第93話 賢者 VS 女神

『私たちは魔王を助けたい、あなたは長寿で新鮮な器が欲しい、そこで提案があるの。

 私のこの身体をあげるから魔王を返してくれない?』

 ラヴィーネの提案にアマティアラは一瞬考えるとニヤッと笑みを浮かべた。

「今度は嘘は無いようね」


 アマティアラは人の思考を読む。

 僕は事前にラヴィーネに指示されたとおり、自己暗示をかけて心を無にし、時が来るのを待った。


「魔王の身体を使って魔王国を統べることより、あなたの身体の方が魅力的だと?」

 アマティアラの挑発にも、ラヴィーネは心を乱されない。


「魔王は私ほど長寿じゃないし魔力量も少ない、私ほどの魅力的な器は無い。

 だから私を教国に連れてきたんでしょ?」


「ハハハ! 見透かされている様ね。

 いいでしょう、あなたの提案を飲みましょう。

 でもその思考の奥底で私を出し抜こうと考えているのなら、そうはさせませんよ。」

 

「交渉成立ね。

 フリューあとは魔王のことを頼むわよ。」

 ラヴィーネはそう言うと、持っていたワンドを捨てて祭壇を上がって行った。


 アマティアラはラヴィーネの目を見て言った。

「私の目を見ながらゆっくり、私の手の届くところまで上がってきなさい、変な思考を見せた瞬間に魔王の魂を奪います。」


 ラヴィーネ一歩また一歩とアマティアラに近づいていく。

 そしてアマティアラの一歩手前で止まった。


「さあ目を閉じるのです。」

 アマティアラの指示で、ラヴィーネは目を閉じる。


 アマティアラは、左手を魔王の胸に置いたまま、右手を伸ばしラヴィーネに触れた。


「儀式は完成しています。

 さあ今あなたは私になるのです」

 アマティアラの言葉と共に、その右手のひらから黒い何かが溢れ出てラヴィーネに吸収されていく。

 それとともに、アマティアラの肉体は衰えていった。


 その黒い意識の奔流がラヴィーネに全て吸収されるとラヴィーネはその場で膝を着いた。

 その顔は一瞬笑みを浮かべたが、すぐに苦悶に顔を歪めた。


「お前、何をする気だ?!」

 ラヴィーネの身体に乗り移った女神テミスは、未だ身体に残っていたラヴィーネの魂に叫んだ。


 リーーーーーン

 その時、僕の腰のシャドウブリンガーが鳴り、僕が自己暗示から目を覚ました。

 僕は祭壇を駆け上がると、抜け殻となったアマティアラの口にシャドウブリンガーを突き刺した。

 アマティアラの肉体が黒い霧となって消滅したのを確認し、イブリンを抱えて飛び退いた。


「「これで逃げられないわよ、私と一緒に連れて行ってあげる」」

 ラヴィーネの口から出た声は、ラヴィーネと女神テミスの声が混じり合ったものであった。


 そのままラヴィーネは両膝を着くと、その目を見開いたままその場でばたりと倒れていった。



ーーーーーーーーーーーーーー


 ラヴィーネの精神は、女神テミスの精神と混じり合うと過去へと遡って行った。

 それが大司教の本に書かれていた秘術の中身、時空を超えてそこはミースとテミス、双子の女神が生み出された時。


 先ほどの祭壇と同じ場所に双子の魂が今、光の玉となって生まれ落ち、それをラヴィーネとテミスの魂が見下ろしている。


 テミスの魂がラヴィーネに言った。

「お前は私に何を見せようというの?」


「女神テミス、あなたを始まりに戻します。

 世界に不満があるのなら、ここから自分の望む未来をやり直しなさい。

 女神の力があれば戻れるわ。」


「嫌よ! ミースは光、私は陰となってずっと過ごしてきたのよ。

 ミースは人々に崇められ、私はこの暗い森で一人きり、そんなのを又繰り返せというの?」

 テミスの魂が話す言葉は子供の声であり、その魂は泣きじゃくる子供のように震えていた。


 その時、そこに神々しくまばゆい光が降りて、その光が女性の身体のシルエットを形作った。

 光は宙に漂い、ラヴィーネとテミスの魂を見つめた。


『私は、輪廻の女神アーシア。

 女神テミス、あなたの魂を救済に来ました。

 不平等に扱われた女神よ、あなたの願いを聞き入れましょう。』


「本当?

 私はミースを憎んでいないし、人に仇なすこともしないわ。

 ただ一人暗い世界で永遠の時を過ごしたくないだけ。」


『いいでしょう、ミースは太陽、テミスには月を司る神となり月の光で夜を照らし人々を導きなさい。

 そうすれば人々はあなたを崇めるでしょう』


「本当ね?」

 その声を聞きテミスの魂はラヴィーネの魂と分離して飛び回ると、生まれたばかりの双子の魂の一つとぶつかりあい融合した。


 女神アーシアは、その状況を満足げに見ていた。

 女神は振り向くと残されたラヴィーネの魂に語りかけた。


『精霊の子よ、ずいぶんと無茶をしましたね。

 これから永遠とも言える命をその姿で生き続ける覚悟はありますか?』


「今が千年前か一万年前か分からないけど、私はまたあの場所に帰るわ必ず。」


『その覚悟受け止めました。

 女神テミスを導いてくれた礼です。

 私に着いてきなさい。』


 女神アーシアはそう言うと別の森にラヴィーネを導き、巨大な神樹が立つ地に降り立った。

「これは……ユグドラシルの木?

 でも私が知っている木より若いわ」


『そうです、これからこの木はもっと成長するでしょう。

 これからあなたはこの木の幹に魂を封印され長い眠りにつきます。

 時が来たら、あなたの封印は解かれるでしょう。

 それまでゆっくりお眠りなさい。』


「ああ、そういうこと...

 輪廻の女神よ、あなたの導き感謝します。」

 ラヴィーネの魂の光は輪廻の女神アーシアに導かれて、ユグドラシルの木の根元に消えていった。


 そして、そこで長い眠りについた。


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る