第91話 幻惑の森へ
僕らはゴードン神父に先導され地下通路を通ってミースアテナの街を出ると、神父が用意してくれた馬に乗って幻惑の森へ向かった。
事はテシウスの塔にも関わるという理由でゴードン神父も同行した。
「いいかお前ら、お前らは等しくテシウスの塔の監視対象だ、馴れ合いはせんぞ。
特にそこのエルフ!」
「わかったわよ、しつこい男は嫌われるわよ!」
ラヴィーネとゴードン神父がいがみあっているせいで、エレナは矛先が向かないことに安心していた。
幻惑の森の外周には、すでにミース教国の騎士団おおよそ1000人が到着しており、そこから離れた丘の上でラヴィーネとゴードン神父が偵察に出ていた。
陣営を離れた場所で見たゴードン神父が呟いた。
「もうこんな所まで、いろいろと手際が良すぎるなぁ。
森に入らないのか、入れないのかどっちだ?」
ゴードン神父の問いに、千里眼の魔法で野営を覗いていたラヴィーネが答えた。
「まだ騎士団全体が掌握されていないから、なんの為に集められたのか分かって無いんだわ。
何がそうさせているか分からないけど、色々と急ぎすぎているのよ。」
「聖女アマティアラはいるか?」
「御用の馬車はあるけど、周囲に御者も護衛も居ない。
もう森に入っているかもしれないわね。」
「とりあえず今のうちに森に入るぞ」
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幻惑の森に通じる道で、エレナが結界の解除を試みていた。
僕の精霊の剣を使えば結界をこじ開けることは可能らしいが、それだとダークエルフの警戒網に探知される。
その時、ラヴィーネとゴードン神父が戻ってきた。
「どう結界の具合は?」
「どうでしょう、もう1時間はこうして集中してますけど。」
ラヴィーネの問いにリンが答えたその時、エレナを包んでいた淡い光が収まった
「さあ、解除できたわよ。」
エレナの言葉にゴードン神父は驚いた。
「結界を解除すると簡単に言った時は、半信半疑だったのだがな。
まさか神のかけた結界を解除するとは。」
「正確には解除したんじゃないわ。
結界の一部を上書きしたのよ。
結界が破られた穴をダークエルフの術者が感知するのならば、穴が開かなければいいって事でしょ?」
「その発想が常識離れしているのだがな」
ゴードン神父は、そう言いながら真っ先に森に入って行った。
「前衛は俺が務めよう。
役立たずだと思われるのは癪だからな。」
僕は森に入りスキルで気配を探ったが...
「何の気配も感じない。
鳥や獣すら……いや、これは気配を消しているんだ。」
「どういう事です?」
不安がるリンに答えた。
「何かの存在に怯えて、動物すら気配を消しているんだよ。」
僕の言葉にエレナが付け加える。
「この地の神が帰還しているのよ
すでにアマティアラは神殿にいるわ」
「アイリスたちが心配だ、急ごう」
僕らは神殿を目指した。
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幻惑の森の神殿にダークエルフたちが集まる中、アマティアラは現れた。
今まで20代半ばだった風貌は、顔には深い皺が刻まれ、濃い茶色だった髪の色は半分くらいが抜け落ちて白髪となり高齢者の様であった。
アマティアラがよたよたと祭壇を上り、玉座に腰掛けると、ダークエルフの長老は前に出てひざまづいた。
「お待ちしておりましたテミス様、この森のダークエルフの民一同、長い間この時を待ち望んでおりました。」
長老の感動の言葉にも、アマティアラは素っ気ないものだった。
「急いで力を使いすぎました、私にはもう時間がありません。
早急に次の器を用意しなさい。」
「次の器というと?」
長老の質問にアマティアラは考えた。
「人間はダメです、この様に魔力の受け皿として耐久力がありません。
長寿で高い魔力を持った器が欲しいのです。
賢者ラヴィーネが最適だったのですが無能な大司教に預けていて失ってしまいました。
この神殿の離れに、私が時間の結界で魔王を捕らえています。
まだ幼いがあれが良いでしょう。」
アマティアラの言葉に長老が慌てた。
「しかし、それだと勇者を解き放ってしまうことになりますぞ。」
「勇者の弱点は分かっています。
森の外に勇者の相手をする1000人の贄を用意しています。
森を解放しなさい。」
「はぁ...、かしこまりました。」
長老はアマティアラの指示に渋々うなづいた。
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「ねえアイリス、オイラたちはこのままこの屋敷でくたばっちまうのかなぁ?」
「いえ、すぐにこの結界は解けます。
ウルも油断せずにイブリン様を守りなさい。」
「よくそんな集中力が続くね...
勇者だから?」
「術者の魔力も永遠ではない。
ここの時間がゆっくり進んでいるなら外ではもっと時間が経っているはずでしょ?」
そのアイリスの予言通り、突然に窓から無数の光が差し込んできた。
「時の流れが戻った?」
ウルが窓から顔を出そうとしたところ、アイリスが襟首を持って引き戻した。
ガシャン!
その瞬間室内に火のついた瓶が投げ込まれ燃え上がった。
「ウルはイブリン様を守りなさい!」
アイリスがライトブリンガーを構えて走り、イブリンを背負ったウルが追いかける。
そうして玄関から表に飛び出したが、すでに100メートルほど離れた範囲で甲冑をつけた兵士に取り囲まれていた。
「死にたくなければ下がりなさい!
人間であっても容赦はしない!」
アイリスはそう叫ぶと、ライトブリンガーから熱線を放ち、取り囲む兵士たちの足元をマグマの様に溶解させた。
しかし兵たちは何もないかの様に前進し、自ら真っ赤に煮えたぎった溶岩に踏み込んでいく。
焼かれた最前列の兵を踏み付け後の兵は前進を続けた。
「これは屍人?」
アイリスが訝るもイブリンが首を振った。
「いいえ違うわ。
この人たちは正気、でも身体が操られているの」
よく見ると、兵たちの顔は恐怖と苦痛に怯えていた。
「体が勝手に!」
「たった助けてくれ……」
「ミース様!!」
多くに兵士が叫びながらゆっくりと前進を続けている。
「なんて酷い事を...」
アイリスは苦悶に顔を歪めるも一歩の引けなかった。
「ウル! イブリン様を連れて下がってなさい」
ウルは数歩後ずさるも、背後の屋敷は燃え盛っていた。
その時、兵たちの先頭を歩いていた男が叫んだ。
「勇者アイリス様とお見受けした!
俺はミース教国騎士団長トーラス!
我々は身体の自由を乗っ取られており後は死を待つだけだ。
どうかその力で俺たちを殺して欲しい!」
その男の叫びにアイリスは立ちすくんだ。
「私には無理だ……そんなこと出来るか」
アイリスが躊躇する間もその包囲は狭まっていた。
あと50メートル
「どうか慈悲を! 我々を救ってくれ」
俯いていたアイリスは顔を上げ、そしてライトブリンガーを横一線薙ぎ払った。
ーーービジュンーーー
ライトブリンガーから放たれた光は一度に数百人の教国の兵の命を刈り取った。
「こんなの戦いじゃない、虐殺だ……」
「アイリス!!」
ウルの声で振り向いた時、ウルはその体に無数の矢を受けて倒れていた。
そして意識を失ったイブリンを抱えたダークエルフの一団が、防御魔法に守られ燃え盛る屋敷に飛び込んで行った。
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