第83話 教国への潜入

 ラミアからの送られた伝令により、王国内の協力者からの情報が伝えられた。

「聖女の護衛の騎士が全員亡くなったことから、急遽聖女はミース教国に帰国した。

 護衛として賢者ラヴィーネが同行している。」

との事であった。

 そこで僕とエレナは神聖ミース教国の首都ミースアテネに潜入する事になった。


 潜入することに決めた時、エレナは突然ナイフを取り出した。

「私たちの容姿は既に知られているから、変装の必要があるわ。」

 エレナはそう言うと突然ナイフで自らの長い髪を切り始めた。

 突然エレナが髪を切り始めたことで、周りは呆然としていると、彼女は

「どうショートは似合うかしら?」

と言って微笑んだ。


「そこまでしなくても......」

 僕が心配していると、エレナが何事もなかったように言った。

「髪なんてすぐに伸びるわ。

 ショートだったアイリスが今はロングなんだから、私がショートにするのもいいでしょ?

 それにいい考えがあるのよ。

 はい。」

 エレナはそう言って切り取った髪を僕に差し出した。


「これは?」

「これはフリューにあげるわ!」

 その言葉に僕は何か嫌な予感がした。

「フリューは、この髪を付けてロングヘアにするの!」


ーーーーーーーーーーーーーーー


 教国の街道は、警戒の兵が随所にみられたが、聖地へ旅する巡礼者で賑わっていた。

 アイリスは防衛の要として、ウルはそもそも潜入には向かない容姿であることから幻惑の森に残してきたので、僕とエレナの二人は荷馬車で首都ミースアテナに向かっていた。

 

「その馬車、ここで止まれ!」

 僕らの乗った馬車が、関所の検問で止められ

エレナが兵士に聞いた。

「兵士さん、こんな所で検問なんて何かあったの?」


「お尋ね者の手配があってな、荷を確認させてもらうぞ」

 兵士は積荷の獣の毛皮を1枚1枚めくって確認していた。


で行商か?」

「そう、うちの村では男衆が獣を狩って、女衆が売りに来るのよ」

 兵士は僕の髪の毛をじろじろ見てきた。

「その髪...」

 兵士に聞かれ僕はいつでも動けるように身構えた。


「君らは姉妹か? あまり似ていないが珍しい髪色だからなぁ」

 エレナは笑って答えた。

「似てませんか? 私たちは村では似た者姉妹で有名なんですよ〜」

「ほんとかね?」


 手配書を見ながらその兵士は別の兵士と話し始めた。

「どう思う?」

「いや髪色は手配どおりだが......

 長い髪の方は手配書より痩せているぞ?」

「だよな、短い髪の方は赤毛じゃないし、物静かだと書いてあるから違うな。」


 その兵士の会話が聞こえ、エレナの握った拳がぶるぶる震えていた。


「おい! 行っていいぞ」


「ちょっと兵士さん...... 

 私がおしゃべりで太っていると? そう聞こえたんですけど?」


「そんな事言ってないぞ。

 そっちの長い髪の子が痩せているって言っただけで......君は出るところが出ていて女らしい体型をしていると思うぞ。」

 兵士は、エレナの怒気に動揺していた。


 僕は慌てて馬車を進ませた。

「ちょっと待ちなさいよ! 話はまだ!」


 通り過ぎる僕らをみて兵士が言った。

「少なくとも間者ではないな。」

「ああ、あれでは間者は務まらないな」


ーーーーーーーーーー


「ねえフリュー……私、太ってる?」

「いや、エレナは女性的で魅力的な体型だと僕は思うなぁ。」

「ほんと? その割にそういう目で見てこないじゃない」

「いや、僕は常日頃我慢してるんだよ。」

「ほんとかなぁ」

「ほんと」


 僕らの馬車は首都ミースアテネの市街地に入ってきた。

 ミースアテネの市街地は、ローゼンブルクの城下街と比べても人通りが多かった。

「こんな活気があるのは聖地だから?」

「いいえ、ここには何度か来たことがあるけど、こんな人通りは多くなかったわ。」


 エレナは馬車を止めて、露天商のおばさんに話しかけた。

「ずいぶん活気があるけど何かあったんですか?」

 その露天商のおばさんは驚いた顔をして言った。

「あなた達は、噂を聞きつけて物を売りに来たんじゃないのかい?」


「いいえ私たちはたまたま毛皮を売りに立ち寄っただけです。」


「それは運がいいね。

 実は最近他国を巡礼していた聖女様が、他国の賢者様を連れて帰ってきたんだけどね、それが若くて美しい女性で、なんと大司教様に見そめられたらしいのさ。

 それで、近々婚姻の発表があるのではないかって、聞きつけた商人たちが押し寄せて来てるのよ。

 この国の大司教は世襲だろ?

 先代が早くに亡くなって独身の大司教がやっと結婚されるとなれば、盛大にお祝いされるんだよ」


「私たちはミース教国で戦争の準備をしているという噂を聞いて、兵士さんが買ってくれるんじゃないかって毛皮を売りに来たんですが。

 違うんですか?」


「そんな話は聞かないね、この国は平和なもんだよ。」

 

 どうやらこの街では、僕らの予想をしていない事が起こっていたようだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 1週間前のこと、神聖ミース教国の大聖堂では、聖女アマティアラが若き大司教エストナート四世へ帰還の報告を行っていた。


 そこには大司教と、聖女の2人だけで、他の者を人払いしていた。


「良いご報告と悪いご報告がありますが、大司教はどちらをお聞きになりたいですか?」


「それは良い報告に決まっているであろう?」


「それでは報告いたします。

 幻惑の森の鍵となる、精霊の血を持つ者を連れてきました。

 彼女の協力があれば森の封印は開かれるでしょう。」

 その報告を聞いて大司教は喜んだ。

「ハハハ、それは何よりだな。

 だがよくエルフの協力が得られたな。」


 アマティエラは笑みを浮かべた。

「それはあの物たちの古郷の森に危険が迫れば協力的にもなりましょう。

 で見ていた限り、あの女は我らに協力的です。

 先の戦闘では、自ら負傷を負って敵の英雄を仕留めたのを確認しました。」


「ほお、あの噂の英雄を仕留めたと!

 では悪い話とはなんだ。」


「それが、その英雄との戦闘の際に割り込んだ者がいましれ、その者に私の手勢の騎士が全滅させられました。」


「其方の精鋭を? 信じられんな......」


「私の目では確認できなかったのですが、その一撃を放ったのが、勇者アリエスだと、彼女がそう言っております。」

 その話に大司教は落胆した。


「それはマズいぞ......

 なんとかならんのか?」


「そうですね。

 我が教国の精鋭が多勢で攻めて負けるとは言いませんが、しかし争いになれば多大な被害が出るでしょう。」


「多少の犠牲はやむを得んが、しかし、相手が勇者であればこちらの大義が揺らぎかねん。」


「それについては私に考えがあります。

 私が連れてきたエルフに女は、かつての勇者の仲間である賢者ラヴィーネ。

 その者を大司教様が娶れば、勇者に匹敵する名声を得られるでしょう。」


 その言葉に大司教は興奮した。

「私も我が一族にエルフの血を得たいと思っていた!

 .......だがそんなにうまく行くものか?」


「それは私がなんとかしましょう。

 彼女は自分の事以上に仲間のエルフを大切にしています。

 ローゼンブルク王国の弱みさえ握っておけば、彼女は我々に従わざるえないのです。」


 アマティアラは、聖女という肩書きに似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべていた。

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