第98話 人工勇者
北部地方の盟主であるリドニア帝国は、広い土地と潤沢な鉱物資源に恵まれているが、その一方で日照時間が少ない不毛のせいで農作物は育たず、絶えず貧困に喘いでいた。
先代皇帝が鉱物資源を売って食料の輸入を増やした為に、一時的に国民の生活環境が改善したが、今から10年ほど前に大きな鉱山が枯渇したことにより、再び食料の輸入が困難になった。
今代の皇帝ドミトリー2世は、南方侵略に活路を求めたが、南方につながるタンジェ海峡において主力艦隊の多くを海竜リヴァイアサンに沈められ撤退した。
その後は、武力を強化して周辺諸国に対して軍事的圧力をかけ、国防を肩代わりする名目で食糧を獲得する政策を進めるも、それも限界に近づいてきていた。
リドニア帝国官邸会議室にて、皇帝ドミトリー2世が閣僚を集めて会議を行っていた。
「作戦部から報告致します。
10年前の敗退の後、いまだに海竜リヴァイアサンが活発に活動しておりタンジェ海峡の攻略の目処は立っていません。
同海峡に位置する土地は深い森と耕作に適した土地が無いことから侵攻の対象としませんでしたが、それが裏目に出て魔王国ファーレーンの勢力圏となってしまいました。」
話を聞いていたドミトリー2世がイラついて言った。
「そんな歴史の教科書にもあるような事実を余に説明したいのか?」
帝国の若き作戦参謀ヴァシリーは、落ち着いて言った。
「いえ、話の本題はここからになります。
魔王国自体は山々が多く、農作物の栽培に適した肥沃な土地を持ちませんが、その地理的な関係で北方諸国を封じる防波堤となっております。
よって、帝国が安定した作物を育てられる植民地を手にするには魔王国を落とす必要があります。」
「ヴァシリー、大きく出たな。
魔王国は今一番成長著しい国、引退したとの噂もあるが勇者アイリスを要する武力は軽視できないぞ。」
「さすが皇帝陛下よく情勢をご存知で。
しかしそこはいくつかの対抗策を用意しております。
一つは南部の外れにある青龍連邦との秘密同盟の締結を取り付けました。
彼の国は、竜を神と崇める国家で飛竜により精強な空軍を要していますが、過去に暴竜を、先日も邪竜を討伐した事に対して、魔王国に敵意を感じており、対魔王国との紛争があれば参戦することを約束させました。」
「ほお、いくつかというなら他にもあるのだろ?」
「はい、戦力強化としてかねてから研究していた兵力の実戦投入にこぎつけました。
それについては、開発責任者のアンドリュー所長に説明させます。」
作戦参謀ヴァシリーに促され、開発責任者のアンドリューが説明した。
「ヴァンパイアの国ルクトヴァニアから技術支援を受け、共同の研究により『人工勇者』の量産のめどがたちました。
今は、魔獣を狩って試作体の実戦データを集めている段階ですが、データ上では魔王国にいる勇者アイリスの3分の2程度の能力は出せています。
現在は10体の試作体が完成しましたが、いずれ量産化に成功すれば、魔王国の勇者にも対抗出来るでしょう。」
その説明にヴァシリーは付け加えた。
「ただ今、開発責任者は控えめに説明しましたが、今活動できる人工勇者で十分に勇者を倒すことは可能です。
しかし、その試作体がいまだ調整中であり、継続しての戦い続けることが難しいというのが実情です。」
「つまりそれは使い捨てということか?」
その皇帝の疑問にヴァシリーが答えた。
「そのとおりです。
ですので実戦投入には場所とタイミングが重要、ということになります。」
「なるほどな分かった、さて対応策というのは以上か?」
「いいえ最後に、これは皇帝陛下にご決断をお願いすることになりますが...
植民地支配の方法についてですが、水面下でルクトヴァニアと交渉した結果、生産物の権利は我が帝国が得る代わり、植民地の人の支配はルクトヴァニアが行うと。
皇帝陛下にご了承をいただければ、そのような方針で進めさせていただきます。」
そのヴァシリーの説明に皇帝も躊躇した。
(つまり、ヴァンパイアと共に支配地域を拡大させ、帝国が食料を得る代わりに人をヴァンパイアに差し出せと)
「その選択は、人類全てを敵に回す行為だぞ。
それを分かって言っているのか?」
ヴァシリーは平然と答えた。
「当然理解しております。
しかしながら皇帝陛下、我が帝国の民を飢えさせない為には仕方がないことかと」
「わかっている、だから迷っているのだ……」
皇帝はしばらく考えてから答えを出した。
「いいだろう、計画を進めろ。
とりあえず当面を生き残る食料を確保して、侵略の拡大するかはその後だ。」
その答えにヴァシリーは満足げだった。
「ご決断、まさに皇帝にふさわしいものと感服いたしました。
最初に植民地として、ローゼンブルク王国の北東に同国の飛び地があります。
最初の侵略はそこがよろしいかと。」
「お前は手際がいいな。
それだけに信用ならん、進捗状況は逐一報告をあげろ」
そう皇帝は指示して退席し、会議は残った者による具体的事項の詰めに入っていった。
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リドニア帝国北部の密林地帯、そこは針葉樹が生い茂り、夏でも雪が溶けずに残っている極寒の土地であった。
そこで3人の男と2人の女、まだ少年少女と呼んでも差し支えない歳の者が、巨大な獣と対峙していた。
獣は体長3メートルほどの白熊『ホワイトグリズリー』が10体通常は100人規模の騎士団でも危険な相手であった。
リーダーのアインが指示した
「魔獣は10体だ、今回はツヴォルフとフィアに任せる、醜態は晒すなよ。」
「任せろよ、俺一人で十分だ」
ツヴォルフと名乗った体格のいい少年は、先に斧が付いたハルバートを振り回して突撃して行った。
「ちょっと待ちなさいよ! 私の出番なのよ。」
フィアと呼ばれる目つきの悪い金髪の少女がワンドを持って後に続いた。
ツヴォルフはハルバートで切りかかり一撃で一頭の熊の首を切り落とししたところ、背後からフィアが放った氷の槍が3頭の熊に突き刺さった。
「フィアお前、俺ごと狙っただろ?」
「知らないわ、もし当たったら当たる方が悪いのよ」
2人は口喧嘩をしながらも、次々と獲物を殺していった。
ものの3分ほどで戦いは終わった。
「私が6頭、ツヴォルフが4頭、アイン私を見てくれた?」
フィアは自慢げに言うが、その結果にアインは苛立っていた。
「フィア、個の力が高くとも真の勇者には勝てない。 僕らにはもっと連携が必要なんだ」
「その真の勇者って言葉は嫌いよ、私たちがまるで偽者みたいじゃない。」
フォアの言葉に対して、喉まで出かけた言葉をアインは飲み込んだ。
(偽者みたいって、実際僕らは偽者じゃないか……)
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