?」


「どうやら知っているようね」


「マーカス、手を離しなさい。

 あなたのかなう相手じゃないわ。」

 アリタリアに指示されマーカス副長は、懐に入れたマスケット銃から手を離した。


 アリタリアはため息をついた。

「なんだか気が抜けたわ。

 私のライバルてき達が泥酔して夜通し飲んでるなんて。

 私たちは商談でこの街に来て昨晩もここで飲んでたのよ。」


 アイリスが相手が誰かは分からなかったが、失態を見られたことに赤面した。


 ラヴィーネからアリタリアに提案した。

「アリタリア、あなたの事はフリューたちから聞いています。

 緊急事態だから率直に言うわよ。

 魔王国として正式にあなたを雇いたい、人魚たちの奪還に手を貸して欲しいの。」


 ラヴィーネの提案にアリタリアは少し考えた。

「私たちだけでも海賊は潰せるわ。

 でもすでに帝国の手に渡ってしまっていては手が出ない。

 あなた方は帝国とことを構えてまで人魚たちの奪還を望むの?」

 アリタリアから逆に質問を受けて、ラヴィーネは即答した。


「当たり前じゃない。 すでに人魚の里は魔王国領、魔王国の国民が攫われたのなら国をあげて奪還するまでよ。

 たとえ戦争となってもね。」


 ラヴィーネの答えにアリタリアは笑い出した。

「ハハハ! 気に入ったわ、宰相なんていうからどんな堅物かと思ったけど、さすがは私のライバルね! いいわ雇われてあげるわよ、共闘といきましょう」


 マーカス副長が右手を上げて窓の外にハンドサインを送ると、外で待機していた者たちの気配が消えた。

「よく訓練されてるな、無駄のない動きだ。」

 アイリスはそう言って、剣の柄から手を離した。



ーーーそれから1時間後ーーー


 ラヴィーネとアイリスは、沖に浮かぶ『エスメラルダ二世号』の甲板にいた。

 エスメラルダ二世号は新造の海賊船で、目に見える部分だけでも魔王国にある軍船を圧倒していた。


 アイリスは船を見て感想を呟いた。

「ずいぶんと海賊は儲かるのだなぁ……

 こんなのを魔王国の近海にのさばらせて良いのか?」

 その呟きを聞いてアリタリアが呆れた。

「なにこれから共闘するっていうのに物騒なこと言ってるのよ。

 賢者は意外と話がわかると思ったのに、勇者は堅物?」


「はは、冗談だ!」


「あんた真面目な顔で冗談はやめなさいよね。

 うちは義賊でやってるから真っ当な船は狙わないわ」


「知っている...というより思い出した。

 以前、海賊アリタリアの噂を聞いて、私自ら討伐に出ようとしてフリューに止められたんだった。ははは」


「それは冗談じゃ無いのよね?」

 アリタリアは、勇者の討伐対象になっていた事を知り冷や汗をかいたのだった。


 アイリスとアリタリアが話ていたところ、操舵席の横に立ってたラヴィーネから声がかかった。

「そこ! 何じゃれあってるのよ、こっちは急いでるのよ?」


「わかった今行く!」

 アリタリアが操舵席に行こうとした時、ラヴィーネが号令をかけた。

「さあ皆んな準備は良いわね。

 マーカス副長、全速前進よ!」


「アイマム、エスメラルダ二世号、全速前進!」

 マーカスのかけ声で船は出航した。


「ちょっと! マーカス?」

「すいません船長、勢いで思わず...」


「ーーーGaoth, seideadh !ーーー」

 ラヴィーネがワンドを掲げて呪文を唱えると、帆は満帆の風を受けた。


「いいわね最高! 私引退したら船長になろうかしら」

 ラヴィーネの笑顔はいつになく華やかだった。



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