第81話 幻惑の森

 僕とアイリスは、イブリンたちが無事に逃げれた事を信じて、幻惑の森に向かった。


 森へと続く道は鬱蒼と茂る樹木に遮られ途絶えていたが、アイリスが聖剣を振るうと、先へと続く道が現れた。


「これが幻惑の森ね。

 方向感覚を惑わせる魔法が張られているから気をつけなさいって......

 フリューには言うまでもないわね。」


 僕が一歩森に踏み入ったとき、結界の中に入った感覚がした。


「確かここのダークエルフも警戒心が強いって言っていたから、そろそろ迎えに来ると思っていたけど......」

 僕にアイリスがうなづいた。

「たかが二人にたいそうなお出迎えね。」


 その存在は僕の気配察知のスキルで感じており、アイリスもそれを把握していた。

 警戒はされているけど強い殺気は感じられない。


 アイリスは持っていた聖剣を地面に突き刺すと、両手を上げそのまま歩き出した。

 僕もそれを習って両手を上げたが、元々僕の剣は川に流されたきりで丸腰だった。


 僕らが進むと、その先に弓を構えた若い男がいた。

 その男は長い髪を後ろで束ね、その耳は長く尖っており、ダークエルフの特徴を表していた。


「そこで止まれ」


 男の指示により僕らは立ち止まった。


「武器を持たずとも我らは油断などはしない、大人しくするのだな」


「この森には魔王様が先に到着しているはずだ。 僕らは魔王様の同行者だ、そこを通してほしい。」


 僕がそう言うとダークエルフの男は僕の足元に矢を放ち威嚇した。

「我らが知らないと思っているのか?

 おまえたちは勇者一行だということは分かっているんだ。

 で、どちらが勇者だ?」


 男の問いかけに僕は黙ってアイリスを指差したが、アイリスも僕を指さしていた。

「とぼけるなよ、私が知らないと思ったか?」

「アイリス? 今そういう話をしている時ではないよね?」


 僕が焦っているとダークエルフの男は頭を抱えていた。


「もういい

 確かに魔王様はこの地にいらっしゃる。

 お前たちが来ることも聞いていた。

 だがな、たとえ魔王様であってもこの森で自由にすることは許されない。

 黙って着いてこい。」

 男はそう言うと森の奥に向かって歩き始め、周りの気配も僕らの移動に合わせて付いてきた。


 男の案内で森を抜けると、その先にダークエルフの里が現れた。

 そこはエルフの集落のような幻想的な雰囲気ではなく、質素で実用的な木造の家々が並んでいた。

 僕らが村に入ると通りには誰もおらず、家の戸は閉められていた。

 しかし、家々からは我々を警戒する気配を感じた。


「あまりじろじろ見るなよ、皆が怯える。」

 ダークエルフの男はそれだけ言うと黙って歩き続けた。


「村の規模の割には気配が少ないような気がするが......」

 アイリスが疑問を口にすると男は答えた。

「ここには女子供しかいない、男衆は戦いに備えて皆前線に行っている。」


「教国はまだ宣戦布告もしてないのに、ずいぶんと早い警戒だね?」

 僕の意見に男は首を振った。

「いいや、宣戦布告などはこの先もされんよ。

 教国は、この地を自分の領土だと言い張っているからな。」

 それだけ言うと余計なことは言うなと、男はまた押し黙った。


 しばらく黙ってついていくと、そのまま集落から抜けてしまった。

「魔王様らはここには居ない、この先の砦にいらっしゃる。」

 男はそう説明した。


 集落から抜けさらに奥にその砦があった。

 今までの建物にない石造りの城壁が巡らされているが、そこは苔むしており古い作りの城壁だった。


 村側の門は開かれており、僕らは城壁を潜った。

「ここは.......」

 そこは砦などではなく、古い神殿の遺跡だった。

 その遺跡を城壁がぐるりを取り囲んでいたのだ。


「遺跡などではない、今でも女神を祀っている神殿だ。」

 男は僕の心を読んだかもようにそう言った。


 神殿前の広場で遊んでいる子供がいた。


「あ! アイリス!」

 僕らに気づいて走ってきたイブリンをアイリスはしゃがんで抱きしめた。

「心配かけましたイブリン様......」

「良かったねアイリス、私はきっと良くなると信じていたわ。」

 アイリスは、イブリンを抱きしめて涙を流していた。


 お互い命をかけて戦っていた勇者と魔王とが抱き合って感動している。それは不思議な光景だった。


「フリューも心配したわ。

 でも、私が見た予知は最悪の結果から回避されたわね」

イブリンはそう言って笑った。


「ありがとうイブリン、アイリスが助けに入らなければ僕は死んでいたよ。」


 後からイブリンと遊んでいたウルが走ってきた。

「無事でよかったよアニキ。

 宣戦布告前に領土に侵入してくるとは油断したね。

 それより、アニキでも勝てない相手だったのかい?」

 ウルの質問に僕は顔を曇らせた。

「あれはラヴィーネだよ。

 ラヴィーネは人が変わったようだったけど、操られている者の独特な気配は無かった.......」


「まさか......それほんとかい?」

ウルは信用できないようだった。


 アイリスとイブリンはまだお互いで喜び合っていた。


「エレナは?」


「ああエレナなら神殿で祈っているよ。

 アニキの無事を心配していたから行ってあげなよ。」 

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