第86話 ラヴィーネ暗殺
物心ついた時に家族という存在が居なかった僕にとって、魔王を倒す旅で仲間が出来たことは僕にとって他人に興味を持つきっかけだった。
でも旅が終わった後、追放、裏切りなどで今までに経験したことがない喪失感を知った。
「他人に執着しては傷つくだけだと知ったはずなのに、いつから僕は嫉妬深くなったのだろう...」
僕は、そんなつまらない事を考えながら夜道を走った。
パンッ!
僕は顔を手のひらで叩いて気合いを入れた。
「今はそんなこと考えている時じゃないだろ...」
僕は気配を消して神殿を取り囲んでいる塀を超えると、建物をよじ登って屋根の上に上がった。
そして、昼間のうちに確認した神殿施設の見取り図を取り出した。
「昼に観察した人の出入りだと、あの辺が職員の居住区画で、衛兵は入り口前の詰所にいるな。
で、大司教の宮殿か、客を迎える迎賓館か...」
通常考えれば、他国から迎えた客は迎賓館の客間で寝泊まりするはずだが、僕の勘では大司教の宮殿にラヴィーネがいると感じた。
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宮殿にある大司教寝室は、見晴らしのいい塔の最上階にあり、3方向に大きな窓がありまるで展望台の様であった。
ラヴィーネは窓際に立って街を見つめていた。
(どうして権力を誇示しようとする者はこう悪趣味なのかしら、都合がいいけど不用心ね。)
大司教エストナート四世は、ソファに腰掛けて、ワインを口にしていた。
「素敵な部屋ね。」
「そうだろ? 全ての国民の上に位置する大司教の寝室故に国民を見下ろしているのさ。
窓は内側からしか見えないから恥ずかしがらなくても良いぞ。
賢者殿もこっちにきて飲まないか?
君のために上等なワインを開けたんだ。」
「ありがとう。
でももう少しこの夜景を見ておきたいのよ。」
(フリューはどこかで私を狙っているでしょ?)
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僕は屋根伝いで大司教の宮殿の向かいにある大聖堂の屋上に登ると、気配察知スキルを全開にして宮殿内を探った。
宮殿の下層階では、多くに執事やメイドが働いており、外は衛兵が警戒していた。
そして、宮殿から突き出た塔の最上階に2つの気配を感じた。
一つの感情は興奮、昼間見たあの大司教だな。
もう一つは巧みに気配を消しているが、ラヴィーネの気配が漏れ出ていた。
(僕には隠すことは出来ないよ、どれだけ共に過ごしたか分からないからね。)
「さあ、君が書いたシナリオどおり行くかな?」
僕は、精神を集中して、暗殺者のモードに意識を切り替えると、右手にシャドウブリンガーを顕現させた。
暴竜ニーズヘッグから取り込んだ竜の力は神竜ティアマトに与えてしまったが、ここに来る前にアイリスから聖剣ライトブリンガーのエネルギーを充填してもらった。
聖剣のような無尽蔵な力では無いが、遠距離攻撃の手段を持たない僕には十分役に立つ力だ。
『ここは一撃で決める』
僕は意識を集中して気配を探ると同時に、シャドウブリンガーを大司教の寝室に向けて構えた。
「さあ、気づけよラヴィーネ」
シャドウブリンガーの刀身に聖剣のエネルギーを纏わせる。
すると、大司教の寝室の窓際でラヴィーネが魔法に集中する気配を感じた。
「良い位置だ!」
ビジュンッ
シャドウブリンガーから放出されたエネルギーは、青白い光の束となって大司教の寝室に直撃して建物を貫通した。
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大司教はソファーでくつろぎ、賢者ラヴィーネの美しい美貌を眺めながらワインを飲んでいた。(この美しい女を今晩我が物に……)
「ラヴィーネよ、もう英雄フリューの事など諦めろ、お前が殺してしまったんだよ。」
「いいえ、そんな甘い考えだとあなたもいつ寝首を書かれたっておかしくは無いわ。
今、フリューに狙われているのは私、私に執着していると巻き込まれるわよ。」
「まさか、ここはこの国で一番安全な場所だ、お前も安心して、私のベッドで…」
「伏せなさい!!」
ラヴィーネが叫んだ瞬間に部屋が光に包まれた。
ーーードガァン!!
轟音と共に大司教はソファーから吹き飛ばされる。
「ゴホンッ…なんだこれは!?」
大司教が顔をあげた時、ラヴィーネが立っていた場所は壁ごと吹き飛んでおり、その衝撃は対面の壁を貫通させていた。
「……ラヴィーネはどこだ?」
ラヴィーネが立っていた場所を見るとおびただしい血痕が残っていた。
「ひぃ! し、死んだ」
大司教が腰を抜かして呆然としていたところ、窓があった場所から黒い陰が入ってきた。
手には黒い剣を携えており、その刀身からは未だにエネルギーの残滓が放電となって光っていた。
「僕は暗殺者フリュー、裏切り者の賢者ラヴィーネを処分しに来た。
あんたがエストナート四世?」
「お、お、お前に望みはなんだ、金か?女か?」
「は? 女なら今消し飛ばしたよ。」
「私を殺すのか?」
「宣戦布告をしてきたのはそっちでしょ?
大将のあんたが今更命乞い?」
「宣戦布告をしたのはローゼンブルク王国だ!
それもあの女が独断で根回したこと。
私は
その言葉にフリューは違和感を感じた。
「大司教はアマティアラに洗脳されてたんでは?」
「いや私にはあの女の精神支配は効かない。
あの術を無効化させる秘術があるのだ。」
「ほぉ... それは良いことを聞いた。
その秘術ってやつを教えてくれたら殺さないよ。
言っておくけど僕には嘘を見極めるスキルはあるからね。」
そう言うとフリューは剣先を大司教に突きつけた。
「わ、わかった。ちょっと待て!」
そう言うと大司教は棚をガサガサと漁り始めた。
「確かここに...
あったこれだこれだ!」
そう言うと1冊の古い本をフリューに手渡した。
フリューはパラパラめくると本を閉じた。
「僕には読めないけど...
どうやら嘘は言っていないようだね。
約束通りあなたは殺さないよ、でも、殺す必要があればまた来る。」
フリューは入ってきたとは反対側の窓から飛び降りようとした。
「一つ言い忘れてたけど。
あのアマティアラに加護を与えたのは女神ミースじゃないって知ってた?」
そう言い残しフリューは窓から出て行った。
「なんだと......」
大司教は膝を付いて呆然としてしていた。
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