第99話 勇者と賢者

 アイリスはラミア将軍に報告の後、許しを得てイブリン捜の追跡に旅立ったのだが、出発前にラミアからは別件の依頼があった。


『お嬢様は、フリューとエレナが一緒なので焦る必要はありません。

 フリューたちは、まっすぐ王国への街道を向かっていますが、アイリスは東部の街道を経由して向かって欲しいのです。

 何やら帝国に不穏な動きがあると報告があったので調査をお願いします。』


 今までこのような調査はフリューたちが担当し、勇者として名が売れているアイリスはイブリンの警護で留守番が常であった。

 その為、アイリスは久々の旅に気分が盛り上がっていた。


「一人旅も久々で良いもんだ」

 アイリスが馬上で空を見上げながら独り言を言うと、後ろから近づいてきた者に声をかけられた。


「悪いわね一人旅を邪魔して。」

 振り返ると馬に乗ったラヴィーネがついてきた。

「おやおや、休暇中の賢者様じゃないですか?」

「そうよ。

 休暇中元勇者と同じ方向に向かっているのよ。」


「ラヴィーネは何で、フリューを追いかけないのですか?」

 アイリスがそのまま疑問を口にすると、ラヴィーネは苦笑いした。

「あんたと一緒よ。

 東方に気がかりな噂があるから、ついでに様子を見に行くの。」


 その言葉にアイリスは驚いた。

「ラヴィーネは私が思ってたより仕事熱心ですね。」

「それは皮肉? 真面目が取り柄の元勇者様」

「いやいや感心したんですよ。

 あなたもフリューが一番だと思っていましたから。」


 その言葉にラヴィーネは笑った。

「ふふふ、それは大人の余裕ってものよ。

 もう10年以上一緒にいるけど、私とフリューの精神的な近さは、エレナより上よ

 それよりもアイリスは、ガツガツしないのね? フリュー争奪戦から降りたのかしら?」


 アイリスは少し寂しそうに微笑んだ。

「それは私は過去のことがありますから……」


「ばかばかしい、人間ってどうしてそうなのかしら?

 長寿種の私には理解できないけど、短い命のあなたが過去に後悔してる暇など無いはずよ。

 だいたいフリューはそんなこと気にしてないのは分かるでしょ?」

 ラヴィーネの手厳しい苦言に、アイリスは微笑んだ。

「やはり意外です! ラヴィーネって私が思ったてたより優しいのですね。

 敵に塩を送るなんて」


「ああ...そういうことになるわね。

 今のは失言だったわ、アイリスはウジウジずっと悩んでていいわよ。」


「ふふふ、そうはいきません! 

 みんなが私とラヴィーネとエレナとの関係をなんて呼んでるか知ってます?」

 

「私たちの関係?」


「誰が言ったのか『正妻戦争』ですって」


「はぁ? 正妻戦争?!」

 ラヴィーネが呆気に取られるのを見てアイリスは笑ってしまった。

「はははは、ほんとラヴィーネって面白い!

 今まで女二人で旅したことなんて無かったですよね。 楽しみです。」



 こうしてアイリスとラヴィーネが談笑しながら街道を進んでいくと、人気の無い森に差し掛かったところで、盗賊の集団に囲まれた。

 人族の男たちは、弓矢などを構えて行く手を塞いだ。


「そこの女、そこで馬を止めろ! 大人しく言うことを聞けば命は助けてやる」


 男たちはいやらしい目を向けて包囲を狭めていった。

「お頭、上物ですぜ! こりゃあ高く売れますよ」

「ちょっと、売っぱらう前に味見させてくれませんか?」

「わざわざ魔王国まできたかいがありました」


 ラヴィーネはアイリスに小声で耳打ちをした。

「近頃、妖精族を狙った人攫いが出たって聞いていたけど、まさか人の盗賊だったとはね。

 販売経路が分からなかったんでちょうど良かったわ。」

「えっ、こんなのが東の異変?ですか」

「違うわ、こんな小物の為にあなたに声がかかるわけ無いでしょ?」

「ですよね、びっくりしました。」


 二人が無視をして会話を続けるので盗賊は慌てた。

「おい無視するな! そこで馬を降りろ!」


 盗賊にアイリスが怒鳴った。

「うるさい! 今話しているところだ。」


「そういえばアイリス、なんで私に対してだけ敬語なの?」


「それはラヴィーネはやはりとてつもなく年長者ですから、騎士団で訓練してた時に上下関係をきっちり躾けられました。

 私的序列で言うと、イブリン様とラヴィーネは敬語、その他は普通に話します。」


「なんかちょっと引っかかるわ?

 あんたアーサーにも普通に話して無かった?」


「彼は尊敬に値しません」


「いい加減にしろ!」

 無視に憤慨して、盗賊の1人がアイリスに矢を放った。


パシッ

 盗賊が放った矢をアイリスが素手で受け止めた。

「だから今話しているところだと言っただろ!」

 アイリスは怒鳴ると、腰の剣を一瞬で引き抜いて斬撃を飛ばし、矢を射った男を切り捨てた。

 その一瞬の出来事で、他の盗賊が凍りついた。


 ラヴィーネは額にシワを寄せてアイリスに言った。

「アイリス、簡単に殺してはダメ、今私、攫われた妖精族の販売経路が知りたいって言わなかった...?」

 ラヴィーネの言葉にアイリスの顔は引き攣った。


 二人が話している間、盗賊たちは一歩ずつ逃げようと後退りをはじめた。

 これから一斉に逃げようとした時に、盗賊たちは異変に気づいた。

 足元が凍りついていたのだ。


「アイリス、今から盗賊達を縛って次の街に連れて行きます。」

 ラヴィーネはそう言うと、アイリスは馬にかけたバッグからロープを取り出し、手際よく数珠繋ぎに盗賊を縛っていった。


 アイリスは、盗賊を小走りに走らせると、後ろの馬上から新兵教育で培った檄を飛ばす。


「貴様ら、もし脱落する者があれば、その腕ごと切り落とす。

 死んだらその死体と同様、お前らに担いで運ばせるから覚悟しなさい!」


そこから盗賊たちの死の行軍が始まった。



ーーーーーーーーーーーーーー


 僕とイブリンらは最初の宿泊地として国境に近いカラムという街に入った。

 ここは元々、ローゼンブルク王国から移民してきた獣人による開拓村であったが、ここ10年で魔王国と王国との貿易拠点として発展し、人と獣人とがともに賑わう街へと発展していた。

 またこの街は、僕らの友人ララムが暮らす街である。


 魔王の馬車は、街の大通りを進むと街の中心の広場の噴水があり、そこに獣人の像が建てられていた。


 イブリンは馬車の窓から首を出して言った。

「これって……ウルよね?」

 イブリンの質問に僕が答える。

「そう、ウルはこの街の出身でこの街の英雄なんだよ。」

「へぇー、私英雄に悪いことお願いしちゃった。」

 そういえば、イブリンはウルを身代わりに置いてきたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る