第89話 神の依代
僕は驚きのあまりすっかり目覚めたが、ラヴィーネとリンは眠い目を擦りうとうとしながらエレナが買ってきたパンを齧っていた。
「リン、よくここが分かったね?」
「ラヴィーネの足取りを追ってこの街に来たら、声を掛けられまして。」
リンに補足してエレナが答えた。
「私が、ゴードン神父に頼んでいたの。
リンって子が訪ねてきたらここを案内してって。」
エレナの言葉にラヴィーネがニヤニヤ笑いながら言った。
「あなたの許嫁のゴードン神父?
ありがとうって言いに行った方がいいんじゃない?」
「はぁ? あんたこそ、あの色ボケ司教とキスまでしてたくせに。
この国で妃にでもなれば?」
「あれはフリよフリ! 誰があんなのとキスなんかするもんですか!」
「どうだか?」
「フリューは信じてくれるわよね?」
僕はあえて無視して話題を変えた。
「それでこれからどうするかって話だけど...
ラヴィーネはあのアマティアラって女をどう見る?」
「人の話を無視したわね?
まあ良いわ。
あの女の特殊能力は精神感応による精神支配と、人の考えを読む事よ。
だから私は殺意を込めてフリューと戦ったの、意識に無いことは読めないから、あの女の前では自己暗示をかけて裏切り者の自分を演じたのよ。」
「そんな事誰にもできませんよ!」
リンの意見にラヴィーネが答えた。
「いいリン、自分に暗示をかけて思考をコントロールするの。
修行をすればあなたも出来る様になるわ。
もっとも、私以外には無理だと思ったからあなたを遠ざけたし、アウグストを表に出さなかったけど。」
「さすが長生きしているだけはあるわね。」
エレナがぼそっと呟いた。
「あんたの言葉にはいちいち毒があるわね、どこが聖女なのよ......」
ラヴィーネはエレナの毒舌にため息をつくが、すぐに話を戻した。
「問題は、精神支配の方。
エレナの見立てのとおり、即効性は無いけど長時間かけて広範囲に精神支配を浸透させている。
普通支配者に反発する者って必ず出てくるけど、この国ではほとんどの人間が、聖女アマティアラを崇拝しているわ。
ただ大司教や高位の聖職者の一部は、なんらかの理由で精神支配から逃れている、その秘密を知りたいのだけど......」
僕はその話を聞くまであの本のことを忘れていた。
「あっ... 精神支配から逃れる秘術が書かれてる本を大司教から借りたんだ。」
「兄さん、借りるのと奪うのは違いますよ。」
僕はその本をラヴィーネに渡すと、ラヴィーネは興味深く読み始めた。
「これはずいぶん珍しい言語で書かれている古い書物よ。
これが読めるのならあの大司教も見かけによらず学があるのね。」
そういうと、ラヴィーネは黙々とページをめくっていった。
その後時間をかけて読み終わると本を閉じた。
「これは精神支配の解除法の秘術じゃないわよ。」
「僕はまんまと大司教に騙されてたの? 嘘を付いている感覚は感じなかったけど。」
「いいえ、嘘という訳では無い。
この本は神がかつて現世へ力を行使した歴史書なの。
昔、ある神が自分への信仰を持つように人々の意識を操った。それが精神支配。
精神支配の本質は神の力で人々の信仰心を目覚めさせること。
でも別の神に強い信仰心を捧げた一部の者は精神支配を受けなかった。
つまり、アマティアラの精神支配がこの本に書かれているものなら、大司教や日頃から強い信仰心を持つ高位の聖職者には精神支配は効かない。
それが大司教がいう秘術よ。」
「それじゃあ住民が受けた精神支配は簡単に解除できないって事じゃないですか?」
リンの質問にラヴィーネはうなづいた。
「まあ、そうなるわね。」
話を聞きながらエレナは考え込んでいた。
「アマティアラの力は国の人々に信仰心を湧かせて、自身を崇めさせること。
彼女がミース教の聖女であれば、大司教とも利害は一致していたのだけど、実際は女神ミースの使徒では無かった。
……神の使徒が自身を崇めさせるかしら?」
そう呟きエレナはハッとした表情をした。
「どうしたのエレナ?」
「アマティアラの力は神が与えた加護による能力なんかじゃない、アマティアラ自体が神の依代なのよ。」
「つまりはどういう事?」
「彼女は神の使徒ではなく、彼女に憑依した神自身ってことよ」
エレナのその発言にはラヴィーネさえ驚きを隠せなかった。
「確かに精神支配の力は常人離れしているけど、神と言えるほど賢くは無かったわよ」
「確かに生きている時間が長いから知識は豊富でしょうけど、賢さと神格はあまり関係ないの。
あなた達エルフだって人の何倍生きていても人の何倍も賢い訳じゃないでしょ?」
エレナの答えにラヴィーネは苦笑いした。
「悔しいけどそれは言えるわね。
刺激がない場所でただ時間を過ごしていたって何も学ばないって事ね。」
リンが素朴な疑問を口にした。
「でも相手が神じゃ私たちは勝てないですよね?」
「それを説明するには、まずこの世界の神の定義を説明しなければならないわね。
いい、今からいう話は聖職者は絶対に口にしてはいけない秘密なの。
その辺を理解して聞いてもらえる?」
エレナはみんなに釘を刺した。
「この世界の生き物は物質と精神で生きていて、その精神を霊体って呼んでいるわ。
その霊体としての格が一番低いのが、人間や動物たち、鳥や虫も霊的には同等と言える。
その霊体の格が上の存在がエルフやドワーフ、人魚もそうね。
さらに上が妖精、さらに上には竜や精霊がいる。
でも実はそれらの境界って曖昧で、人とエルフやドアーフは互いに交配が出来るし、聖剣の使い手アイリスはエルフ以上に霊力が強かったり、種族による明確な格の差は無いのよ。
ここまで良いわね?」
リンはこくりとうなづいた。
「神の定義は霊体の格が高い存在というだけで明確な基準はないの。
人魚たちは神竜ティアマトを神と崇めていた、竜を神だとすると、もう既に我々は神殺しを成し遂げている。
まだ諦めるのは早いわ。」
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