第90話 アマティアラの狙い

 トントン トトトン

 家のドアが不規則に叩かれた。


「ゴードン神父よ。」

 エレナはそう言って玄関ドアを開けると、そこには神父の服を着た体格の良い男が立っていた。

「いらっしゃい、ゴードン神父。

 リンを案内してくれてありがとう。

 この隠れ家を用意してくれて助かったわ。」


「悪いな、入るぞ」

 ゴードン神父が入ってくると、ラヴィーネと目があった。


「ゴードン神父って...この男が?」

 ラヴィーネは露骨に嫌そうな顔をすると、ゴードン神父も眉間にシワを寄せていた。

「なんか田舎臭いと思っていたら、エルフの匂いか?

 山に籠っていればいいものを……」


「あら、あなたたち知り合いだったの?」


「この男は私と同じ長寿種族よ。

 過去にはいやでも顔を合わせることがあったわ。」


 ラヴィーネの説明に僕は驚いた。


「この容姿でエルフなの?」

 僕の言葉にラヴィーネは憤慨する。

「ちょっと一緒にしないで!

 この男の名は『ゴードリアス』、こう見えてドアーフ族の戦士よ!」


「エレナ知ってた?」

「いいえ初めて聞いたわ」


 ゴードン神父がその場で耳飾りを外すと、耳が尖り、ヒゲを蓄えたドアーフ特有の容姿と変わっていった。

「わっはっは! この姿を見せるのは何十年ぶりかな」


「テシウスの塔なんて大層な組織を名乗っているから変だと思っていたのよ。」


「先生が亡くなってもう100年になるか?

 テシウスは我らの師、俺とこの女は同じ師の下で教えを請うたのよ、なあメーデイア」

 僕らは突然の話で色々と驚かされた。


「戦士のゴードン神父と、魔術師のラヴィーネが同じ師匠に学んでいたのですか?」

 リンの素朴な疑問にラヴィーネが答えた。


「テシウス先生から学んだのは魔法じゃないわ、先生は司祭であり高名な神学者だったの。

 私はこの世の原理を学び、ゴードリアスは先生にならって聖職者になったわ。」


「同門のお前なら分かっているだろ? 神から力を授けられた者の危険性を」


「それは分かっているわよ。

 でも先生は神々の均衡を壊す存在を危険視していたけど、同時に神の力の可能性も認めていたわ。

 私達エルフにとって神の力を否定するのは、自分自身の存在を否定することよ」


「まあ、分かっていればよい。 よくもまあ勇者一行に危険人物たちを集めたものだとひやひやしていた」


「相手は神の依代でしょ? 今はその力が必要な時でしょ」


 ラヴィーネのその言葉にゴードン神父は目を見開いた。

「流石だな、もうその答えに行き着いたか?

 俺も先ほど知ったところだが話が早い、お前たちに必要な情報を持ってきたところだ。」


 僕らはゴードン神父の話に耳を傾けた。

「あの女、聖女アマティアラは12人の高位司祭のうち5人を自信の配下にしていた。

 だが、騎士団を動かして大司教と残り7人の高位司祭の身柄を拘束した。

 捕らえられた高位司祭の1人が俺の協力者だったが、そのお付の者の話では背信者の疑いを掛けられているらしい。

 つまり、この国の支配を始めたということだ。」


 ゴードン神父にエレナが聞いた。

「私達はアマティアラを女神ミース以外の神の依代と見ているわ。

 では、幻惑の森を狙う理由はなに?」


「昨晩、聖女アマティアラの前に5人の高位司祭が集められた。

 人払いされ話の内容は分からないが、その部屋にフードを被った怪しい男が入っていったそうだ。

 その男を俺達の仲間が後を付けたが、この街を出たところで姿を消した。

 だが、姿を消す直前にフードを取った顔が見えたのだが、その男は浅黒くて耳が尖っていた。

 俺の耳よりもっと長い、そうお前さんみたいにな。」

 そう言ってゴードン神父はラヴィーネを指さした。


「ダークエルフってことね?」

 ラヴィーネは、少し考えて状況を整理した。


「アマティアラに接触した伝令がダークエルフだとすると、そもそも私の血なんていらなかったってこと?」

 ラヴィーネの言葉を僕が補足した。

「裏ではいつでもあの森には入れた、だってダークエルフが協力者だからね。」


 エレナがその先を推理する。

「でもミース教国は、表向きは女神ミースの聖地奪還としてあの森を取りたかったからエルフの血を欲しがった。

 だから大々的にラヴィーネを表舞台に立たせたかったのね。」


 そこまで聞いてリンが慌てた。

「ちょっと待ってください! もう大司教や高位司祭を排斥して、ミース教という体面を捨てようとしてるんですよね?

 では、表立って幻惑の森を取りに行かないと行けない理由なんて無いってことですよね?」


「中々賢いね君は、さすが英雄の弟子だ。

 俺達の警戒対象に加えよう。」

 そうゴードン神父がリンを褒めた。


 ゴードン神父にラヴィーネが慌てて言った。

「ちょっとふざけている場合じゃないわ!

 その1人だけがダークエルフの協力者ではない、ダークエルフたち全員があの女の使徒なのよ。

 幻惑の森を狙う理由が分かったわ、あの女は女神テミスの依代、自身の力を高めるために自らの出生の地を取り戻すつもりよ。」


 僕は気がついた。

「イブリン達が危ない」



ーーーーーーーーーーーーーー


 イブリンたち一行は、神殿の脇に立つ離れの建物に寝泊まりしていたが、深夜、イブリンは布団の中で目を開けるとただ天井見上げていた。

 その目は見開かれ金色の魔眼の光を放っていた。

 その光が収まると、イブリンはむくりと起き上がった。


「ねえ、アイリス!起きてちょうだい。」

 イブリンがゆすってアイリスを起こした。

「何ですか? イブリン様…」

 

「私たちは罠にはまったのよ。

 全く気が付かないままに......」


「なんです?」

 アイリスはまだぼうっとしていたが、イブリンの焦った声で目を覚ますと部屋の窓を開けようとした。


「あれ? 窓が開きません......」

 その窓は固まったかのように開くことは無かった。


 アイリスは、ライトブリンガーを抜き窓を割ろうとしたが、弾かれて傷一つ付かなかった。

「これはどういう事?」


「この屋敷は時間が止められているの。

 時間が止まったものは壊す事は出来ないわ。」


 アイリスは別の部屋にいたウルを起こして建物内を調べたが、外に繋がる扉の窓も開くことは出来なかった。


 リビングにいたイブリンとアイリスの元にウルが帰ってきた。

「どこも開かないよ。

 それどころか使用人のダークエルフたちも全員居なくなってる。

 どうなってるの?」


「もう夜が明ける時間なのに窓の外の景色は夜のままです。

 申し訳ありません、私が油断をしていました……」

 アイリスがイブリンに頭を下げた。


「ううん、アイリスの責任では無いわ。

 私もさっきまで何も感じなかったもの。

 これは私の魔眼や、アイリスの勇者の力を上回る力で起こされたものよ。

 多分、神の力……」


「この神殿の力ですか?」

 アイリスの問いにイブリンは首を振った。

「わからないわ」

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