第84話 大司教とラヴィーネ
その日はミース教徒における月に一度の礼拝の日。
月に一度、礼拝堂のバルコニーに大司教エストナート四世、聖女アマティアラ、上級司祭らが並び、広場に集まった信者の前で礼拝を行うのが習わしであった。
この日は、若い大司教の婚約者が公表されるとの噂が流れ、いつも以上の群衆が広場に詰めかけていた。
僕とエレナは認識阻害のマジックアイテムを持って群衆の最後列に紛れ込んだ。
礼拝が始まると、聖女アマティアラが祭壇の前に立ち祈りを捧げた。
僕は、アマティアラが祈りを捧げている間、精神を探られている様な感覚があった。
エレナは小声で囁いた。
「あの祈りには精神支配の力が込められている、強くはないけど広い規模でね。」
アマティアラの祈りが終わると、大司教以下の偉い人たちが群衆に顔見せを行った。
アマティアラが手を振ると、群衆から歓声が上がった。
「すごい人気だね。」
「それは毎月精神支配がかけられていれば、妄信的にもなるわよ。」
エレナはアマティアラに嫌悪感を抱いていた。
アマティアラの後ろには大司教らが群衆を見下ろしながら個々で雑談をしていたが、その時、裏手から黒髪の女性が現れ大司教の隣に寄り添うと、群衆がその登場にざわめいた。
「あの人が大司教様のお妃候補ね?」
「噂通り美しい方だ。」
「噂によるとあの勇者一行の賢者様だって話だぜ」
「気品があって大司教様とお似合いだね。」
群衆の話を聞いてエレナは俯いて呟いた。
「ライバルが消えて清々するわ......」
若い大司教は、後ろに立つラヴィーネに振りかえり、その顔を近づけて口づけをした。
「「「おおーー」」」
群衆は、その光景に歓声をあげた。
大司教の顔でその瞬間のラヴィーネの顔は見えなかったが、大司教の後ろから現れたラヴィーネは笑顔だった。
僕はその笑顔が見ていられず、顔を背けた。
「フリュー、行くわよ。」
エレナは僕を気遣い、手を引いて広場を後にした。
最後に振り返ってバルコニーを見た時、ラヴィーネが僕の方を満面の笑みを浮かべて見ているような気がして、心が傷んだ。
(この感情はなんだろう...)
僕は、かつて仲間に裏切られて失望した時でさえ、このような痛みは無かったのに……
ーーーーーーーーーーーーーー
神殿の広場を後にし、僕は黙々と歩いていた。
エレナはそんな僕をなんとも言えない感情で見守り黙って付いてきた。
「しっかりしなさいよ」
「ごめん……」
「何を謝ることがあるの? 私に謝らないでよ」
「ごめん、あ、ごめんじゃないね......
ここはありがとう、かな?」
「他の女のことで落ち込むあなたを慰めるなんて、その方が私は嫌なんですけど?
今は気持ちを切り替える時よ。」
僕とエレナは公園の噴水前のベンチで腰掛けると、エレナが気持ちを切り替えて話し始めた。
「あの礼拝をみたでしょ?
上級司祭でさえ精神支配の影響を受けている。
あの聖女アマティアラには何かあるわ。」
「僕が戦った感じでは、ラヴィーネは精神支配は受けていないよ。」
「ラヴィーネには何か理由があると思うわ。
ユグドラシルのエルフたちを人質に取られれているというのが現実的かもしれないけど、もしくは聖女を心から心酔しちゃったかしら?
それは無いと思いたいけど。」
「いずれにせよ、ラヴィーネをこのままには出来ない。
ラヴィーネの相手は僕がする。」
僕の決意にエレナはため息をついた。
「分かったわ。
でも情をかけて躊躇すれば、今度こそあなたの命が無いわよ。」
「分かっている、今の僕は冷静だよ。
決行は夜、昼間のうちにあの宮殿を調べてみるよ」
「私は聖女アマティアラを調べるわ。
私が知る限り、ミース教は人々に救いをもたらす教をしていた。
彼女が現れたここ数年で、野心が芽生えたなんておかしいもの」
エレナはそう言うと公園のベンチを立って立ち去って行った。
さて、僕の予想通りなら今晩ラヴィーネはあの若い大司教と一緒にいるはず。
「そこを叩く」
僕は意を決してその場を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
礼拝の後、神殿の控室に賢者ラヴィーネと大司教エストナート四世が戻ってきた。
「なんだラヴィーネ、あそこで口付けを交わす段取りだっただろ?
あそこで拒むなど白けるところでだった」
「別にあれで十分でしょ?
観衆には、キスしているように見えたんだし、盛り上がっていたじゃない。」
「それはそうだが......
私は無理矢理というのは好まないが、おまえは私との婚姻を受け入れる気だろ?」
ラヴィーネはため息をついた。
「私は言ったはずよ。
エルフの定めに従い、英雄の血を得なければならない。
英雄フリューの血を得て子を宿し、エルフの地に返さないと。
その後であればお相手するわよ。」
「だが、英雄とやらはお前に崖から落とされた火だるまになったと聖女アマティアラから報告を受けておるが?」
「英雄があの程度では死なないわよ。」
(この色ボケ司教が...)
私はこの大司教に嫌悪感を感じていた。
それにしても……
私は群衆の前でこの大司教と仲むずましい関係を見せつけて見せた。
キスをするような演出までして。
最後に会場を見回した時、認識阻害の術で居場所は分からなかったが、あの時、あの場所にフリューが居たのを感じた。
あの時の私を見ていた? そう考えると私の胸は傷んだ。
私は自らの策に溺れていたのかもしれない、そう思うと怖くなった。
いいえ、ここは非情を装わなければいけないとき。
必ず転機は来るわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます