第79話 強襲

 あの宣戦布告の翌日には、僕らは行動に移した。

 敗戦を経験した魔王軍に対して、王国軍も建て直しを始めたばかりで、まだ大規模な派兵する力はない、自ずと戦いに場は幻惑の森での局地戦となる。


 魔王軍から避ける兵力は少ない中、状況を見極める為、僕とエレナとウルが向かうことにしたが、会議の場で魔性ラミアが懸念を口にした。

「警戒心が強いダークエルフが生息する森に、フリューたちが行ったところで受け入れられないでしょう。」

「それは狼人族のおいらが行っても?」

「そうですねウルがいても人であるフリューたちを信用するかは。

 あの種族は気難しいですから……

 あの森には強力な結界が張られていて、精霊の許しがないと入る事は出来ないと言われています。」


 誰ならダークエルフとの間を取り持てるかについて議論していると、突然イブリンが立ち上がった。

「私が行くわ。」


「それは危険です! お考え直し下さい。」

 ラミアが止めたが、イブリンは首を振ってラミアを静止した。


「心配してくれてありがとうラミア、だけど私が行かないとダメなの。」

 そう話すイブリンの瞳は金色に輝いていた。

(予知を見る魔眼の力か?)


「イブリンには何か未来が見えているの?」

僕の問いにイブリンはこくりと頷いた。


「良くないことが起こるわ。

 それは避けられないけど、が行かなければもっと悪いことになる。」


「私たちとは? 姫様と私でしょうか?」

ラミアの問いにイブリンは首を振った。


「ラミアは残って魔王軍をまとめてちょうだい、王国や帝国からの守りが必要でしょ?

 行くのは私とアイリス。

 フリューたちに護衛をしてもらうから大丈夫よ。」


 その言葉にラミアは絶望的な顔をしていた。

 しかし、それが予知を見たイブリンの判断であるのなら、ラミアは異議を唱えることは出来なかった。


「分かりました姫様。

 フリュー、姫様をお願いします」


「イブリンのことは僕が守ります。

 命に替えても。」

 僕がそういうとイブリンは首を振った。


「フリュー、あなたが生き残ることが大事なのよ。 命に替えてもなんて言ってはいけないわ。」

 そう言ってイブリンは僕をたしなめた。

 


 時間がない、僕らは直ちに出発準備を整えて幻惑の森に向かった。

 イブリンとアイリスはウルが御者を務める馬車に乗り、僕とエレナはそれぞれの馬に搭乗した。


 幻惑の森の途中、渓谷沿いの道を進んでいたが、僕らはそこが自国領ということもあり、少し油断をしていた。


 ピカッ! ドゴォン!

 突然暗雲が立ち込め、付近に複数の落雷が落ちた。

 幸いエレナが警戒の為張っておいた結界に弾かれ直撃を避けたが、それが無かったら死んでいただろう。

 実際、僕の乗っていた馬は落雷の余波を受けて大きな負傷を受けた。

 

「早過ぎるだろ? 宣戦布告前に越境してなければ、ここで待ち伏せなんで出来ないじゃないか!」

 ウルが憤慨するが、第二波の気配が迫っていた。


 僕が甘かった!


 僕は気配察知のスキルで付近を探ると、範囲ギリギリの場所から殺気を感じた。

 まだ距離があるが……

「この距離で僕らを狙えるのは手練の魔術だ!

 ウルは馬車を退避させて、エレナはイブリンたちを守って! 敵は僕がやる!」

「わかったわ!」

 エレナが防御結界を張るのを確認して僕は殺気めがけて駆け出した。


 僕めがけて火の玉ファイアボールが降り注いだ。

(狙いが正確だ、かなり腕の立つ魔術師だ!)


 僕が近づくとその気配が鮮明になった。

 まさか!

 その殺気の主はラヴィーネ?


 何者かに操られている者が放つ殺気には、独特な特徴がある。

 しかし、ラヴィーネの放つ殺気がそれとは違っていた。

「ラヴィーネは本心で僕らを殺そうとしているのか?」

 僕はラヴィーネから向けられた殺気に動揺した。


 その時、崖の上から何者かの黒い陰が切り掛かってきた。

 キンッ

 僕が剣で弾くも更に距離を詰めて鍔迫り合いとなる。

「兄さん! ここは下がってください、ラヴィーネは普通じゃありません!」

 リンは攻撃をしながらそう言った。



「余計なことを、邪魔よ」

 ラヴィーネはリンもろとも火の玉の雨を降らせる。

 戦いに集中していたリンは、うっかりラヴィーネからの攻撃の射線に入ってしまっていた。


「マズい!」

僕はリンを蹴飛ばして、射線から回避させた。


『ーーーmeteoriteーーー』

ーーードガァン!

 リンを庇って反応が遅れたところ僕の足元にラヴィーネが放った岩石が直撃し足場を崩壊させた。


「しまった!!」


「死になさい!」

『ーーーball-teineーーー』

ラヴィーネが追い討ちをかけて放った巨大な火の玉が僕に襲いかかかる。


 僕はシャドウブリンガーで炎を吸収したが、吸収しきれず、炎に巻かれたまま崩壊した瓦礫と共に谷底に落ちて行った。

 死を覚悟した時、僕には世界が輝いて見えた……



ーーーーーーーーーーーーーー


「リン、あなたには使者としてこの文書を魔王に渡してきて貰いたいの。」

 私が使者として魔王城に派遣される前夜、王城では聖女アマティエラを中心として軍議が開かれ、そこで宣戦布告の使者として私が指名された。

「この宣戦布告の文書に裏の意味はないわ。

 あなたにとって酷な使命だけど、単独でこの任務をこなせるのはあなたしかいない。

 お願いね。」

 ラヴィーネからはいつになく厳しい口調でそう言われた。


 この文書を署名する間、アウグスト王は苦悶の表情を浮かべていた。


「私たちにとって望ましい決定をしていただき感謝します。

 しかし、本当にあなた方は魔王軍と戦うことはできますか?」

聖女アマティエラの言葉にラヴィーネが答えた。

「それは勝てるか、という質問かしら?

 その意味であれば、我々の戦力は先の戦いで疲弊し切っている。

 とても他国と戦う余裕などはないわ。」


 その言葉にアマティエラは不満をあらわにした。

「それは形の上で宣戦布告はするけれど、我々教国の力にはなれない、そうおっしゃりたいのですか?」


「いいえ、そんなつもりはありません。

 教国は幻惑の森の領有権を取れればそれで満足いただけるのですね?」


「そうですね。一応のところは。」


「それでは私の考えた計画を説明します。

 魔王軍との間で一番の脅威となるのは、英雄フリューです。

 彼を先に叩きます。」


 ラヴィーネのその言葉に横で聞いていた私は信じられなかった。

 アマティアラは聞いた。

「それがこの王国の出来ることなの?」


「森の中ではフリューは無敵よ。

 それに彼のそばには聖女エレナ=オーランドがいる。

 彼女を聖女と呼ぶのは不満かしら?

 この2人を相手取るのは、たとえ教国が総力をあげても苦戦するでしょうね。

 だからその森に入る前に叩く必要がある、近距離戦をさせずに魔法による遠距離の奇襲攻撃で。」


なおもアマティアラは挑発的に言った。

「それを賢者ラヴィーネ自らが手を下すと?」


「この奇襲には王国で避ける最大戦力である私がやります。 

 それで納得して頂けますか?」


「教国の調べたところによると、英雄フリューと賢者ラヴィーネは恋仲だと聞いていましたが...違いますか?

 それをあなたが直接手を下すと言うのは信じられませんね」


ラヴィーネは顔色を変えずに答えた。

「随分と調べているようね。

 何か勘違いしているようだけど、私が必要なのは英雄の子種、死体でもいただければ死霊術で復活させるわ。」


アマティアラはその答えに笑った。

「ハッハッハ可笑しい! いいでしょう。

 あなたが英雄フリューを討ち取ってみせなさい、あなた一人で教国への義理は果たしたこととします。

 しかし、その戦いは私が直接見届けさせていただきます。

 いいですね。」


「いいでしょう、私に嘘偽りはないことをその目で確認しなさい。」


 私にはラヴィーネの替わりようが理解できなかった。 

 

 

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