第97話 それぞれの旅立ち

 出発の時、僕とエレナは荷物を馬車に積み込んだ。

 旅慣れた僕たちの荷物は少ないが、今回は僕たちに馬車の他に、護衛の騎兵と、婚礼のお祝いを積んだ馬車が同行する。


 出発の準備をラミアが仕切っていた。

「あれイブリンたちのお見送りは無しですか?」

 僕が聞くとラミアは困った顔をした。

「お嬢様は、自分が行けないことに拗ねてしまって…朝から布団にくるまって出てこないのです。

 お嬢様のところにはアイリスに見に行ってもらっていますが……」


「困った奴だなぁ。

 イブリンにはお土産を買ってきてあげるから大人しく待っているように言ってください。

 それでは行ってきます。」

 僕はそう言って馬車に乗り込んだ。


「行ってらっしゃい。

 途中物騒な盗賊が出ると聞きます、お気をつけて」


 僕らはラミアに見送られ出発した。


「そういえばラヴィーネもウルも見てないな、拗ねてるのか?」


ーーーーーーーーーーーー


 イブリンの寝室でアイリスが腕を組んでいた。

「イブリン様、いい加減にしてください。」

 アイリスはいまだ布団に潜り込んで丸まっているのを見て、強引に布団をひっぺがすと、そこには狼の獣人が丸まっていた。


「お前...そこで何をやっている?」


 布団で丸まっていたウルが、冷や汗をかいていた。

「いやぁ、お嬢様とかくれんぼを……」


「では、お嬢様はどこだ?」


「それは言ってはならないとお嬢様から……」

 ウルのその言葉にアイリスは無言で殺気を飛ばした。


「いや違うんだ! おいらは部屋に閉じこもっていろって言われただけで。

 それよりアイリス、お嬢様でさえ行動しちゃうんだから、アイリスも頑張ったら?」


「もういい……

 お前は最近たるんでいるな、後でみっちりしごいてやるから覚悟しておけ。」

 アイリスは額を抑えながら部屋を出て行った。


「だからおいらろくな事にならないと言ったんだよ?」

 魔王軍最強の戦士と名高いウルだが、アイリスの前ではこの調子であり、ウルの下の者は皆最高幹部の女性陣が恐怖の存在だった。


「まったく面倒をかけて…」

 アイリスは、イブリンの部屋を出て宰相ラヴィーネの執務室に向かったところ、慌てて秘書官が部屋から飛び出してきた。

「アイリス様! ちょうどよかった。」


「どうしたの慌てて、ラヴィーネは不貞腐れて出勤拒否か?」


「それがこんな書き置きが残ってまして……」


 アイリスは秘書官が差し出した手紙を受け取って読んだ。


『これから私は、溜まっていた休暇を消化してしばらく旅行に行ってきます。

 やるべき仕事は書き残しましたので、あとはよろしく。

追伸 アイリスへ

エセ聖女に出し抜かれたくなければ、真面目なばかりじゃダメよ。』


「はぁ...どいつもこいつも。」

(私は過去の事があるから自ら身を引いているのにお節介ばかり……)


「わかったわよ、わかりました。」

 アイリスは独り言を呟いた後、秘書官に指示した。

「魔王様が家出をしました、これから私は魔王様の追跡に出ます。

 そうラミア将軍に伝えなさい。」


 アイリスはそう言うと呆然とする秘書官を残して立ち去った。


 大変な事になったと秘書官は慌てたが、なぜか立ち去った時の勇者アイリスの横顔が笑顔だったのが不思議だった。


ーーーーーーーーーーーーーー



 僕とエレナは屋根付きの馬車に揺られていた。

 いつもは良くても幌付きの荷馬車だが、今回は体面を気にしたラミアが手を回し、魔王様専用の馬車に御者まで付けてもらった。


「僕は正式な魔王軍の幹部って訳じゃないんだけど」

 僕は高待遇に若干居心地の悪さを感じていたが、エレナは出発から終始笑顔だった。

 

「なんか、貴族の間ではこうやって結婚した夫婦が新婚旅行っていうのに行くって話よ。

 ねえ、これって新婚旅行みたいじゃない?」

 エレナはそう言いながら、対面に座ってたところを僕の横に席を変えた。


ガタッ

 その時、床下から何か音がした。

 僕に気配を感じさせなかった者がそこにいる。

 魔王軍の中でそんな事が可能なのは一人しかいない。僕がここ10年かけて仕込んだ弟子だ。


「出てくるんだイブリン」

 僕に促され、馬車の床に隠された蓋が開き、そして床下から金髪の美少女が顔を出した。


「困った子だな...」

「えへへ、弟子の私を置いて行こうとする師匠が悪いのよ?」

 イブリンは全く悪びれもなくそう言った。

 そして床下から出ると、エレナの反対側の僕の横に座った。

「な、な、なんなの、あなた邪魔しに来たの?」

 エレナがイブリンを睨みつけた。


「控えなさい...私は魔王よ!」

 イブリンがエレナに命令したところ、僕をのりこえてエレナのゲンコツが飛んだ。

「いったーい!」

「何が魔王よ! 私は魔王討伐隊の聖女よ!」

「エレナは聖女って名乗らないじゃない!」

「イブリンも魔王って名乗ってないでしょ?

 それよりも話を戻すわよ、あなたはを邪魔しに来たわけ?」


 イブリンは不適な笑みを浮かべた。

「ふふふ、甘いわよエレナ!

 私には未来が見えるのよ、このあと翡翠色の髪のエルフと赤毛の勇者があなたを邪魔しに来るわ」

 

「...ちょっと僕は風に当たってくるよ」

 僕は、窓から抜け出して御者席にいる御者の横に座った。


「フリュー様、どうかされましたか?」

 護衛の責任者であるダークエルフの騎兵隊長が馬を近づいてきて、心配して聞いてきた。


「なんか馬車の床下にイブリンが隠れてたんだよね…」

 隊長は僕の言葉にギョッとしていた。


「……戻りますか?」

「いや、無駄でしょ。

 ああ見えて頑固だから、また勝手についてくるよ。」


 そんな話をしていると、馬車の中から二人の笑い声が聞こえてきた。


「心配ないよ、魔王にも気分転換が必要でしょ? 旅の間僕たちが面倒見るから、部下を一人帰してラミアに伝えてあげて。」

 僕がそういうと、騎兵隊長は部下に指示した。

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