第101話 港町モーリッツの夜

 アイリスとラヴィーネは、魔王国ファーレーンの東の港町モーリッツにたどり着き、引きずってきた盗賊たちを守衛に引き渡した。


 盗賊たちは追求をする前に自分から奴隷の販売経路などをペラペラと話した。


「やはり一人始末したのが良かったのではないですか?」

 アイリスが自慢げに言うと、ラヴィーネはため息をついた。

「それは認めるけど...

 あの慈悲深かった勇者アイリスはどこへ行ってしまったの?」


「もう勇者は引退しました」

 アイリスは微笑みながらそんな事を言った。


 モーリッツに着いた時にはもう日が落ちており、早々に宿屋に入るとそのまま宿屋の食堂に行った。


「こんな時間に申し訳無いわね、残り物でいいから出してくれる?」

 ラヴィーネの注文にトカゲ人の女店主が応じた。

「こんな田舎町に、人とエルフの組み合わせなん珍しい、あなたたちよく盗賊に襲われ無かったわね?」

 女店主の言葉にラヴィーネとアイリスは目を合わせて笑った。

「ハハハ、盗賊なら捕まえてさっき守衛に渡してきたところだ。」

 アイリスの言葉を女店主は冗談だと思い肩をすくめた。


 その時、宿屋のドアから突然トカゲ人の守衛が入ってきた。

 入ってきた守衛に女主人は聞いた。

「あんた今日は泊まりじゃなかったのなかい?

 ごめんなさいね、うちの旦那なの」


 紹介された守衛は慌てていた。

「違う! 俺が用事があるのはそちらの方々だ。

 先ほどは失礼しましたラヴィーネ宰相閣下と勇者アイリス様ですね?

 この街の守衛隊長をしているライデルです。

 部下から聞いた時には肝が冷えました。」


 ラヴィーネは落ち着いて言った。

「よろしくライデル隊長、これから私たちは食事の予定だけどなんの用事?」

 

「先ほどの盗賊の逮捕で懸賞金が支払われますが、この街にはあの数の懸賞金を支払える用意が無くて...」


「いらないわよ。

 この国の宰相である私が懸賞金を受け取るわけにはいかないでしょ?」


「いやいや、こんなところに国の重鎮が訪ねてくるなど初めてで、どうおもてなしをしていいのか?」


「あんたたち勇者様と宰相様だったの?」

 女主人は突然のことに驚いていたが、我にかえって困っている亭主に助け舟を出した。

「……じゃあ、私が最高の料理ととっておきのお酒でもてなすってのはどうだい?」


 ラヴィーネは女主人の提案に乗った。

「それはいいわね、お金ならいくらでも出すからいいお酒を出して頂戴!」

 

 

 女店主が言うとおり、出される料理は絶品だった。

 アイリスは揚げた魚に甘酸っぱいとろみがついた餡をかけた料理を気に入った。

「なんですこれは、こんな田舎街にこんな美味しい料理が眠っているとは思いませんでした。」


「魚料理に関しては港町に住む料理人には宮廷料理人だってかなわないわね。

 それより主人! このお酒はなんなの?

 森の香りがして口当たりも最高だわ。」


 女主人は笑顔で厨房から出てきた。

「そんな褒めてもらえると嬉しいわ。

 そのお酒は、トカゲ人に伝わる薬草酒よ。

 あなたたちの口に合うか心配だったけど

 ……そのペースなら心配いらないようね」


 2人の飲み会は絶品の魚料理をつまみに、くいくいと酒が進んだ。


 料理を堪能た頃には、ラヴィーネは目がすわりアイリスの目はとろんとしていた。


 アイリスは日ごろ言えないことをズバリ聞いた。

「結局、ラヴィーネとエレナはフリューと...どこまでいってるんです?」


「ずいぶんとはっきり聞いてきたわね……」

「だって知りたいじゃ無いですか?」


「そうね私の話をしましょうか。

 私たち長寿種は一生一人の相手と添い遂げるという考え方は無いの。

 もちろんフリューが生きている間に他の誰かと一緒になりたいとかは無いわよ。

 でも恋愛は自由でいいと思っている。

 フリューに他に誰かがいても私のことを愛してくれれば良いと思う。

 だからアイリス、私に気を遣って諦めることなんか無いのよ。」


 急に話を振られアイリスは慌てた。

「えっ、私は……、それにエレナだって」


「意外かと思うかもしれないけどエレナは私以上に達観しているわ。

 あのひとは、他の人、いや人以外の亜人を含めても他人とは違う感性を持っているのよ。

 フリューの浮気どころか、フリューが世界を滅ぼしても許すと思うわ。」


「なんですか? ちょっと怖いんですが。」


「そう彼女は怖い女。

 またフリューを裏切ることがあれば消されるわね。

 フリューはね、この10年かけて私とエレナが洗脳してきたの。

 彼自身の倫理観は高いからどんな美女に言い寄られても靡かないけど、私やエレナなど彼が愛する人を傷つける選択など出来ないわ。

 それはあなたも一緒よアイリス。」


「私が愛されてる?

 私は、あなたやエレナほどはフリューへの思いは深くありません。

 もちろん異性に中で一番好ましい男だとは思うけど、自分のものにしようとは……

 私は一度の過ちで絶望したから、フリューの横にあなたとエレナが居て、それをそばで見守れれば私は十分幸せだと思っています。」


「あなたもフリューに愛されている、それで十分よ。

 あなたならフリューを支える仲間になれるでしょ?

 私の人生の中でフリューといれるのは一瞬の出来事、でもあなたは違う。

 私にはそれが羨ましいわ」

 (多分エレナも私と同じ)

 ラヴィーネはその言葉は飲み込んだ。


「そういうものでしょうか?」


「そういうものよ。」


「私も諦めない、一人仲間外れは嫌だから。」

 アイリスは、ラヴィーネの言葉で気持ちが落ち着き、心のつかえがとれたようだった。


「ところで…」

 アイリスは、とろんとした目でラヴィーネに近づいた。

「何よ?」


「私は、フリューのことは好きだけど、ラヴィーネのことも大好きよ?」

 アイリスの発言にラヴィーネはたじろいた。


「ちょっとあんた酔ってるでしょ?」


「酔ってますよー、でもなんか気づいちゃったんです。

 私はフリューと二人になりたいんじゃなく、みんなと一緒に居たいんだなぁって。」


 アイリスの目が充血しているのを見て、ラヴィーネは身の危険を感じ、酔いがさめた。

(これ以上飲ませたら危険だわ。)


「主人、私たちはもう寝るわ! アイリス、ほら行くわよ!」

 ラヴィーネは無理やりアイリスを引きずった。


「ちょっとまだ話は終わってませんよ〜、まだ飲みましょうよ〜」 

 そうしてアイリスは、ラヴィーネに引きずられて行くのだった。

 

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