第四章

第96話 10年後の旅立ち

 この10年間、国境線に大きな変動は無かった。

 北と南、大きく分けて勢力は二分されたが、お互い小競り合いのみで大きな戦いは無く、むしろ各国は復興に力を注いだ。


 その間でも一番の成長を遂げたのは魔王国ファーレーンであった。


 16歳になった女王イブリンは母親譲りの美貌と、持ち前の裏表のない性格で国民から慕われた。

 魔王国の各種族は強い者に従うという気質を持っていたが、有力種族であるダークエルフがイブリンの護衛兼後見人となった勇者アイリスに絶対服従していることから、他の種族も武でのし上ろうという者は現れなかった。

 もっとも、当初は人族が魔王軍の幹部に名を連ねる事に不満を持つ者が多く居たが、最強種族である狼人族のウルが全く頭が上がらないのだから自ずと認めざる得なかった。


 新米魔術師ラヴィーネは、新米であるにも関わらず数年で宰相まで位を上げたが、その正体は公然の秘密となっており誰も違をとなえる者はいなかった。


 その他にも、女王イブリンの周囲には、正義の代行者聖女エレナとその従者である(とされる)謎の剣客フリューがおり、戦士ウルを加えた三人が国中を飛び回っていた。

 三人が女王の下命を受けて人知れず反逆者や不正を行う者を狩っているとの噂が知れ渡り、地方領主を恐れさせていた。


 そのように魔王国は少数ながら精強な軍と、優秀な文官を揃え、武力、経済力ともに大きく発展した。




ーーー魔王城会議室ーーー


「それでは今月の定例会を始めます。」


 幹部筆頭の魔将ラミアの司会により、魔王国ファーレーン最高幹部による定例会が開始された。


「議題ですが...

 ご承知のとおり、ひと月後にローゼンブルク王国国王アウグスト=ローゼンブルク陛下と、婚約者リン=オーランド様との婚礼が決まりました。

 そして、今この場にいる全員に招待状が届いております。

 が…しかし、当然この国の重鎮全てを行かせることなど出来ません。

 よってこの中より二名の出席者を選定したい、というのが今回の議題です。

 ご意見がある方は挙手願います。」


 ラミアがそう言うと全員が一斉に手を上げた。


「そうですね、まずは最高権力者である魔王イブリン様から聞きましょうか?」


「私はこの国の女王よ! 同盟国の国王の婚儀に私が行かないでどうするの?」


「はい却下です。 次は……」

 ラミアはイブリンの発言を直ちに切り捨てた。


「ちょっとラミア待ちなさいよ!」


「いいですかイブリン様? 両国の関係は安定しているとはいえ、多数の参列者が来るのですよ。

 イブリン様が行くとなると多くの人員をさかなければなりません、その様な余裕は今この国にはありません、故に却下です。」

 ラミアから論理的に言いくるめられ、イブリンは悔しそうにするも押し黙った。


「次、宰相ラヴィーネ様」


「いいラミア? 私はアウグスト国王の叔母なの、甥っ子の結婚式に私が行かない訳にはいかないでしょ?」


「却下です。」


「なんでよ!」


「忘れたのですか? あなたは彼の地の宰相として死んだ身ですよ?

 叔母ですって参列するおつもりですか?

 故に却下です。」

 またしてもラミアの論理的な口撃にラヴィーネも押し黙ってしまった。


「次は…」

 ラミアが見回すと残りの全員が手を上げていた。


「はぁ...面倒なので私が決めましょう。

 婚約者の義理の姉である聖女エレナと、同じく師であり兄であるフリューのお二人に行ってもらいます。」


「ナイスよラミア!!」

 その言葉にエレナが飛び跳ねて喜んだ。


「あの〜おいらは?」

「却下です。」


「私は?」

「もっと却下です!

 いいですかアイリス、婚礼の儀に各国が警戒する戦略兵器を送り込む国があると思いますか?」

 ラミアの剣幕にアイリスはたじろいた。


「婚礼の儀の出席者は決定しました。

 今月の会議は以上です。」

 そうラミアは言い残しさっさと会議を後にした。


 しかし、残った出席者の多くが露骨に不満そうな顔をしていた。


「ウル、ちょっとこっちに来なさい。」


 イブリンは人差し指でくいっくいっとウルを招き寄せ、耳元で何やら囁いた。


「…本気かい?」

 イブリンに小声で耳打ちされたウルは、絶対に巻き込まれるであろうトラブルに頭を抱えていた。


ーーーーーーーーーーーーー


 僕たちが出発する少し前、僕はアイリスに剣の稽古をつけてもらっていた。


「はぁ!」

ガキンッ

 僕が打ち込むのをアイリスは軽くかわした。


 20代半ばを過ぎ、骨格も筋肉も成長して正に全盛期と言っていい状態の僕に対して、5歳ほど上のはずのアイリスとの撃ち合いはほぼ互角だった。

 しかも、アイリスが手にしているのは、良い作りだが普通の長剣、対する僕は聖剣ライトブリンガーをふるっていた。


 僕は焦って疑問を口にした。

「なんでいつまでたっても追いつけないのさ?」


「なんだ、お前は私の歳を気にしていたのか?

 悪いが私は5年前より歳をとっていない。

 エルフの女王のところに通ってな、霊薬のお茶をいただいているんだよ!」


 ガキィン!!


「まさか、アイリスがそういうのに興味があるとは思わなかったよっと」


 キンッ!


「エレナとラヴィーネが何年たっても全く変わらないのだぞ?

 私だけ年老いて行くのだからそれは焦るだろ?!」


「確かに...ラヴィーネは種族のエレナの歳からすると……」


 ーーヒュンーー

 その時僕らの稽古を見ていたエレナから石が飛んできた。

「危ないなぁ…」


「女の歳を詮索するんじゃないわよ!」


「ははは、それはフリューが悪いぞ。

 そろそろ出発だろ? そろそろ切り上げよう」

「ありがとうアイリス、また聖剣を借りていくよ。」


「気にするな、勇者業は廃業だからな」


 少し前、僕が新たな竜退治を依頼された際に、アイリスからこの聖剣ライトブリンガーを借り受けた。

 他国から過剰の戦力と見なされていたアイリスは、その勇者という肩書を引退し元勇者として、イブリンの後見人として彼女に同行することにしたそうだ。


 シャドウブリンガーを失って長かった僕としては助かるが、少し寂しい気もしていた。


「必ず返すから待っててよね。」


「無理するな、私と聖剣とは一心同体だ、その気になれば手元に呼び戻せるのだからな。」

 アイリスはそう言って笑って見送ってくれた。

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