第75話 珊瑚の神殿

 戦いが終わり、僕はティアマトの頭に乗って人魚の里に来ていた。

 ティアマトの解放とクラーケンの討伐、そしてセイレーンの戦士たちの死を報告する為に。


 ティアマトが流れ落ちる滝を潜ると、その先に珊瑚でできた人魚の里が見えてきた。


 僕はウェヌスたちを失ったことで申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、浜辺には女王と多くの人魚たちが僕らを迎えてくれた。

 

 僕はティアマトから降り立つと女王の前で片膝をついて頭を下げた。

「神竜ティアマトの開放とクラーケンの討伐は達成しましたが、クラーケンに立ち向かいセイレーンの戦士たちが命を落としました。

 僕がもう少し早く動けたら......

 そうしたら彼女たちが死ななかったかもしれない。

 申し訳ありません......」


 僕はウェヌスのことを思い出し自然と涙が出てきた。

 

「顔を上げてくださいフリューさん。

 あなたが私たちのことを思って涙を流してくれることは嬉しく思います。

 でも、あなたはあなたの出来ることをやった。 そうではありませんか?」


「そうです......でももっとうまくやれたら......」


「フリューさん、ウェヌスたちはウェヌスたちの出来ることを成し遂げたのです。

 彼女たちは悔やんで死んだ訳じゃない、彼女たちの魂は神竜様と共にあります。」

 女王はそう言うと、ティアマトと目を合わせてうなづきあった。


「フリューさん、あなたには立ち会う権利があります。

 私の後に着いてきてください。」

 女王はそう言うと僕の横を通り過ぎて浜辺から海に入って行った。

 そして足を鰭に変えると優雅に泳ぎ始めた。


 僕も水に入ると女王は僕の手を引いて海中に潜っていく、その後ろにはティアマトがついてきていた。

 女王の力だろうか、僕は光の幕に包まれ不思議と呼吸をすることができた。


 僕らの向かった先には白く神秘的に輝く珊瑚の神殿が沈んでいた。

 ティアマトの巨体が入ることが出来るかなり巨大な建造物で、壁は青白い光を放っている。


 その神殿の奥に辿り着くと、後から付いてきたティアマトが祭壇に腰を下ろした。

 女王は僕の手を離して、ティアマトと向かい合い、僕はその神秘の光景を黙って見ていた。

 

 女王がティアマトの鼻先に両手をかざすと、その手のひらの水が次第に泡立ち、光が集まってきた。

 まるで聖剣が生み出される時のような、美しい光の粒子がそこに集まってくる。

 そして、さらに激しく沸騰するかの様な泡立つ光の中、いくつかの黒っぽい影が動くのが見えた。(泡の中から何かが生まれたようだ。)


 その泡から突然20匹ほどの魚が湧いて出てきた。

 その魚は元気に女王の周りを泳ぎ回っている。


 僕が離れて見ていると、1匹の青く美しい鱗を持つ魚が僕の元に来て、犬や猫の様に僕にまとわりついてきた。

(もしかして......、君はウェヌスか?)

 その魚は僕の声が聞こえたのか、僕の顔に頬擦りをしてきた。


 ティアマトは僕に語りかけてきた。

『だから言ったであろう? 死んでないと

 今はまだ話すことはできぬが、あっと言う間に元の姿になる』


 僕は嬉しくて海中でまた泣いてしまっていた。


 僕と女王は再び人魚の里の浜辺に戻ってきていた。

「再生の儀式を見た他種族は、フリューさん、あなたが初めてです。

 もっとも、ティアマト様と言葉を交わせるあなたは、厳密には他種族とは言えませんが」


「それはどういう意味で?」

 僕が不思議そうにしていると、女王は説明した。

「我々もティアマト様も厳密には精霊の仲間ということです。

 そしてあなたは精霊の剣の使い手であり、精霊の剣と共にあるうちに、一部は精霊に近づいている、また暴竜からその力の一部を取り込んだのではありませんか?

 何もない人間が、ティアマト様と意思を交わせたりしませんよ。」


 だんだん自分が人ではない者になっている事に不安を感じていた。

 僕の不安を察してか、ティアマトが言葉をかけてきた。


『何も不安に思うことはない。

 お主に身近にエルフはおらぬか? あれも精霊に近い存在じゃろ?』


「ああそうか.......

 ラヴィーネに近くなったってことか」

そう思うと僕の不安は消えていった。


「あなたは我々を救ってくれました。

 だけど我々にはあなたに差し上げれるものがありませんね......」

 女王が申し訳無さそうにしていたが、それよりも僕には心配なことがあった。

「僕は何もいりません、それよりこの里の守る戦士が居なくて大丈夫なのですか?

 あの帝国はいずれまたこの地を攻めてくるかもしれません。」


『まだ戦士たちが育つには時間がかかるが、それまでは我がこの里の守りをするから心配はいらぬ。

 それに、もしもの時はまたお主が力を貸してくれるのだろ?』

「それはもちろん力は貸すけど」


『それよりもだ、本当にお主は欲が無いのか?

 人間の美醜はわからぬが、この里の女たちは人間から見て美しいと聞いていたぞ。』


「もう女性は十分、お腹いっぱいさ。

 これ以上増えたら僕の身が持たないよ。」

 僕がうんざりしていると、いつのまにか腕を裸の幼女に引かれていた。


「え? 君はどこから来たの?」

 僕が突然現れた幼女に戸惑っていると、幼女は深くお辞儀をした。

「心配をおかけしましたフリュー様、ウェヌスは無事帰還しました」

そう言ってにっこり笑った。


「ええ!! ウェヌス?」

僕はその場で腰を抜かした。


『だから言ったであろう? あっという間に元の姿になると。

 お主はほんとに我の話を聞いていないのお』

ティアマトが呆れてため息をついた。


「あっという間って、こんなに早いとは普通思わないじゃないか!」

 僕が狼狽えていると、パチンと女王が手を叩いた。

「そうです! 良いことを思いつきました。

 連絡役としてウェヌスをフリューさんに付けましょう。

 彼女はまだ幼いですが、広い情報網を持ち誰よりも海を知り尽くしています。

 お互い気に入れば娶ってもらっても構いません。」


 幼女は僕の手を握ったまま頬を染めてモジモジしていた。


『断るでないぞ、その娘との繋がりは我との繋がりじゃ。

 今後、もしもの時お主は我を助けてくれるのであろう?』


「そんな言い方ズルいじゃないか?」

 僕は恨みがましい目でティアマトを見た。


 僕は選択肢が塞がれたことを悟り、ウェヌスを見た。

「じゃあ僕と来る?」

 僕が渋々幼女ウェヌスに聞くと、幼女はにっこり笑って答えた。

「不束者ですがよろしくお願いします。」


「そんな言葉、セイレーンがどこで覚えたんだよ?」

「私は、よく人間の街に潜入して、庶民の薄い本を買って読むのを趣味...いやセイレーンの歌を作る為の仕事としておりました。

 巷で流行っているんですよ、恋愛物というやつ」


 何か幼女の格好をした、大人の女性が見えた気がした。

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