第100話 カラムの街の夜
僕らがカラムの街の大通りを抜けると、馬車は小さな宿屋についた。
この宿は僕らの友達の獣人の女の子ララムが経営する宿で、昔馴染みである僕とエレナはここに泊まり、護衛の騎士や御者は予めラミアが手配した別の大きな宿に泊まる予定だった。
宿屋を見上げると看板が掛けられていた。
ララムの宿の名前は『天使の栖』
(あれ? どこかで聞いて名前だ)
僕が馬車を降りると、イブリンも一緒に降りてきた。
護衛の騎兵隊長がイブリンに言った。
「この宿はフリュー様のご友人の宿で、今夜フリュー様とエレナ様がここに泊まられますが、イブリン様には街一番の宿をご用意しております。」
「いやよ、私はここに泊まります。
あなた達は街一番の宿に泊まればいいわ。」
騎兵隊長は困った。
「我々も警備の都合が……、いえ、この様な小さい宿は、急に泊まると言われても部屋がないかもしれませんし。」
「寝る部屋が無いならエレナに変わってもらうわ。」
「イブリン、私とフリューは一つの部屋に泊まるのよ?」
エレナの言葉にイブリンはふくれた。
「それでもいいわ。
私はフリューと同じベッドで寝るから!」
その発言に僕は慌てた。
「ちょっとそれは僕がラミアに怒られちゃうよ」
「もう私は決めたのよ、命令よ!諦めなさい」
イブリンは僕の意見を無視して、荷物を抱えて宿に入って行った。
「はぁ...
いいわ、私がイブリンと一緒に寝るわよ」
エレナはため息をついてイブリンの後を追った。
その状況を諦めた目で見ていた騎兵隊長が言った。
「申し訳ありません。
フリュー様、姫様をよろしくお願いします。
夜間も我々が外周を守りますので……」
「いや警護は大丈夫です。
隊長たちもゆっくり休んでください。
この宿は信頼できる友人がやっている宿ですし、僕とエレナがいれば対処できますよ。」
僕がそう言うと、騎兵隊長は申し訳無さそうに頭を下げながら自分たちが泊まる宿に向かった。
カランカラン
僕が宿の入り口ドアを開けると、出迎える声が聞こえた。
「いらっしゃいフリューさん! 会いたかったわ」
長いクリーム色の髪に羊のつのを生やした獣人の女性が走ってきて、しなだれかかってきた。
ララムは、僕り少し下だから20代半ばくらい、獣人族の成長は人とは少し違うけど、美しい大人の女性に育っていた。
「久しぶりララム、ずいぶん大人っぽくなって綺麗になったのは驚いたけど...
ちょっと性格変わった?」
「えーダメでしたか? グリンダさん直伝なのですが!」
僕は天使の栖を思い出した。
「ゴモラの街にある宿屋の主人のグリンダ?」
「そうです! 実はこの宿はグリンダさんの宿の2号店なんです。」
「もしかして……ここって娼館?」
(知らなかったとは言え、イブリンを娼館に泊めるのはマズい……)
「いいえ、酒場はやってますが、娼館のお仕事はやってませんよ。」
僕はララムの言葉にほっとした。
「この宿は経営をグリンダさんに習って、ゴモラの顔役のミゲーレさんに出資してもらいました。
だからオーナーはミゲーレさんですね。」
「ミゲーレってあの?」
娼館では無いとはいえ、僕はギャングがやっている宿にイブリンを連れてきてしまったようだ。
「ちょっとフリュー! 早くきなさい」
1階に併設された酒場のテーブルからイブリンの呼ぶ声が聞こえた。
「さあ二人がお待ちです、行きましょ」
ララムに促されて僕は酒場に入った。
「何してたの? 私お腹ぺこぺこよ」
イブリンの前にはジョッキが置かれていた。
「まさか...お酒?」
同じテーブルの席のついたララムが説明した。
「この店特製のはちみつエールです。
アルコールは入ってないから安心してください。」
「私はもうお酒飲めるわ」
「そうはいかないのよ、あなたに飲ませたと知れたら、私とフリューがラミアに大目玉をくらうわ。」
そういうエレナは、すでにジョッキに入った本物のエール酒を煽っていた。
僕は感覚が鈍るのが嫌で、お酒は少ししか飲まないが、ラヴィーネはお酒を飲むと陽気になり、エレナは底なしと言って良いほど酒に強いが酔うと絡む癖がある。
そしてアイリスはどうだったろう? アイリスは公の場では飲んでいるのを見たけど、酔ったところは記憶にないな。
「エレナ...お酒はほどほどにね?」
僕の忠告もエレナはなんのことか分からないように首を傾げていた。
料理が用意された後、ララムが立ち上がった。
「皆さん! ようこそ私の宿に来てくれました。
フリューさんたちが来ることがあれば、おもてなしするようオーナーのミゲーレ様から言われています。
ここのお代はミゲーレ様のおごりなので今日は私もご馳走になっちゃいます。
じゃあ一緒にご唱和お願いしますね。
カンパーイ!!」
「「カンパーイ!」」
僕らの楽しい食事が始まった。
「ちょっとお店大丈夫なの?」
エレナの心配にララムが食べながら答えた。
「大丈夫です、最近グリンダさんから従業員の方を派遣してもらいましたから。
実は私もリンちゃんの結婚式お呼ばれしているんです。
ローゼンブルクまで遠いので迷っていたらグリンダさんが気を遣ってくれました。」
その話を聞いてエレナと僕が顔を見合わせた。
「良かったら私たちと一緒に王都に行かない?
私たちも結婚式に呼ばれているのよ」
その提案にララムは躊躇した。
「でもフリューさんたち魔王国の国賓扱いですよね? 私なんかが一緒に行って良いんですか?」
「いいんじゃない? 私が許すわ」
黙々と食事をしていたイブリンがそう言った。
「私が許すって...失礼ですがどちら様で?」
他の客に聞こえないよう、戸惑っているララムにエレナが耳打ちした。
「イブリンは、こう見えて魔王様よ」
「ええ!!」
ララムは驚いて席を立った。
「構わないから座りなさい、あとエレナ、こう見えてって聞こえたわ…」
イブリンは食事を止めてララムに向き合った。
「ララムよね? 私はイブリンよろしくね。
ララムはフリューたちの友達でしょ?
ここでは私も友達として接して欲しいの。
私はそれが居心地が良いから。」
イブリンはそう言ってにっこり笑った。
「それよりララム! ここの料理はめちゃくちゃ美味しいのね。
特にこの甘く煮た骨付き肉、口に入れると溶けるように無くなるの!」
興奮したイブリンにララムが説明する。
「それはですね、ビックボアの肉をまる1日かけて煮込んだものです。
ビックボアは、昔フリューさんが難民キャンプに差し入れてくれてたので、その頃に美味しく食べるレシピをたくさん考えたんですよ」
少し変わったかなと思っていたララムがあの頃と変わらないことに安心した。
イブリンは食への興味が旺盛で、料理の研究に余念がないララムとの会話が弾んだ。
2人を見ていてふと気がついた。
「イブリンとララムってなんか姉妹みたいだね。
だって髪の色も金とクリーム色って少し似てるし、その巻いたつのの感じも少し似てるでしょ?」
僕の発言にララムが慌てた。
「ちょっとフリューさん、獣人族の私なんかが魔王...イブリン様と似てるなんて失礼ですよ!」
そんなララムをイブリンは笑った。
「ははははっ、全然失礼じゃ無いわ。
ララムは私から見ても美人よ。
ララムは羊人族でも、人の血が混じってるでしょ?」
「私は生まれてから孤児だったので両親の事は……」
「そうなの? 私もお父様とお母様がいないし、私もハーフだし、美味しいもの好きだし、
あとフリューに助けてもらった。
これだけ似てるのよ、全然失礼じゃないでしょ?」
「あと...」
イブリンはララムに耳打ちして、二人してくすくす笑っていた。
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